竜衣の戦士と竜騎士《ドラグーン》   作:Nokato

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第五話『暗雲立ち込める初日』

 

 

 急ぎ自身らの教室に向かったミラとキール。既にその姿は目的地の戸の前にあり、キールの今度はちゃんとノックをしてくださいという言葉の下、ミラはその戸を叩いた。

 

 

 「はいー?どうぞですよー」

 

 

 間延びした、そしてどこか幼げな女性の声に二人して何故女児が応えた?と疑問に思ったが、大して気にせず戸を開ける。

 

 

 「あー!今ちょうど二人のお話をしてたんですよぅ!皆さ~んっ、彼らがその空いてる席のお二人さんですよ~!ほらほらっ、早く入って自己紹介お願いします~もう順番過ぎちゃったんですよぅ」

 

 

 キールは眼鏡の奥の目を大きく開いた。戸を開けた正面、教壇に何故か幼女がいたからだ。ミラはそんな彼女を少し驚いて見つめるだけで直ぐに気を持ち直し、これまた堂々とその幼女の隣に歩を進める。キールは未だに理解が進み切っていなかったが、長年行ってきた行動が体に染みついていたお陰で直ぐにその後を追う事が出来た。

 

 

 「は~い、じゃあまず私から自己紹介しますね~?私はこのクラスの担任兼剣術講師のマリアですぅ!こんなに小ちゃいんですけど、正真正銘成人してる大人なんですよっ?それじゃぁミネルヴァくんっ、キールくんっ、これから一年、よろしくお願いしますねぇ~!」

 

 

 人体の神秘……二人はそう思わずにはいられなかった。ミラ達は二人とも身長が170㎝を越えているため少し大きめというのもあるのだが、どう考えても身長140㎝程度であろう目の前の人間が先生だとは思えなかった。どう見ても子どもで、何かの冗談かとすら思えてしまう程だった。

 

 しかし彼女の言う自信はもう成人しているという言葉を信じ認識を改め、跪いて手を差し出し、流れるようにマリアの手を取りその甲にキスをした。

 

 

 「ミネルヴァ並びにキール、ただいま参上致した。まずは遅れて来たことを謝罪する。そして今、心の中で貴女を幼女だと侮ってしまった事、許してほしい。言わなくても良かったのだろうが、これより世話になる方に対してこの様に思った事は私の中では耐えられない事だったのだ。それも謝罪させてほしい、お美しいレディ」

 

 「私からも謝罪を。そして、これからよろしくお願いします、マリア女史」

 

 

 教室内の空気が凍った。二人と同じ制服を身に纏った者で、男は皆その流れるようなキスに同じ生物として負けたと心の中で泣き叫び、女は見目美しい二人のキスを頂戴したマリアを羨ましく思った。

 

 当の本人達は至って真面目にしておりそんな空気に気付きもしない。二人は女性をどのように扱えばいいのか知識は少なく、先の理事長カーリフォース以外に殆ど交流はない。あっても血生臭い戦場で作戦を伝えられる場合のものだった。しかも先の件に関しては別に理事長を侮っていた訳ではなくただ相応の態度で応じただけだ。彼女は大人としての威厳を放っていたし、歴戦の猛者であることもすぐに解らせた。ので、こういう事はしなかったのだが……マリアに対し人として見下すような心が決してなかったとは言えず、自身達に出来る最上の謝罪を行った。

 

 それは戦場を共にしたむさくるしい男戦士達の入れ知恵純度100%であり、実は別に行為自体謝罪なんかではない。むしろナンパに近い。しかしまともな教育は受けたこともなく、知識は本と経験しかない二人はその行為を本気の謝罪として行った。

 そんな真剣な意思が伝わったのか、マリアは顔を少し赤らめ、もじもじとしながらも言葉を返す。

 

 

 「ふわっ……はうぅ……い、いいですよぅ別にぃ。よく言われるのでぇ……」

 

 「それでもだ。人として……そして男として未だ未熟である我らの謝罪を受け入れてくれるだろうか?」

 

 「……許しますぅ。他の女性にはしちゃめっ、なんですからねぇ~?」

 

 「心得た」

 

 「二度とこのような事無き様、精進致します」

 

 

 謝罪を受け入れてもらった二人はすぐ立ち上がり軽く膝の汚れを払うようにズボンを叩くと、今までマリアに向けていた視線をこれからクラスメイトとして過ごす少年少女達に向けた。教室は後ろの席でも前の黒板を見やすくするようにと奥に行くほど位置が高くなっている階段状のもので、一度に全員を見渡す事は出来なかったので二人はその視線を上に下に横にと巡らせた。

 

 多くの生徒はその視線に少し委縮してしまう。それもそのはず、この学園のみならず『クレイドル』の名を持つ者に対しては何処でもそのように扱われることが多いからだ。五年前にこの学園に入学した自国の生徒に対する制裁、それ以外にも帝国には悪評がつきものだった。

 

 しかし、そんな中にも視線を受け物ともしない者達がいた。その中にはキールが言っていた良い女(・・・)らしい者もいたので、ミラは少し機嫌を良くして口を開く。

 

 

 「さて諸君。俺はミネルヴァ=フォン・クレイドルだ。この日この時、十二学園に数えられる強豪校に入学出来た事、心嬉しく思っている。竜乗り(ライド)に関しては全くと言っていい程出来やしないが、剣術や魔術に関しては相当な腕であると自負している。長く戦場に居たのでこういう場で学問を学ぶのは初めてだ。何かあれば頼らせてもらうと思うが、どうか嫌な顔をせず受け入れてくれると嬉しい。俺も出来うる限り、頼られれば力になろう……それと、俺の事はミラ、とでも呼んでくれたらいい。本名は好かん。では、これよりの日々を互いに切磋琢磨し歩んでいこう。よろしく頼む」

 

 

 その言葉に、生徒の反応はそれぞれだった。やはりクレイドル帝国出身、しかもその皇族だという証拠の家名まで出てくるとなると、悪感情を持つ者は少なからず顔を歪ませる。そもそも帝国はあまり竜園島に自国の生徒を送らず、皇族に関しては社会見学のために三年間の留学扱い。それ以外の者は実力の高いものを力の誇示として送り込んでくるため印象は最悪だった。

 

 しかし長く戦場に居た、という言葉に反応した生徒も多い。それは実戦経験者という証であり、バーツィカル学園に限らず高等部に入学すれば実践を行う機会があるのだ。それを既に経験しているというのは大きなアドバンテージであり、話をしてみたい、と思う者も少ないくないようだ。

 

 だが最も多い反応は竜乗り(ライド)が出来ない、という言葉に対し嗤うものだった。

 

 それもそのはず、このバーツィカル学園は竜舞武闘(ドラグライド)の優勝常連校で、そう言った学園は十二学園と呼ばれその学園の生徒会はこの竜園島で行われるイベントの総指揮に回るという栄誉を受けられるのだ。ここにいるのは皆その立場を目指す者達で、中等部から竜園島で既に竜乗り(ライド)を数多く経験している者や、その適正が高いと見なされて此処にいる者が殆どだ。

 

 情報にケチ臭く、秘密主義が多い帝国がわざわざ布告したとされる第三皇子の無能説は本当だったのだと、皆は確信した。多くは最終的にその事実だけを呑み込み、それでも戦場で生き抜いてきたというミラの異常性に気付かないまま、キールの自己紹介に移る。

 

 

 「キール=ド・フランシスです。私もこの学園に入学出来た事を嬉しく思い、また栄誉にも感じています。出来れば皆さんとは仲良くしたいのですが……」

 

 

 するとキールはそこで言葉を一度切り、徐に右手を前に真っ直ぐ突き出す。ミラはその行動に対しキールが何をするのか解ったのか、目を閉じ小さく笑った。

 

 皆は不思議に思い、首を傾げるが……瞬間、キールの右の掌に大きな魔術紋様が現れそこから巨大な斧が出現した事で生徒の一部はパニックになってしまう。マリアは暴走を始めたキールに対し即座に捕縛魔術を発動し、重ねて体術で制圧しようとするが、捕縛魔術を跳ね返し、マリアが抑えつけるよりも早くキールは己を握りそれを地面に叩き下ろした。瞬間、地面にも魔術紋様が現れる。

 

 鋼と鋼がぶつかり合う音が学園に響き渡る。その音の発生源である教室では衝撃波が巻き起こり周囲の生徒は椅子ごと後ろの段にぶつかる位に吹き飛ばされもした。

 

 しかし斧を叩きつけたはずの地面は無傷で、その地面に浮かび上がる魔術紋様と同じ紋様がミラの左の掌に現れていた。ミラが地面に対し瞬時に硬化の効果を持つ魔術を施したのだ。そして彼の右手にはキールに対し飛び掛かっていたマリアが収まっており、彼女は今度こそ顔を赤らめ動揺した。まさかの事態が重なりすぎて、少し熱を持ってしまったようだ。

 

 そんな周囲を気にすることなく、斧を消し去ったキールは衝撃波で少し乱れた自身の髪を手櫛で整えながら、あっけからんとした様子でこう言った。

 

 

 「私は自分の主が……いえ、友が。嗤われて黙っていられるほど温厚ではありませんので、取り扱いには注意してください。それを踏まえた上で、これからよろしくお願いします」

 

 

 ミラはその言葉を受けマリアを話すと、先に開いている席に向かった。その後ろを追従するようにキールも続き、これまた何でもないように、何も起きていないかのように着席すると、未だに二人を見て呆けている周囲の生徒とマリアに対して口を開く。

 

 

 「すまんな。コイツは普段冷静ぶっている割に偶に良く解らん所で沸点が低いのだ。まぁ、さして気にするような事でもないと思うから、ホームルームとやらを続けてくれ」

 

 「むぅ……控えるようにと言ったのは私ですのに、ついやってしまいました。ミラ、申し訳ありません」

 

 「構わん。しかし今朝の強化魔術と言い今の展開魔術といい、腕を上げたな」

 

 「制限が無ければ、私でもこれくらいは出来ますよ」

 

 「そうだったか」

 

 

 何で雑談なんて始められるんだ?

 マリアを含めたこの空間にいる者は全て、二人の規格外さに呆れ再起動までに暫くの時間を要したのだった。

 

 

 

 *****

 

 

 

 その日は授業を行うことなく、これからの授業体制や予定、諸注意をマリアが説明する形でホームルームは終了し、解散となった。

 

 あの後はいち早く気を取り直したマリアがキールに対し厳重注意を行うことで事は済んだが、クラスメイト達はいきなり武器を歳出す様な者に態々近付くような事もせず、さっさと帰路に着いた。といっても全寮制なので全員行く先は同じなのだが、今日はタイミングが悪いと判断し二人はまず学園内を回る事にした。明日オリエンテーリングで回る事になっているのだが、とりあえず時間の許す限りはゆったりと自分達で見て回る事にしたのだ。

 

 

 「とまぁ、この校舎で使用する科目教室はこれで終わりですね」

 

 

 しかしまぁ二人とも別にそんな事に楽しみを見出してワイワイはしゃぐタイプでもないので、すぐに場所の確認を終えて暇になってしまった。ふとキールは腕の時計を確認すると時刻は昼の十二刻を過ぎており、腹も空いてきたので隣で辺りをキョロキョロと見渡すミラに提案する。

 

 

 「食事時ですし、そろそろ食堂に向かいませんか?此処の生徒は食堂で食事を摂るのは原則無料だそうで。肉も食い放題だそうですよ」

 

 

 すると周囲を新鮮そうに見渡していたミラの視線もキールへと立ち戻り、口の端を上げる。

 

 

 「肉が食い放題とな!いいぞ、俺も腹減ってきていたところだ。……して、お前はどこでそんな情報を得ているのだ?」

 

 「あぁ、ミラはずっと景色を見ていたのでまだ見ていないのですね。先程理事長殿から頂いたこの生徒手帳、これ実は魔導具としての機能も備わっているようで、簡単な事なら学園指定の魔導書庫(マジックバンク)にアクセスして学園内の事を知れるのですよ。委員の紹介や部活動の事などまで書いているので、この学園の事なら大体なんでも解るかと」

 

 「便利なものだな。その書庫(バンク)はどの程度までなら解る?」

 

 「我々が以前まで使用していたものとは比べ物にならないほど低レベル(・・・・)ですね。余計な事は調べられないようになっています……精々竜や竜騎士など、勉学として必要な知識程度は調べられるようですが」

 

 「はは、であれば俺達に必要なのは学園の情報位なものか。教師はいなかったが、本でなら読んで覚えているからな」

 

 「ですね。では早速食堂に向かいましょう」

 

 「ああ」

 

 

 この学園の敷地は校舎を五つ構えても倍以上の敷地が余りあるほど広い。というのも、竜舞武闘(ドラグライド)を想定した実践授業があったり、剣術授業や魔術授業を行う訓練場などは多く設置されているからだ。他にも、生徒が不便の無いように夜中まで空いている簡易購買所やトレーニング道具などが買える大型購買所などもあり、態々外に出なくても余裕で生活が出来るようになっている。そういった物は自費での購入だが、こと食事に関しては朝昼晩ともに無料で頂けるようになっている。成長期の子どもたちが腹を空かせないようにとの事らしく、それ以外にお金を使うように、との事だ。学生は長らくこのシステムを愛用し、教師もまた、このシステムが適用されるので食堂はいつも賑わっている。

 

 二人は暫く歩くとようやく食堂に到着した。ここまで二人の美貌に釣られた者や先程の暴走事件の噂を知る者、ミラの蔑称を知る者などの鬱陶しい視線に塗れていた二人は暫く味わっていなかった感覚に若干疲れを見せており、少しばかり気落ちしていた。

 

 

 「久しぶりだな……こうしてジロジロ見られるのも」

 

 「ええ、戦場ではそんな事気にしていられませんでしたが……中々に鬱陶しいですね。邪なものを感じます」

 

 「まぁ、暫くは我慢するとしよう。どうせすぐ慣れる」

 

 「嫌な慣れです」

 

 

 食堂は大きく広いものだった。人の数も十二分に多い筈なのにそれでも余裕を誇る広さに二人は少し感動し、さっさと食事を注文して座って落ち着こうと考えた。

 注文は列に並んで列の先頭になった時に職員に言う事で発券してくれるそうなので、二人は大人しく列に並ぶことにした。

 

 少し並んでようやく順番が回ってきたミラは、生徒手帳に映し出されたメニューを見ながら少し心躍ったように注文する。

 

 

 「肉盛りセット、大盛で頼む」

 

 「あいよ!」

 

 

 ミラは歓喜していた。今までは用意されていた食事かもしくは自身で食料を調達して適当に調理し腹を満たすだけの間違っても料理と言えない物を食べるくらいだった。それが食えるものを自分で選べ、しかも量まで増やせるというのだ。知らずミラは大層な笑顔を浮かべていて、受け取った後は暫く券をニヤニヤと見つめていた。

 

 その様子を、遠くからまるで親の仇でも見るような眼で睨む者達がいた。髪も目も真っ赤に燃え盛るような炎を描いたような色の男が一人と、女が二人。その周囲には三人の取り巻きだろう生徒達が、ミラをきつく睨んでいた。

 

 

 「クソッ……アイツは何を笑っているのですか、気色の悪い」

 

 「(あに)ぃ、何時もの事でしょアイツが気持ち悪いのは。それより早い所、何か考えてアイツを殺すか死刑に持って行けるようにしないと」

 

 「なるべく私達の手を汚さず、という考えも理事長に看破されてしまいましたからね……形振り構っている余裕はありませんよ、兄上」

 

 「我らが帝国貴族、ひいては皇族の恥晒しめが……戦場では上手く生き延びたようですが、もう容赦はしません」

 

 

 男の正体はジェバリン。そう、ミラの実兄で今朝理事長によって厳罰を言い渡された賄賂実行犯だった。後の二人はジェバリンを(あに)ぃと呼ぶツインテールの女が第二皇女のジレーサ。兄上と呼ぶ長髪の女がコルセア。三人は実父から生徒会などの権限を駆使して何としてでもミラを抹殺せよとの命令を受けていた。

 

 しかしこの三人に、その手で人を殺す覚悟など備わっていなかった。泥を被るような行為は御免被る、と言う事で苦肉の策として賄賂を行っていたがそれもすぐに潰され、ジェバリンは生徒会役員の座を下ろされ、下部組織の書記軍にその身を移された。更に一ヶ月間の外出禁止令も受けてしまい、かなり苛立ってしまっている。

 

 命令の失敗を父は許してくれたが、これからも狙い続けるよう、同時に成功の機会も与えてくれた。次こそ、次こそ……なるべく自分達の手が汚れぬように形振り構わぬ姿勢を見せて奴を殺そう。そう思い、彼らは自身の取り巻き達を連れ此処に来たのだった。

 

 

 「無事でいられると思わない事ですよ、ミネルヴァ……僕達を怒らせたこと、後悔するといい。次は殺す」

 

 

 遠く離れた柱の陰で行われた殺害予告は、これから食事を摂る事にウキウキのミラに気付かれていない。そう思いながら、ジェバリンは意思を固めるためにその言葉を口にした。皇女達も取り巻き達もその言葉に頷く。

 

 実はその存在をミラに初めから見られていたことにも、近くにキールが潜んでいて盗み聞きしている事にも気付かず、三人とその取り巻き達は足早にその場を去ったのだった。

 

 

 

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