またやってしまった……
海辺の小丘に建てられた、歴史を感じさせる古民家。
そこには、艦娘が複数存在している。
……ところで、こんな言葉をご存知だろうか。
——朝の食卓は戦場である、と。
「暁、味噌汁のおかわりが欲しいクマー」
「それくらい自分でやりなさい」
「いいのよ、加賀さん。はい、どうぞ。ふふっ、加賀さんのお味噌汁は美味しいでしょ?」
「ふー、相変わらず加賀は厳しいクマ。でも、球磨は料理が上手な人は大好きクマー」
「そうですか」
「…………不知火に落ち度でも?」
「もうっ、不知火さんったら! また制服にお味噌汁を零しちゃったの⁉︎ 美しく食べるなんてレディの基本よ!」
「……すみません、暁さん」
「次から気をつけるのよっ!」
「はい」
「球磨、醤油を取ってくれ」
「投げるから取るクマ」
「投げるな」
「ほいっ」
「……投げるなと言っただろうが。軍服を汚したら暁に怒られるのは私なんだぞ」
「そんなことを言いながらも飛び散った醤油を一滴も見逃さず目玉焼きをのせた皿で拾う辺り、提督の際立った異常さを感じるクマー」
「もうっ、物を投げるなんてレディじゃないわっ! 球磨さん、めっよ!」
「暁ママ、了解クマー」
これを見れば即座に理解できるだろう。
この鎮守府(古民家)の主は、提督ではない。暁である。
小さな丸いちゃぶ台に所狭しと並ぶ料理、それを囲む四人の艦娘と提督。
料理担当は食べるのも作るのも好きな加賀。
なんでもできる暁は、その時の状況に応じて様々な仕事をこなし、自称しっかり者の不知火は忙しい暁の補佐。
怠けてばかりの球磨は、加賀や暁に頼まれた買い物をしたりとそれぞれ役割を分担して生活している。
そんな鎮守府にも満たないような鎮守府モドキだが、今日は新たな仲間を大本営から迎える手筈である。
ここ最近、こんな片田舎にもかかわらず深海棲艦がよく姿を現す。
それを提督が報告書にまとめて大本営に送りつけ、ついでにもう少し人材が欲しいと具申した。
……返ってきた書類を見るに、その人材が今日の朝方にこちらに到着すると書いてあったことを彼女達は覚えているだろうか。
「球磨さん、それ……不知火が最後に食べようと思って残しておいたのですが」
「嫌いなものかと思って食べたクマー」
「………………ぐすっ」
「ああっ、不知火さんっ! 泣かないで⁉︎ 暁の分けてあげるからっ! ね?」
「ふぐっ……あ、ありがとう、ございます……」
——これは、絶対に忘れている。
私はサラダをもしゃもしゃと食べる提督の肩に乗り、耳元で人材の件について教えてあげた。
「むっ、今日だったか」
「どうしたの、司令官? ——まさか隣町のスーパーの特売日が今日なのかしら⁉︎」
暁は慌てて立ち上がり、出掛ける準備を始めようとする。
それを提督が、違うと言って座らせた。
「先日近海に戦艦ル級が出現しただろう? それを報告して、一緒に人材を寄越せと手紙を送りつけたんだ。その返事が昨日届いてな。中には、今日の朝方に鎮守府に到着するだろうと書いてあった。つまり、仲間が増えるわけだ」
「新しい人が来るの⁉︎ やったわね!」
「流石に気分が高揚します」
「……ぐすっ、し、不知火に落ち度でも……?」
「おーよしよし、別に不知火がドジっ子だから新しいヤツを呼んだわけじゃないから安心するクマ」
不知火自身も自覚しているドジさに自分は代わって大本営に送り返されるのではと涙を流していると、球磨があやすように不知火の頭を撫でた。
他所は知らないが、ここの球磨と不知火はなんだかんだ言って本当に仲が良い。
主に不知火が泣いた時だけだが……。
そして今回は別だが、基本的に不知火を泣かせるのは球磨である。
「そんなわけで、そろそろ到着するはずなんだ」
提督がそう言ったと同時に、玄関のチャイムが鳴った。
「来たようだ……さて、どうしたものか」
「出迎えてあげないの?」
「いや、目の前を見てくれ……」
提督が指差した先には、ちゃぶ台に並ぶ食べかけの朝食。
数秒後、ようやく彼女達は弾かれたように動き出した。
ちゃぶ台の上を片付ける者。目の届く範囲を掃除する者。縁側へ寝に行く者。玄関へ向かう者。特に仕事がないためあたふたする者。
この時この瞬間、彼女達は改めて互いに心を通わせた。
そして私は、玄関へと向かう提督の肩で意気込んでいた。
なにせ久しぶりの新入りだ。緊張しない方がおかしいだろう。
それは提督も同様だ。先程より僅かにだが体温が上がっていた。
肩に乗っていると、些細な違いが案外察知できるのだ。