百合の花〜三題噺の箱庭~   作:しぃ君

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 今回の話も胸糞っぽいので苦手な人はブラウザバック推奨です。


助けて欲しくて欲しくなくて

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「『存在価値』、『絶望』、『ごめんなさい』」

 

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 私、結坂(ゆいざか)千夏(ちか)は…親から虐待を受けている。

 いきなりこんな話をされたら混乱すると思うから、順を追って話そう。

 

 

 最初の原因は、恐らく私にある。

 生来、私は体が弱かった。

 ただの風邪で生死を彷徨うのは当たり前、たった数十秒ほど夏空の日差しに当たっただけで熱中症で死にかける。

 他にも、体を少し強く壁に当てただけで、骨にヒビが入り病院行き。

 

 

 幼い頃から、両親に多大な負担を掛けていた。

 それが原因か、両親は些細な事で私に手を挙げた。

 母は、トイレのドアを閉めないから、エアコンがついているのに部屋のドアを開けっ放しにしたから、掃除が下手だから、作った料理が不味いから、そんな理由で叩かれる。

 父は、テストの点が悪いから、持久走での順位が低いから、面倒事を押し付けるから、箸の持ち方が下手だから、そんな理由で殴られる。

 

 

 勿論、私が全面的に悪いものもある。

 だけど、どう足掻いても出来ないものがあった。

 テストの点数や持久走の順位だ。

 これだけは、体が弱くてまともに学校に行けていない私にはどうにも出来ない。

 

 

 点数を上げるために必死で勉強しても、順位を上げるため必死に走り込みをしても、結果はたかが知れていた。

 途中で力尽きるのだから、良い点数や良い順位が取れる訳が無い。

 

 

 小学校五年生までそんな事が続いたが、私は両親を愛していた。

 病気にかかった時に看病してくれたのは母だったし、怪我をした時に私を病院まで運んでくれたのは父だったから。

 だから、私に厳しく接するのも愛故に、強く育って欲しいと思ってるからだと、幼いながらに信じていた。

 

 

 しかし、その幻想は──本当に呆気なく砕け散る。

 十一歳の誕生日だったその日、私は浮かれていて…当時の母が大事にしていたコップに傷を付けてしまった。

 隠す事など選択肢に無かった私は、恐る恐る傷付けてしまったコップを母に見せて謝った。

 

 

「お母さん、ごめんなさい! コップ…傷付けちゃった」

 

「………そう。もう…いいわ」

 

 

 長い間を開けて、母はそう言った。

 許してもらえた、そう思ったが母の言葉には続きがあったのだ。

 その続きとは──

 

 

「あなたなんて、産まなければよかった」

 

「…………え?」

 

 

 存在価値の否定。

 続く言葉は、私と言う存在の価値を根本から否定する言葉だった。

 物理法則に従って、目から出た涙が地面に落ちる。

 驚きより先に来た感情は……絶望。

 愛されていると言う幻想を壊されたことによる、深すぎる絶望が私に襲いかかった。

 

 

 そして、その日を境に虐待は明らかに酷くなった。

 何もしていないのに、ただムカついたからと理由で殴られて、ストレスを発散するために叩かれて……仕舞いには台風の中で家の外に追い出された。

 

 

 ようやく、ここまできて悟った。

 両親にとって私は、本当に存在価値なんてないと言う事を。

 両親にとって私は、ストレスを発散するための道具だと言う事を。

 絶望と言う感情は、私の中で日に日に大きくなっていき、遂には両親に向けていた愛情さえも飲み込まれた。

 

 

 表向きは仲の良い家族、だから中学三年生になった私に両親は家庭教師を雇った。

 早く寮がある高校に受かって、家から出て行って貰いたいのだろう。

 ……少しは体が強くなった私自身も、実家から早く出たいと思う気持ちは強く、家庭教師の件で反対などしなかった。

 

 

 家庭教師が来る最初の日、私は緊張しながらも部屋で先生を待っていた。

 優しい人だったら良いな、と思いつつそれほど期待はしておらず。

 勉強を真面目に押してえくれれば誰でもよかった。

 けど、来た先生は良い意味で私の期待を裏切ってくれた。

 

 

「は〜い。今日から勉強を教えさせてもらいます、金沢(かなざわ)優奈(ゆうな)です。拙い所もあるかもだけど、精一杯頑張るからよろしくね?」

 

「は、はい! こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 

 マシュマロのように柔らかそうな肌色の体は、無駄に付いた肉があまりなくグラビアアイドル顔負け。

 少しウェーブがかかった明るい茶色の髪に、広い海を表すかのような蒼い瞳。

 雰囲気、声、瞳、仕草、全てが柔らかく温かい人だった。

 

 

 優奈先生に出会ってすぐに、二つの思いが生まれる。

 彼女に助けてもらいたい、と言う思い。

 彼女に虐待の真実を気付かれたくない、と言う思い。

 二律背反のような思いだった。

 

 

 絶望から来た、救いの思い。

 存在価値の否定から来た、もう誰に捨てられたくないと言う憐れな思い。

 絶望から救って欲しくて、真実を気付かれて捨てられたくなくて、欲張りな思いが生まれてしまった。

 

 

 中学三年生の夏休み、私は怯えながらも優奈先生に会える日を楽しみにしていた。

 

 ──────────

 

 私、金沢優奈が美少女の中の美少女と言っても過言ではない、結坂千夏ちゃんに出会ってから数週間。

 病的なまでに白い肌と、私と似た明るい茶色の髪、瞳の色は透き通る翠色で、まるで異世界の住人に出会ったように感じたが、今では大分落ち着いてきた。

 

 

 千夏ちゃんも、最初は私の事を警戒していたようだったけど、挨拶で悠々と挽回出来るほどのコミュ力が私にはあり、最初の授業もスムーズに進められた。

 

 

 夏休みも半ば終わり、八月の中旬。

 家庭教師のバイトが二桁目に突入したその日。

 私は……凡そ他人が踏み込んではいけない、彼女の──いや()()()()()()の領域に踏み込んでしまった。

 

 

 その日は丁度、予定の時間より早くバイト先の結坂家に着いてしまい、千夏ちゃんの部屋に上がっていて良いとの事だったので、遠慮なく上がらせてもらったのだが……

 

 

 どうにもタイミングが絶妙に悪かったらしい。

 夏の蒸し暑い季節、エアコンを付けていても嫌でも汗はかく。

 事実として、この現象は誰しも例外はない。

 そう、千夏ちゃんも……だ。

 

 

 今日は家庭教師のバイトの日、千夏ちゃんもそれを知っているので、汗をかいたら服を着替えるか汗を流しにシャワーに入る。

 彼女の行動は前者のそれで、だからこそ必然か偶然か…それは起こってしまった。

 

 

「ノックもなしにお邪魔しま〜す。しっかり勉強してるかな〜?」

 

「ゆ、優奈先生!? ご、ごめんなさい! まだ着替え中なので、そ、外に!!」

 

「わわ!? こちらこそ……ごめ…ん…ね?」

 

 

 …痣、痣、痣、痣。

 服の下には、数え切れないほどの無数の痣があった。

 全ての痣が服の下に隠れているあたりを見ると、やった人間はしっかりと考えて暴力を振るったことが分かる。

 

 

「……千夏ちゃん、その痣」

 

「っ……! こ、これは、その……」

 

 

 千夏ちゃんの声は段々と小さくなっていき、代わりに翠色の瞳からポタホタと涙を流し始めた。

 話を聞くに、両親から暴力を振るわれている…らしい。

 らしい、と言うのは今の彼女が本当の事を言っているのか分からないからだ。

 

 

 だって、両親は子供を何よりも大切にする者の筈だ。

 それが、暴力なんて……

 

 

(踏み込むのはお門違いかもしれない…けど…。今、千夏ちゃんの言葉を信じなかったら一生後悔する気がする…だから)

 

 

 真実を確かめに行く。

 虐待のことを堂々と聞き、動揺したらその時点でクロだ。

 いや、動揺しない方がクロかもしれない。

 ……ここで立ち止まって考えるのは辞めだ。

 目で見て、心で聞けば相手の嘘なんて何となく分かる! 

 

 

「ごめんね、千夏ちゃん。ちょっと先生、下でお話してくるよ」

 

「だ、ダメ!! そしたら、優奈先生に迷惑が…」

 

「でもね、千夏ちゃんの言葉が本当なら、私は一大人として千夏ちゃんを助ける義務があるの」

 

 

 大学二年生の若輩者だが、一応は大人。

 傷付いている年下の女の子を助けるのは、義務にも似た善意だ。

 そうして、私が下に降りるために部屋のドアを開けようとすると、服の裾を千夏ちゃんが弱々しく掴んでいた。

 

 

「ごめんなさい…ごめんなさい…それだけは、辞めてください」

 

「……………………」

 

 

 言葉が出なかった。

 出る筈もなかったのだ。

 両親の言葉に、自分の扱いに酷く絶望したのに、存在価値の否定に酷く心が傷付いた筈なのに……

 

 

 それでも彼女は、両親に恩義を感じて助けようとしている。

 痛々しかった、見ていられない程に痛々しかった。

 だから、私は決めたのだ。

 

 

 この子を優しくて温かい場所に連れて行ってあげよう、と。

 

 

「千夏ちゃん。一つだけ、言ってもいいかな?」

 

「……はい」

 

「私と一緒に暮らさない?」

 

「…嬉しいです。…嬉しいですけど……」

 

「心配しないで、嫌だろうけど体の痣とか証拠写真撮って、千夏ちゃんの話も合わせればあの両親からあなたを救える」

 

「…お父さんやお母さんは、どうなるんですか?」

 

「法で裁こうなんて考えてないよ? 千夏ちゃんは嫌なんでしょ?」

 

 

 私の何時もの声音に、千夏ちゃんはコクリと頷いた。

 

 

「だったら、近付けないようにだけすればいい。弁護士さんに相談して、色々とやればそれくらい出来るから」

 

「……ありがとうございます。もう、好きでもないけど恩があったから、仇で返したくなくて…」

 

「ホントに、良い子だね。千夏ちゃんは」

 

 

 上手く笑えているだろうか? 

 あまりの怒りに青筋を浮かべそうなのを必死に堪えて、優しく千夏ちゃんを抱きしめた。

 苦しかっただろう、悲しかっただろう、辛かっただろう。

 私が、今までの不幸を思い出しても、笑えるくらい幸せにして上げなければ! 

 

 

 それが、子供から両親を取り上げようとする、私の覚悟だ。

 

 

 二週間後の八月末、私はある誓約書を持って結坂家に訪れた。

 誓約書の内容を守らなかった場合、罰金が発生することを念入りに言って印鑑を押させた。

 内容は小難しく書いてあるが、大きく分けると二つ。

 一つ目は、千夏ちゃんの半径三百メートル以内に近付かない事。

 二つ目は、成人するまで毎月養育費を払う事。

 

 

 …養育費の方は取れるだけぶんどっておいた。

 今までの罰、と言うやつだ。

 散々千夏ちゃんに酷いことをしたのだ、それなのに全て金で物事が簡単に片付くなら、願ったり叶ったりだろう。

 

 

 これから、私と千夏ちゃんの生活が始まる。

 戸惑うこともあるだろうが、彼女にはゆっくりと心を開いていって欲しい。

 遠くない未来、彼女自身が──千夏ちゃん自身が憂いなく最高の笑顔で笑える為に。




 次回もお楽しみに!

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