「はぁ~緊張するなぁ。上手くやれっかな」
ビーストは不安と緊張を交えた呟きをする。
ただでさえ慣れない空中戦で初めて501の一員として行う模擬戦。他の隊員たちに見られているのに加えて彼が尊敬して止まないウィザードと部隊の最年少でありながらも統合戦闘航空団のエースの一人に名を連ねるルッキーニが相手と来た。
彼がそういう反応になるのは致し方のないことではある。
「バルクホルンさん、足引っ張ると思いますが俺全力で頑張ります!」
しかしそれでも精一杯自分なりに結果を残して先輩たちにいいところを見せようという意気込みを露わにする。
「服部軍曹一つ言っておく。模擬戦だからと言って気を抜くな。相手が自分や仲間の命を奪おうとしてくる敵だと思って挑め」
「は、はい…」
バルクホルンの言葉に浮かれていたビーストは慌てて気を引き締める。
緊迫した空気の漂う中彼の耳に坂本の声が届いた。
「始め!」
それを合図に三人が一斉に動いた。
ルッキーニとウィザードは別方向に散らばりながら接近し、バルクホルンは上空に飛ぶ。
「ぁ、待ってください!」
完全に出遅れた形となった遅れを取り戻すべくビーストも前進する。
彼以外の三人は銃撃を開始し、相手の弾をかわしながら空を駆ける。
誰かが被弾する気配は微塵もないが三人は顔色を一切変えない。
今のところは様子見を兼ねた牽制。
相手と味方の出方を探りながら必要以上に距離を詰めず自分の行動を考える。
それが多くの実戦経験を積んだ三人の共通意識としてあったが当然というべきかビーストにはそんな考えはなかった。
「よっしゃ、気合い入れていくぜ!」
『シックス!ファルコ、セイバーストライク!』
ダイスサーベルを出すなり早々と大技と放ちにかかった。サーベルから飛んだ六羽の鳥がウィザードとルッキーニに均等に三羽にわかれて襲いかかる。
二人は飛び回ってそれらを振り切ろうとするが鳥たちは軌道を辿るようにして進行してくる。
「これおっかけてくるの!?」
回避しきれないとなれば撃ち落とすしか逃れる手はない。
魔力を込めた弾で鳥を相殺するウィザードとルッキーニ。
小規模の爆発となって消える鳥たちの末路を確認してウィザードは視界の端に映り込んだバルクホルンの動きに意識を向ける。
おかげで死角から撃たれた彼女の射撃に気付いて回避することができた。
回避されたバルクホルンも悔しがる素振りも見せずにウィザードに向けて引き金を引き続ける。
「ソーマがバルクホルンに行くなら私は、勝負だ服部ー!」
バルクホルンの相手をウィザードに一旦任せてルッキーニはビーストに勝負を仕掛ける。
まさにバルクホルンの援軍に向かおうとしていたビーストは自分の鼻先を弾が横切っていったことで彼女の接近に気付いた。
「うぉ!?-ルッキーニ先輩が相手か。望むところだ!」
進路先を変更してビーストはルッキーニに扶桑式の銃から弾を放つが余裕綽々とかわされ、あちらからの弾をヒヤリとしながら凌ぐ。
「服部さんは動きが大雑把ね」
「経験を有無を置いといても致命的な酷さだ」
ビーストの動きを見てミーナと坂本が彼の問題点を指摘する。
彼女たちの言葉通りビーストは回避自体には成功しているがその動きが大きすぎて次の攻撃を自分から避け難くしてしまっていた。
「だがそこは今問題じゃない。あいつにこれから必要なのは」
坂本は一旦別の戦いに視線を切り替える。
「どうした?遠慮せず魔法を使っていいんだぞ」
「言葉と行動が合ってないくせによく言うよ」
バルクホルンとウィザードの戦い、こちらの戦況はというとバルクホルンがウィザードを押していた。
バルクホルンは魔法を使わせまいと攻撃の手を緩めず、おかげでウィザードにはウィザーソードガンでの射撃くらいでしか対抗手段はない。
だから彼はこの状況を切り抜けるべく移動を開始した。
その位置とはバルクホルンとビーストが直線で重なり合う位置。
「くっ、これでは」
ウィザードならばほとんど自分の射撃をかわす。
このままでは弾がビーストに当たってしまう。ビーストはウィザードの意図を察したルッキーニが他に意識を回せないようにしてしまっていて、誤射を避けるにはバルクホルン自身が位置を変えるしかない。
だがウィザードも彼女に合わせて移動をするせいで上手くビーストへの直撃を避ける狙撃を行えなかった。
(やってくれるな)
「お待ちどおさま。要求通り今からたっぷり見せるよ」
『バインド、プリーズ!』
バルクホルンからの狙撃が止まった隙にウィザードは魔法と魔法陣を発動させる。
ただし魔法の標的になったのはバルクホルンではなく
「うおわゎぁ!?」
ビーストだった。彼の付近の空に出現した魔法陣から風の鎖が伸び、腕を絡め取る。
よりにもよって戒められたのは銃を持っていた方の腕でビーストは必死の抵抗をするが筋力増強もしていない単純な腕力で破れるような脆い鎖ではなかった。
「いっただき!」
「待ってタンマ!せめて、せめて受け入れる時間を!」
手こずっている間に仕留めるべくルッキーニが銃口をビーストに向ける。
「ごめんね、や~だよ」
小悪魔的な笑みを浮かべてルッキーニは引き金に添えた指に力を込める。ところが
「ずおりゃああ!」
ウィザード目掛けてバルクホルンが真っ直ぐ勢いよく突っ込んでくる。
通常の弾をシールドを張って防ぎ、風の魔力で強化された弾を撃たれる前にMG42を大きく振りかぶり銃身で殴り付ける。
「-なっ!?うおっ!?」
腕での防御は辛うじて間に合ったもののウィザードは激しく吹っ飛ばされ、その先のビーストと追突する羽目になる。
その衝撃で風の鎖も消滅しビーストは拘束から逃れると同時に射線上から外れ、代わりにウィザードがルッキーニの照準に入ってしまうことになった。
「嘘、あっ!?」
大慌てでルッキーニは引き金から指を外そうとするが間に合わず弾が発射されてしまう。
向かってくる味方の弾丸をウィザードは不安定な体勢ながらも身を捻ってかわし、なんとか窮地を脱する。
「大丈夫ソーマ!?」
「ルッキーニ避けろ!」
「え?-ひゃあ!?」
ウィザードが顔を向けている方角をルッキーニが見ると大量の弾が飛んできた。
ギリギリのところで全てかわしきるとウィザードの隣に滑り込むように並ぶ。
「怖かったー!」
「あんな方法で切り抜けるとは。その上ルッキーニを落としにかかって」
一つのアクションで仲間の撃墜の回避と敵の撃破を両立。そして同士討ちの危機に動揺した別の標的をすかさず狙いにかかる。
たった短い時間の中にバルクホルンの空戦技術と判断能力の高さが如実に表れていた。
「性格悪いなぁちょっと」
たとえ訓練であっても手を抜かず全力を尽くす。バルクホルンの信条であり、ウィザードも彼女のそういったところは好感を持てるのだが、今だけは少し嫌いになりかけていた。
「畳みかけるぞ服部軍曹。火力を一点に集中しろ」
「了解です!」
指示を受けてビーストは僚機の上官と共に一斉射撃を敢行する。
「ルッキーニ、シールド頼む!」
「りょーかい!」
三つの銃口より飛び出る弾にルッキーニはウィザードの前に出てシールドで防御する。
しかしペイント弾とは言え威力は実戦と等しい。ルッキーニのシールドの耐久性は連続射撃に敗れつつあった。
シールドとそれを張る彼女に守られている間にウィザードは指輪を二つ選び取ると、まずその内の一つを使うため指示を出す。
「片手貸してくれ」
「え?…うん!」
シールドが不安定になってしまうことを恐れたがそれも一瞬。ルッキーニはすぐに恐れを取り払ってソーマに手を差し出した。もちろんもう片方の手でシールドを維持したままで
『ビッグ、プリーズ!』
ルッキーニの手に指輪をはめてウィザードが魔法を発動させた瞬間ルッキーニの展開している魔法陣が大きくなる。
彼女の身長二つ分以上にまで巨大化したシールドは魔法発動前と打って変わって集中射撃を受けても尚綻びが生じることなく頑丈さを保っている。
「お~!でっかー!」
「あんなに大きなルッキーニのシールド初めて見た」
この変化にはシールドを展開しているルッキーニはもちろんのことシャーリーも驚いていた。
ルッキーニと長らく行動と戦闘を共にしてきた彼女の目からしてもウィザードの魔法の恩恵でパワーアップしたシールドの防御力には目を見張るものがあったようだ。
「右肩一瞬だけ重くなるぞ。すぐに軽くなるから気にしないでくれ」
『ウォーター、プリーズ!スィースィースィー、スィースィー!』
この間にウィザードは青いウォータースタイルに装甲の色を変える。浮力を失った代わりにルッキーニの肩を掴むとその状態である魔法を自分にかける。
「大きさだけでなく防御力まで上がっているのか。ならば、服部軍曹。お前は左から攻めろ。私は右からいく」
「左ですね、はい!」
バルクホルンの判断は早かった。
正面からの突破を諦めビーストと共に左右からの挟撃、シールドの範囲外からの攻撃に切り替える。
この時ビーストは射撃をやめているがバルクホルンは頻度を抑えめにしているだけで射撃自体は継続しており、ルッキーニはそちらに体を向けてシールドで防ぐ。
しかしこうなると背中ががら空きになってしまうわけで
「今度こそ、後ろから頂いたぜルッキーニ先輩!」
そこをビーストが仕留めようと銃を構える。
ところがルッキーニの肩を踏み台にしてビーストに向かって跳躍する青い豆粒のような物体があった。
「え?なんだ?」
その青い豆粒は戸惑うビーストに向かいながら人と同じ大きさになる…いや戻っていき、ビーストがその正体に気付いた時にはウィザード・ウォータースタイルの射撃を至近距離で受けてしまっていた。
「先輩?どうして-うえええっ!?」
何が起こったか理解が追い付かないビーストは黄金の胸板に上乗せされたペイント塗料を見て喉の奥から驚愕の叫びを上げた。
「やったねソーマ!作戦大成功!」
「体を小さくする魔法。そんな魔法まで持っていたのか…」
-そうか、さっきの魔法は単にルッキーニのシールドを強化するためだけのものではなかったのか。
シールドの巨大化と自分の体を縮小化。この二つを合わせることによって姿を捉えにくくして、虚を突きやすい状況を作りだしたのだ。
自分とビーストは巨大化シールドの突破に意識を注ぎすぎていたのもまんまと虚をつかれてしまった要因の一つとなってしまった。
「だがまだ勝負はついていない!」
ビーストはやられてしまったがバルクホルンはまだ戦える。
海面へと落下していくウィザードは一旦無視してルッキーニへと真っ直ぐ直進する。
「バルクホルンもこれで終わりにするよ!」
ウィザードがビーストを倒したなら次は自分がバルクホルンを倒す番。二丁のMG42から放たれる弾を次々と避けつつルッキーニは照準を合わせ、バルクホルンが正面から距離を縮めようと突っ込んできたところを狙い撃つ。
「ふっ、甘いな。フランチェスカ・ルッキーニ少尉」
真っ直ぐ突っ込んでいたはずのバルクホルンは前回りの宙返りの挙動を取って弾の上を通過してルッキーニに迫る。
「何それ!?」
唖然とするルッキーニ。
まさか避けられるとは思わず動揺によって行動が止まっていた彼女の背中をバルクホルンは上方から引き金を引いてペイント弾に染め上げる。
「なんだよあの動きは」
回避と前進をまとめて行う無駄のないかつ大胆な動きにルッキーニもウィザードもただただ衝撃を受ける。
二人の顔色にこっそり気持ちいい感触になりながらバルクホルンは次なる標的を求めて降下する。
海の表面を足裏でなぞるように移動して弾との接触を回避していくウィザード。彼の方からも通常の弾や水属性の魔力を帯びた弾を撃ち、海面から水柱を上げるがそれらも相手の体に触れることなく虚空の彼方へと過ぎ去ってしまう。
「一騎打ち、あの時と同じか」
「だが今回も勝たせてもらうぞ」
「あれは無効の扱いだろ!勝手に勝ったことにしないで欲しいな!」
前回の結果はなかったことにする分にはいいが勝ったことにされるのはソーマは納得しない。
今度こそはちゃんと正しい形で勝ちたいというのは彼も同じだ。
「あれだけ動き回っているのにバルクホルンには疲れが見えないな」
「ソーマさんもあれから成長しているみたいね。魔力も立ち回りも前とまるで違う」
一進一退の戦いを見せる両者を坂本とミーナは評した。
片や実践や日頃の訓練で養った蓄積を遺憾なく発揮し、片やガリア以降の戦いの中で磨きをかけてより強くなっているのが見て取れる。
「頑張れソーマー!そこだ!いけいけ、バルクホルンをガツンとやっちゃえー!」
「お、俺はどっちを応援したらいいんだ?バルクホルンさんを応援するのが筋なんだろうけど先輩にも負けて欲しくないし…ええっと、そうだ。二人とも、二人とも頑張ってくださーい!」
その一方でルッキーニは純粋に屈託なく相方に、ビーストはどちらに絞るか迷った挙句に両方に声援を送る。
しかし戦っている二人には外野の声は全くと言っていいほど届かず相手に弾を当てることに全神経を注いでいる。
「うおっ!」
バルクホルンはウィザードの前方、足元近くの水面を撃って彼の体を覆う程の大きな水飛沫を上げる。
(俺の視界を潰すのが目的か。だったら-)
あえて直撃を避けたということはこの間に攻撃を決めようとするはず。それを失敗に終わらせるためにウィザードは水飛沫が自分の体を隠している合間に海中へと潜る。
これであちらからは姿が消え、位置を特定できなくなる。
ウィザードはすぐに海中を移動、彼女の背後にあたる位置で上がって自分の攻撃を撃ち込むという手段に出る。
その算段を実行に移して海中から海面に出たまではよかったがウィザードの視界には本来収めるはずだったバルクホルンの背中はなかった。
「いない!?」
「悪いな。私の勝ちだ」
バルクホルンを探す自分の後ろからの声。ウィザードがその声に不吉な予感を感じて後ろを振り返ると胴体にペイント弾の洗礼を受けた。
「読まれてたか」
完全にしてやられた。でも前の時と違って後腐れのない決着となった。
ウィザードは銃を魔法陣に戻して坂本たちの待つ陸上に踵を返して隣に降り立ったルッキーニに謝罪の言葉を言う。
「悪いルッキーニ、負けちゃった」
「なんで謝るの?ソーマも私も頑張ったんだからそれでいーじゃん。ね?」
やられた時の悔しさをもう既に捨てきっていた彼女は猫のような歯を見せる可愛らしい笑顔を浮かべてソーマを元気づける。
いや彼女からすれば元気づけようと言う気も一切なしに己のその瞬間に思った感想をそのまんま素直に口にしているだけと言った方が正しいのかもしれない。
「服部、今の戦いの中でお前に足りない物があった。何がわかるか?」
模擬戦を終えて帰還したバルクホルンとソーマに目をやってから坂本は服部に対して言った。
「えっ…?えっと、もっと違う戦い方があったとか?」
「違う」
坂本は首を振って即座に否定する。
「戦いの最中、お前は一度でもバルクホルンの方に考えや意識を向けたか?」
「…いえ。俺は、自分のことしか考えてませんでした」
「だろうな」
服部は耳の痛い指摘に苦しい顔をしながらもはっきりと誤魔化すことなく答えた。
窮地に陥った服部を何度も救ってくれたバルクホルン、風の力で自力での浮遊ができない状態でもルッキーニの支援を得て服部を倒したウィザード、ウィザードの魔法でシールドを強化して彼の身を守ったルッキーニ。
振り返ってみれば服部以外の三人はちゃんと他の存在を意識して動いていた。
「力が強い。単独での戦いならそれだけでも充分だろうが部隊の中に身を置くのならそれではいけない。周りにいる仲間たちとの連携や協力なくして大きな敵を倒すことなどできはしないからだ」
それこそが坂本が服部に最も伝えたい教えにして模擬戦が始まる前にソーマに耳打ちして実践するようにと求めた内容だった。
「例え己の力が弱くできることが少なくても周りとの連携次第で敵に大きなダメージを与えることに繋がる。私がこれからの戦いでお前に求めるのはそれを行おうとする意識や考え方だ」
「もちろん始めはやろうと思っても上手くいかないと思うわ。時には迷惑をかけてしまうことも多いかもしれない。でもそれでいいの。むしろたくさん失敗してもどれだけ時間がかかってもいいから服部さんには挑戦してほしい」
「失敗を恐れずに…」
坂本に続いてミーナから賜った言葉を服部は自身でも口にした。
「お前の失敗くらいどうとでもフォローしてやる。私を含めここにいる仲間たちはそれができるし、そのことを不快に思ったりもしない」
服部は他の隊員たちの顔色を伺う。
たった今模擬戦で苦労をかけさせてしまったバルクホルンを含めて全員が坂本の言葉に異論を挟まず、服部へ温かい笑みを向けていた。
「わかりました。やってみます。俺、頑張ってみせます!」
思いを受け止め、そう言い切ってみせる服部。
彼の気持ちいい返事に坂本も呼応されて満面の笑みを浮かべる。
「ああ。お前なら必ずできる。期待しているぞ」
彼女の発した言葉。そこに誇張や忖度はなかった。
本心で彼ならば時間がかかろうとともきっと一人前に成長してくれると信じていた。
恐らくはここにいる誰よりも強く