ストライクウィッチーズ~約束の空~   作:カメクリオ

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第五十二輪 大いなる獣

『先輩にもいるんですか?力を貸してくれる生き物みたいなの』

 

一瞬服部に何を言われているのかの理解が出来なかった。

体感で数分、実際の時間経過で数秒の時間を要してそれが俺の中にいるドラゴンを指しているのはやっと飲み込めたがその時にはまた別の疑問が出てきた。

先輩にも(・・)という言い方からしては服部にも俺の中にいるドラゴンのような存在がいてしかもそれを認識しているわけで、その事実を受けて俺は思わず言葉を失ってしまった。

しかしそれでも何か返さないといけないとなんとか言葉を返した。

 

「お前にはいるのか?」

 

「はい、あいつが言うには俺のこのベルトの中にいるみたいなんですよね。俺が寝てる時とかたまに向こうから話がしたいって話相手になってくれたりして、あ、ちなみにそいつはキマイラって言う名前の奴なんですけど」

 

次に服部から出てきた言葉に俺はますます驚いた。服部はその存在キマイラと会話をしていて、その上かなり友好的な関係を築いている様子なのだから。

とても信じられないような話だが服部が言うのだ。嘘であることはまずないとみていい。

 

「その生き物、キマイラ?っていうのはどんなのなんだ?」

 

「見た目ですか?見た目は動物っぽい感じ、ですかね。鳥とか牛とかの部分があって、それにむっちゃでかいです。山くらいあります」

 

「話してる時は?」

 

「うーん結構いい奴ですよ。俺の悩みとか聞いてくれたり、昨日の夜なんかは模擬戦の感想とか聞いたりしました。ダメ出し多かったですけど」

 

やはり服部とキマイラの関係は俺やドラゴンとは全く違うようだ。俺があれと会話した回数なんて片手で数えられる程度だ。ましてや悩みを聞いてもらえるなんて想像もつかない。

 

「俺も話せるか?そのキマイラと」

 

「どーですかね。俺もキマイラのこと誰かに話したのこれが初めてで俺と話す時もいつも向こうから一方的なんで自分の好きなタイミングじゃないんですよね。でもやってみましょうか…どうぞ先輩、使ってください!」

 

そう言うと服部は変身に使うベルトを掴んで俺に差し出してきた。

この中にキマイラがいるのか。

これを、これを…

 

「どうすればいいんだ?」

 

やり方がわからず俺は服部に訊ねる。

 

「どうすればいいんですかね…俺もよくわかんなくて。俺がキマイラと話す時は寝てる時でいつもベルトに触ったまま寝てるからたぶん-」

 

「とりあえず触ってみるか」

 

いまいち参考にならないあやふやな情報に首を傾げたくなる気持ちになるものの俺は服部の持つベルトに手を伸ばす。何が起きるのか不安でいっぱいだったが

そして表面に触れた…という実感を体が感じるよりも前に俺の見ていた景色は歪み、あっという間に真っ黒になった。

 

 

 

 

 

「え?…」

 

服部のベルトに手を伸ばしたはずが俺の目前にはベルトはなかった。

それどころか服部もおらず、自分のいる場所も基地の部屋どころか屋内ではなくなっている。

緑の溢れる自然とそれに囲まれた木で建てられた屋敷。欧州では見たことがない光景だ。

どこか異国の地にある屋敷、そこの庭の中に俺は一人で立っていた。

 

「服部?服部がいない?それにここ、どこだ?」

 

自分に身に起きた現象への理解に追い付けない俺は服部の姿を求めてひとまず今いる場所から動いてみる。

雲一つとしてない晴天の下にある屋敷を、ミンミンと煩くなくセミの鳴き声を聞きながら歩いていると外と中を隔てるドアのない部屋に行き着いた。

壁に寄りかかって顔だけを出して中の様子を見てみると坂本少佐の部屋にあるのと同じような畳の敷かれた大きな部屋に赤子を抱いた一人の女性と彼女の横で眠る幼子がいた。

幼子の方は赤子よりは大きく少なくとも一目見ただけで男だとわかるくらいには成長している。

 

「子ども?…男の子?まさか服部か?そうだ、どこか服部の感じがする。じゃああの女性が服部のお母さんで寝ている子は服部が言ってた妹?」

 

よくよく見てみれば幼子の方に服部の面影を感じる。ということは隣にいる女性が服部の母親で彼女の抱いている赤子が服部の妹…その可能性を思いながら彼女たちを見つめる俺の足元に大きな影が覆い被さった。

 

『ようこそ来てくれた。歓迎するぞ』

 

背後から突然聞こえてきた威厳のある声。素早く俺は後ろを振り返るとそこにいたのは一匹の大きな獣がいた。

屋敷を大きく上回る体躯を持ち、その体躯には赤い牛や藍色のイルカを思わせるような部分と体躯に負けない大きく頑丈そうな翼を有している。

 

音も気配もなく目の前に姿を現した巨大な存在に呆気に取られていると気を利かせてくれたのかあちらの方から声をかけてきた。

 

『こうして直接会うのは初めてだな。魔法使い、いや我も幸助に倣って先輩と呼ぶべきかな』

 

「その見た目あんたがキマイラ?なんで俺のこと知ってる?」

 

『ベルトを通じて幸助の記憶を共有しているからな。加えて魔法使いの力を与えている時は我も幸助が見ているのと同じ景色を見ている。お前だけでなく他のウィッチたちのことも大体知っているぞ』

 

「なるほど…」

 

記憶の共有とかの原理はともかく今俺の目の前にいるとてつもなく大きな獣がキマイラで、あっちが俺のことを(ついでに言うと501の皆のことを)知っているのだというのはわかった。

 

「ここはどこなんだ?」

 

『服部幸助という人間の心の中、奴のこれまで過ごしてきた時間の中で最も自分自身に根強く残った景色を表したものだ。そういう意味では奴の過去と言い換えてもいいかもしれんな』

 

服部の心の中にして過去を表した世界。キマイラの言葉を鵜吞みにするならばこの見知らぬ光景もこの中に俺が放り込まれたことにも説明が付く。

そしてこの状況を引き起こしたのは

 

「最後に残ってる記憶からして俺をこの世界に招いたのはあんた、ってことでいいんだよな?なんのために?」

 

『質問が多いな。まぁ、よかろう。久しぶりの幸助以外の話し相手、何よりあいつが尊敬して止まない先輩だからな。もう少し付き合ってやろう。お前の想像通りお前の意識をこの世界に引っ張ったのは我だ。そしてその理由はお前と話をしたかったからだ』

 

「話?」

 

何度目かの疑問を口にする俺にキマイラは文句に近い言葉を言っていたものの説明をしてくれる。

『結構いい奴』という服部の評判は今のところ間違ってなさそうだ。

 

『幸助を介して見たお前に興味があってな。どれ、直接お前のことを調べさせてもらうぞ』

 

言うなりキマイラは俺に数歩近付いて右の前脚、いや手って言ったらいいのか?…を俺の額に伸ばしてきた。

そこから黄金の光が水のように流れ出てきて俺に注がれる。キマイラが脚を降ろすまでそれは光を失うことはなかった。

 

『ふむ、これはこれは。お前もお前で面白い奴だな』

 

「俺に何をした?」

 

キマイラのその言葉に俺は警戒する心を戻した。もしかしたら睨みつけるように相手のことを見ているかもしれない。

 

『そう身構えることはない。記憶を覗き見ただけだ。前もって許可を取らなかったのは謝るとしよう。悪かった』

 

記憶を見るだなんてそんな真似ができるのか。それは凄いとは思えるが黙って自分の過去を好き勝手見られるのはいい気はしない。

謝ってくれたのは予想外だったが

 

『そのお詫びと言ってはなんだがお前の知りたがっていることに答えよう。幸助のベルトの中にいる俺が何物でどういう存在かが一番知りたいのだろう?』

 

「あ、ああ…」

 

たったちょっとの時間脚を翳しただけでそこまで知られていたことに俺は戸惑いつつも返答する。

 

『我はかつて魔力を有していた人間たち、今のお前たちで言うウィッチのような人間たちと敵対関係にあった。太古の昔はネウロイとは別に強大な力を持った異形が蔓延っていた時代でな。我もその中の一つだった。だが戦いの中で我は人類によってある道具の中に封印される失態を犯してしまった』

 

「その道具っていうのが服部の持つベルトか」

 

『ご名答、封印された我は二度と外の世界に解き放たれることのないよう遺跡ごと地の中に存在を隠された。だがつい数か月前に扶桑で起こった地震がきっかけで扶桑の軍がベルトを見つけ再び外の世界へ出ることとなった』

 

今のところ出てきた話をまとめると、キマイラは大昔の時代に人類に牙を向いた化物の一体であり、ウィッチにあたる存在を始めとする人類によってベルトの中に、そして遺跡の中に封印されていた。

ところが最近になって遺跡とベルトが発見されたことで、服部と協力関係を結び俺の前に姿を見せるようになったと

 

「今の話が本当ならあんたは人類に恨みを持ってないのか?自分を長い間ずっと閉じ込めてた俺たち人間に何かしようとか思ってそうなものだけど」

 

『恨みか…封印されて最初の頃はそんな感情もあったような気がしないでもないが今はこれといってないな』

 

意外な答えだったが実際その言葉が嘘ではないとも思える。ネウロイと同じくらいの大きさと力を持っていて昔は人間と敵対していたにしては敵意を微塵も感じさせない。

 

『実を言うと昔も人間に対しては敵対心はおろか関心さえ持っていなかったというのが正直なところでな。他の周りの奴らがそうしていたからなんとなく我も、と言った感じだ。だが今は昔とは違ってお前たち人間というものに興味を持っている』

 

「服部?」

 

『ああ、そうだ。奴は面白い。俺を見つけた扶桑の軍人たちが訓練生も含めて何人もあのベルトを使って変身しようとしたがその中で唯一奴だけが我の興味を引き寄せ、協力を得ることに成功した』

 

キマイラはどこか嬉しそうに誇らしげな口調で語る。人間で例えるなら孫の成功を喜ぶおじいちゃんみたいでそう捉えてみるとなんだか可愛く見えてくる。

…そんな感想は置いといて俺は質問を再開する。

 

「服部を気に入ったのに理由があるのか?」

 

『その質問に対する答えはこの世界そのものだ』

 

「世界そのもの?」

 

『奴は妹を始め自分の身近にある大切なものを守るために今日まで生きている。この時から変わらず、自分に力があるかないかに関わらずな。我が心を覗いてきた他のどんな人間にもなかったその真っ直ぐさに惹かれた、といったところか』

 

その言葉を聞いて俺はこの世界の服部に視線を移す。

この世界にいる服部はこの景色を覚えているかどうかすら定かではない年齢のはずだ。なのに生まれたばかりの妹と一緒にいる景色が今も心に強く残っているというのは相当なもの。

そこまで妹のことを大事に思っていて、そんな妹に恥じない自分であるために真っ直ぐに生きていこうとする真っ直ぐな心に惹かれたのだと言うキマイラの言葉には俺も同意できる部分があった。

 

『さて、さすがに話し疲れた。今日のところはこの辺でお開きにするとしよう。ああ、言い忘れていた。お前の中にいる存在についてだが、残念なことに我ともかつていた我と同じような存在とも違う。ただ言えることがあるとすれば、それとの関わりは大事にしておくのが身のためだぞ』

 

「それってどういう」

 

『幸助のことをよろしく頼むぞ。先輩よ』

 

キマイラに詳しいことを聞こうとする前にキマイラの体全体が黄金に輝いて、光が川の水のように俺に向かって流れて来る。

目を覆う眩しい輝きと得体の知れないものであったために腕で身体を守る姿勢を取るが、それはまるで意味を為さずそして俺の意識はこの世界に来た時と同じ感覚に襲われた。

 

 

 

 

 

「ぅ…」

 

「先輩?起きたんですね先輩!よかったぁ」

 

目が覚めると俺の体にいくつかの情報がやって来た。服部の声、体にかけられた布団の温かさ、照明の眩しい光、どれもさっきまでいた世界では感じられなかったものだ。

つまりそれが意味するのは

 

「戻ってきたのか俺は」

 

仰向けでベッドの上に横たわっていた体を起こす。まだ頭がぼんやりとする。

そんな俺を横に置いた椅子から服部が気遣ってくれている。

 

「心配しましたよ。俺のベルトに触ったら急に倒れて眠ってたんで俺パニックになっちゃって。とりあえずベッドに寝かせてみたんですけど大丈夫ですか?どこも変なところありませんか?」

 

「どこも悪いところはない。悪いな、迷惑かけて」

 

もしも俺が逆の立場だったとしても服部と同じようになる。ここは一言感謝の言葉を言っておきたかった。

 

「迷惑だなんて、何事もなかったなら何よりです。あ、それでどうでしたか?」

 

「どう?ああ、会って話したよ。キマイラと」

 

「話せましたか。キマイラの奴先輩になんか失礼なこととか言ったりしてませんよね?」

 

「気のいい奴だったよ。服部から聞いてた通り」

 

「ならよかったぁ。安心しましたよ」

 

これでもし冗談でも失礼があったと言ったらきっと服部は自分のことのように俺に謝ったのだろうな。

そんな想像があっさりできるし、そんな服部だからキマイラも気に入って力を貸しているのだろう。

 

「ほんとよかった。キマイラの奴俺に言うみたいに先輩にとんでもなく失礼なこと言ってたら許さなかったですよ。いやぁ、ほんとうによかった」

 

服部が何かをほっとしたように言っているが俺の耳にはそれは一切入ってこなかった。

頭の中にキマイラの言葉が蘇っていたからだ。

 

-お前の中にいるそれとの関わりは大事にしておくのが身のためだぞ

 

俺の記憶の見た時にドラゴンのことも知ったのだろうがだとすると引っかかる。

キマイラは姿だけならまだしもドラゴンがどういった存在かまで把握したような口振りだった。

 

もしも俺の見立てが正しかったとしてキマイラは俺の記憶だけを元にドラゴンの存在を見抜いたのか?

中に宿している俺ですら『自分の中にいて力を与えてくれる謎の生き物』ということくらいしかわからないのに?もしかしてドラゴンはキマイラと同じ過去の異形で関わりがあったのか?

いやそれならばそんな大昔の生き物がどうして俺の中にいるのかまた違った問題が出てくる。

 

どれだけ考えても答えの出ないことだと俺は一時思考を止めた。いずれは知らなければいけないことだが今ある情報だけではどうにもならない。

だから今はこれでいい…これでいいはず、なのにどうにも俺の中にしこりのようなものが残っていた。




ソーマとキマイラの初邂逅回にして保護者面談回。

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