「・・・悠玉。」
瑠璃に名を呼ばれて、悠玉は視線を瑠璃に向けた。
「どうしたの、瑠璃?」
「私、明日―――紅山をおりようかと思うの。」
今日の夕飯の献立でも話すかのように軽く告げられた言葉に、一瞬呼吸を忘れた。
「どうして?!」
思わず声を荒げた悠玉に、瑠璃は微笑んだ。
その笑みに、悠玉は手を握りしめる。この微笑を浮かべられたら、瑠璃から本当の答えは得られない。でも、ここで引き下がるわけにもいかなかった。
「ごめんなさい、悠玉。自分勝手で。」
その言葉で確信した。
瑠璃は本心を告げるつもりはないのだと―――。
私たちの仲はそんなものだったの、と悲しみが付きあげてくる。彼女と別れるなんて、耐えきれないのに、どうして瑠璃はそんなに簡単に言えるの。
「瑠璃、知っているわ。貴女の目的地はここじゃないって、ことくらい。でも、どうして?!急すぎるわ。なぜ、いきなり明日なんていうの?」
「悠玉・・・。」
困惑したようにこちらを見る瑠璃に、悲しみよりも怒りが先だった。
彼女なら悠玉の気持ちを察すことなど造作もないはずなのに、その態度が癪にさわった。姫家らしくない感情だった、―――執着なんて。
「ずるいわ・・・。まだ二カ月よ。来たばかりじゃない。そりゃあ、瑠璃は心の準備ができているのかもしれないけれど。私はできていないのよ、心の準備なんて。貴女が明日いなくなるなんて、想像できないわ。貴女は私の心にこれだけのものを残して、行くの?自分で、一人で勝手に決めちゃって、私の気持ちなんて考えていないでしょ・・・っ!」
瑠璃にとって、悠玉というのはその程度の価値だったのか、それならば彼女にここまで執着していた自分は何だったのか。問うように目を向けても、彼女は謝るだけ。
「ごめんなさい・・・。自分勝手だっていうのは、わかってる。でも、行かせて?いつか・・・また、来るから。」
彼女の言葉に、我慢できなくなった。
高ぶってくる感情、それに比例して欠けていく理性、わかっていたけれど止められなかった。
「そんなずるい約束しないで!明日、ここをおりるんでしょう!?そしたら私と瑠璃の関係なんて無にも等しいじゃない。もう知らないっ!」
バタンと、荒々しく扉を閉めて自室へ向かう。最後に、茫然とこちらを見る瑠璃が見えた。
歩きだした瞬間、スウッと頭が冷えた。感情がおさまり、理性が回復してくる。
「瑠璃・・・。」
“鳳麟”らしくない、姫家らしくない。
“執着”なんて、鳳麟の持つべきものじゃない。
他の人間には淡泊に接していられるのに、瑠璃だけは無理だった。感情をそのままぶつけてしまったのなんて、初めてだった。怒りをあらわにして、あれほど荒々しく怒ったのも初めて。瑠璃といる時は“初めて”ばかりだったけれど、こんな“初めて”はいらなかった。
瑠璃にも、何かしらの考えがあって黙っていたはずなのに。私はそれを受け止めきれずに、理性さえ繋ぎとめられなかった。
どうすれば、この“喧嘩”を終わらせられるのだろうか。
初めてばかりで、だからこそ不器用に、手探りになってしまって。天つ才だって、こんな時には何の役にも立たない。
「何が、天つ才よ・・・。」
大切な友人との仲が壊れるくらいなら、天つ才なんてものも“鳳麟”なんて称号もいらなかった。
はい、悠玉に大切な友人と言わせたかっただけです。ただそれだけです。