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「『夢』、『逃走』、『自愛』」
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私──
それは、冬のウィンターカップにて全国優勝を飾ること。
補足をするが、都内の女子校に通う私は、その学校のバスケットボール部に所属しており、二年生にして六番のユニフォームを着たエース。
知らない人からしたら、「それがどうした?」って感じになると思うけど、ウチの生徒からしたら褒め称えられたり、羨ましがられたりすることは間違いない。
何せ、私の学校のバスケットボール部はインターハイやウィンターカップの全国常連。
全国からよりすぐりの猛者が集まる中、私は十八人の中に選ばれた。
とても誇れることで、とても名誉な事だ。
同じ部活の同級生からは、頑張って来いと背中を押されたり、経験値しっかり稼いで来いと少しからかわれたりした。
……先輩たちからも頼りにしていると言われて、相当に舞い上がっていたし、天狗になっていたのかもしれない。
でも、練習は欠かさなかったし、部活終了後も残って自主練をしていた。
だから…今、目の前で起こっている現実を直視出来なかった。
『試合終了! 78対77で○○高校が優勝となります!』
実況席の人の声と同時に観客席から歓声が上がる。
だけど、今の私には届かない。
ずっと…ずっと……表示が一向に変わらない得点板を見ていた。
あと一点。
さっき打ったレイアップが入っていれば…私たちが勝っていた。
私がキチンと入れさえしていれば、先程の実況者から言われる高校名は変わっていたのだ。
泣いていた…試合に出ていたメンバーも、ベンチに居たメンバーも、観客席にいたメンバーも……全員が泣いていた。
何時も凛々しく居たキャプテンの
泣いていなかったのは…私だけだった。
自分の中にあったプライドやらなんやらが全て叩き壊された気分で、今すぐにでもこの場から逃げ出したい衝動に駆られた。
けれど、私には逃げ出す権利なんてなくて、試合相手や観客席に礼をする。
表彰式の時も、私は泣けなかった。
未だに実感出来ていなかったのか…はたまた……。
分からなかった、自分で自分が分からなかった。
ウィンターカップが終わって普通の練習が始まった翌日、私は部長兼キャプテンに任命されたが…途中で抜け出した。
体育館に居ることさえ辛くて、逃げ出したのだ。
…どうも、私は本気になれていなかったらしい。
泣けなかった訳はきっとそうなのだろう…。
そう考えると少し安心したのと同時に、バスケへの熱意があっさりと冷めていった。
結局、ウィンターカップが終わってから一週間ぶっ続けでサボり、バスケのことなんてすっかり忘れて生きていた。
だって、しょうがないじゃないか?
夢を果たせなくて、憧れていた先輩を泣かせて、本気になれていなかったことを自覚して、どうやってやっていけと言うんだ?
……私には、とても出来そうにない。
暗い考えを払拭するように、風にあたる。
屋上で当たる風は冷たいが心地いい。
十二月も終わりに近づくその日、八日目となるサボりは屋上に居た。
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最近、後輩の龍華が部活に顔を出してないらしい。
らしい、と言うのは後輩から相談されて知ったからだ。
何でも、バスケへの熱意が冷めてしまったとか?
馬鹿馬鹿しい、一瞬そう思った。
誰よりも努力家で、誰よりもバスケにひたむきだった彼女の熱が冷めるなんて。
天地がひっくり返っても起こらないと確信していた。
だが、現実はそう都合よく出来ていないらしい。
…現に、部活動真っ最中で居ないはずの龍華が屋上に居た。
思わず口から言葉が飛び出す。
「りゅ、龍華!? 何でここに居るの?! 部活は?」
「…球子先輩…」
気不味そうな表情でこちらを見つめる龍華。
何処か後ろめたさがあるのか、少し視線を逸らしながら話し始めた。
「…居づらくなったんです。部活に」
「どうして? 龍華は部長でキャプテンでしょ? イジメられてる訳でもあるまいし…」
「私、泣けなかったじゃないですか? あの時。きっと本気になれていなかったんです……。だから──」
彼女が次の言葉を言う前に、私は頬を引っ叩いた。
いきなりの行動に驚いたのか、龍華は体制を崩して地面に尻もちをつく。
「だから? だからバスケ辞めたの? 意味が分からない! そんなの逃げてるだけ! 知ってる、逃走兵に終わりはないんだよ? このまま逃げ続けるの? 大好きなバスケから、仲間から、信頼されてたコーチから、応援してくれてた親から、逃げ続けるの? 全てから逃げるのは、もう逃走でもなんでもないよ! ただの自愛! 自分が傷つくのが怖くて逃げてるだけ!」
言いたい事は別にあった。
ゆっくり戻ればいいと、諭そうと思ったのに。
何でか、こんな正論ばかりが出てきた。
…バスケを楽しそうにする龍華が本当に大好きだっから、勝手に投げ出そうとするのが許せなくて……それで……
ついつい、キツい言い方で責め立ててしまった…。
「…………そりゃ、怒りますよね。でも、もう無理ですよ。夢も果たせなくて、尊敬してた先輩を泣かせて、本気にもなれてなかったんですから……」
「U-18日本代表。…ウチの学校からは私と龍華が選ばれてた。一緒にやろうよ? 悔しいって気持ちが少しでも残ってるなら、他の舞台で思いっきり晴らしてやろうよ。世界に八つ当たりしに行けばいいじゃん!」
辞めて欲しくなかった。
バスケをやっている時に魅せる、龍華の輝くような笑顔が見たかった。
我儘かもしれないけど…彼女ともう一度バスケがしたかった。
同じチームでやることは、今後あるか分からない。
だったら、今やらなければ。
「…他の人の方が──」
「他の人じゃダメなの! 私は……私は……龍華と一緒にやりたいのよ!」
「球子先輩…」
「お願い。最後にもう一度だけでいいの、貴女と一緒にバスケがしたい」
「分かり…ました。やります…私もやりたいです」
ぎこちなく笑う龍華を見ながら、私も笑った。
最後まで想いは伝えられなかったけど、今はこれで十分だろう。
まだ時間はある。
今度こそ自愛の所為で逃走…もとい逃げる結果にならないように…。
優勝してみせる!
私はそう強く心に誓い、龍華の手を取った。
「ほら! 早く行かないとコーチに怒られちゃうよ?」
「怒られるのはもう確定ですよ…」
「任せといて! 私が何とか言い含めといてあげるからさ」
走りながら、小さく舌を出して龍華に向かってウィンクをした。
私達の残り僅かな青春…絶対に笑顔で終わらせてみせる!
二つ目の誓を新たに立て、弾む心のままに廊下を走る。
途中で先生に注意されたがどうでもいい。
だって、私達は今──
「青春してるんだから!」
高らかに叫ぶ私に若干引きつつも、龍華も笑って叫んだ。
夢を終着点と言うか、夢を通過点と言うか。
人それぞれの違いだが、私は夢は通過点だと思う。
何故かって?
答えは簡単で、もし、夢を終着点と考えたらつまらないからだ。
夢を通過点にするために私達は走り続ける。
夢を超えた先にあるものが見たいから……
次回もお楽しみに!
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