最強魔女と狼娘   作:双碧

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白狼

「あれがダンジョン……」

 

 私がぽつりとつぶやく。

 視線の先には思ったよりも簡素な造りの入り口があり、外から下に続いている階段も目に入る。

 

 雪で入り口が閉じたりしてなくてよかった。

 そう思いつつ私たちは入り口付近に万が一の拠点を作り始める。

 

 イズクが白狼が来たら意味なくならない?と言ったが、シアが、白狼が縄張りに深々と入った相手を追うのは割と容易いんじゃない?だとすると何処に作ったところで狙われたら意味なくなるんじゃない?と返し、ディアムがそれに頷く形で、簡易的に作ることになった。

 

 ディアムとイズクもダンジョンと似たようなものを経験しているらしく、そこそこ慎重ではあるらしい。

 

 私はシアとディアムの指示通りにてきぱきと雪で建物を構築していく。

 ディアムは昨日の夜は観察のために地面の雪の中に拠点を作り、自作の道具で一晩過ごし、イズクを見かけたのでああいう仕打ちをした、とイズクが説明して、ディアムが頷いていた。

 そういうこともあってか、ただの雪でも一時的になら建築に使えるらしい。

 

 ペタペタと雪を固めながら周囲に耳を傾ける。

 

「あー……また手が冷たくなる……」

 

 頭をぺしぺしと棒でディアムに叩かれながら反対側の壁を作っているイズク。

 高頻度で火に当たりに行こうとするからディアムが監視しているようだ。

 

 そういうディアムは道具を利用して天井を作り始めてる。

 見た目は自在に動くヒモのような先から雪を出しているみたい。

 原理は説明はされてないので仕組みはよく分からない。

 

 正確には、聞いたら表情をコロコロと変えてその道具を弄っていたので、多分説明はされていたのだろう。

 全然分からなかったけど。

 

 シアは……うん、壁を補強してる気がする。

 気がする、なのは割とシアが本当に何をもってどういう行動をとっているか分からないからなんだけど。

 

 見ていることに気づいたシアが、軽く微笑んできて、私も笑い返す。

 なんだかんだ言ってこういう旅というのは初めてで、楽しいと感じている自分もいる。

 

「そっちどう?」

「そろそろ完成しそうです!」

「よし、じゃああとは天井だけだから、ディアムに任せて私は焚火に当たるったら当たる!」

 

 イズクが作った部屋から出ていこうとすると、ディアムがそれを掴んで止める。

 

「ちょっと、やることやったでしょ?」

 

 つんのめるイズクはディアムの顔を見てその様子が変わる。

 

「えっと……ほんとに?本気で?私が天井の手伝い?迷惑かけたんだから?うそぉ……」

 

 萎れた草花のような元気で部屋に逆戻りするイズク。

 ディアムは私を見て、出てていいというようなそぶりを見せる。

 それに甘えて私は外にでて、遺跡付近を散策する。

 

「あんまり入り口付近に近づかないようにね」

「分かりました」

 

 シアが遠目でそう忠告してきたので、それに従って前に見た距離で観察する。

 少し近くなったからか、建物の様子がよく見える。

 表面は不思議と蔦植物のような緑色の何かが生えているようで、この雪原の風景には似つかわしくはない。

 それでも建物がどこか風景と一体化しているようで、とても複雑な気持ちになる。

 

 入り口も階段になっていて、中は少しぼんやりと明るいような……

 もう少しだけ……

 

「わっ!?」

 

 私が注意深く踏み出そうとした瞬間、後ろにぐいっと引っ張られて尻もちをついてしまう。

 頭だけ振り返ると、ディアムが鬼気迫る表情で戻るようジェスチャーしている。

 

「な、なにかあったんですか?!」

 

 慌てて拠点まで戻ると、遠くの木のあたりに白狼がいるのが目に入る。

 

 そこまではいい。

 

 でも、思わず私は絶句する。

 

「えっ……」

 

 ただ、その大きさは今先ほど建てた建物より少し小さいか、その程度であった。

 

 

 

 その白狼はこちらを見据えたままゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。

 それに合わせてイズクが両の刀の柄に手をかけ、ディアムも腰のポーチに手を忍ばせている。

 向こうも警戒しているのか、近づくにつれて歩く速度が遅くなる。

 

 そしておおよそイズクが大股で歩いて百歩と言ったところだろうか、そこで白狼は動きを止める。

 大きさが大きさだけあってこの距離でも十分に威圧されるぐらい。

 雪になじむ白い毛と筋肉質な両足、そして研ぎ澄まされた爪と牙。

 直進して突っ込んでくるにしても、避けるにしても、いくらイズクの加速が速く臨機応変とはいえこの距離では対応されてしまうだろう。

 

 イズクもそれを承知しているのか構えたままじりじりと少しずつだが足を滑らせることで間合いを詰めようとしている。

 対して白狼は構えることなく、吠え……?

 

『此度は何用で参られた、『異端の魔女』(エレスティーノ)。我が同胞の血を引きし者はまだ良い。だが、人まして我が種族の存続を潰えさせかけた直属の血の者を連れてくるとはどういう魂胆であるか?』

 

 何故かそういった言葉のような、そうでないような何かが聞こえた。

 イズクとディアムには聞こえていない様子で、二人は警戒したまま今か今かと白狼を睨んでいる。

 私の隣にシアが並び、口を少しだけ開き。

 

『いつもの通り魔道具回収よ。で、この遺跡の中潜りたいんだけど、そっちは面倒なことになってるみたいね』

 

 私が驚いてシアを見ると、シアは横目で私を見て、少し待ってというような仕草をする。

 

『然り。その上で其方が人を連れ訪れるのだから気が動転したわ。……ところで隣のそやつ、我の声が聞こえてはいまいか?』

 

 そんな声のような何かと共に白狼の鋭い視線が私を射抜く。

 一瞬身体が震え上がるが、シアが手を握ってくれ落ち着きを取り戻す。

 そしてとても慎重に頷く。

 その直後イズクが私と白狼の間に割り込むように入り込んできた。

 

『やはりな。珍しい者ではある。これほどとは。其方が連れているのはそういった理由か?』

『違うわ。まあそれはさて置き、この会話にこの子を参加させてもいいかしら?』

『我としては異存はない。が。聞くのはともかくとして、話せるのか?』

『そこは手助けするもの』

『其方がそこまでするとはなぁ……』

 

 聞いている傍から何故か私が話すような雰囲気になりとても困惑する。

 確かに疑問がいくつかあるけれど、それ以前にこの会話、というのが何なのか。

 

 というか、なんで私が聞こえて前に出ている二人は聞こえないのか。

 この状態で普通に話し始めたらそれはそれで問題だと思うが。

 

『出来るかどうか以前に、一応仕組みね。これは単に犬笛と似たような仕組みだから、聞ける才能があるなら話すこともそこまで難しくないわ』

 

 ようやく解説してくれるシア。

 理屈はそれなら何となく理解した、けど……。

 やっぱりそれはそれで発音が難しいのではないだろうか。

 

 私が渋った様子を示すと白狼が乗っかるように音を発する。

 

『いや、流石にそれほど容易な原理ではないのだが』

『分かりやすく大事な部分だけ説明しているから、今は口挟まないで』

 

 強い口調で言うシアに白狼はうんざりしたように。

 

『其方、こうなることを分かっていて教えていなかったであろう?』

 

 私も何となくそうなんじゃないかなとは思っていたけど。

 

『可能性は絞れなかったから。最悪出会わないで終わることもあっただろうし』

 

 シアは何食わぬ顔でそう言い切る。

 

『ま、他にも理由はあるけど、ここで言えるのはここまでかな』

『其方も不自由よのう』

『そう?結構自由にやってるよ』

『それもそうであるな。眼前の人共が一触即発なので手早く頼みたいところだがな』

 

 口を挟まないでと言いながらも会話に応じているところはシアらしいなと、思いつつ、シアの視線がこっちを向いたので用意をする。

 

『じゃ、まず口を薄く開けて、喉は使わずに空気を出す感覚で息を吐いて』

 

 空気を出すと聞いて私は息を吸い込もうとし。

 

『あ。普段話すときと同じような呼吸でやってね?勢いよくやるとしばらく会話できなくなったりするから』

 

 そうシアに言われて一旦普通に大きく息を吐き出し、もう一度、今度は軽く吸って吐き出す。

 

『そそ、そんな感じ。あとは音を喉で出さず、口の中で出す感覚で喋る。この時口はなるべく動かさないこと。舌で調節する感じ。ま、そこまでしっかりできていれば後は自分の耳で何となく意味をとれるようになるから、それで確認しながら喋ればいいよ。ただ、喉から音が出ると失敗だから気をつけて』

 

 そんな無茶苦茶なと思いながら、言われた通りにやってみようとするものの。

 

「………………」

 

 そりゃあ、口を動かさずに口の中で喋るってどういう状態だか分からないし。

 まして一発で喋れるとも思っていなかったが。

 何回か試してみるものの、どうもコツを掴めず何も分からない。

 そして目の前ではイズクに合わせて少しずつ下がる白狼が。

 

『流石にそこまで悠長にされてしまうと、我としても忍耐が持たぬよ』

『あー……うん分かった。アズごめん、ちょっと痛いかもだけど、耐えて、あと少しだけ息を吐いてね』

 

 白狼に急かされシアは私の頬に手を添えたかと思うと。

 

『っ!?!?!?!?』

 

 頬に電気が走ったように痺れ、痛みで軽く息が漏れる。

 と同時に自分の口からシアたちが話していたような音が漏れていると分かる。

 

『荒い手法だからしたくはなかったんだけど、頬の筋肉を一瞬固めさせてもらったの。今ので発音の仕方は掴めたとは思うから、もう一度練習してみて』

 

 私は涙目になりながらも、頬を確認する。

 確かに今はもうちゃんと動く。

 

 とにかく、あれだけ痛かったのだから、できるようになっているといいのだけど。

 私はため息を吐き。

 

『解等無もな佐で―……が、日後あミュて……?』

 

 自分の意図したものとは違うが言葉の意味が取れる程度の何かにはなっていた。

 単語さえ壊滅的ではあるけど、何がどういうことだろう……?

 

『ふむ、それだとまともに喋れるようになるのは一週間寝ずにやってようやくと言ったところだろうな』

『ま、言いたい意味は取れるでしょ?』

『……最初の言葉が其方への文句というのだが、いいのか?』

『ビエリ、貴方が急かすからでしょ。一応時間的には問題なかったんだから』

『我をこのような状態で待たせておいてよく言う。ま、我としては其方はそうでなくては逆に心配ではある』

『え……と』

 

 流石にこの程度では誤変換はされないらしい。

 だとすると、音だけを考えれば言いたいことは言えなくはない、のかも。

 おずおずと言葉を挟むと、白狼は気を使ってくれているのか次の言葉を待っているようだ。

 

『あ……な……た……が――』

『アズ、だったな。さっきの二言でそこまで理解したのは素晴らしいが、気にせず話すがよい。其方としてはとても聞くに堪えない言葉に聞こえるかもしれんが、正確でなくとも伝わる。何せ精霊に依存するこの会話方法は本来正確に伝えるのには向かん。むしろこのエレスティーノがついていても、この数分でここまで出来たら上出来な部類だ。それよりも我としては時間が惜しい。まとめて聞きたいことを申せ』

 

 白狼に促されて、言いたいことを頭の中で纏めて口にする。

 

『―――――――――』

 

 自分でも驚くほど聞き取れない、よく分からない幾重にも重複した言葉が発せられ耳がギンギンとうなる。

 自分でも少しふらついてしまい、シアに支えられて何とか立っていられる。

 白狼も面食らったのか、少したじろいたように見える。

 

『いや、まさかこれほどとは。類はなんとやら。全てには答えられぬが許せ』

 

 だが、白狼にはしっかり聞き取れたようで、私は白狼の言葉に頷く。

 

『まずは森の中での違和感だな。あれは我の仕業で間違いない。エレスティーノが来たのだ。それぐらいのことは我とてする。視線を感じていたとするならそれも我だ。目の前で刀を構えるこ奴もなかなか鋭い感覚の持ち主であるな』

 

 一つ目の回答で、まずはここまでくる間の疑問が解消する。

 私は頷き、白狼の次の言葉を待つ

 

『次は、この言葉か。これは精霊言語。我々――ここでは全ての生物が自己と異なる異種と対話を望む際に使用されることが多い。が、難点としていくつかある。まず発音が難しい。何せ精霊を媒介とするものだからな。声帯での音は意味をなさない。次いで精霊に好まれている必要がある。人の姿の者ではほぼ類を見ないだろう。聞くだけでもそれほど多くはいまい。そして高い思考能力を求められる。これは正確に言えば世界の把握能力に値するのだが、詳しくはエレスティーノに後で聞くと良い。ここでの説明はこんなところで問題はないか?』

 

 幾つか疑問が追加で浮かんだものの、後でシアに聞くことにして頷く。

 

『そこで私に投げるの?まあいいけど。そういうわけで、後で聞いてね』

『そしてそこのダンジョンについてと、凶暴化、巨大化した原因、他にいくつか、か……。すまんが時間的に説明できるのは残り一つと言ったところだろう』

 

 白狼はイズクに押されてそこそこ離れた位置に移動してしまっている。

 音自体は問題なく伝わっているのだが、少し焦っているようにも見える。

 

『そのダンジョンはティマという名称があるダンジョンだ。別名を常闇ともいう。其方には薄暗く光っているように見えたかもしれぬが、あれは夜目が利くものしか見えぬ。そして、今は魔道具によって平穏を保たざるおえなくなっている。できれば問題を解決してからと、思ったが……。ああ……説明は一旦終えさせてもらう。機会があればまた話すこともあろう』

 

 白狼が最後にそれだけ言うと、この平原中に轟くような遠吠えを上げる。

 

 あまりの一瞬の出来事に、耳の感覚がマヒしてしまい思わず手で押さえる。

 イズクやディアムも不意を突かれたらしく、怯んでいるようだった。

 

 そして白狼は飛び掛かる姿勢をとり、次の瞬間には私のすぐ隣を風が薙ぐ。

 

「アズリエナ!?シア!?大丈夫!?ごめん、通しちゃった!」

 

 目の前の獲物がいなくなったことにイズクが遅れて気づいたのか、声をかけてくる。

 

 私は気にせずに後ろを振り向くと、話していた白狼――確かシアがビエリと言っていたような――が、遺跡から出てくる普通の狼サイズの白狼を喰い、切り裂き屠っている。

 

「え」

 

 その様子に戸惑いを隠せないようで、駆けてきたイズクとディアムは茫然とその様子を眺めている。

 ビエリはあらかた始末し終えた後。

 

『エレスティーノ、後は任せても構わないか?』

『ええ、貴方は引いて他の白狼を守ったほうがいいわ』

 

 それだけビエリはシアと言葉を交わすとひとっ飛びで森の中に姿を消していった。

 

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