―――一年後。
瑠璃は、瑠花のいる室の前に立っていた。
羽羽は、数日前に縹家を出た。
一年前にした賭けを、母が忘れるはずがない。瑠璃は瞑目した。次に彼女が目を開けた時、その瞳に宿っていたのは強い決意だった。
「―――母様。」
入ってきた瑠璃に、瑠花は顔をあげた。
「羽羽が、縹家を出ました。」
「知っておる。・・・そなたの勝ちじゃ、瑠璃。」
あっさりと認めた母に、瑠璃は一瞬だけ瞠目した。
まさか、母がこんなにあっさり認めるとは。
「・・・そなたを縹家から勘当する。縹家にいることを許すのは明日中じゃ。良いな。」
「はい。」
頷き、瑠璃は踵を返した。
「英姫姉様!」
「・・・瑠璃、羽羽が・・・縹家から、出たわよ。」
「知っています。先刻、母様に勘当されました。」
「瑠璃!」
ハッと目を見開いて、英姫は瑠璃を食い入るように見つめた。
「・・・英姫姉様。送っていただけませんか、縹家の外へ。」
「・・・わかったわ。瑠璃。絶対に、元気でいてね・・・。」
おそらく、これが今生の別れになる。
英姫に抱き締められて、瑠璃は不覚にも泣きそうになった。
母に勘当された時は、何も感じなかったのに。
「瑠璃。泣いていいのよ。」
英姫の言葉は、瑠璃の最後の砦を崩すのに充分すぎた。
「英姫姉様・・・っ!」
瞳から涙を溢れださせてしがみついてくる瑠璃の背をあやすようにトントンと叩きながら、英姫の瞳からも雫が零れ落ちた。
異能を持っていなくても、瑠璃は英姫にとって可愛い妹分。11歳で重い決断を下した瑠璃は、これから縹家外で過ごすことになる。だから―――英姫はもう、瑠璃を助けられない。それが口惜しくて。
その様子を見ていた璃桜はすぐに興味をなくしたように視線を外すと、姉のもとへ行くべく身を翻した。
「では、英姫姉様・・・。」
振り返った瑠璃を見つめて、英姫は一つため息をついた。
「わかっているわ、送るわよ。だけど、一つだけ聞かせてちょうだい。」
「何を、ですか?」
「なぜ、瑠花様とあんな賭けをしたのか。それだけ、教えてちょうだい。」
「・・・縹家を出る理由、ですか?」
「ええ。縹家に生まれた普通の者ならば、縹家を出ようなどとは考えない。―――それに、今、“外”は滅茶苦茶よ。わざわざこの時期を選んだ理由を聞いてみたいの。」
確かに、英姫の言うとおりだった。
特に女性は。
縹家では、女性が上に立っている。男性が上に立つ社会にわざわざ出ようなどとは、普通は考えない。
そう――。
縹家では男女問わず学問を学べ、直系筋ともなれば衣食住の保障くらいはされる。
それに、直系筋の女性は異能を持っていなくても縹家の血を伝えることができる貴重な存在だから大切にされる。
仙洞令君や仙洞令尹のように縹一門としてあらかじめ用意された席に行くこともあるが、それとて“縹一門として”だ。
瑠璃のように自分から縹家を出ようとするものは、本当に―――ごく稀なのだ。
「・・・閉じ込められているみたいで、嫌だったんです。」
「・・・閉じ込め、られて?」
わからないというように首を傾げた英姫を真っ直ぐに見て、瑠璃は言葉を紡ぐ。
「―――守られるだけじゃ、嫌なんです。自分で、何かをしてみたかったんです。自分で、何が、どこまでできるか。試してみたかったんです・・・。」
「・・・瑠璃、貴女らしいわ。」
苦笑した英姫に、瑠璃は微笑み返す。
「・・・わかってもらえました?」
「ええ。わかったわ。貴女の気持ち―――。送るわ。頑張ってきなさい、瑠璃。」
「・・・ありがとうございます、英姫姉様。」
「縹家を勘当されても・・・。いつでも、辛かったら私のところに来なさい。縹英姫じゃなくて、ただの英姫のところに。」
「・・・英姫姉様・・・。本当に、英姫姉様には感謝してもしきれない。」
英姫はその言葉に笑むと、瑠璃の頭を撫でた。まだ自分より少し低い身長。
「・・・行ってらっしゃい、瑠璃。」
その瞬間―――瑠璃の目の前が、白く発光した。
「・・・ここは・・・。」
投げ出された場所に座り込んで、瑠璃は呟いた。
あたり一面、緑。
「・・・えーっと、“野原”かしら、“荒れ地”かしら。ん・・・それとも、“麓”?」
縹家の土地はどこもよく整備されていたから、よくわからない。
「・・・ここからが、私の人生よ。」
もう、縹家にはとらわれない。
瑠璃として、生きる―――。
瑠璃は単語の知識だけは物凄くありますが実際に目にしたことのあるものはほとんどありません。
なので川と海と湖の区別もつかないような子です。
縹家の本邸にほとんど閉じ込められるようにして育っているのできちんと整備された場所しかしらなくて、サバイバルには本来向かないはず。
これからご都合主義な展開になることが目に見えていますがどうか生暖かい目で見守ってやってください。