「黒海の怪物?」
「そうですよ、何でも黒海の堰とジオンの奴らが称している防衛ラインを突破しようとしていた海軍の艦隊が、その怪物に文字通り一隻残らず海の藻屑にされたとか」
エマージェンシー・オブ・オデッサに向け、ヨーロッパの連邦軍が旧ポーランドはワルシャワを始めとする、各集結地点に向けて集結を開始する中。
そのワルシャワから幹線道路、E67号線と呼ばれる道路を北上した沿線にある都市。
旧リトアニアの第二の都市であるカウナス、その近郊にある国際空港を、連邦軍は臨時の後方整備基地として整備し使用していた。
そして、その基地に駐留していた連邦軍の部隊の一つ。
MS特殊部隊第三小隊、通称デルタチーム。
その一員にして、同小隊の三番機のパイロットを務めるデルタ・スリーことアニッシュ・ロフマン曹長は。
昼食を食べ終えた後の暇つぶしの歓談相手に、基地内の屋外休憩スペースと化していた一角で、缶コーヒーを手にしていた、自身の上司であり部隊の隊長でもある、デルタ・ワンことマット・ヒーリィ中尉を選んでいた。
「その怪物と言うのは、一体どんな奴なんだ?」
「それが、人伝に聞いた話じゃ、生き残り曰く、ちょっとした小島並の大きさで、至る所に火器を満載してたとか。見た目的には、従来のジオンの水陸両用モビルスーツの改造機らしいって話ですけど」
「成程な……」
壁にもたれかかりながら、ヒーリィ中尉は手にしていた缶コーヒーを開けると、一口口に含みながら、ロフマン曹長が仕入れた話に耳を傾けていた。
「それで、その怪物とやらは、他にもいるのか?」
「いや、今のところ確認されてるのは、その戦闘で確認された一機だけですが。……でも隊長、もしその怪物が量産されたら、間違いなく厄介なことになりますよ」
「確かにそうだな」
「それにしても、ジオンの奴ら、本当に次から次へと厄介な機体を作り出しますよ」
「あぁ、全くだ」
ヒーリィ中尉はロフマン曹長の意見に同意すると、険しい表情を浮かべながら、再び缶コーヒーを一口含んだ。
現在、MS特殊部隊第三小隊には、とある任務が与えられていた。
この基地にいるのは、その任務の途中で補給と休息を得る為に立ち寄ったのだ。
その任務と言うのは、最近確認されたジオンの新型モビルスーツ。
そのモビルスーツの存在は、それまで確認されてきたジオン製の新型モビルスーツよりも、連邦上層部にとって脅威と認識されていた。
と言うのも、その新型によって、それまで連邦軍が有していたアドバンテージを失う事になるかもしれないからだ。
その理由とは、モビルスーツ用のビーム兵器を標準装備している事である。
それまでは、連邦がジオンに先んじて標準装備していたビーム兵器。
それを標準装備した新型機の存在は、連邦上層部に衝撃を与えた。この機体が本格的に生産され、最前線に配備されれば、戦争の趨勢はどうなるか分からない。
それまでも、宇宙においてジオンのスカート付き、ことリック・ドムの一部がビーム兵器を使用していたが。これは標準装備ではなく、必要に応じて改造が施されたうえで装備していると確認されていた為、上層部もそこまで神経質には捉えてはいなかった。
所が、今回の新型機は、無改造の状態でビーム兵器を標準装備している。
物量と共に、ビーム兵器でのアドバンテージ、その両輪こそ、連邦が今回の戦争においてジオンに勝利する要因と考えていたが。
今回の新型機の登場により、その両輪の片方が危うくなり、敗北の二文字さえ頭を過った上層部は、直ちにMS特殊部隊第三小隊に調査を命じ、彼らを新型機が確認されたヨーロッパへと派遣していた。
「ま、モビルスーツの運用や開発は、ジオンに一日の長があるからな……」
目の前を横切っていく輸送トラックの車列を眺めながら、ヒーリィ中尉は感想を呟いた。
「でも隊長、連邦だって、新型機の開発なら負けてませんよ」
「そうだな……、よし」
と、手にしてた缶コーヒーの中身が空になった事を確かめたヒーリィ中尉は、近くに置いてあったゴミ箱に缶を捨てると。
壁にもたれかかっていた為堪ったコリをほぐすべく、体を伸ばすと。
「この話はここまでにしよう。あまり考えて悲観的になるのは、任務にも影響しそうだしな」
「了解です」
話を締めくくり、他の隊員達のもとに戻るべく、ロフマン曹長を引き連れて屋外休憩スペースを後にした。
「カルカさ~ん」
「何だい、ヤル・マル」
「聞いた? この間の黒海の堰での戦闘。凄かったらしいよ」
比較的穏やかな様子を浮かべた黒海の一角。
黒海の堰を堰き止めているジオンの海洋戦力部隊である複数の艦艇が、穏やかな海面に停泊していた。
その内の一隻は、前甲板の兵装が取り除かれ、モビルスーツの駐機スペースを確保し。同時に、射程延長の為の改造が施されたMS用対艦ライフル用の支持装置を艦首に備えているなど。
特殊な改装が施されたフリゲート艦となっていた。
同艦の艦尾には、他の艦同様、水陸両用モビルスーツが係留されている。
ずんぐりとした巨体に、鋭い爪を持つ多関節構造の両腕、水中行動時は両腕を収納して肩アーマーを閉じて水の抵抗を減らせるなど、その外見に似合わず水中での運動性能は高い。
ただし、陸上では、言わずもがなだ。
形式番号MSM-03、ゴッグの名を持つツィマッド社開発の水陸両用モビルスーツ。
そのパイロットである、男性ながら耳が隠れる程の長い髪と不気味な笑みを浮かべた顔が特徴的なヤル・マル伍長は。
艦尾に設けられたヘリコプター甲板に座り、昼食を掻き込みながら、転属以前より同僚として付き合いのあるカルカ・ギッタ・マドファ軍曹との他愛のない会話を楽しんでいた。
その際、話題としたのが、自らの職場である黒海の堰での事であった。
「あぁ、その話なら聞いたよ。たった一機で連邦の艦隊を壊滅させたアレだろ。……全く、物凄い化け物だよ」
海風にツインテールの美しい髪を靡かせながら、軍人らしく鍛えられてはいるが、パイロットスーツを着込んで否応なく女性としての魅力に溢れた部位が強調されたカルカ軍曹は。
トレーに乗った料理を突きながら、自身の感想を漏らす。
「でも、確かその戦闘って、使用された機体の実戦テストだったんだろ?」
「そうそう。だから思ったんだ。もしかしたら、いずれ俺達にもデータ収集目的で回されてくるんじゃないかって」
「……はぁ。そんな訳ないでしょ」
淡い期待を抱くヤル・マル伍長に対して、カルカ軍曹はバッサリと彼の期待を切り捨てた。
「あたし達の特務は確かにまだ有効だけど、あたし達はね……」
と、その根拠となる理由を途中まで言いかけて、カルカ軍曹は言葉を詰まらせた。
その先は、あまりに惨めで不名誉な、自身と、そしてヤル・マル伍長や北米に転属した元同僚達にとっては、辛い思い出だからだ。
開発訓練Y-02小隊、通称ドアン隊。
カルカ軍曹とヤル・マル伍長が、現在の黒海守備部隊に転属する以前に属していた部隊。
部隊の目的は文字通り、腕の高いパイロットを選出し、試作モビルスーツの試験を選任する、開戦以前にジオン軍が創設した部隊の一つ。
開戦後も、同部隊はその任を全うしていたが。
とある事情により同隊は解散、そして、隊員達は各部隊に再配置となった。
(ドアン隊長……。あんたは今、何処にいるのさ)
そして、カルカ軍曹はかつての上官でありドアン隊の隊長でもあったククルス・ドアンの名を、心の中で呟くのであった。
「? カルカさ~ん、急に黙り込んじゃって、どうしたの? あ、もしかしておし……」
「っ! なに言ってんだよ! それよりも、さっさと残りの飯掻き込んで、とっとと戻んな! 水中部隊の他の連中だって、腹空かせて順番が来るのを待ってんだよ!」
「へいへーい」
ヤル・マル伍長はやる気のない返事を返すと、言われた通り残っていた料理を掻き込み始める。
その様子を見て、カルカ軍曹も止まっていた自身の手を動かし始める。
程なくして、昼食を終えた両名は、各々の愛機のコクピットへと戻っていく。
「じゃ、カルカさーん、敵が来たら、いつものようによろしくね」
海面から手を振り、程なく水中へと潜っていくヤル・マル伍長のゴッグ。
それを、前甲板の駐機スペースに待機しているザクIのコクピットから見届けたカルカ軍曹は。
適当に返事を返すと、趣味である絵画を描くべく、スケッチブックと鉛筆を手にし、モニターに映るカモメを描き始める。
「道具になればいい。そう……、そうすれば、感傷に浸らずに済む」
一人ぼっちのコクピット内で、カルカ軍曹は儚げな声で、独り言ちるのであった。
黒海の堰でのゾック・アーセナルの活躍が連邦・ジオンの双方に広がっている一方その頃。
そんなゾック・アーセナルの生みの親であるDr.Fは何をしているのかと言えば。
自身が軍団長を務める有限会社如月重工の専用ロビー。
Dr.F曰く、研究所と呼んでいる場所の一角で、自身の新たなインスピレーションを具現化させるべく、開発・設計に勤しんでいた。
「ふふふ、いいぞ。数値は完璧だ……。っだぁ! くそ! この形状では姿勢制御に難があるのか、えぇぃ! ではここをああして、あそこをこうして」
二台の大型モニターを交互に見つめ、モニターに表示される数値などを目にして一喜一憂しながら作業を続けるDr.F。
そんな彼に、背後から近づく人影が一つ。
「博士、博士!」
「やはりビーム兵器だけでは対策された際に決め手に欠けるか、となると、一種類ぐらいは実弾兵器を搭載して、……いやだがこれだと弾倉の収納スペースが小さく困難か」
「博士! はかせーっ!!」
「ん? おぉ。誰かと思えば、ワトソン君じゃないか」
しかし、作業に没頭し、人影の存在に全く気付かないDr.F。
大声で呼ばれ、そこで漸く人影の存在に気付いたDr.Fは、大声をあげた声の主に、暢気に声をかけた。
「ですから、僕の名前はワトソンじゃなくて"ハドソン"です」
「分かっているよ、ワトソン君」
「はぁ……」
Dr.Fと同じく、軍服の上から白衣を重ね着した、ハドソンと呼ばれる有限会社如月重工の一員である栗色の髪の青年は。
間違いを指摘しても正す気配がない事に肩を落とし、ため息を漏らすのであった。
「もういいですよ。……それよりも博士、頼まれてた資料、持ってきましたよ」
「おぉ、ありがとう」
そして、早々に諦めると。
本来の用件である、Dr.Fに頼まれた資料を、Dr.Fが作業している脇の机に置いていく。
「で、今度は何を作ってるんですか?」
「ふふふ、気になるかね?」
「そりゃまぁ」
「では見せてあげよう。これはまだ設計段階だが、どうだ、見たまえ! 素晴らしいとは思わないかね!?」
「うわぁ……」
大型モニターに表示されたものを目にし、ハドソンは呆れた様な声を漏らした。
そこに表示されていたのは、ゾックの上半身を流用した機体の設計図であった。
ゾックの上半身をコントロールユニットの核として、下半身には推進ユニットと武装ユニットを兼ね備えた巨大な構造物が設けられている。
その外見は、まさに一種のロケットのように見えなくもない。
「何ですか、これ?」
「ザクレロの制作を行っている時に、私はふと思ったのだよ。水陸両用モビルスーツの、
「はぁ──」
「原作シリーズ内にもゼーゴックという先例はある! 漫画版なんて無改造で宇宙で出撃していた! ならば、不可能ではない筈だ!!
熱を帯びて力説するDr.F、その熱量に、ハドソンは圧倒される。
なお、Dr.Fが例として挙げたゼーゴックとは。
MS IGLOOが初出となる、ジオン軍が開発したモビルダイバーシステムと呼ばれる機動管制ユニットの名である。
因みに、この名称の由来は、ユニットの核としてズゴックが使用されている事からきている。
機動管制ユニットとなるズゴックと、主武装となるコンテナ方式の大量兵器輸送用コンテナの二つのユニットにより構成される。
この兵器の用途は、その名の通り衛星軌道上から目標となる地点へ降下、そして奇襲を行うというもの。
ただし、使用後は武装コンテナどころか、核となる機動管制ユニットまで廃棄するという運用方法で、文字通りの使い捨てである。
初出となるMS IGLOOでは、設定に忠実な活躍が描かれた為、本格的な宇宙での運用場面は描かれていないが。
ゲーム作品に出演した際には、一部では大気圏内外で運用可能な最良ユニットとして破格の好待遇に設定されているものもある。
そして、漫画版であるが。
こちらは冒険王版と呼ばれる、機動戦士ガンダムを基にした漫画作品である。
この冒険王版、原作となったアニメと異なり、スーパーロボット作品を彷彿とさせる内容となっており。
熱血漢のアムロなど、原作のアニメ版とは設定や演出がかなり異なる作品ではあるが、それでも、カルト的な人気を博している一品である。
そんな作品内では、ズゴックが無改造の原作アニメ同様の姿で、宇宙で戦う場面が描かれており。
更には、ゾックも同様に宇宙で戦う場面が描かれている。
因みに、ゾックは雑誌連載版においてラスボスとしての地位を得ている。
なお、冒険王版の演出をリスペクトして、宇宙仕様となったズゴックとゾックが登場する漫画作品も後年に登場するのだが、それはまた別のお話。
こうした先例を踏まえ、Dr.Fは自らのインスピレーションのもと、宇宙で運用可能なゾックの設計・開発に勤しんでいた。
「では博士。この機体が完成したら、また第046独立部隊の方々にテストを依頼するんですか?」
「……いや、この機体は宇宙専用機となる予定だ。地上をメインに活動されている彼らを、イベントも近いのに私の我儘の為に宇宙にまでご足労いただくのは、心苦しい」
「では博士、どうするんですか? まさか置物ですか?」
「
「別の、ですか?」
「あぁ、丁度良さそうな軍団を見つけてね」
そう言うと、Dr.Fは大型モニターの片方の表示を切り替える。
そこには、とある軍団の名が表示されていた。
「第100技術試験隊……。あぁ、あのヅダ好きの」
「そう、宇宙での活動をメインに行う彼らなら、適任だろう?」
「ですが、引き受けてくれますかね?」
「なに、彼らの好きなヅダの改良を行ってやると言えば、二つ返事で引き受けてくれるはずだ。……私にかかれば、ヅダの改良など容易い事よ」
こうして、自身の野望の為に協力して下さるプレイヤーの目星を付け終えたDr.Fは。
最後に、この宇宙用ゾックの仮称を発表する。
「因みにこの機体の名は、
「博士、それって何の略ですか?」
「
確信を持った口調で語るDr.F。
それに対して、ハドソンは、何処か呆れたような目で見ていた。
因みに、この
現在の設計予定通りに完成すれば、その大きさは基となったゾックの三倍近くまで巨大となり。
もはやモビルスーツと言うより、モビルアーマーと呼ぶに相応しい程巨大となる。
果たして、この
それは、神のみぞ知る。
いつもご愛読いただき、本当にありがとうございます。