最強魔女と狼娘   作:双碧

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川船にて

 翌朝、宿から街道を更に進み大きな川が見える場所まで辿り着く。

 こちらと川の対岸に桟橋が架かっていて、そこそこの船の数があるのが目に付く。

 向こう岸も一応見えなくはないが流石に遠く、泳いでいくのはもってのほかだろう。

 大半の船は下流に行くようだったので、次の船が何時なのかは正直わからないのだけど。

 

 乗船場所付近にある広めの小屋の中で私とイズクはシアが戻ってくるのを待っている。

 小屋の中は冬季だからかあまり人がおらず、寂れているようにも見えなくはない。

 

 地図が読めなかったイズクは椅子から立ち上がって感心したように。

「割と大きい川を渡るのね」

 暗い表情でそんなことを呟いている。

 

 朝からディアムという人のことを――正確にはその人に怒られて無視されることを――心配しているようだった。

 それとは別により顔色が優れないので私は興味本位で聞いてみる。

 

「川を渡るのとか、船とか苦手なんですか?」

「少し、ね。何より時間がかかるじゃない。いい思い出もないし」

 

 過去のことを思い出しているのか身震いをするイズク。

 これ以上聞くのは失礼かなと思い、そうなんですか、と濁すと。

 

「そう、間違って床板踏み抜いちゃって船が沈まないように水をかき出し続けなきゃいけなくなったり、身を乗り出して落ちたり……散々な目にしか遭ってないのよ」

 

 勝手にイズクが体験談を披露し私は思わず苦笑いしてしまう。

 と、船のチケットを買いに行っていたシアが戻ってくる。

 

「おかえりなさい」

「ただいま、アズ。船は半刻後に出るらしいから、もし何かあるなら今のうちにやるなり言うなりしてね」

 

 シアは手に持ったチケットを手渡しながらそう告げてくる。

 

「あと、雪は降ってないけど、水自体はだいぶ冷えてるから飲むこと含めて気をつけてね。水飛沫を浴びるだけでもかなり身体冷えるからね。船から落ちたりしたら目も当てられないわ」

 

 シアがちらりとイズクを見ながら近くの椅子に座る。

 

「き、気をつけるわ」

 

 昨日の戦闘後辺りから割とイズクがシアに対して従順になっているように見える。

 まあ気のせいかもしれないけど。

 声の調子と裏腹に元気な足取りで桟橋から川を覗き始めているし。

 

「あ、アズ。もしかしたら必要になるかもしれないから」

「え」

 

 座っているシアから投げ渡されたのは私の両手剣。

 当然鞘にはしまってある状態ではあるけど、どうしてこのタイミングに?

 あまりにも不可解で首を傾げていると。

 

「まあ、あれ。川ってそこまで安全じゃないというか、ほら」

 

 シアが指さす先には小さなチラシが張り付けられている。

 あまりにもささやかに掲示されているものだから気づかなかったけれど。

 

「えっと『冬季、対岸に向かう船についての警告』ですか?」

 

 シアが頷くのを見て私はゆっくりそのチラシを読み上げる。

 

「『冬季に限り上流から凶暴な魚類が獲物を求めて降りてくることがあります。それに従い川上に属するエリアでは凶暴な鳥類も確認され、甲板に双方が乗り込んでくることがあります。安全確保を徹底しますが、お客様個々人でも身を守るご協力をお願いいたします。なお、鳥類や魚類によりいかなる問題が発生いたしましても、当方は一切保証しませんのでご了承ください』って、ええ……」

 

 割と無責任のような……そうでないような……

 これ、船が沈没したら保証するけど、そうじゃなくて死んだり川に落とされたりしたら何もしませんってこと?

 複雑な表情でシアを見ると。

 

「ね?」

 

 シアは首を軽く傾けながらにこやかに笑う。

 何が、ね、なのかはさっぱり分からないんだけど……。

 

「と、とにかく危ないから武器持っておいたほうがいいよってことでいいんですか?」

「そそ」

 

 優雅に伸びをしながらシアは私の質問に答える。

 

「そこそこ気を張っておきなね。割と想像以上のやつが来るから」

「え」

 

 しれっととんでもないことをシアが呟いた気がして、聞き返そうとし。

 

「あ、そろそろ時間だから先に船に乗ってて。イズク呼んでくるから」

 

 シアが流れるように出て行ってしまったため、少しモヤモヤが残る。

 とにかく警戒だけはしとけってことかな……。

 私は大きくため息を吐きながら、予定されていた船に乗り込んだ。

 

 

 

 桟橋前の小屋とは違い船自体はしっかりとした金属製で、ちょっとやそっとじゃ壊れそうにもない。

 さらに広さも割とあり、甲板自体も人が10人程度なら余裕で動き回れるぐらい。

 そんな感じも相まってか、船に乗り込んでから元気そうなイズクに連れられ甲板に出る。

 

「うーん、やっぱり風が気持ちいい!寒いけど!」

 

 さっきまで青い顔押していたのは何なのか、イズクは両手を広げて甲板の真ん中に突っ立っている。

 

「いい思い出なかったんじゃないんですか?」

「それはそれ!関係なく風は心地いいし!本当は太陽まで出ててくれれば申し分ないんだけどね」

 

 そのままイズクはこちらを振り返ると。

 

「それに確か二時間かそこら、向こうに着くまでかかるんでしょ?だったら少しくらい出ないと!」

「そう、ですね?」

 

 強い語気に押されて同意するけれど、私としては別にそこまで室内で待っているのは苦痛でも何でもない。

 どうやらイズクはそうじゃないらしいので、付き合うことにする。

 

「それにしても人いないわね」

「それはそうですよ。だってこっちのほうに行くのはコーデ国に向かう人ぐらいって言われてたじゃないですか」

「そうだっけ?」

 

 コーデ国は船から降りてもまだ一週間ほどかかる距離歩かなければ到達できないだけ距離はある。

 だからこんな気温が低く、なおかつ天気も安定しない時期は閑散としても仕方がない。

 それに道中も森や崖が多く、安全というわけでもないので、もっぱら訳ありの人間と余程の物好きくらいしか利用しないという噂だ。

 と、まあイズクにはそんなことこれっぽっちも頭に入っていなかったようだった。

 

「あ、鳥だね。何の鳥だろ」

 

 イズクが指さす先には鳥の群れが上空に広がっている。

 ちらりと目に入るのはタカのようなワシのような鳥と、カモメともカラスとも似つかぬ鳥。

 私がそう認識するとほぼ同タイミングで。

 

『川上に大量の魚影を確認!乗員は戦闘準備し襲撃に警戒!』

 

 拡声された命令が甲板上を響き渡る。

 その数秒後、上空に見えていた鳥の群れも急速にこちらに近づいてくる。

 

「ちょっ、空、スローラとガレファリじゃん!?あの数は面倒だって!」

 

 聞き覚えがほとんど無い名前に思わず首を傾げると、イズクはあー、と頭に手を当てて。

 

「えっと、そうなんて説明したらいいかな!スノーラはめっちゃ強い!薄い金属なら切り裂く鳥で、ガレファリは集団リンチしてくる鳥!」

「どっちが危険なんですか!」

 

 イズクが抜刀したのに続いて、私も背負っていた両手剣を鞘から抜き構える。

 

「そりゃあどっちもだよ!飛んでる奴ほど刀とかで切り付けにくいからね!」

 

 やけくそ気味に叫びながらイズクは鳥の集団に突っ込んでいく。

 私は少し後ろで様子を見てから動こうとし。

 

「あ」

 

 横からイズクの胴に向かって吹っ飛んでくる魚を視認する。

 

「ぎゅぴ!?」

 

 直後イズクが大砲で射出されたと錯覚するぐらいの速度で甲板の壁付近まで吹っ飛んでいく。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

「っは!ていててててて!?ガレファリうっとおし!っててててああもう!」

 

 心配は杞憂だったようで、腹部に刺さっていた魚をそのまま掴んで放り投げるイズク。

 その瞬間に鳥に集団で襲い掛かられ、煙たそうに刀を振り回している。

 

「大丈夫かねーちゃん!」

 

 近くにいた全身を金属の鎧で固めた船員が軽く槍を振り回しイズクに纏わりついていたカモメっぽいようなカラスっぽいような鳥――ガレファリを追い払う。

 

「助かったよ、ありがと!」

 

 礼を言いながら立ち上がるイズクは後ろを見て。

 

「うわっ!割と落ちそうだったじゃん!ピラサこわっ!」

「俺らとしてはケガしてねえのが不思議なんだがな……」

 

 あまり緊張感のないイズクに助けた船員が呆れたようにつぶやくのが聞こえる。

 

「あ、アズ!魚も多分アズの装備だとそこそこの傷になるからあたしみたいに当たらないようにね!」

 

 言われなくとも私は先ほどから注視してなるべく避けることに専念している。

 ピラサと言われた魚たちは甲板上でぴちぴちと跳ねたかと思うと、ヒレを大砲の足のようにし。

 

「っ!?」

 

 イズクにぶつかった時と同じぐらいの速度で飛んでくる。

 特に何かを狙ってる様子まではないのでなんとか回避できているが、金属の壁にめり込んでいたりして戦慄する。

 さっきの船員が困惑していたのも頷ける、などと考えてる余裕もなく。

 川から魚がどんどん飛んでくるし、鳥は上から襲ってくるし、その上甲板上からもあちこちはちゃめちゃに飛び回るピラサ……。

 

 どうあがいても地獄絵図です。

 どっから飛んでくるかも分からない攻撃を避けるために全神経を使っていて、もう喋る隙も無い。

 船内に戻ろう、とも思えないほど船の窓も割れていて、むしろ逃げ場や武器の長さを考えると外に出ていて良かったと安堵するぐらい。

 

「今日は割と少ねえぞ!もしかしたら何かあるかもしれん!警戒を続けろ!」

 

 船長らしき人が手に持った大盾でピラサをはじき返しながら、声を張り上げてそう叫ぶ。

 

「え、これで少ないんですか!?」

「おうよ、お嬢ちゃん。酷い時にゃあ甲板と舵しか残らないこともあったからね!」

 

 私が思わず言葉を発し、それに応えるように近くに船員の一人が私の近くに立つ。

 頭から足先まで鎧で隠れていて彼か彼女か分からないが、その船員はイズクを見ながら。

 

「はは、そこの嬢ちゃんも大概だけど、アンタもそんな薄い装備でよくやるねぇ!どうだい、ひとしきりそっちの問題が片付いたらいっそここで就職するってのは!」

「謹んでお断りさせていただきます!」

 

 私は突っ込んできたスローラのかぎ爪に合わせるように両手剣を構え、薙ぐように横に流し飛んできたピラサの壁除けにしながら、どこか余裕そうな船員に返す。

 自分で思ったよりもだいぶひっ迫した声を上げていて少し慌てる。

 

「ありゃあ、結構筋がよかったのに残念だよ!」

 

 と視界の端でこちらに飛び掛かってきそうなガレファリを隣の船員は叩き落とす

 

「ま、そりゃあそうさな!パヴァラ、お前のように好き好んでこの仕事に就く奴は殆どいないしょ!まして年くった男のお前と違ってうら若き女の子だぞ!こんな場所で潰してしまうにはもったいなさすぎるでしょ!」

「違いねえ!」

 

 がはははと笑いながらもパヴァラは近くのピラサをはじくように手に持った槍で薙ぎ払っていく。

 

「だーれが、歳食って婚期逃した男みたいな奴だって!?」

 

 強い衝撃と共に甲板に大型の戦斧を叩きつけるように上空から鎧を全身に纏った人が降り立つ。

 

「サピス船長!誰もそんなこと言ってないので矛を収めてください!一応そんなことしている余裕はないですから!」

「マルノ!今はパヴァラに免じて許すが、後で事務所来い!」

 

 怒号一閃、サピスは斧を自身の周りを一蹴させるように振るい、襲い掛かる鳥や魚を一瞬で甲板の端まで吹き飛ばす。

 

「ひゅーぅ!やるぅ!ほいじゃあたしも!」

 

 その様子を見て、イズクも興が乗ったのか、もう片方の刀も抜刀し、縦横無尽に駆け回る。

 その動きの変化に船員たちは感嘆の声を漏らす。

 

「噂には聞いてたけど、まさか本人でお目にかかれるとは……」

 

 パヴァラはイズクを畏怖か尊敬のまなざしで見ているような気がした。

 鉄仮面で隠れて見えないけど、声からはそういった感情が汲み取れる。

 

「何ぼさっとしてる!いつも通りキビキビ動け!」

 

 サピスが怒気混じりに命令を下すと、慌てたように皆武器を振るい始める。

 と、私もようやく周囲の状況をしっかりと見れるようになり様子を把握し始める。

 

 どうやら追い払うことを主として戦っているらしく、鳥に対しては軽く手傷を負わせて、動きを鈍らせている。

 魚は……もうどうしようもないらしく受け流して川へと戻し、それが戻ってくる、というのを繰り返している。

 未然に外に押し返している部分も増えたので、甲板上には最初ほど数はいない。

 

 私は真正面から突っ込んでくるピラサを両手剣の面で上に弾きあげながら。

「それでも魚多いですよ!これ、最終的にどうすれば終わるのか見えないんですが!」

「そうさな!もうこればかりは耐久するしかないってことよ、お嬢ちゃん!鳥は減ることあっても魚だけはなかなか減らないんだよ!」

 

 パヴァラは私の背側に立ち、スローラの突撃を盾で叩き落としながら。

 

「とはいえもう少しの辛抱ってところだろうな!船長!」

「分かっている!おおよそこれぐらいの数ならあと五分耐えれば一番の波は抜けるだろう!お客人!最低限自分の身は守れるだけの体力は残せ!守る側として立ち振る舞うにも限度はあるからな!」

「五分……!」

 

 身体はまだまだ動かないこともないが流石にそろそろ集中力が限界に近い。

 かすり傷は直ぐに治ってくれているから出血はほぼない。

 恐らくこの服にもシアが刻んでくれた魔法陣があるのだろう。

 

 と、ここでいつも居るはずの姿がないことに気づく。

 

「あれ、シアは……!?」

 

 甲板に出ているのは船員たちと、私とイズクと、あと二、三人の武装した旅人だけ。

 万が一も無いとは思うけれど、何処かに行ってしまった訳でもないだろうし、ましてや死んだりするとも考えにくいけれど。

 少し背筋に悪寒が走る。

 大丈夫、多分船内にいるだけ……。

 

「シアって言うとあの金髪の美女かい?そういや見かけてないな!せいっ!」

 

 サピスが斧をその場で回転させ飛んでくるピラサを外側に弾き飛ばしながら答える。

 

「えっともしかして……!」

「ああ、船内にもこちらにもいない感じだ!落ちたと報告もないんだが――」

 

 サピスの言葉に急激な寒気を感じ。

 そしてその言葉が最後まで紡がれる前に。

 盛大な金属の凹む音と。

 

「ああああああああ!ごめんなさい!積み荷が!!」

 

 イズクの大声が響き渡る。

 遅れて水柱と、水に落ちた音が喧噪の中でもよく聞こえた。

 

「これぐらいのことは私にも割とあるから、気にしなくて大丈夫ですよ!それよりも……っ!?」

 

 マルノがイズクに対してフォローを入れ、サピスが静かにマルノに近づきかけたところで、マルノの声が止まる。

 不審に思い、その先を見ると。

 この船のサイズはあろうかというほどの男の上半身が突如として現れていた。

 

 

 

「なんだ、ありゃ」

 

 私の隣でパヴァラが呆気にとらてた声を上げる。

 他の船員たちも、私も含め、動きこそ止めないもののその異様さに、戸惑いを隠せない。

 見た目こそ街の中にでも居そうな無精髭を生やしてやつれた中年男性が半裸でいる、くらいなのだが。

 

 全てがあまりにも大きい。

 その瞳はこちらの全てを覗き込んでくるような錯覚に陥る程、光を反射しない。

 そして、なにより。

 

「なんでアイツは位置が変わらないんだ!?こちとら出力全開で進んでいるっていうのに!」

 

 サピスが言う通り、全く位置が変わらないまま、大した動きもないままその巨体は船の近くにあり続ける。

 

「あーもう滅茶苦茶だよ!鳥は逃げてくれたけどさ!ピラサが増えてちゃ意味ないでしょ!」

 

 マルノがそう叫んだとたん、その巨漢は水中に入っていた腕を持ち上げる。

 当然船と同等、もしくはそれ以上のサイズなのだから。

 

「全員何かにしがみつけ!揺れるぞ!」

 

 サピスがすぐに察し、指示を飛ばす。

 私は幸い壁の近くにいたため、割れた窓を掴む。

 追って直に船体が転覆するんじゃないかと思うほどの揺れに襲われる。

 視界に波が見え、私は咄嗟に息を止める。

 

 寒い……!

 全身とはいかないが、腰下ぐらいまで水に浸かってしまう。

 ピラサが押し流されていったのは救いではあるけど……

 ざっと周囲を見渡すと皆、それぞれ何かしらに捕まって耐えしのげたみたいだった。

 

 一人、イズクを除いて。

 

「こんなやばそうなやつは先手必勝でしょ!!」

 

 イズクは宙に飛び上がっていた。

 そのままその巨漢の目元まで一瞬で間合いを詰め、イズクはそのまま切り捨てようとし。

 男が笑った……?

 

「イズクさん!避けて!」

 

 私の叫びも虚しく、イズクは突如水中から現れた巨大な柱のような何かに水面下まで叩きつけられ、見えなくなる。

 早く助けなきゃ……!でも、水中はピラサの独壇場、それに……

 柱と見間違うほどの大きさの、魚の尻尾をゆらゆらさせているこの巨漢の男をどうにかしなければ、無駄に死ぬだけだろう。

 

 でも、どうやって?

 ここにいる人たちは、イズクのように飛べない。

 船一つ分の距離があるとなると、物理攻撃はほぼ届かない。

 それに大きさに差がありすぎて、当てられたとしても傷を負わせられるか……

 打てそうな手は、多分無い。

 

 シア、なら。

 でも、それは。

 

 サピスは船長の矜持かまだ諦めていない様子だったが、私と同じように他の船員たちは戦意を喪失してしまっているようだった。

 英雄のイズクでさえ一瞬で無力化されてしまう相手だ。

 いくら凶暴な動物相手に慣れていて、かつ鍛えているとはいえ普通の人であることには変わりない。

 

『で』

 

 重く圧し掛かるような音が頭に直接響くような感覚に襲われる。

 同時に心まで読まれている錯覚に陥る。

 

『我を喚び出すとはどういう了見だ、ヒト風情が』

「喚んだつもりなんて――」

『黙れ。口答えする必要など無い』

 

 サピスが声に返答しようとすると、その場で頭を抱え屈みこむ。

 どうやらこの目の前にいるこの巨漢が、私たち全員に同じ内容を話しかけているようだった。

 音は聞いたことがない……いや、シアが軽く口に出した古代語に近いようだが。

 何故か意味が分かる。

 不幸にも分かってしまう。

 単語も流れも発音の仕方さえ分からないのに。

 

『我に襲い掛かる不届き者は始末した……ぬ、まだ息はあるか。だが直に溺れ死ぬだろう』

 

 その言葉は真実だろう。

 

『ほう……ヒトに我が言語を知るものが居るというのか。長きに渡ったが、そこまで捨て置くほどのモノでもないのか?』

 

 巨漢の男はそう呟くと、その瞳で私を見つめてくる。

 それだけで、身体が硬直し、末端でさえ少しも動かせなくなる。

 

「ウェパル……」

 

 船員の誰かがそう呟く。

 水を司る悪魔、もしくは神とされ、人魚の姿をしていると伝承や民話ではされている。

 仮にそうなら、もう、この船は沈むだろう。

 誰もがそう思わずにはいられない。

 そんな中透き通る声が船内から響く。

 

「違うわ。貴方はメノレマ、貴方の真名はラスポメノレマサーチ」

 

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