春。温かな季節。
扶桑では桜の華が満開になり、出会いと別れの訪れる時期だ。
「なんか変な感じだなぁ。学校に行くのこれで最後なのに寂しさよりもドキドキの方が強いよ」
「卒業生代表だもん。無理ないよ」
かつて第501統合戦闘航空団ストライクウィッチーズとして戦ったメンバーの一人。宮藤芳佳もまさにその時期を実感していた。
彼女と美千子が歩いているのは横須賀の学校への通学路。今日卒業を迎えることになる彼女たちは色んな思いを抱いて今後そう通る機会のないであろう歩き慣れた道を征く。
「芳佳ちゃんはさ、卒業した後どうするの?上の学校には行かないの?」
「実家の診療所を継ぐつもりだよ。早くお医者さんになりたいの」
「そっか…」
その答えを聞いて美千子は寂し気な表情をする。
自分は士官学校に入学する。それは宮藤とは異なる進路だ。
夢を追う宮藤は好きだけれども彼女ともう同じ道を歩けないと思うと…
「すみません。右通りまーーす!」
「え?-うわぁ!」
目的地まであと少し、という地点で憂鬱な思いを抱いていた美千子、そして宮藤は己の聴覚が背中からの声を感じ取ったのに反応して振り向く。
それからほどなくして紺色の服を着た男が彼女の右側を通って速度を落とすことなく駆け抜けていった。
「すみません!ありがとうございまーす!」
振り向かず走りながら感謝を伝える。
あまりにも唐突であっという間の出来事であったがために宮藤の目は戸惑いを保ったまま小さくなっていく男の後ろ姿を見つめていた。
「びっくりした…」
「あの服、扶桑の軍人さんだね。芳佳ちゃんの知ってる人?」
軍事通の美千子は僅かな時間見ただけで男の服装から身分を特定してみせる。
「どうなんだろ、顔よく見えなかったから。でも扶桑の軍人さんに知り合いの人はいないから顔ちゃんと見れてもたぶん知らないなぁ」
宮藤は濃紺の服と黒色の髪をしていることくらいしかわからなかったが軍人にしては変わってるなと思った。
声の印象は年齢は自分とさほど変わらない明るい感じ。
身近な人物に例えるなら坂本をそのまま男に落とし込んだようなそんな力強さが表れていたような気がする。
☆
「この辺り、だよな」
サントロン街中の広場。緑の私服ジャケットを着たブラウンの短髪の青年がある紙を手にして立っていた。
左手の中指では緑色の指輪が太陽の光を受けて輝きを放っている。
彼の名はソーマ・スペランツァ。ロマーニャ空軍中尉にして第501統合戦闘航空団ストライクウィッチーズのメンバーの一人にして世界初の魔法使いウィザードとして世界的に名の知れた男だ。
そんな彼は今何をしているのかというと
「ガランド中将から渡されたけどなんなんだ?服装も場所も指定しておきながらそれらしいのはいないし」
ソーマの手にしている紙。
それを受け取ることになった出来事を説明するには数時間前に時間を戻すことになる。
『何ですかこれ?』
自身の上司の一人であるアドルフィーネ・ガランド中将に呼び出されたソーマは彼女の部屋で雑談をした後、一枚の紙を渡された。
『見ての通りの手紙だが。君の愛人だという者から預かった』
『愛人?そんなのいませんけど』
『ほう、これは意外だな。君がそんな薄情な男だとは思わなかった。今の言葉をこの手紙の彼女が聞いたら泣いて悲しむぞ』
『いやだからそもそも愛人なんていませんって』
『心配しなくてもこの後の時間は空けてある。今から準備でもして愛人の彼女への謝罪の言葉とロマンティックな詩を考えておくといい。女性に愛を囁くのは詩が有効的だといつかの本で見たことがある』
(あ、聞いてないなこの人…この感じ何か企んでるのか?)
ここでようやくガランドの態度にソーマは違和感を持つ。
会話をしているようでこちらの言い分に一切耳を貸そうとしない今の彼女はあまりにも普段の彼女と違っていたからだ。
『わかりましたよ。行ってきますよ。愛人じゃありませんけどね』
『ああ、できるだけ人目を避けて気を付けていくといい。君も痴話喧嘩を起こした時そんな醜態を軍の関係者に見られたくないだろう?』
(だから愛人なんていない、ああもう。いいや)
否定するのも面倒だしそもそも言っても訂正しないだろうと諦めてソーマは部屋を出た。
そういったことがあってソーマは紙に記されていた時間通りに指定の場にいるわけなのだがガランドの言うところの愛人と思われる人物が近くにやって来る気配すらない。
「遊ばれてるのかな俺。ガランド中将に限ってないだろうけど、こんなに待っても来ないのはな…」
一向に待ち人来たらずな状況に不安になるが、ついこの間まで自分が身を置いていた統合戦闘航空団の隊長とガランドを脳内で比較してみたソーマはガランドを信じてもう少しだけ待ってみることにした。
その彼の様子を歩道脇に停めた車内の中で眺める者がいた。
困った顔と離れようか迷っている動作が愛らしく思える。
もう少しその姿を堪能したい意地悪な気持ちもあったがさすがにこれ以上このままにしておくのも悪いと思い、車を出て彼の元へと歩み寄る。
「すみません」
「はい」
かけられた声に反応してソーマが視線を寄越すとそこにはサングラスをした女性がいた。
紫と白を合わせた衣装にベレー帽という組み合わせの服装で、着衣越しながらも優れたスタイルの良さがしっかりと伝わる。腰の辺りまで届いている流れるような赤い髪も魅力的だ。
誇張抜きに言って美人だとソーマは評価した。
しかしそんな美人が自分に一体何の用なのかと疑問を口にしようとした時その答えを向こうから提示してきた
「この街に来るの初めてで展望台に行きたいんですけどそこまで案内してくれませんか?」
「案内って言われてもな…俺もここは詳しい方じゃないしそれに俺今人を待ってる予定ではあるんだよね」
「知ってます。愛人さんですよね?なら大丈夫です。その人ならさっき帰ったみたいですから」
「なんでそんなこと知って…あ」
ガランドと同じ言葉を発した女性に詳しく聞き返そうとしたソーマはふとあることに気付く。
(この声、髪の色、目線の高さ……ん?あっれ?)
見覚えのある赤い髪と身長、よく聞いた声。改めて女性の特徴を確認してソーマは記憶の中にある人物を該当する。
「もしかしてミーーんむっ!?」
その人物の名前を出そうとする行為を女性は人差し指を彼の口に当てて止めた。
驚いて目を丸くするソーマに対して女性-ミーナ・ディートリンデ・ヴィルケ中佐はサングラスの奥で温かな眼差しを向け、笑みを浮かべていた。
「ダメよそれは。こうまでした意味がなくなっちゃう」
ソーマは目を丸くしたまま無言で頷く。
ミーナは指をそっと優しく離し、彼からの言葉を待つ。
「いいよ。俺もさっきまで会う予定だった人が来れなくなって暇になったところだから」
「そうですか、ありがとうございます。声をかけたのが貴方みたいな優しい人で良かったです」
両手を合わせて喜ぶミーナの姿にソーマはうっかり吹きだして笑いそうになる。
(仕上がってるなぁ)
などと思いながらミーナの後に続いて彼女の乗って来た車の運転席に乗り込む。
ミーナも助手席に乗りお互いにシートベルトを装着したところで車を発進させる。
「で、どこまで行けばいいですか?お嬢さん」
「そうね。さっき言ってた展望台までお願いしようかしら。そこなら今の時間人もいないでしょうし。次のとこ右に曲がって」
「了解」
助手席からの指示に従ってソーマは車を運転させる。
普段はバイクに乗ることがほとんどで車の運転など片手で数える程しかない彼にとって少々苦戦を強いられるが、時間が経つにつれてコツを掴んだのか危なげなく街道を走っている。
「ありがとう、話合わせてくれて。それとごめんなさい。急に呼び出したりなんてして」
「驚いたよ。中佐が来るともそんな恰好で来るとも思ってなかったしさ。なんであんなことを?会うなら基地の中でも良かったのに」
「そうしたかったところだけどあまり他の人に聞かれたくない話だからこうしてわざわざ変装までしてきたのよ」
「…あんまりいい話じゃなさそうだな」
人目を忍んで変装までしてしなければならない話と聞いてソーマは表情を曇らせる。
内容が気になりながらも車を展望台に到着させ、駐車スペースに車を停めてミーナからのアクションを待つ。
「降りる?」
「大丈夫。このままでいいわ」
そう言うとミーナは神妙な顔つきになる。その表情だけでソーマはこれから彼女の口から出る言葉が只ならぬものであると直感で感じ取った。
「今から言う話は落ち着いて聞いて欲しいの…貴方にはあまりにショックが大きいと思うから」
「…わかった」
「ヴェネツィアが陥落したわ」
-ついこの間まで自分がいた場所が壊滅?
前置きの言葉からして碌な情報ではないと覚悟していたが、告げられた衝撃の大きさにソーマの全身に動揺が走る。
目に見えてわかる程冷静さを欠いた彼は声を荒げ、身を乗り出してミーナに詰め寄る。
「なんで!あそこにはフェルたちが、504がいる!メイジだって…まさか―」
全滅。嫌な可能性がソーマの頭を過ぎるがそれはミーナによって即座に打ち消された。
「落ち着いて。大丈夫よ、被害は決して軽いものではなくても504部隊は全員無事よ」
「そっか…よかった。皆生きてるんだな…ごめん、声荒げたりして」
「この間までいた場所だもの。そうなるのも無理もないわ」
「そう言ってくれて助かるよ。ああ…でも本当によかった」
ソーマは大きく安堵の息を吐く。
彼の心が落ち着いたのを待ってからミーナは更なる情報を伝える。
「トラヤヌス作戦については聞いたことがある?以前の私たちが見た人型ネウロイの出現を受けて司令部がネウロイとのコミュニケーションを取ろうとしたの。この作戦が成功すれば彼らとの平和的解決への道を拓けるはずだった」
「でも失敗した?」
「報告書によれば突然ヴェネツィア上空に巨大なネウロイの巣が現れて人型ネウロイと元々あった巣を破壊して新たにヴェネツィアを占領したみたいなの」
「訳が分からないな。ネウロイがネウロイを」
「私も同感。私たちがガリアを解放してからこんなことばかり続いてる気がする。今回のネウロイの巣も、貴方が戦った謎の怪物も」
ソーマとウロボロスの初戦の時にもミーナは全く同じようなことを独り言で言った。
ガリア解放後、ネウロイとは異なる敵が現れその後にはネウロイがそれまで例のなかった異質な行動を取った。
「そう、その怪物のことをソーマさんに直接聞きたかったの。報告書に書いたこと以外に何か思い出したこととかない?」
「いや報告書に書いた以上のことはなにもないよ。隠してることもない」
「そう…」
上層部に言えない事実があるのかと思い聞いて見たがアテが外れたようだ。
しかしだからと言ってミーナが落胆することなく、ソーマも彼女の意図に気付いていたからその反応に引っ掛かりを覚えることなくスラスラと会話を続ける。
「どうするんだ?上の方は、っていうか中佐はもう何か手を考えてあるんだろ?だから俺を呼び出した」
「501を、第501統合戦闘航空団ストライクウィッチーズを再結成するわ」
「そうか…また皆と」
不謹慎ながらソーマの中には嬉しさがあった。
またあの十一人の輪の中に入れる。また皆と会って共に同じ時を過ごすことができることに喜びを感じていた。
「でも正確に言うと前とはちょっとだけ違う501になるかも」
「違う?あ、そっか。宮藤か」
「宮藤さんもだけど美緒、坂本少佐がね。新しく加えたい人がいるって言うのよ。まだ正式に加入するとまではいかない段階だけれども統合戦闘航空団のメンバーに入るには充分な素質があるはずだって。今日貴方を呼んだのは再結成前に扶桑に行ってその人を見てもらおうと思って」
「なんで俺が?そんな権限ないぞ」
ソーマが首を傾げながら言う。
「その人がちょっと変わってるというか特殊みたいでね。貴方じゃないといけないって言うのよ。まぁとにかく一度扶桑に行ってみてもらえる?手続きとかは私とガランド中将の方で済ませておくから」
「あ、ああ」
-自分じゃないといけないこととは一体?
その疑問はミーナとその日別れてからしばらくの時間彼の中に残り続けた。
☆
横須賀基地内の海上に着水した飛行艇。
今から欧州ロマーニャの救援に向かう飛行艇の搭乗口の前で坂本美緒は土方圭助を伴って立っていた。
「遅いですね彼」
「困った奴だ。こんなことでは先がおもいやられる」
土方は心配そうな顔で坂本は言葉の割にはいつもと変わらぬ凛々しい顔である人物の到着を待っていた。
「坂本少佐、宮藤さんのことは本当によかったんですか?彼女はガリア解放を成し遂げた人物です。一緒に来てもらうべきであったように思います」
「ああでもしなかったらあいつは意地でも我々と共に来ようとする。あいつはもう戦いに身を投じるべきではない」
「遅くなりましたすみません!」
そんなやり取りを交わしているとようやく待ちかねていた人物が手荷物を持って駆けこんでくる。
黒色の髪を逆立てた坂本よりも幼さの目立つ顔立ちの少年は彼女の前で止まるなり荒い息を吐いて呼吸を整える。
「遅いぞ!」
「すみません坂本姐さん!準備に時間かかりました!」
「まぁいい。準備が済んだのだろう?ならば機体に乗れ服部幸助軍曹!」
「はい!」
上官に元気よく応じた少年。その少年は宮藤と美千子がすれ違った軍人と同一人物であった。
展開上やむを得ないとはいえたった数話の後にヴェネツィア陥落させられてるアルダーウィッチーズの皆さんには本当にごめんなさい…自分だってこんなことしたくなかった。でも仕方なかったんだ。ヴェネツィア陥落されてくれないと二期が始まらないんだ。だから許して…許して…