最強魔女と狼娘   作:双碧

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動き出す者

 夜。

 しんしんと雪が降り積もり始め、寝静まった頃。

 常闇のダンジョンの前に女神のような風貌の女性が立っていた。

 

「また、面倒くさいことしてる、か」

 

 事も無げ、どうでもいいような、それでいてとても面倒そうに顔を歪める彼女は、軽く手を振るい、パンパンと手を叩く。

 そしてつまらなさそうにため息を吐き出して袖口から香炉を取り出す。

 彼女が軽く言葉を紡ぐと香炉から光る糸のようなものが吐き出され空へ向かって伸びていく。

 

「うん、まあ今回はこんなところかな。……しかし全く何してくれてるんだか」

 

 光の糸が吐き出されきった後、彼女は軽く周囲を見渡すように首を傾げる。

 

「そう。まあそれだけかな。後でグレイに文句言わなきゃ。うちの子に何してくれてるんだって。いい加減こっち頼らずにやってほしいけど。それはそれとして。アズには何かご褒美でもいいかな。ここまで上手くしてくれるとは思わなかったし」

 

 ころころと表情を変えながら彼女は音もなく雪の建物に戻っていった。

 

 

 

「首尾は」

「想定外が一つありましたが抜かりなく」

 

 光の差さない部屋の中、部屋に座する老獪そうな男に青年は跪き答える。

 

「……奴か」

「左様でございます」

 

 苦々しく呟く男に青年は頷くものの、その額には冷や汗が浮かんでいる。

 

「奴ならば慎重にならざるおえぬ、か。仕方あるまい。……ふむ」

 

 男は少し考える様子を見せ。

 

「ならば幾つか追加で手を打っておくべきだろうな。下がっていい。追って次の指示を出す」

「はっ」

 

 男のその言葉にさっと青年は退室する。

 

「……他の者にも周知せねばならぬか」

 

 その言葉にはありありと苦々しさが浮かんでいる。

 

「『審判者(ディエティティス)』が舞い降りた、と」

 

 

 

 イルジオネ国王城。 

 そこは豪華絢爛、とまではいかないものの多くの財がつぎ込まれ、見るものを引き付けてやまない程度には華美を極めていた。

 その一室にて王冠を被り幾つかの宝石を散りばめた高級そうな毛皮の服に包まれた初老の男、イルジオネ国王が尋ねる。

 

「其方の判断が間違いである、とは言わぬがあ奴らに任せて良かったのだろうか。そもそも今やるべき事であっただろうか」

「陛下。何も心配なさることはございません。と申し上げましてもお気になさるでしょうから、僭越ながらご説明させていただきたく」

 

 国王が相対するとしてはあまりにもみすぼらしい様相の男が恭しく口を開き、国王の顔色を窺うように見る。

 口元以外を覆われた仮面のせいでその視線の温度は分からない。

 鷹揚に国王が頷くと大げさに男は一礼し。

 

「では、まずあの二人の英雄に依頼命令した件に付きましては陛下が気になさることは何も。実力は折り紙付きでありましょう?それにあの者達は所以流浪の民。根無し草ですから仮に命を落としましても盛大に葬儀を執り行えば対外、内政ともに差しさわりなく。むしろ沸き立つものも居ましょうや。それにあの者達をよく思わぬ者も幾つか直に思いつくのでは?」

「それは、ふうむ……」

「その上、大変恵まれたことですが我が国においては他に触りの良い英雄が複数名おります故、大きく力が削がれることもまずありません」

「なるほど……そう言われれば確かにそうかもしれん。あの二人は少々横暴が過ぎるところがあるからのう」

「民草にとっては好ましくも国としては使いにくい、そういう者ですから。重用するには品も問われます。クチナシと横暴者では矢面に立たせられませんし、そもそも実力も英雄内では下位ですから」

 

 男の言葉に国王は口元を歪める。

 

「そういうことならばそうであるか。続けよ」

「では次いで今やるべきであったか、ですね。大型の獣、場合によっては魔獣、などと呼ばれるモノが各地に出ているという報告が入っています。その一角を担うものを見つけたため手を打った、ということになります」

「だとしてもあの辺境まで向かわせるとなるとコーデ国に睨まれかねなかっただろう?現段階では何も問題は発生してはいないが」

「だからこそです。この時期であればそしてあの人数ならば仮に偵察の者に見つかったところでせいぜい物好きな旅人か亡命者と思うでしょう。なればこそ依頼として弱みを見せることなく討伐を命令できる、といった次第であります。そして必要性は奴を討伐することで獣達の統率を乱し容易に他を仕留めるためです」

「……獣が獣を統率していた、だと?」

「はい。僭越ながら私が独自の研究機関に依頼して手に入れた信用できる情報です。そこにいる白狼の巨大種が背後について命令系統を築きあげ、人を襲うように指示している、と」

「何故早いうちに知らせなかった。それならば――」

「騎士団を動かすとなると隣国がうるさくなってしまいます故。それに辺境に主戦力を置くわけにもいきますまい。また示唆されていたものの研究機関が正確にこの情報を手に入れたのは先日。確証となるものお伝えすることもできず、かといって早いうちに手を打たねば大事になる、と」

「……そなたには何度も有事を助けられておる。この程度の事で目くじらは立てぬよ。今後もよろしく頼む。褒美は前に言っていたものでいいな?」

「はっ、有難き幸せ」

 

 仰々しく跪く男。

 見るものは居なかったがその様子は忠義を疑わせぬほどの姿、態度だったであろう。

 しかしその瞳は国王になど向いては居なかった。

 

 

 

「やれやれ、ようやくか?」

 

 グレイは室内から空を見上げながら呟く。

 部屋に入ってきたヴァイオレットがグレイの呟きに反応する。

 

「師匠?」

「ああ、ヴァイオレットか?課題は進めているかい?」

「いえ、その」

「まあ気長に頑張りな」

「そ、それよりも頼まれていた薬です」

 

 気まずそうに俯きながらヴァイオレットは懐から薬瓶を取り出す。

 

「確かに超回復薬と破邪薬だね。取っておき」

 

 グレイはヴァイオレットに深海のように青い硬貨――魔女、魔法使いのみで使える通貨であり通常の金貨相当――を五枚と、それに付け加え鈍色に輝く宝玉を手渡す。

 

「これは……?」

「必要になるときがくるだろうからねぇ……その時までにちゃんと覚えておきな。それよりもそろそろフォスとアズリエナが来るだろうからイージスと共にもてなす準備をしておきな」

 

 宝玉に目をとられていたヴァイオレットだったが、グレイのその言葉に頷き一礼して部屋を去る。

 

「ようやく動き出してくれるのかねぇ……全く……色々と制限があるってことは知ってるけども」

 

 やれやれと首を振りながらもグレイは窓の外でちらつく雪を眺めていた。

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