「司令官っ!」
略帽を被った紺髪の少女が後方を確認しながら、ソレのもとへと海上を稲妻形に駆ける。
ソレを一言で表すならば、純白だった。
白い軍服に包むは、同じく病的なまでに白くシミ一つない肌。
絹のような白髪を風になびかせ、仮面の如く変わらぬ無表情の中にある鮮血色の瞳は、駆けてくる少女の後方三十メートル程を見ていた。
ソレが人間として珍しい外見なら、海を駆ける少女の後方に付くモノは文字通りの異形だろう。
ソレと同じく常人ならば有り得ない程の白い肌。青緑に光る瞳。腰までの長さがある、全てを呑み込むかのような黒髪。その細い腕の先にある両手を隠す、身の毛もよだつような黒々とした艤装。
微笑を浮かべてこちらに向かってくるその姿は、人間に本能的な恐怖を抱かせるだろう。
大本営が提督全員に渡す深海棲艦図録に記載された戦艦ル級そのものだった。
「暁、よくやった。あとは私に任せて、君は早く加賀達のところへ」
「ええ、わかったわ! ……司令官、死なないでね?」
「戦艦ル級程度ならば、恐らく死にはしない」
司令官と呼ばれたソレは暁を一瞥し、片手に持っていた木刀を正面に構える。
暁は遥か後方へ——万が一にも流れ弾が当たらない位置まで——下がった。
海上に残るのは人間一人と侮り、余裕綽々と近付いてくる戦艦ル級のみだった。
奴等は弱い駆逐艦や人間に対して、決して全力は出さない。恐怖を刻み込むようにわざわざ接近して、眼前で撃つのだ。
しかし、今回はその嫌らしい性格が災いした。
司令官がおもむろに一歩を踏み出すと同時に、出した右足を中心に地面が罅割れる。
二歩目には既に戦艦ル級も反応出来ない速度で接近しており、利き足を少し前に出して戦艦ル級を袈裟斬りにした。
「——ァ⁉︎」
身体がズレ落ちた戦艦ル級が小さく声を上げた。
戦艦ル級には、何一つ理解出来なかっただろう。
気づけば少し離れた位置にいたはずの人間が目の前で自らの領域を侵すように二本の脚で海上に立ち、視界が最後に捉えたものは重厚な艤装ごと斜めに両断された自身の肉体。
——圧倒的なまでの強さだった。
戦艦ル級は沈み行く意識の中で理解したのだろう。
自分は楽しく駆逐艦を追いかけているようで、その実まんまと誘い込まれていたのだと。
そして自分を斬った者こそが、この国で一番強いのだろうと。
かくして一ヶ月に一回起こるかどうかという深海棲艦による強襲は、今回もまたこの鎮守府の提督によって被害なく終わった。