竜衣の戦士と竜騎士《ドラグーン》   作:Nokato

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第四話『迫っていた危機』

 

 

 理事長室の中には既に数人が待機していた。ノックもなしに入ってきたミラとキールの二人に驚いていたようだが、当の本人達はなんのその、不遜にも微笑を浮かべるミラと内心を読み取らせない無表情のキールはズカズカと部屋の中に入り、キールがドアを閉めると、直ぐにミラが口を開いた。

 

 

 「クレイドル帝国第三皇子、ミネルヴァ=フォン・クレイドルと付き人のキール=ド・フランシスだ。用件は何だ?」

 

 

 その敬意の欠片もない登場の仕方に、重そうな体をソファに沈めていた者達は一斉に立ち上がり怒鳴り散らそうとする。しかしその行為は未遂に終わった。

 

 ドンッ!と、強い衝撃音が部屋に響く。部屋の一番奥、部屋の主が座るであろう豪奢な椅子に座る女性が目の前に机を叩いたのだ。その音に怯んだ者達は開いた口をそのままに、ミラたち同様自分達を呼びつけていた者の顔を窺う。

 そう、その女性こそこのバーツィカル学園最高責任者の理事長、その人だった。

 

 「いやはや……愉快な登場だったよ、ミネルヴァ皇子。この者達は君のそれを気に食わなかったようなので窘めたが、良かったかね?」

 

 「構わん。しかしお前も悪趣味な奴だな。力を持たぬ者を脅かすなど、力ある者のすべき事ではないぞ?」

 

 「人の事を言える口かね?」

 

 「違いない。俺達は同類だったか」

 

 「質の悪い冗談だ。さて、もういいだろう?その空いてる席に掛けたまえ。用件を話そう」

 

 「そうさせてもらおう」

 

 

 怒りで立ち上がった者達はどうにかなりそうだった。自身より遥かに年下の餓鬼に舐めた態度を取られたものだから怒鳴り散らそうとしたのに、それを年下の、しかも女に窘められたのだ。しかもその餓鬼も女も何でもないかのように話を進めるし、餓鬼の付き人には大層嘲りを込めた目で見られるものだからまた怒鳴り散らしてやろうかと身体に力を入れた。

 

 

 「座れ。大人しく出来ないのであれば、退室してもらって構わんぞ」

 

 

 しかしそれも窘められてしまった。なまじ権力は向こうの方が上なだけに逆らうことは出来ず、ミラ達には有象無象と判断された五人の男達は渋々と言った感じで、額に青筋を浮かべたまま腰を下ろした。

 

 

 ミラ達が座るよう言われた席は、まるで事件を起こした被告人が裁判でも受けるかのような位置に置かれていた。正面には長テーブルがあり、その両サイドを歳の食った男達がまるで親の仇を見るかのような目で自身達を睨む。その奥では黄金に輝く長髪に歴戦の猛者たる威厳と迫力を備えた美女が腕を組んで座っており、並大抵のものなら汗をダラダラと流し生きた心地がしないであろう場所だった。

 しかし未だに微笑を浮かべるミラとその隣のキールは本当に何でもなさそうにしていた。

 

 

 「さて、ようやく落ち着いたか。困るぞ、あんな煽るようなことをされてはな」

 

 

 ようやくと言った感じで話を始める理事長に対し、ミラは今度こそその微笑に嘲りを込め、周囲を見渡して口を開いた。

 

 

 「そう言うな。何、俺を呼び出した者の度量を確かめたくてな。中々良かったぞ」

 

 「お気に召したようで何よりだが、今後は控えるように」

 

 「その時の気分次第で考えてやらんでもない」

 

 「なるべく考えてくれ」

 

 

 そう言って理事長は一旦視線を切り瞬きし、ミラとの間に流れた少し気の緩い空気を張り替え、真面目な雰囲気で話し始めた。

 

 

 「さて早速だが、この学園のみならず竜園島の住人には通常、貴族や王族などという身分は関係ない。あるのは等しく人であると言う当たり前の事と、学生は学生、それ以外は学生を守り教え導く大人という簡単な事だ」

 

 「聞き及んでいる」

 

 「結構。しかし君も気付いているようだが、それを破って今君を帝国皇子として(・・・・・・・)呼び出している訳だが……」

 

 

  本来であれば、いくらミラとは言え目の前の女性に対して敬意を払った口調で話していただろう。入室の際もノックをしたであろう。しかしそれを行わないのは、自身がそういう態度であることを望まれているからだ。クレイドル帝国第三皇子の身分は伊達ではない。幾ら身内とは仲が悪くても皇子なのだ。その権力は絶大である。

 

 それを今更思い出したのか今まで睨みつけてきていた、既に空気と化していた男達は顔を青ざめさせるが、それすらも空気同様に扱うミラはまさしく皇子であった。

 

 

 「忠告しようと思ったのだ。今そこにいる者達はこの学園の役員の一部であり、学生を公平な目で見て教え導く立場の最高責任者に近しい」

 

 「ふむ」

 

 「しかし、だ。嘆かわしい事にこの者達は帝国の息がかかった者達でな。君を不当に扱う恐れがあったので、そういう危険が君を待っている事と、私はそれに対して全力で抗い、君を守るという姿勢を見せたかったのだ」

 

 「なっ!?」

 

 

 その理事長のあまりに唐突な暴露に対し驚きの声を上げたのは、ようやく空気から当事者に昇進出来た男達だった。どうしてそれを!?と言わんばかりに滝のような汗を流し、口をパクパクと魚の様に開閉している。

 

 そんな様子を理事長は睥睨し指を一つ鳴らすと、勢いよくドアが開かれ数人の鎧を身に纏った者達が現れる。無言で素早く男達を拘束すると、地に抑えつけた。

 

 そんな状況に男達はついて行けず、しかし何か言わねば不味いと感じたのか必死に言い訳を始める。

 

 

 「お待ちください、理事長殿!そのような事実は一切存在しません!我らは御身に誓って潔白でありますぞ!」

 

 「左様!私共は何もしておりません!もしそのような証拠があるならば、それは濡れ衣です!」

 

 「そうか。では、これを見てもらおうか」

 

 

 言うと、理事長は机の引き出しから幾つかの報告書を取り出し、近くにいた先程現れた鎧の騎士風の男に手渡し、男はそれを地に伏す者達に見せつけた。

 瞬間、男達の息が止まった。すぐに持ち直したが、どうにも言い訳が出来ないものを提示されたのだ。

 

 

 「俺にもそれを見せろ。構わんな?」

 

 「いいだろう。おい、それをミネルヴァ皇子にお渡ししろ」

 

 

 それに騎士風の男は頷くと、直ぐにミラとキールの前に向かい跪き、報告書を渡した。

 

 

 「……ははっ、これは見事だ。この証拠を捉えた者達に褒美を」

 

 「既に渡してある。私の直属の部下に魔術の得意な者達がいてな。身を隠し怪しげな行動をとる者を追尾、何かあれば現場を押さえるようにと命令していたのだ」

 

 「ご苦労だった。ついては俺から追加報酬を望んでおこう」

 

 「彼らも喜ぶ。そのようにしておこう」

 

 

 魔術の高等階位術の一つに、術を行使した者が見ている景色をそのまま紙に映すという術がある。投影魔術の応用で、物を魔力で造り出すのではなく魔力で映す事に特化したものだ。それが報告書とされていて、文字もつらつらと書かれていたがその画をパラパラと見るだけでこの男達と帝国が繋がっていることが解った。

 

 

 「まさか兄上が賄賂を渡しているなんてな」

 

 

 それは、この学園の生徒会に所属する帝国第二皇子がここにいる者達に賄賂を渡し、握手している画だった。これを見たミラは思わず腹を抱えて笑い、キールは近くに伏せられていた男の頭を激怒の表情で思いっきり踏みつけた。

 

 

 「まだまだ証拠はあるぞ。貴様らの家を貴様らが留守中に調べさせた。まぁ証拠が出るわ出るわで驚いたが、ここで見せるものでもあるまい。牢屋の檻越しに目の前でそれらを読み上げてやろう」

 

 

 それだけ聞くと、もう男達に反論は出来なかった。理事長は騎士風の男達に唯一言連れて行けと命令すると、この部屋に残るのは理事長とミラ、キールだけだ。

 

 

 「帝国の手の者が関わった事なので、君を皇子として呼んだんだ。これよりは学生として扱うが、今後この学園でいらぬ争いが起きようとするなら、私はそれを事前に止めるべくまた君を皇子として呼ぶだろう。お国様のくだらん争いで他の生徒に被害が及んでは敵わんからな」

 

 「承知した。この度は我が国が迷惑をかけて申し訳ない。このこと、帝国は?」

 

 「委細承知の上だった。逆に、君の父君から忠告されてしまったよ。『アレは化け物だ』とね。この件は見せしめのつもりだったのだが、どうも効果は薄いようだ」

 

 「認めたのか。……痴れ者めが。この件について理事長殿はどうするおつもりか?」

 

 「実行に移っていた第二皇子ジェバリンには罰則を与えるつもりだ。加えて帝国側には既に示談を持ち掛けられているので、多少金銭をぶんどって反省させようとは思っている。他は特にないぞ、なんせここは学び舎だ。必要以上に争いを起こすつもりもない」

 

 「寛大なご決定に感謝する。無論、こちらに異論の余地もない。身内の恥を晒してしまい大変申し訳ない事をした」

 

 

 そういうと、ミラは崩していた態度を改め、席を立ち頭を下げた。キールもその後にすぐ続き頭を下げる。

 これには理事長も面喰らい、真面目な雰囲気を霧散させ少しおどけてみせた。

 

 

 「構わんさ!顔を上げたまえ。君も、これから私の学園の生徒なのだ。これくらいはまだ大したことはない。……しかしだ。もう解っただろうが君の周りは常にこういう危険で満ちているだろう。何かあれば、私を頼りたまえ。力になって見せよう」

 

 「そうさせてもらおう。この身に直接降りかかる火の粉なら全て消し飛ばしてみせるが、それ以外となると難しい。迷惑をかける」

 

 「大いに結構。さて、もう行きたまえ。今ならまだホームルームにも間に合おう……ああ、生徒手帳がまだだったかな。ほら」

 

 

 ミラとキールは理事長の机の方に向かい、生徒手帳を受け取った。本来は制服と同時に届くのだが、これに細工をされてはたまらんと理事長が自ら渡さんとしていたらしい。

 

 

 「道理で。教師の方から急に理事長室へ、なんて言われた時は面倒事の臭いがしましたが……これは感謝しなければなりませんね」

 

 「気にしないでくれ。君達のクラスは、万が一を考えて理事長権限で同じにしてある。早速向かってくれ」

 

 「感謝する。して、理事長殿のお名前をお聞かせ願えないだろうか?先程は失礼な態度をとった、許してほしい」

 

 

 すると理事長は見事に歪んだ表情になる。これにミラは首を傾げ、なんで?と内心思っていたのだが、キールは唯一人合点が行ったように二人に説明する。

 

 

 「ミラ、理事長殿のお名前はカーリフォース=エルグリンデ、です。理事長殿、申し訳ない。我が主は人の名前を覚えるのが苦手で、いつもは人に名を尋ねる事もせず覚えもせず知ろうともせずという感じなので、伝え忘れていました」

 

 「……はぁ。弧血無双(こけつむそう)の二つ名は伊達ではないか。君はもっと周りに気を配る事を覚えないと、ここでも孤立してしまうかもしれんぞ?」

 

 「むっ、以後気を付けよう」

 

 「存外に素直なのだな……」

 

 

 以降、改めて挨拶だけして理事長室を退出したミラとキール。二人は早足で廊下を歩きながら今後の事を話し合っていた。

 

 

 「兄上への罰則は、そこまでのものと思う。彼女は立派だが生徒という言葉に弱い節があるからな」

 

 「同感です。警戒を強めておいたほうがいいでしょうね。しかしながら本国についてはどうするおつもりで?

 「どうもせん……のは気に食わんな。脅しはかける」

 

 「承知しました。そのように」

 

 「では教室に急ぐとしよう。折角理事長殿が速めに話を終えてくれたのだ、初のクラスメイトに見事な自己紹介をしてやらねばなるまい」

 

 「……控えてくださいよ?」

 

 「はっはっは!」

 

 「くっ……今くらいはしおらしいかと思えば、ノーダメージじゃないですかこの主は!」

 

 

 バーツィカル学園の廊下には、場に不相応な高笑いが暫く響き続けていたのだった。

 

 

 

 




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