その日、バーツィカル学園では中等部と高等部の入学式が行われていた。この竜園島には
そして、その忙しい方々から賜る挨拶を聞き逃すようなことがあっては周りからは白い目で見られ、場合によっては国から直接咎められる事もある。
「だというのに……おい、確かに今日の朝十時にバーツィで入学式が執り行われる予定だよな?」
「現実を見ろ。五分前まで生徒達がひっきりなしにこの門を潜ったろうが。でもまだ
「冗談だろ……」
そう言ってバーツィカル学園の門前で頭を抱える二人の男は、この学園に配属されている警備隊で、ここのOBである。この二人は本日入学式が執り行われる講堂に生徒を案内する業務の他に、クレイドル帝国という大陸最大規模の国の第三皇子を丁重に案内する、という特別業務も任されていた。
しかし、入学式開始五分前になっても一向に第三皇子が現れる気配はない。学園理事長から預かっている写真の少年を隈なく探すも、今までこの門に受け入れた新入生にその顔はなかった。お付きの顔もだ。第三皇子もそのお付きもその美貌から相当目立つはずなので、見逃しているはずはないが……と、警備隊の二人は未だ姿を現さない少年達の事を案ずる。
「クレイドル帝国って言やぁ、アレだろ。確か五年くらい前に入学式で癇癪を起こした貴族の子を国に連れ帰って拷問して死なせたっていう……」
「あぁ、確かそんな事があったな。しかし
「本当にそう思うか?俺ぁ、なんかその皇子の事を邪魔だから殺す動機を作るために、敢えてここ辿り着けないような地図でも渡して遅刻させてるんじゃあないかと踏んでるんだが」
「シッ!滅多な事を言うな。お前も消されるぞ」
「おっといけねぇ!すまん、助かったぜ」
「いいさ……実際、それに近い噂もある位だしな。"竜に乗れない無能皇子"か……」
「あの国で何故生きてるのか不思議だな……っと、んん?」
二人は未だに来ないクレイドル帝国の第三皇子達に付いて話し込むが、ここで警備隊の一人が門下の建物の上を駆ける二つの影を見つける。通常有り得ない速度で移動していることから、男はその影を魔物か魔術を行使した魔術師、魔女であると断定し、すぐに抜剣した。
「アレを見ろッ、凄い速さでこっちに向かってくる影がある!剣を抜け!」
「っ、なんっだあの速さ!?魔物じゃあねぇな!」
二人は即座に武器を構え、門を閉じた。状況判断に思考を裂き、影の情報を割り出していく。
「油断するな!あの速さでもし魔物なら相当上位の野郎だ!多層シールドを抜けても不思議じゃねぇ!」
「警報が鳴ってない!が、それもすり抜けられる奴だったら厄介だな」
「……いや人だ!僅かにだが見えるようになってきたぞ!」
「おい……あれ、ウチの制服着てないか?」
「……着ている、な」
少しだけ、肩の力を緩める警備隊の二人は、しかし油断はせずにその影を凝視する。その影は段々と、出鱈目な速さでその姿を明確にしていく。
そして二人はようやく影の正体を掴んだ。
「……第三皇子だ!ミネルヴァ様と、お付きのキール様だぞ!」
「嘘だろ!?お、おい早く剣を収めろ!敵意ありとみなされたら、問答無用で殺されるぞ!」
二人は叫んだ。この対応は、不味いものだと。
帝国はその他に容赦をしない国で有名だ。過去の戦争では常勝無敗、その相手国は無残に滅ぼされ、捕虜は等しく奴隷落ち、女子供でも抵抗すれば即打ち首という程残酷な国なのだ。その第三皇子に、いくら蔑称があるといえど位が上の人間に剣を向けるなど即戦闘になり、殺されてもおかしくはないのだ。二人はすぐに剣を収め門を開け、敬礼の構えをとる。
数秒後、ミラとキールが砂埃を上げながらダイナミックに着地し、バーツィカル学園に到着した。
「──ふう、間に合ったな」
「ええ、時間はギリギリですが……何とか、と言ったところでしょうか」
「父上もお人が悪い、わざと遠くの駅に止まるような切符を購入したな」
「時間ギリギリでね……さて、急ぎましょう。またどやされたくもありませんしね」
「あぁ、そうしよう。──もし、そこのお二方。少しよろしいだろうか?」
発見、登場の仕方。何もかもがド派手だった第三皇子達の到着に警備隊の二人は敬礼の構えのまま硬直していた。同時に、冷や汗が止まらず、背をなぞるゾクゾクとした悪寒に、二人は口を震わせるしかない。
なんだ、この圧は。なんだこの、恐怖は。何故俺達は今、喋れないのだ、動けないのだ。
警備隊の二人の頭の中はそれでいっぱいだった。二人はこの学園を優秀な成績で卒業し軍に入隊、魔物との戦闘を五年ほど行った後に未来ある学園の生徒を守りたいという意志で警備隊に再就職した者達だ。そしてそれは、現場で五年も生き長らえた猛者であると言う事でもある。即ち、多少の恐怖など打ち勝てるという自負が二人にはあったのだ。
しかしながら今現在、二人は動かず喋らずの自分達をおかしそうな目で見つめる第三皇子を前に、何も出来ない。強化魔術をかけここまで来たのだろう少年達二人に、自分達は何も出来ない。その事実に何より、二人は恐怖した。
だがすぐに第三皇子のお付きである少年が何か思い出した、と言わんばかりの表情をすると、二人で話し始めた。
「あぁ……ミラ、私達の殺意にこのお二人は怯えています。魔術を行使した際の周囲の影響を考えていませんでしたね、すぐに気を鎮めましょう」
「ん?ああ、そう言うことか!申し訳ないお二方よ、最近まで戦場で戦いっぱなしだったので、魔術を行使した後も少し気を張ってしまう癖がついたのだ。すぐ、収めるとしよう」
ミラとキールは少し目を瞑り深呼吸すると、途端に警備隊の二人を襲っていた恐怖などは霧散した。これにまた二人は恐怖するが、これ以上の失態は許されない、と必死で言葉を紡ぐ。
「……ぁ、お、お待ちしておりました!も、もうすぐ入学式が執り行われます!後三分ほどです、お早く!」
「着いて来てください、こちらです!」
ようやく再起動した二人に安堵したミラとキールは、その言葉に従い二人の後について行く。恐怖から逃れるように、その使命を成し遂げるために二人は必死に駆け出すが、その後を涼しい顔でミラとキールもついて行く。これにも警備隊の二人は自信を無くし、やや表情は落ち込んでいた。
「承知した。先程は申し訳ない事をした。御存じかと思うが、俺……いや、私はクレイドル帝国第三皇子のミネルヴァ=フォン・クレイドルだ。案内の程よろしく頼む」
「私はそのお付きのキール=ド・フランシスです。主共々、よろしくお願いします」
「ッ……よろしくお願いします!警備隊所属、コランです!」
「お願いします!!同じく警備隊所属、デックです!」
「これよりの学園生活、貴方方のお陰で安心して過ごせると心の頼りにさせて頂く。その働きに期待しよう」
そうしてギリギリで入場出来たミラとキールの二人は、これまた待ち続けていた教師の案内で講堂内を案内される。全速力で講堂まで案内した警備隊の二人はその入口の階段で腰を落ち着け、その二人の尋常ではない様子に周囲の教師と警備隊の人間が少々集まった。
「ど、どうしたんだお前達!ほらっ、水だ!これを飲んで落ち着け!」
「あの二人に何かされたのか!?」
「帝国の第三皇子か……酷い噂しか訊かないが、大丈夫だったのか?」
矢継ぎ早に質問されるコランとデックは受け取った水で乾ききった喉を潤し、ただ一言、こう言った。
「何が『無能皇子』だ、『
「竜に乗れないのが何だってんだ?
化け物。この警備隊の二人が相当なツワモノであると理解している周囲の人間達は、その評価に至った経緯を聞きたがるも、暫くは放っておいてほしいと二人に言われてしまったので、事情を聴くのは夜に延長した。
自分達がその少年を目で捉えた時、無自覚に一歩後退していたのに誰も気付かないまま。
*****
『──で、あるからして未来の竜騎士たる諸君らのこれからに──』
「……存外につまらんな、入学式というものは。先程から肥えた豚か禿げた豚しか喋らないではないか。しかも、皆似たような言葉をわざわざ小難しい言葉で引き伸ばしているだけ。聞く意味などあったか?」
「島のお偉方や来賓の方々はその権威を示すべく、各学園を挨拶をするためだけに回りますから。ここでそう言う事をしなければ示しがつかないでしょう?」
「しかしだな、キール。俺は退屈だ。これではお前とチェスでもしている方が楽しいぞ」
「我慢なさってください。この後は最後の来賓の挨拶と、生徒会代表、新入生代表の挨拶で終わりです。もう後一時間も座っていればいいだけですよ」
「ふん……ああ、次は父上ではないか。これはしっかり聞いていないとな」
「ええ、その通りですね。それが終われば後は流し聞きで大丈夫でしょう」
「では、これだけでも真面目に聞いておくか」
「そうしましょう」
ミラは今まで学園に通ったことはなく、また教養をつけるための家庭教師なども雇われたことなど無いので学園、という新環境に少し胸を躍らせていた。しかし長らく座ったまま人の挨拶を聞いたりしていただけなので飽きてしまったが、次が自国の、そして衣自分の父親の挨拶だと知ると姿勢を正し、少しだけ笑みを浮かべた表情で──殺意と激情を込めた視線で、壇上に上がった男を見つめていた。キールはその露骨な行動にため息をつくが、自分の主を虐げているその人物を前に同じく視線に殺意を込めてしまう。が、二人は先程の警備隊の二人を怯えさせてしまった事を覚えているので、あくまでその殺意は周囲に影響を出さないように気を配っている。視線の先の人物だけには伝わるようにしているのが、この二人がどれほどその人物を憎んでいるかという度合いを現しているだろう。
その視線を一身に受ける人物は、しかし気にも留めていないかのように、まるで自然体で壇上に立った。その表情は威厳に満ち溢れ、その視線の先は五百を越える新入生たちに注がれている。
「ハッ。これ程でも気付かないか。愚かな」
「何時も通りでしょう」
ミラとキースは心底馬鹿にした表情で壇上に上がった現クレイドル帝国皇帝、ウォッカマン=フォン・キング・クレイドルを見る。何時も通りだ、そう言い聞かせつつもミラは表情をもっと歪め、遂に侮蔑を込めるようになる。が、これにも彼の皇帝は気付かない。
「引きこもり期間が長く、耄碌したか。堕ちたな父上」
「貴方を怖がるようになり早十五年ですか?生まれた時に魔力が暴走した貴方がよっぽと怖かったみたいですねぇ」
「別に誰も死してなどいないのにな。被害はあれどアレは喜ばしい事だと思うのだが」
「まぁ、貴方の魔力が強すぎたせいで年老いて竜に乗れなくなった皇帝は暴走時に怪我させられたのにビビりまくり、隔離し、殺そうとまでしているのですから。幼少から玉よ君よと育てられたあの愚図はまともに怪我などマトモに負った事がないでしょうし、相当怖かったんでしょうねぇ」
「竜に好かれるような性格だったのが幸いして振り落とされることもなく、一応は大成してしまっていたからなぁ。その自信が俺によって打ち砕かれたせいか。今になっても心底笑えるな」
「……ああ、不味いですよミラ。話し込んでいたらあのゴミ野郎、もう壇上から下りちゃいました。そろそろ体力の限界ですかねぇ」
「俺が居るかもしれない不安から、さっさと終えたかったのだろうな。見ろあのへっぴり腰を。戦場ならいの一番に死んでいるぞ」
「ええ、見事なへっぴり腰です。さっさと死ねばいいのに」
「さて、話も聞き逃してしまった事だし、後はどうでもいいな。俺はしばらく寝るから、終わったら起こしてくれ」
「解りました。後で必要そうだと思った事はお伝えしますので、ご安心を」
「頼んだぞ」
こうしてミラは入学式が終わるまで、腕も足も組んで顔を俯かせて寝てしまった。その豪胆さに周囲の生徒と教師は少し慌てるが、ミースが目に付くものすべてを威圧し黙らせたのでこの式が終わるまで、無事ミラは安眠する事が出来たのだった。
よければブクマ等よろしくお願いします。