「・・・悠玉。」
「どうしたの、瑠璃?」
「私、明日―――紅山をおりようかと思うの。」
「どうして?!」
声を荒げた悠玉に、瑠璃は微笑む。
悠玉がそう言うことは、予想がついていた。
でも、先に言って彼女が別れを惜しむような態度をとり続けたら、ここから離れられなくなってしまうから。この、心地よい場所にいつまでもいられるわけではないから。
「ごめんなさい、悠玉、自分勝手で。」
本当の理由は告げずにただ、謝る。
自分勝手でずるいけれど、そうしないと瑠璃が耐えられなかった。
「瑠璃、知っているわ。貴女の目的地はここじゃないって、ことくらい。でも、どうして?!急すぎるわ。なぜ、いきなり明日なんていうの?」
「悠玉・・・。」
「ずるいわ・・・。まだ二カ月よ、来たばかりじゃない。そりゃあ、瑠璃は心の準備ができているのかもしれないけれど。私はできていないのよ、心の準備なんて。貴女が明日いなくなるなんて、想像できないわ。貴女は私の心にこれだけのものを残して、行くの?自分で、一人で勝手に決めちゃって、私の気持ちなんて考えていないでしょ・・・っ!」
わかっていた。自分勝手だということも、ずるいということも。悠玉の心に瑠璃という存在だけを残して行くのは、彼女が瑠璃を最も深く覚えるやり方で、この上なく傲慢だということも。
「ごめんなさい・・・。自分勝手だっていうのは、わかってる。でも、行かせて?いつか・・・また、来るから。」
「そんなずるい約束しないで!明日、ここをおりるんでしょう?!そしたらもう私と瑠璃の関係なんて無にも等しいじゃない。もう知らないっ!」
その科白を最後に荒々しい音をたてて閉まった扉を、瑠璃は茫然と見つめた。
「・・・悠、玉。」
喧嘩なんて、初めてだった。
悠玉が怒る姿なんて、見たことがなかった。
瑠璃が悠玉にとって、あんなに激昂して感情をあらわにするほど大きい存在だったのを、嬉しいと思うのは傲慢だろうか。
このまま別れて紅山をおりたら、悠玉との関係は彼女の言った通り無に等しくなる。それだけは、嫌だった。
生まれて初めてできた“友人”を、大切にしたいのに。初めてだからこそ、手探りの状態で、どうすればいいのか全然わからなくて。
喧嘩だって、したのは初めてだった。
悠玉と出会ってからは“初めて”ばかりで新鮮で楽しくて、毎日が色づいていた。その日々を失うなんて、考えられない―――否、考えたくなかった。
この喧嘩の要因―――悠玉を怒らせた原因は、十中八九瑠璃にある。
瑠璃はどうやってこの状況を脱するかを考えはじめた。
明日までに、何としてでも悠玉の怒りを解かなければ。
見送ってほしいと思ってしまうのは、やはり傲慢で。別れがたくなるのに見送ってほしいと思うなんて、矛盾に満ち溢れていた。
絶対にこの二人で喧嘩を書きたかったんです・・・。