その後は何事もなく向こう岸の桟橋まで辿り着いた。
いや、正確にはイズクに何してたのか追及されはしたけど、シアが後方から何か来ないか警戒していたと説得した。
ともかく安心から気が抜けて重い足を引きずって桟橋を渡る。
シアとイズクは先に小屋で手続きをしているようだった。
なんだかんだ言ってこれでまだ二時間しか経っていないんだから、遺跡まで辿り着けるか心配。
「お嬢ちゃん、今回は本当にありがとね!」
「ひゃっ!?」
先を懸念している私の肩口に強く衝撃が走り、つんのめる。
振り返ると鎧を脱いだマルノがそこに立っていた。
鎧で分からなかったが割と華奢な彼女は笑いながら。
「いや、ごめんごめん、力加減間違えて!ついつい同僚にやるレベルでやっちゃったよ」
「俺と同じように扱ったらだめだろう?というかマルノ、俺にうら若い女の子とか言ってたよな、それどうした?」
「いいじゃん別に細かいことだし」
「細かくはないんだが……それはそうと、俺からも一つ礼だ。受け取ってくれ」
「え、え?私ですか?」
何故礼を言われているか見当も付かず、困惑する私にパヴァラは。
「おうよ」
鷹揚に頷き、私の手に金属の小手と、何かのカードを渡そうとしてくる。
「えっと、特に私、お礼を言われることなんて何一つしてないと思うんですが……?」
実際事を片付けたのはシアだし、ピラサなどを減らしていたのはイズクだったし。
私のその言葉に二人は目を見合わせ。
「まあ、嬢ちゃんとしてはそう感じるのかもしれないな。だが、俺やマルノ、船長も含め、割と嬢ちゃんのお陰で楽になった部分も多かったんだよ」
「そうなん、ですか?私、ただ必死に攻撃を避けてただけですけど……」
「それが出来るだけで助かってたのに、お嬢ちゃん、私や他の船員の死角からくるやつを防いでくれてたでしょ?」
「必死だったので、あんまり覚えていないです」
「ま、嬢ちゃんが意識したかどうかは問題じゃないのさ。それで助かったと思った人がいる。それだけで礼の理由は十分だろう?」
少しだけ考え、パヴァラの言葉に頷くと、パヴァラはニッと笑い私の手に小手とカードを渡してくる。
「というわけで、俺と船長からだ。小手が俺ので、船長はそのカードだな」
重々しそうな見た目に反して軽い金属の小手と、このカードは……
私が珍しげに二つを観察していると。
「マルノはまあ今回の件で報酬減だから出せないとさ」
「そんなこと今言う必要ある!?」
食いかかるようなマルノを抑えながらパヴァラは口を開く。
「はは、それでその小手は趣味の旅の途中で見かけたものだ。あまりに綺麗だったから買ったんだが、如何せんサイズが合わなくてな。嬢ちゃんの手だったら合いそうだからどうせだからプレゼントだ。使いつぶしてくれて構わない」
軽い感じで言うパヴァラだが、この小手は割と上物な気がする。
小さい様々な鉱石が散りばめられてるのと、この金属の厚さに対する軽さと丈夫さ、街で売っているような代物ではないのは私でも気づいてしまう。
確認するように二人を見ると、マルノがにやっと笑い。
「パヴァラ、これ物凄い業物って自慢してたやつじゃん!格好つけちゃって!何年分の給料で買ったとか言ってたしさ!」
「おい、マルノ!何で勝手に言うんだ!」
「さっきの仕返しだよ!乙女をからかうから!」
けたけたと笑いながら口をふさごうとするパヴァラの手を逃れるマルノ。
私はその内容におろおろし、小手を返そうかとも悩み二人を交互に見る。
「全く……嬢ちゃん、気にしなくていいからな、使えないのは本当だし、有望な子に渡すのは俺としても本望だからさ。返品するぐらいならそのまま使ってくれ」
肩を落としながらパヴァラがそういうので大人しく頷く。
マルノが続いて私の手の中のカードを指さし。
「そんでこの金属のカードがサピス船長からだね。冷たい様でいて人情に厚いの。凄い良いよね!あ、私良く知らないから説明よろしく!」
「はいはい……そのカードだが、ま、使わないことに越したことないが、と船長は言っていたが、いわゆる裏の世界に関わるときに身分証になるやつだ。あと船長へ会うためのパスにもなる。嬢ちゃんの情報が暗号で刻まれてるから、誰かに勝手に利用されたりすることはない。ま、必要を感じないならそこら辺に捨てても問題はないぞ。意図的に所有権を捨てればその情報は消えてくれる。古い遺物による物らしいこと以外、仕組みはよく分からんが」
……たまに街の裏路地で見かけた金属板はこれのことだったのか。
少し手に持つカードに力がこもる。
見た目に凹凸はあるようだが、触った感じはただの板だ。
そこに何か情報を消去する仕組みがあるのだろう。
私はほうっと息を吐き出し肩から力を抜き、カードをポーチにしまい微笑む。
「何から何までありがとうございます」
「こちらこそ。俺は冬以外旅してるから何処かで会うかもな。その時はよろしく頼むかもしれん」
「あ、いや、パヴァラ、確か帰りの船乗る予約してたよ」
「マジか、滅茶苦茶恥ずかしいんだが」
「そういう感じで、帰りもよろしくね!私達ぐらいしかここのルートと船員しないから!」
私は一礼し、二人の掛け合いを背に橋から地へ足をつけるのだった。
少し歩いた先の森の入り口でシアとイズクは待っていた。
「もういいの?」
「はい!」
シアの優しい声に、元気よく答える。
さっきまでは疲れていたが、精神的な疲れが大きかったようで、あの二人のお陰で気力が戻っていた。
「そう、よかった。じゃあ行こうか」
シアが私から森に視線を移す。
冬だから日の当たらないところには雪が積もっている。
街道らしき跡もこの入り口のところまでしか続いていない。
それだけ使われない道だということだろう。
「そういや、どっちの方角に行けばいいの?道無いし、もうほっとかれたら辿り着ける気しないんだけど」
「ここから北西みたいです」
道が分からないのに何故か先陣を切ろうとするイズクを止めつつ、地図で確認し指さす。
「そっちね、分かった」
雪を被った木々が鬱蒼と生い茂るの中を進んでいく。
そのせいか、人の足跡をたまに見かける。
大抵は雪で覆いかぶさられて途絶えることが多く、私たちも迂回せざるおえないような雪の山に出会うこともあった。
日差しがなくだいぶ暗く、かつ寒さが段違いではある。
とはいえ、船での戦闘とは比較にならないくらい気が楽に進める。
危険がないわけではないけれど、雪の中では動くものの痕跡が残りやすい。
それに私は元々寒さに強いのもあって、割と元気だ。
さらにパヴァラから貰った小手が、体温を底上げしてくれてるようで、金属で出来ているはずなのに指先が冷えるどころか、むしろポカポカしてくる。
そんな私と対照的にイズクは少し寒そうに身震いしている。
「ね、ねえ、二人とも割と薄着に見えるんだけど寒くないの?」
震えながら聞いてくるイズクに私とシアは顔を見合わせる。
「私は別に」
「えっと私はこの小手とか含めて暖かくしてくれるみたいで」
「何それずるい!」
「わぷ!?」
イズクは唐突に私を抱きしめてきて、私は思わず目を白黒させる
「あー……暖まる……確かに、その小手とかなんかそういうのが効果あるみたいだね」
ひんやりしたイズクの手が私の頬に触れ少し身震いする。
「それはそうと、そろそろご飯が食べたい。なんだかんだ言って雪の森を休まず三時間程度歩くってそうとうよ?急いでるから都合は良いけど、あんな戦闘した後にエネルギーなしにこれは辛いわ」
私を捕まえたままシアに向かってそうぼやくイズク。
それで思い出し、私はイズクに謝る。
「あ……すみません、私たちはその船で軽く食べてて」
「え!?聞いてないんだけど!」
「私たちが部屋に戻った後、貴女寝たでしょ?その後船員からその提案があってね。アズが起こそうとしたけど起きなくて仕方なく置いていったのよ」
「なんで無理やりにでも起こしてくれなかったの!」
「起きなかったんです」
本当に軽く口に含んだ程度のものではあったけれども、非常食らしいので栄養的には足りている。
それはそれとしてお腹が空き始めているのは確か。
「ま、そうね。じゃああそこの木の下で一休みしましょうか」
シアは近くに生えていたひときわ大きい木を指さし先に歩いていき、私とイズクもそれに続いた。
シアたちが見える範囲で私は乾燥した枝を拾いに行っていた、
集めている間にシアが火をおこしてくれたのが遠目でも分かった。
……よし、これぐらいあれば足りるかな。
私は大体抱えられるギリギリぐらいの枝を持ってかえる。
イズクが手を真っ赤にしながら必死に今も雪で風よけを作ってくれてる。
「あーもう、これなら私が薪探しに行ったほうがよかった!」
「貴女迷うでしょ?」
「そうだよ!でも小手してて暖まってるアズリエナの方が向いてるでしょ、雪で壁作るの」
「それに、乾燥した枝、区別できないんじゃない?こう雪の中だと」
イズクは文句を言いながらも手は動かし続けるあたり流石だと思う。
「集めてきました」
「あ、ありがと。そこに混ぜて。それじゃあ食事出すからイズク、貴女もそれぐらいで大丈夫」
私は言われた通りに少し小さな焚火から燃え移るように枝を重ねる。
イズクがすぐに焚火に手をかざして暖を取り始めた。
「あー……うん。冬の焚火は中々いいね……暖まる……」
そうしている間にシアがちょっとした台に食事を並べていく。
昨日の昼も食べた野菜をふんだんに使ったサンドイッチに、鳥の揚げ物、それとほんのりと温かいココア。
私はまず、ココアに手を伸ばし、口に含む。
口の中に広がる柔らかな甘みの中に苦みがあり少し癖になる。
「ふぅ……」
喉を伝って身体が温まっていくのを感じて思わず息を漏らす。
イズクは直ぐにサンドイッチを口に運び、手に持っているパンの部分が消えていく。
癖だと言っていたからゆっくり食べて、と言っても多分このペースなのだろう。
「んぐ!?」
と、食べ急ぐイズクを観察しながら私も少しずつ食べ進めていたら、突如イズクが咽せ始める。
慌ててココアを飲んだかと思えば、コップを置き今度は口を手に当てて胸元を押さえる。
「だ、大丈夫ですか?えっと……どうすれば……」
あまりの慌てように声をかけるも、どうしていいか分からずおろおろとしてしまう。
目尻に大粒の涙を浮かべながら、イズクは手を突き出し首を振る。
「何もしなくていい、ってことですか?」
私の質問に強く頷くイズクに、私は大人しく座りなおす。
少しして。
「はぁ……死ぬかと思った」
笑いながらサンドイッチ片手にそう言うイズク。
「早く食べ過ぎてるんではないですか?」
私が心配そうにそう言うとイズクはけろっとした様子で。
「ま、たまにこういうこともあるよ。気にしてないし」
再び同じぐらいの速度で食べ始める。
私が軽くため息を吐くと、イズクが顔を上げて。
「ふと思ったんだけど、この森なんかおかしくない?」
そんなことを言い出す。
「どうしてそう思ったのですか?」
私は特にそういった風な何かを感じなかったので純粋に聞き返す。
「うーん、何と言ったらいいのか分からないんだけど、こう、拒まれてる感じ?それともなんか違う……具体的にどう、とは言えない感覚で……別に何かおかしなものがあったわけではないんだけど……」
しどろもどろに身振り手振りで答えるイズクを見て、私は今まで歩いてきた道の様子を思い出す。
今回はシアではなく私が地図を見て先導をしていたから、何か見落としがあってもおかしくはない。
まだシアが口を出してこないってことは、私でも解決できる、もしくは対処できる段階なのだろう。
それかイズクのただの勘違いか。
ちらりとシアの顔色を窺うが、優雅にココアをすすっているだけで、何も読み取れない。
聞いてはいるはずだから、シア的には気にしなくてもいい範囲なのかもしれない。
とにかく……。
「何時ぐらいからそんな感覚になってました?」
「うーん、正確には分からないんだけど、気づいたらこうなってる感じ。森の途中で、ってことになるのかな」
だとすると、何か、変化があったことを思い出してみる。
イズクがあっちこっち行きそうになるのは常だったにしても。
確かに少し変、かも。
気配こそある気がするのに、動物の姿や足跡は見えていなかった。
人の足跡はいくつか残っていたりするのに。
そうなり始めたのは……
「足跡が雪で途切れていたところから……?」
でもなんで?
精霊の動きが変だったわけでもなく、特に何かあったわけではない。
襲われることもなく、むしろ安全になってる?
それとも何か迷わされてる?
……決定的な何かがないからこの方向でこれ以上考えるのは不毛、かな。
前者なら気にしなくていい。
後者だとするなら……目印をつけて確認しながら進まなきゃいけない。
……いや、今休んでいる場所は初めて見たから、迷っているわけではなさそう。
とすると……?
「理由が分からない、ですね」
私がぽつりとつぶやくと、イズクがきょとんとし、シアが物を片付け始める。
「さて、それじゃあサクサクっと先に進もう」
シアはちらりとこちらに目線を配り、そのまま立ち上がってしまう。
私は頭の片隅に今の結論を留めて、地図を確認するのだった。
「イズクさん、まだ違和感感じますか?」
「いや、そういうのはもうないかな」
結局、あれが何だったのか分からないまま森を抜けてしまった。
正確には少し開けた平原に出た、が正しい。
雪が夕日を反射して黄金色に輝いている。
ところどころに木はあるものの、視界を遮るものはほとんど何もない。
地図ではこの平原に出たあとしばらく歩いてまた森が見えるくらいのところにある。
と、ここで一組の足跡が伸びているのも確認できた。
「足跡の大きさも大体ディアムと同じくらい……やっぱり怒ってそうだよなぁ……こんな寒い中一日放置したことになるんだし……」
イズクは背中に哀愁を漂わせながらトボトボと足跡を辿っていく。
その後をゆっくり私とシアがついていく。
「シア、その」
「答え合わせはきっとこれからできるから、もう少し待ってね」
さっきのことを聞こうとした私は、シアにそう言われてしまい口を紡ぐ。
答えを言わないってことはそれにも意味があるんだろう。
それにこうなったシアは余程のことがない限り答えてくれないし。
私は仕方なく聞くことを諦め、歩みをイズクに合わせる。
流石にもう距離は殆どないが、暗くなってしまうと待ち人であるディアムを見つけるのも困難だろうし。
私が隣に並んだのにイズクが気づき。
「心配させちゃった?大丈夫、いつものことだから……いや、いつものことながらそこそこ心にくるんだよ、あの子の無視は……」
暗くなる景色と同じように言葉尻に行くにつれイズクの表情も曇っていく。
と、そこで遠目に一瞬だけ人影が映った気がした。
「あの、容姿の説明してもらってもいいですか?」
「あれ、してなかったっけ……?まあ、いいや。身長がアズリエナの肩ぐらいの女の子で、黒髪長髪、なんだけど後ろをシニョンにしてるから殆どそうはみえないかも。あと前髪をヘアバンドで止めてることが多くて、おでこ出してる。あとは、わりともこもこした服着てたり、あと必ず複数のポーチを腰回りに着けてる、っていったところかな。んでどうしたの?」
身振り手振りを交えながらイズクが説明し、私は辺りを見回す。
説明している間に大体見かけた場所についてしまったのだけれど。
足跡は確かにここにあって、でも姿が見えない……。
「いえ、さっきここで人影を見かけた気がしたんですけど……」
目的地らしき建造物――地面に穴が開いたような出っ張りのような建物――は見えるが目的地の入り口はここからでは目視できない。
そして近くに野営の後もない。
見間違えだったのかと地図を確認しようと腰のポーチに手をかけると。
「え、ぅう!?」
ずぼっ、と大きな音がした後、イズクが頭以外雪の中に埋まってしまっていた。
「ちょ、っこれ、もしかしてディアム!?あ、動けるけど動けない!ちょっと助けて!というかこんな紛らわしい自然のトラップ作るのディアムでしょ!?近くにいるのは分かってるんだから!さっさと出てきて!」
そんな頭だけ出ている体勢でもぞもぞと動くイズク。
正確には頭だけがじたばたしているように動いているのだけれど。
騒いでいるとシアがようやく追いついてきて。
「何してるの、貴女」
シアは呆れた表情でイズクを見る。
「多分ディアムの罠にかかったの!というかディアムじゃなくても見てないで助けて――」
イズクは途中で言葉を止め、必死に何かに耐えるような表情をする。
そして小声で何かつぶやき始める。
私なら聞こえてしまうくらいの声だったけれど。
「ディ、ディアム、怒ってるのは、わかるけど、くすぐるの、やめてくれない!?ちょっ、やめ!あっぅ、くふ、謝る、謝るから!」
………どうやら、雪の下にそのディアムという子がいて、今絶賛お仕置きというか怒っている最中らしい。
しばらくイズクはくすぐられ続け、声を上げられないほどぐったりとした頃に近くの雪の中から聞いた特徴の少女が表れた。
私たちはというと、日が暮れ始めていたのでいっそのことここで野営をしてしまおうということで、イズクを放って火を熾したり風よけを作ったりしていた。
出てきた少女は腰のポーチから鉤爪のような道具を取り出すと、雪に突き刺し、ぐいっと引っ張る動作をする。
すると、イズクのその周りの雪が陥没し、イズクが地面に倒れる。
そして少女はイズクを引っ張り私たちの近くまで来て一礼する。
慌てて私も礼をして口を開く。
「あの、貴女がディアムさん、でいいんですか?」
私の問いにこくりと頷き、ため息を吐くような仕草をした後、起き上がりかけたイズクの頭を押さえつけてディアムももう一度頭を下げる。
えっと……
「ちょっ……あたしが……なんで……謝れって……どういうこと……」
いまだにゼーハー肩で息をしているイズクが説明をしてくれ、大体わかる。
「大丈夫です、自分の意思でついてきたので」
私がそう言うとディアムは不思議そうな顔をして首を傾げる。
そこでディアムの瞳孔が近くの炎を何故か反射しておらず、暗闇のようになっていることに気づく。
そんな瞳に直視されて私は一瞬動揺する。
それを不思議に思ったのかディアムは更に反対側に首を傾げる。
もちろんイズクの頭は押さえつけたまま。
「あ……えっと、そうです?あの失礼ですけど、喋れないんですか?」
表情から質問を読み取らざるおえないから、疑問に疑問で返すような形になってしまう。
すると、ディアムは首を振りながら押さえつけていたイズクの頭を開放した。
「あたたた……今回はあたしが全面的に悪かったけどさぁ……あ、そうそうこの子がディアムね。代わりに答えるけど喋れないんじゃないっぽいんだけど、喋ったところを見たことがないの。ま、表情が豊かだから大体何考えているかは痛い痛い!?その棒でぐりぐりは止めて!なに?それは違うって?言おうとしているか、ぐらいなの?あ、そう。うん言おうとしているかぐらいは分かるから、そこまで問題には……なるときもあるけど」
ディアムがイズクに発言を修正させながら満足げな表情で頷く。
さっきポーチから出してイズクに当てていた棒が気になってしまい少し話が入らなかったけど。
と、そこで。
「ま、話は夕食でも食べてからにしない?」
あんまり状況関係なしに料理を続けていたシアが、皿に盛りつけたスープを手にやってくるのだった。
「ぷはぁ!生き返る!おかわり!」
毎度のことながら食べる速度が速いイズクはシアに皿を突き出して分けてもらおうとしている。
私はまだ半分くらいスープを飲んでる途中で、ディアムに至ってはまだ食べ始めたくらいの量が残っている。
シアは皿をイズクから受け取り、鍋から移して受け渡す。
野菜の出汁がよく染み出ていて、それぞれ柔らかく食べやすいのも食べるのが速い理由かな……?
口にスープを含むとやさしい甘みと丁度よい塩味、そして仄かに香草の香りが広がる。
夜になり冷え込んできたから、こういった温まるスープをパンに合わせられるのは純粋に心地よい。
私がスープに心奪われていると。
「スープ美味しい!あ、それとは別に、ささっと討伐済ませたいんだけど、食べたら行っちゃわない?壁ぶち抜いていけば怪物とはすぐ出会えるだろうし」
イズクが暴論を提案してくる。
流石に問題が多いと思うのだけど……。
私が呆れながらイズクを見ていると、ディアムがイズクを見、複雑そうな表情を浮かべる。
「……え、止めておいたほうがいい?何か変?ちょっと詳しく教えて」
なんでイズクが表情からそれだけ読み取れるのか分からないが、ディアムが頷き地面に図を描き始める。
見た感じここの周辺の地図……と内部入り口付近の地図を描いている。
そして周辺の森から目的地である建物に矢印が伸びている。
その一方で内部からも入り口に向かって同じように矢印が。
何かの勢力図だろうか?
矢印の大きさは内部からの物が強いようだが、外に出ているというわけではない。
次に描かれたのは……。
「まって、これ、白狼?他にも何かあるってこと?」
イズクは描かれた絵に対し、不思議そうにそう言う。
白狼はこの付近に生息している狼の一種、だったはず。
獰猛ではないものの、弱っていれば捕食される。
また縄張り意識が強いため、下手に刺激するのも下策。
そういうこともあってか、ディアムは遠くから観察していただけらしく、それ以上のことは分からない、といった様子。
「あー……でも確かにここの森を通過して、一体も白狼に遭遇していないのはおかしい、のかな?でも、それはそれとして、確か討伐対象ってのも巨大化した白狼だったはずだよね?」
イズクが確認するようにディアムを見るとこくりと頷く。
だが、その後に疑問を浮かべるように指を合わせ、そして首を傾げる。
「討伐命令自体、少しおかしいかもしれない?……んー……どういうこと?」
イズクの指摘にディアムが建物の入り口を指さす。
ついで大きな白狼を描き、バツ印を示す。
そして遺跡自体を示し、首をひねる。
「確かに私たちは建物内部に発生した巨大化した獰猛な白狼を退治するよう命ぜられたけど、もしかして白狼自体通常個体でも一匹通れるか否かくらいのサイズしか入り口無いの?」
イズクの答えに頷いたディアム。
「だとすると、中から部下に指示……?でもじゃあ外から来ているとの辻褄が……」
「待ってください、そもそも巨大化した白狼って獰猛になるんですか?」
考え始めたイズクに、思わず私は聞き返す。
獣人の中では結構有名な話なのだが、野生動物が巨大化すると大抵は温厚になるというのが一般認識だ。
襲われにくくなる、身体に栄養を蓄えやすくなる、多少の傷も問題なくなるなど様々な要因があると言われているが。
そう尋ねたのに対し、イズクはどうしたのといった顔で。
「え、よく話に上がるじゃない。巨大化した狼が群れを率いて人を襲うことや、今回もそういった類というか、と思ったんだけど。最近は各地で巨大化した動物が人を襲うのも急増しているから……依頼自体もすぐに影響がでるとは考えていないが、内陸部に勢力を拡大しつつ、かつ旅人を襲うことが頻繁にあるから、根城と親玉を制圧して一旦その脅威を散らすのが目的、らしいんだけど」
自分で言っていて少し疑問を抱き始めたのか、言葉が少し途切れ途切れになる。
「でもそれとここは確かに何か違うかもというのは……ディアムもそう思ってるみたいだけど、旅人の亡骸どころか襲われた形跡もないから、そういう意見も分からなくはないの」
ディアムも頷きながら、イズクの言葉を待っているようだった。
「ただ、人通りが少ないから、とも考えられるから――」
「どちらにしても見に行かないことには分からないですね」
私たちもそもそも建物の中に入らないと魔道具を回収できないし、それに襲われたらこう考えていても戦わざるをえない。
「だとすると、明日日が昇ってからが――」
「……皿、というか食事下げてもいい?」
イズクがそう提案しようとしたタイミングでシアがばっさり話の腰を折りに来て、緊張した空気が一気に緩和する。
「……今言う?」
「外だから皿の汚れ落とすの手間かかるの。あんまり長く放置されると落としにくくなるから止めてほしいんだけど」
「だから、今なの?もう緊張した空気どっかいっちゃったじゃない!こういう状態じゃないと中々あたしの意見って聞いてもらえないのに!皿片付けるのはいいけど!」
文句を言い出すイズクを適当にあしらいつつ片づけを進める。
と、もうディアムも話を聞く必要を感じなくなったのか、シアが話をしている間着々と組み立てていた簡易寝床の方に移動していく。
「ああ、ほら!もう決まったみたいになっちゃってる!」
私は苦笑いしながらイズクの愚痴をきいて、そこそこの時間で床についたのだった。