その日――カルデアは最後の黒き神が支配するインド異聞帯を突破した。その地を担当してたクリプターであるスカンジナビア・ペペロンチーノはコヤンスカヤとの取引によって大西洋の異聞帯へと足を運んでいた。
カルデアに敗れた身とはいえ、クリプターとしての役目は放棄していない彼もまた、残っているクリプターと共に三つの異聞帯に関する報告を椅子に腰かけて聞き入っていた。その中でベリルが軽い口調ながらもどこか殺気を感じさせるように口を開いた。
「しっかし、カルデアの連中もやるもんだ。インドも無茶苦茶だったみたいだが、ペペロンチーノが負けるとはな。キリシュタリアの評価は間違っちゃいなかったって訳か」
以前、クリプターのリーダーであるキリシュタリア・ヴォーダイムはカルデアを『世界を覆すのに慣れている連中』と評していた。その評価はあながち間違いではない。カルデアは自分達の喉元に刃を突き付ける存在だと認識をあらたにしたようだった。
そして、残っている異聞帯の状況を一通り確認し、今回の顔合わせも終わりといったところで、通常ならばこの場に列席するはずのない一人の男から低い声が発せられていた。
「ふむ……。本来ならば私が口を挟むべき事柄ではないが、少し時間を貰っても良いかね?」
それは見た目は日本人であり、黒い法衣を身に纏った神父からだった。言峰綺礼を依代とした疑似サーヴァント。普段はギリシャ異聞帯で汎人類史の英霊と戦闘を繰り広げている男だ。
その発言に対して、クリプター一同は彼に視線を向けて続きを言うように促している。
「そう身構えないで欲しいものだ。君たちにとっても無関係な話ではない」
この疑似サーヴァントがわざわざ自分達に対して報告がある。それは空想樹に関することか、はたまたカルデアへの注意を促すためか真意を掴めずにいるクリプターだった。
「これは……、先日コヤンスカヤがシャドウ・ボーダーに乗り込んだ際、カルデアの記録の一部を手に入れた様だったのでね。それに関する報告だ」
神父はどことなく楽しげだった。重苦しい雰囲気にも関わらず、口元はどことなく緩んでいる。
そして、その彼の口から――
「これは先日、カルデアに召喚された新たなサーヴァント、真名は伏せて”サーヴァントG”とでもしておこう。または仮の名である”H・A”の現状報告だ」
映し出された記録映像にデイビット・ゼム・ヴォイド以外の全員がポカンとしていた。そこに映ってるのは流れるような長い黒髪をなびかせて露出度の高い服を着こなしてビーチの様な所で、なにやら狼狽えている女性だった。
「げえ……、貴様は!? 待ちなさい、こいつが按摩師のワケないでしょう!? もっとおぞましい何かじゃない!」
その光景にクリプター達の顔は引きつっていた。按摩師を称するどう考えても
「お……おい、あれってどう考えても顔じゅうの穴から血が噴き出るやつだよな?」
「うっわ……、えげつないわ……。私も人の事は言えないけど……。ちょっと気の毒になるわね」
「これで近代の英霊って……ありえないだろ」
などなど、ドン引きしているのが声を聞いただけで分かるような雰囲気で感想を述べている。そして別の映像が映し出されると。
「藤丸、購買でパン買って来て」
とか……、
「ちょっと藤丸。その雑誌、私に寄越しなさい」
または――
「藤丸、肩揉んで」
そんなサーヴァントGと藤丸の仲睦まじい光景から、何故か殴り合いをと称した戦闘シミュレーションでH・Aのマスターとしての能力が著しくかけている事が証明されたりと数々の事実が明らかになっていった。
極めつけは、エジプトな雰囲気のセレブなカジノにて具合の悪そうなサーヴァントGが――
「あーはいはいどうせ私はそれくらいしか出来ない女よ! 爆散すればいいんでしょう爆散すれば」
そんな文句を言いつつ、血飛沫を巻き上げて自爆していたかと思ったら次は。
「ははは! 逃げ惑うがいい、人間達め! カジノ滅ぶべし!(やけくそ)」
体を再生させてから捨て鉢に叫んでいる女性の姿があった。その光景にクリプターは誰も一言も発せずにいたが、そんな事は関係ないとばかりにデイビットが静かに口を開いていた。
「この女性は、どこからどう見ても芥ヒナ――」
「待て! それ以上は言ってやるな! あいつはもう俺達の知っている人物じゃないんだろうよ……。そう考えるのが……あいつのためだ……」
一応は彼女の名誉を守ろうとしているらしいベリルは咄嗟にデイビットの言葉を遮り。
「でも……、これはこれでとってもいい事だと思うわ。私達といた頃より楽しそうだし……ね?」
ペペロンチーノは、映像の中の女性の在り方も悪くないと安堵の表情を浮かべていた。その中で、少しばかりイラつきながらカドックが否定的な言葉を紡ぐ。
「馬鹿馬鹿しい、こんなのがどうだっていうんだ! これを見せるためにこの場に現れたのか、ラスプーチン!」
「カドック・ゼムルプス、君は本当に……、自分には何の関係も無いと言い切れるのかね? あの時、シャドウ・ボーダーから連れだした事をもっと感謝しても良いかも知れんが。例えばこれだ」
神父は一枚の写真をカドックへ投げ渡していた。それにはとある人物がわけの分からない格好で写っていたのだ。
「これはカルデアの新所長だろ。何でこんな昔の日本の服を着ているか知らないけどな。これがどうしたんだ?」
「その写真は、ビーストⅢ/Lによって創り出された特異点でのものだ。記録によれば徳川化と命名されていたが、例えば……だ」
神父はカドックの疑問を解消するように説明をしていった。
「君があのままシャドウ・ボーダーに残されたままだったとしよう。であればカルデア新所長ではなく、カドック・ゼムルプスが徳川化を受けていた可能性も否定できまい」
その一言に、カドックの表情が見る見るうちに強張っていくのが他の面々にも見て取れた。
「その所長と同じく、サムラーイなちょんまーげと服装で徳川カドック……、いや徳川
「……ぐっ!」
その想像をしたカドック唇をかみ、ひたすら耐えていた。しかし、神父はなおも続ける。
「サービス精神旺盛なカーマの事だ。彼の皇女に似た格好をして、君をもてなしていた可能性もあるだろう。そして、もしカルデアのマスターが召喚した汎人類史のアナスタシアがその場にいたとしたら、その現実に耐えられると……確信を持って言えるのかね? そうであればハラキリものだろう?」
「う……うわあああああああ!!」
奇声を上げてカドックは俯いていた。ある意味、死よりも恐ろしい辱めを受けている状態だ。対する神父は実に楽しそうである。
「カドック、少し散歩でもしてくるといい。ラスプーチン、報告は感謝する。しかし、こういった行動は控えて欲しいものだ」
「少々、やりすぎたかもしれんか。ならば私はもう退散しよう」
キリシュタリアに促されるように、神父はその場を去って行った。カドックも続いて俯きながら外へと向かっている。先程の想像を一刻も早く忘れたいのだろう
「では……、今回の報告に関してはこれで終わりとする」
これで解散となったテーブルにはキリシュタリアが一人残っており、
「敗けられない……か。オフェリア、君はもしかしたら……綺麗なままで逝けたのかもしれないな……」
そう呟き、拳に力を込めていた。汎人類史のマスターに敗けるわけにはいかないと――
クリプターにもギャグパートがあったって良いじゃない