「ちょっ、え、とまっ……!」
ローヴに乗せられた、と言えば聞こえはいいが、実際のところお腹でローヴの背に着地してしまっているので、まるで荷物として運ばれているよう。
それに固定されているわけではないので、しっかりとしがみ付いてないと振り落とされそうなほど。
それぐらいローヴは速く駆け抜けている。
ちらほらと罠が見えたりするが、何事もなく潜り抜けて通り過ぎていく。
私の体勢を整えさせるほど時間がないってこと……?
とはいえこのままではいずれ毛を掴んでいる手が疲れて滑り落ちてしまうだろう。
どうしようと考えている私の後ろから。
「アズリエナを下ろせぇぇぇぇ!というか止まれェえええ!」
その後ろギリギリを付かず離れずの距離で追いかけるイズク。
単純な速さならばイズクの方が上なのだが、罠に掛かったりそれを避けたりでギリギリ追いつけないようだ。
壁を刀で切り付け、その反動で吹っ飛びを繰り返しこちらに迫ってくる。
このままローヴを叩き切りそうな勢いなのが少し怖い。
何とか力を振り絞りようやく背に跨る。
状況が状況でいくつ角を曲がり、階段を上り下りし、広間を通り過ぎたか覚えていない、が。
「っ!?」
今入り込んだ広間に入った瞬間ぞわぞわとした感覚が全身に走る。
ただ複数の入り口があるだけの最初の広間と何ら見た目は変わらない。
ローヴもそれを感じたのか大きく身震いをし、警戒したように右に三回ほど跳ねて移動し周囲を見渡す。
「ようやく止まったね!さてアズリエナを……!?」
続いてイズクが広間に入るすんでの所で一歩後ろに飛びのく。
危機感を感じて咄嗟というところだったのだろうか、警戒した様子で広間に入ってくるイズク。
「アズリエナ、大丈夫!?ちょっとここやばいかも!」
「はい、大丈夫です」
唸り声をあげるローヴを傍らに私は背から降りてイズクに駆け寄る。
「よし、それじゃあすぐにここから離れよう。あたしの勘がここにいちゃいけないって叫んでるんだ」
そういって足を返そうとしたところでイズクは目を見張る。
「………ええ……」
さっき通り過ぎたはずの通路の入り口がよく分からない黄色く輝く透明な何かに塞がれていた。
そして光るとは別に軽い光沢があるよう。
生き物なのか時折脈動しているように震えるのが分かる。
「あれは……?」
「あたしも知らない……でもあんなの……ええ……?」
ぱっと他の通路を見渡すも、どれも同じような何かに覆われてしまっていた。
「閉じ込められました……?」
「あたしが踏んだ罠、ってわけでもなさそうだね……これは」
そう呟くイズクは二本抜刀し。
いつもの通り加速して切りつけようとしたのだろう。
だが――
「っ!?」
イズクは突っ込む途中で軌道を変え私の手前まで吹っ飛び、戻ってきた。
その頬からはうっすらと血が滲んでいる。
柔らかそうに見えたアレが、鋭い槍のようにイズクを狙ったのだった。
間一髪刀で受け止めたものの弾き飛ばされた、というところか。
「これは、やっかいかも」
イズクは走り出して近づこうとするものの、ある一定距離になるとアレが同じように貫こうとしてくる。
「イズクさん!」
私も参戦しようと両手剣を構えて。
ドゴッ!
それと私の背後から上がる轟音はほぼ同時だった。
あまりの音に振り返ると、そこには壁に叩きつけられたローヴと。
「あはは……これはまた……濃厚な遭遇が続くね……」
その相手に絶句するイズク。
かくいう私も言葉を失う。
『――――』
そこにいるのは伝え聞く神話や伝承と寸分違わぬ天使そのものだった。
何の前触れもなく現れたその天使。
姿は中性的、身体に薄い布を巻き付けただけのような格好で一対の翼は白く輝いている。
そして腰元に剣らしきものを携えている。
その姿に平常時ならば平伏したのだろう。
こんな場所で、それもローヴを壁に叩きつけていなければ。
どうやったかは見ていなかったので分からないが、空気の流れ的にローヴが飛び掛かったのだろう。
それを迎撃した、のでいいのだろうか。
『―――――――――、―』
何事かを呟いていたようだが、言語自体が違うようで聞き取れない。
古代語ともまた違う、何か。
状況を把握しようと頭を酷使していると。
天使のその金の瞳に射抜かれる。
とたん全身が硬直して動けなくなる。
恐怖?緊張?畏怖?
そういった感情によるものとはどれも違う。
恐らくあの悪魔の時と同じ現象。
なら――!
「アズリエナ、少し待ってて!今それを切る!」
私の後ろからイズクが天使に向かって飛ぶ。
それを天使は少し驚いたようにしながらも悠々と上に飛び回避する。
目が離れたとたん身体の硬直が解ける。
予想していた通り、あの時と同じようにあの目が起因で発動して身体が動けなくなるようだった。
「飛んだぐらいで避けられると思わないことだよ!」
そのままイズクは宙で軌道を変えて天使に切りかかる。
だが読まれていたのか紙一重で躱され。
天使の後ろにいつの間にか存在していた光の杭のようなものがイズクに迫る。
それにすぐ気づいてイズクは自分の軌道を変えるよう刀を振るうが。
「ぐ…っ!うっ……まだまだ!」
回避しきる、など空中で出来るはずもなく、左ふくらはぎに光の杭が刺さる。
そのまま私の近くに着地し、イズクは片膝をつく。
「大丈夫ですか!?」
「なんだこれ、血が……」
ローヴの負傷に酷似した傷をイズクもまた負っていた。
光の杭こそ消えてないが、出血量が腹部をやられたものとそう大差ない。
流石のイズクと言えども徐々に顔色が悪くなっていく。
「この傷だけでも持ってあと数分、ぐらいかな。っと、アズリエナ。あたしの心配をしている場合でもなさそうだよ」
イズクはそう言い刀を構え、ふらつく身体を何とか立たせて天使を睨む。
その天使の周りには先ほどの光の杭が無数に展開されている。
打ち出されたらこの広間にいるものは殆ど漏れなく貫かれるだろう。
私もイズクに続き両手剣を構え。
「なんというか、絶体絶命かな。あれ刀で弾けないみたいだから回避するしかないみたいなんだよね」
「それじゃあこれは……」
「ほぼ詰みってやつ?いや諦めはしないけどさ」
苦笑いをしながらもイズクの天使を見つめた真剣そのもの。
恐らくどう避けたら当たらないか、を必死に探しているのだろう。
私にその芸当が今できる、そこまでうぬぼれてなどいない。
むしろ庇われてイズクの足手まといになるくらいだろう。
なら私は別な方法を探す。
どういう思惑かまだ打ち出し始めてはいない。
用意してから打ち出すまでに時間を要するのかもしれない。
と、思考を巡らせている時だった。
ドンッ、と大きな音が広間に響いたのは。
音のした方を見ると壁が崩落して通路に通じている。
そしてその先には二、三の白狼と。
認識したタイミングでグイっと身体が持ち上がる感覚に襲われる。
次いでローヴの姿が視認できる。
イズクが天使の気を引いているうちに何とか逃げ道を確保してくれたみたい。
壁にぶつかった場所に近いところだったので恐らくその時に。
「イズクさん、あそこから!」
イズクは私と一瞬視線を交わし。
「分かった。先に行ってて!流石にこいつがそのまま追ってきたらどうにもならないし。足止めできるとは思わないけど、最低限ね!」
ローヴに咥えられてた私が、そこに辿り着く際ちらりと見えたのはじりじりと後ろに下がるイズクだった。
そのまま脇目も降らずダンジョン内を駆け抜けること数分、ダンジョンの中でも少し異質な場所に辿り着いていた。
そこは通路の外壁が削れ、地面が露出している場所を掘り進めたような場所。
ローヴに追従していた白狼達の他にも数体そこに白狼が居た。
あの時は落ち着いて見れなかったが、どの白狼も何処かしらに傷を負っているみたいだった。
どれも切り裂き傷や噛み傷に近しい者で、天使の攻撃を受けた、といった感じではない。
むしろ白狼同士が争ったような傷ではある。
でも単純な仲間割れ……ってわけでもなさそう。さっきのことも考えると。
あの天使、なんで襲ってきたのだろう……?
ローヴに咥えられたまま考えていると、ここが到着地点だったようで降ろされた。
『ありがとう』
私は精霊言語でローヴに礼を言う。
あのままでは間違いなく死んでいた。
イズクのことは心配だけど、少なからず今私にできることはあの場から離れること以外になかった。
……これからどうするか、に関しては手詰まり感が強いけど。
私の礼にローヴが低く唸る。
他の白狼もそれにつられ身体を起こし、私に近づいてくる。
……うん、襲われる心配はなさそうなんだけど、流石に私よりも大きい白狼に囲まれていると落ち着かない。
ローヴより大きな白狼はいないものの、どの白狼もいるだけで威圧感があり少し冷や汗をかいてしまう。
そうした私の内心を知ってか知らずか、白狼達は私の周りに大人しく座りなおす。
まるで指示を待っているかのようにその視線は全て私に注がれている。
『えっと……天使、から、身、守る?私、必要?』
最低限の文字で区切り、落ち着いて尋ねる。
半分くらいは自分が落ち着くためではあるが。
私の言葉にローヴは低く唸る。
……わかんないけど、多分肯定、で合ってるのかな?
『あの、天使、何?』
この問いにはローヴ含めたどの白狼も反応しない。
多分彼らも分かっていないのだろう。
じゃあ――
『ここ、ティマ、ダンジョン?』
仮に外にいたビエリと繋がりがあるなら、この言葉に反応するはず。
反応しないなら、知らない、もしくは繋がりがない。あるいは――
一番考えたくない可能性だけど、違うダンジョンに飛ばされたということ。
私の心配とは裏腹に。
ローヴがすぐに唸り声をあげる。
最初の質問が肯定なら、恐らく肯定。
だとするなら……
『魔道具、分かる?』
次はこっちで確認。
予想どおりというか白狼達は目を互いに向け、その後私を見直す。
分からない、あるいは否定がこうなのだろう。
とすると……?
『人、他、いた?』
否定。
流石にダンジョン内でシアたちと合流が都合よくできはしないみたい。
やっぱり深い場所にいるというのはあながち間違いじゃない様。
そうして複数の質問を繰り返して白狼達と情報共有をすること数分。
分かったことはここの白狼以外はほぼ敵。
ここの白狼が傷を負った原因は殆どがそれ。
そして敵となる白狼はこのダンジョン内を徘徊して、見つかり次第襲ってくる。
結界については不明。
出口までの道は知っているが、行くのは困難。
魔道具は知らないけれど、私が伝えた特徴の物は場所が分かる。
『………分かった。私、連れてく、その、これ、ある場所』
地面に簡易的に描いた絵を指して私は白狼達に告げる。
一応シアに今回回収する予定の魔道具について聞いていて正解だった。
でなければ本当にここで途方に暮れていたかもしれない。
私の言葉に白狼達は起き上がり、ローヴは頭を下げ、私に背に乗るように促してくる。
それに従いローヴの背に乗りしっかりとしがみ付く。
――私が戻るまで無事でいて、イズクさん!
私が決心すると同時にローヴが再び地を蹴り走り出す。