百合の花〜三題噺の箱庭~   作:しぃ君

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文系女子と神話生物系女子が出会ったら

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「『混沌』、『裏側』、『恋』」

 

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 高校三年生の春、進学にしても就職にしても、進路活動に追われる一年が始まるその時期。

 一人の転校生が訪れた。

 一流の造形師に造らせたような無駄のない体付き、夜空に浮かぶ星々を彷彿とさせる輝く銀色の髪、最後に深淵と言っても過言ではないほど暗い純黒の瞳。

 

 

 人目見ては分かった、彼女は普通じゃない…と。

 担任が黒板に名前を書く中、純黒の瞳は冷たく私たちを見下ろしていた。

 男子連中は美女のそんな眼差しに、形容し難い快感を覚えていたようだが、私──噺書(はなしかき)L(ラブクラフト)想加(そうか)は違う。

 …私は彼女の視線に恐怖と好奇心の両方を感じた。

 

 

 因みに、一応言っておくが私はアメリカ人の父と日本人の母の間に生まれたハーフだ。

 名前がややこしいのもその所為。

 元々、母さんの苗字がややこしいが今は気にする場面ではない。

 父さんは作家で、とある神話体系を確立した凄い人だ。

 

 

 私も父さんに触発されて、今では物書きの端くれ。

 だが、一つ腑に落ちない事がある。

 父さんは私に作品を見せてくれたことがないのだ。

 何でも、混沌がどうのこうのと言っていたが意味が分からない。

 

 

 ……また、話が逸れてしまった。

 今は目の前の好奇心を唆られる転校生の動向を観察しなければ。

 

 

「はーい! 静かに静かに。彼女はナイアー・ラトテップさんだ」

 

「ナイアーでも、ラトテップでも好きな方でどうぞ」

 

 

 どこかで聞いてことがあるような…ないような。

 まぁ、取り敢えずハッキリしたことがある。

 彼女は異国の人と言うことだ。

 幸い、流暢な日本語を喋るので会話に支障はない。

 距離を詰められば、きっと面白いネタがゲット出来るに違いない。

 

 

 この時の私は馬鹿だった。

 彼女が──ナイアーさんが裏側の人間どころか、神であり這い寄る混沌と言う別名を持つ怪物だったなんて、知りもしなかったのだから。

 

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 ナイアーさんが転校してきて早数ヶ月。

 私は、何とかナイアーさんと距離を縮め、親友と言えるレベルの仲になった。

 ここまでに出来うる限りの努力をしてきたのは、ナイアーさんには秘密だ。

 

 

「想加? 今日は何処に行くの?」

 

「え? あぁ、最近新しいケーキ屋さんが出来て、そこに行こうかなーって。どうかしたの?」

 

「…いえ、少し話したいことがあったから」

 

「話したいこと? ケーキ屋さんの中でも出来る話し? 出来ないなら場所変えるけど…」

 

(キター!! これは確実にキタ! やっとネタゲットのチャンス。粘り続けた甲斐があったよ!)

 

 

 苦節数ヶ月、穏やかな春と激しい夏を乗り越えて、ようやく辿り着いた。

 この数ヶ月で、ナイアーさんの事は色々と分かったが、それ以上の事が聞けるのなら最の高だ! 

 

 

 分かり易く、ナイアーさんの情報を纏めるとこうだ。

 その一、身体能力はトップアスリート並。

 その二、学力は全国模試余裕の一位。

 その三、学園祭であったミスコンで堂々たる一位。

 その四、変装と言って全く別の姿に変わる時がある。

 その五、偶にボソリと「シャンタク鳥」や「忌まわしき狩人」と寂しそうに呟く。

 

 

 ……四からは意味不明だが、構わない。

 些細な情報も、いずれ代えがたい宝になるかもしれないのだから。

 

 

「いいえ、ケーキ屋でも大丈夫よ」

 

「なら良かった。ナイアーさん、前甘い物作ってあげた時凄く嬉しそうだっから、このお店どうしても紹介したくて!」

 

 

 私が笑顔でそう言うと、ナイアーさんは少し顔を俯かせて耳を赤くしていた。

 追加事項として、最近知った事を書き加えると。

 その六、ナイアーさんはとても私に好意を持っている──いや恋をしている。

 好意や恋から生まれた感情を悪用するのは嫌なので、出来るだけそうしないように振舞っているのだが、如何せん上手くいかず時たまこうなってしまう。

 

 

 だけど、そんなビクビクした生活も今日でおさらば。

 ネタさえゲット出来れば、後は本当に普通の親友としてやっていける。

 下心なく過ごせるのは凄く望ましい生活だ。

 …そして、時が経ったらしっかりと言おう。

 言えばきっと信じてくれる。

 

 

 もしかしたら、絶交を切り出させる可能性もあるが構わない。

 私はそれだけの事をしたのだ。

 …でも、出来るなら親友として、今後も付き合っていきたい。

 

 

 よし! 

 取り敢えずは話を聞こう。

 考えるのはそれからでもどうにかなる筈だ! 

 

 ──────────

 

 日本のとある学校に転校して早数ヶ月。

 私は生まれて初めて、友と言える存在が出来た。

 這い寄る混沌や無貌の神としての私を知らないからかもしれないが、それでも嬉しかった。

 本当の意味で世界の裏側に居る私に、普通の学友のように接して来てくれた人間は初めてだった。

 

 

 大抵は、私の深淵を映す瞳を見て、畏怖や恐怖してしまう者ばかり。

 だが、彼女は恐怖を好奇心で上書きしてまで私に迫った。

 下心…そう言えるモノがあったのは確かだろうが、それでも嬉しかったのだ。

 人間なんて、私に弄ばれるだけの存在だと思っていたが、存外違ったらしい。

 

 

 今では、私の方が弄ばれている。

 想加の一挙一動に心動かされてしまう。

 少し手が触れるだけで胸が高鳴り、想加に話し掛けられるだけで心が弾む。

 傍に居るだけで、幸福な気持ちになれるなんて知りもしなかった。

 人間を破滅に追い込み、堕ちるところまで堕ちたさまを見るのがずっと幸福だと思っていた。

 

 

 違う、違うのだ。

 想加が教えてくれた。

 彼女が笑ってくれるだけで心が温かくなって、彼女が嬉しそうにすると自分も嬉しくなれて、幸せが溢れてくる。

 逆に、彼女が泣いていると自分も悲しくて、彼女が怒っていると自分も怒りを抱いてしまう。

 

 

 …認めよう、私は想加に恋をしていると。

 だけどきっと、私と恋仲になったら彼女──想加は色々な輩に狙われる。

 それで、彼女を傷つけるなら一緒に居ない方が良い。

 …それに、アザトース様が何と言われるか分からない。

 あの方の一言で、私はこの世界に居る全ての生命を敵に回す事もありうる。

 

 

 けど、私は……

 

 

「ナイアーさん? ケーキ来たよ?」

 

「ご、ごめんなさい。ボーッとしてしまって…」

 

「良いよ。気にしてないし。…それより、話があるんでしょ?」

 

「…うん。……実はね──」

 

 

 私は話した。

 自分の事、この世界の裏側──外宇宙の事。

 過去に起こした事件や悪行の数々。

 覚えている限りの全てを話した。

 常人なら、この話を聞いただけで正気ではいられなくなるが…想加は踏みとどまったようだ。

 

 

 大分、顔色が悪いが……

 

 

「いきなり、こんな話をしてごめんなさい。でも、どうしてもいっておきたくて…!」

 

「そ、そっか。話してくれて、ありがと」

 

「あ、あとね、もう一つ言いたい事があって…。その、えっと……想加の事が好きなの! も、勿論、LIKEじゃなくてLOVE! こ、恋の方で」

 

「あ、それは知ってるから大丈夫」

 

 

 さっきまでとは打って変わって、冷静な顔で返事をしてきた。

 そ、その前に! 

 ま、待って……嘘……気付いてたの? 

 有り得ない! 

 騙し通せてると思ってたのに! 

 

 

「…私が作家志望だって話したよね?」

 

「そ、それは前に聞いたわ。それが?」

 

「人間観察、苦手じゃなくてさ。ナイアーさんのことは出会った頃からずーっと観察してたんだ。だから、私に……その……好意を持ってくれてたのも何となく知ってる」

 

 

 頬を朱に染めて話す想加は何だか凄く愛おしい。

 このまま食べてしまいたいくらい。

 …おっと、不味い不味い。

 最近、人間よりになっていた感覚が怪物側に戻りつつある。

 それもこれも、想加の所為だ! 

 

 

「……返事、聞いても良いかしら?」

 

「…うん。大丈夫」

 

 

 想加は一拍置いてから言葉を──言う前に窓ガラスが割れる。

「ガシャアン!」と音を響かせて、体表を湿った鱗で覆った人型の生物がケーキ屋に侵入して来た。

 ……深きものども、何でここに。

 それよりも、早く想加を逃がさなくては! 

 

 

「想加、早く外に」

 

「で、でも…」

 

「私はナイアーラトテップ。あんな奴らには遅れを取らないわ。それに…私は貴女が傷つくほうが嫌」

 

 

 私がしっかりと言い切ると、想加は避難している人に混ざって外に出た。

 スマホも持って行っている辺り、冷静さはあったようだ。

 …良かった。

 私の本当の姿を見られたら、きっと今まで通りなんて無理。

 付き合うどころか、絶交確定。

 

 

「ほほう、お前。同族か?」

 

「お前たちのような下級なものと、私が同族だと? 大きくでたな!」

 

 

 傍に誰も居ないことを確認して、私は本気で拳を振り抜いた。

 深きものどもは油断していたのか、簡単に私の拳を受ける。

 拳を受けた個体は、内側から爆発し息絶える。

 

 

「な、何!?」

 

「さぁて、今度はだぁれ?」

 

 

 私は想加に会う以前のように、不気味に表情を歪ませて深きものどもと相対する。

 数は後二匹、油断していたとしても、余裕で捌ききれる数だ。

 ……告白の返事を邪魔された借りは大きい、絶対に生きて返すものか! 

 

 

 そうして、私は本日二度目の鉄拳制裁を加える為走り出した。

 

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 ……昨日、未確認生物(UMA)が乱入して来た所為で言いそびれちゃった。

 ナイアーさん、大丈夫かな? 

 大丈夫だよね? 

 昨日調べたけど、ナイアーラトテップってクトゥルフ神話の中では強い部類に入る筈だし。

 

 

 這い寄る混沌とか無貌の神とか別名も有るくらいなんだから、きっと大丈夫……大丈夫だと思いたい。

 朝、学校に行く途中の道で、私はずっとナイアーさんの事を考えてた。

 恋愛感情なんて、無いと思いっていたのに…。

 

 

「あるとすれば、一目惚れ…なのかな」

 

 

 何時もなら隣に居る彼女が居なくて、少し寂しさを感じる。

 悶々とした気持ちを抱き続けるくらいなら、早く言っちゃえば良かった。

 私が後悔を口に出して言おうとした時、後ろから肩を叩かれる。

 

 

「おはようございます、想加」

 

 

 そこには、所々にかすり傷を負ったナイアーさんが居た。

 処置はしてあるけど、雑差が目立つ。

 応急手当などした事もなかったのだろう。

 …ナイアーさんの傷を見て思った。

 逃げよう、と。

 

 

「ナイアーさん。逃げよっか?」

 

「そ、想加? いきなり何を?!」

 

 

 彼女の手を取り、無我夢中で走り始めた。

 ノートパソコンに向かってキーボードを打つだけの生活をしてきた私にとって、運動は苦痛で苦痛で仕方がないがナイアーさんの為ならどこまでも走れる気がした。

 十分ほど経っただろうか……

 ぜぇ、はぁ、と息が絶え絶えになっている私を見ながらナイアーさんがそっと呟いた。

 

 

「何で……そこまで……」

 

 

 呟きは本当に小さくて、普段の私ならきっと聴き逃していたが、今の私は恋する私だ。

 好きな人の言葉は絶対に聴き逃したりしない! 

 

 

「…好きだから」

 

「えっ? …も、もう一度言ってくれない?」

 

「だ〜か〜ら〜、好きだからですよ! 何度も言わせないで下さい!」

 

「ご、ごめんなさい」

 

 

 …はぁ、想いを言葉にして…声にして伝えるって恥ずかしいものなんですね。

 物語の中の主人公に臭いセリフを言わせることは良くありましたが、まさか自分が言う側に回るなんて、思いもしませんでした。

 ですけど……これも良い体験ですよね? 

 

 

「ナイアーさん。逃げましょう、世界の裏側でも何処にでも。貴女が居れば、私はどこでだって私で居られるから。……あっ、でも、出来るなら電気があると嬉しいな〜? 紙で書くの慣れてないから」

 

 

 私が苦笑気味にそう言うと、ナイアーさんふ吹き出すように笑ってこう言った。

 

 

「もう、それじゃあ、さっきまでの言葉が台無し」

 

「……えへへ」

 

 

 満更でもない笑顔だ。

 …私は物語の主人公みたいに、特別な能力がある訳じゃない。

 投げ出すことの出来ない宿命や、成さなければいけない使命がある訳でもない。

 この世界ではモブも良い所だ。

 

 

 だけど、大切な人を笑わせることくらいなら出来る。

 彼女と居れば、私が徐々に壊れていく可能性は否定できない。

 …まぁでも、物書きなんて壊れててなんぼだ。

 きっと、何とかなる。

 例え、ナイアーの深淵の瞳に引き込まれても構わない。

 

 

 混沌の中に堕ちようと、私は私……噺書・L・想加だ。

 

 

「…じゃあ、行こっか。貴女が好きそうな場所に連れてって上げる。ネタが困らなそうな場所よ」

 

「やったぁ! ドリームランドとか行ってみたかったんだよね!」

 

「何処へでも連れて行って上げるわ。貴女が望むなら」

 

 

 彼女に畏怖や恐怖の念を抱かない私は、既に狂っているのだろうか? 

 それとも…………

 

 

 考えるのはやめだ。

 今は楽しもうじゃないか。

 折角、次元の扉を超えることが出来るのだから。

 

 

 斯くして、私たちの異次元逃亡の度が始まった。

 この後、クトゥグアに殺されかけたり、ハスターとお茶したり、はたまたヨグ=ソトースに求婚されたりと色々あったが、書き記すのはまた別の機会にしよう。

 

 

 時間はまだたっぷりとあるのだから。




 次回もお楽しみに!

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