新潟奇譚集 戊辰が吼える時   作:吉川晃司Mk2

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ぶっち切れ!!農道最速伝説――音速のカブ使い――

 新潟県東蒲原郡阿賀町、この豊かな自然と芳醇な香りの日本酒が有名な森林面積がおよそ7割!の平和な田舎町で今まさに男たちの熾烈なバトルが繰り広げられようとしていた。

 

 そう!それは言わずと知れた農道原付チキチキバンバンデスレース!朝早くから農作業に励むご老人方に迷惑をかけないという高度なテクニックが要求される原付免許をもった新潟県民の漢ならば誰もが一度は優勝を夢見る原付界の最高峰レース、人呼んでツール・ド・アガマチ。

 

 今宵も漢達は最強、いや最速!の称号を求めて農道に集うのであった。

 

 さあ、皆さんにも紹介しよう!最速の名を求める熱き血のたぎった漢達を!!

 

 まず1人目はこの短編の主人公でもある「カブの純」だ!この漢、カブに乗らせたら右に出るものはいない!普段の新聞配達、牛乳配達、そして酒屋の配達で鍛えたドライビングテクニックで農道をぶっちぎってしまうのか!?

 愛車のカブもおじいちゃんにバッチリ整備してもらって、動かなかったスピードメーターも直し、しかも秘密兵器をつけたとのこと。一体秘密兵器とは何なんだあ!?

ちなみに配達で稼いだ金は全部パチンコで消えてるらしいぞ。

 

 続いて紹介する2人目は「モンキー猿田」!小さいボディと舐めたらいけない。族の先輩から3560円で受け継いだモンキーで勝負だ!!族車なだけあってなんかめっちゃサドルは高いし変な漢字がいっぱい書いてあって気分は耳なし芳一でかっとばすぜ!

 猿田の恐るべきポイントはマシンよりも搭乗者だ。老人たちを無視し挙句の果てには農機具優先の誓いをやぶる極悪非道で常識破りな農道走りに他の参加者はついてこれるのか!?

 

 そして待望の3人目、新潟一のイケメン「ブリリアント田中」が華麗に登場だぜ!この黄色い声援を浴びるいけ好かないやさ漢が乗りこなすマシンは堅実なアドレスV50だ。一体全体その座席下の収納スペースには何が入っているんだ!チョコか、それとも女の子からのラブレターなのか!?それとも夢と希望が詰まっているのか。

 このアドレスVはなんとSEPというエコなエンジンが積んでいるらしいぞ、地球にもお財布にも気を配りながら勝つとは何て華麗な漢なんだあ!

 

 ここで何と外国からの刺客の登場だあ!!!「アンドレTHEスピードスター」!イタリアの老舗製造会社アプリリアが作ったRS50に跨るその姿はまるで白馬に乗った王子様か暴れん坊将軍だ。

 高回転するピーキーなエンジンを乗りこなして強者どもに勝つことは出来るのか!?それとも日本海の藻屑となってしまうのか。110km/hを出すエンジンを信じてかっ飛ばすんだアンドレ、イタリアの底力を見せつけろ!

 アンドレはエッチなビデオと漫画で日本語を覚えたらしいぞ。

 

 さあ一体だれが勝って栄光を、妙子の豊満な胸を手に入れるのか。本編いってみよう

 

 

 コケコッコーという爽やかな朝の鶏の鳴き声でレースの開催が告げられる。全員が一斉に原付のエンジンをふかし始め、ブンブンと50ccに相応の可愛い音が鳴り響く。

 

「ヒャッハー、純ここであったが百万年だ。モンキー猿田様の恐ろしさを思い知らせてやるぜえ。」

 

 そういってモンキーはどこからともなく取り出した鉄パイプを舐め回す。汚いなあ、マジでやめろよそういうの、もう口の中の傷から破傷風とかに感染したらどうするんだよマジで。

 

「ふん、カブの純に勝てると思うなよ。俺のスキルでぶっちぎってやるぜ!」

 

 決まったな今のセリフ。フッと決め顔を作っているとブリリアント田中が地面を足でけって近寄ってきた。なんかバラの香りがしそうだったけど嗅いでみたらお仏壇みたいな匂いがして軽くショックをうける、この野郎精神攻撃とはやるな、もう戦いは始まってるって言うのか・・・

 

「やあベイビー達。僕のファンの前で恥はかきたくないだろ、降参したまえ。」

 

「キャーカッコいい!」「ブリリアント様抱いて―!」「とろけちゃ~う」そんな黄色い歓声が聞こえてきて無性に腹が立つ、しかも親衛隊員全員可愛いのが余計ムカついた、俺の方がカッコよくないか、それに俺は仏壇の匂いしないし。

 

「うるせーぞ女ども!俺の先輩の松井さん呼ぶぞコラ!あの人マジでこえーからな。」

 

 鉄パイプをブンブン振り回して女子どもを威嚇するモンキーに恐れをなして黄色い声援はまるで葬式の念仏みたいに静かに囁く声になり、早朝と言う時間帯もあって薄気味悪くなる。しかしまあ、モンキーよ良くやったと心の中でガッツポーズした。

 

「ところであの外人なんだ、めっちゃ怖くねえか。」

 

そう俺が言うと2人も同調する。

 

「めっちゃ怖えよ、正直言って松井さんより怖え。松井さん全然怖くねえよ、チワワの方が怖えよ。」

 

「そういうのは言っちゃだめだよベイビー達。でも確かに怖いね。」

 

 俺たちがチラチラ見ながら話し合ってるのに気づいたのかアンドレはボソっと一言呟いた。

 

「Remember Pearl Harbor・・・」

 

その瞬間3人に激震が走る!!

 

「おい、やべえよ完全に俺たち殺されるよ。あの目見ろよ完全に獲物を見る目だよ、あれ。」

 

 俺はちびりそうになりながら――いや少し出てたかもしれない――2人に話しかける。

 

「ありゃマジでやべえよ。ムショに入った竜岡さんがあんな目してたもん、完全に飛んでる奴の目だよ。」

 

「あれはヤバいね。でもアガペーの気持ちを忘れちゃいけないよ、ベイベー。彼とも話せばわかりあえるさ。」

 

 また3人がチラッとアンドレを見る。アンドレの目はなんだか血走っているように見えた。

 

「Japs must be killed all・・・」

 

「完全にやべーよアレ、俺たち絶対レース中に皆殺しにされるよ。」

 

「お前を殺すのはこの俺モンキー猿田様だ!」

 

 そうはいっているがモンキーの足はがくがくと震えていて今にも倒れてしまいそうなくらい内まただった。

 

 ブリリアント田中に至っては口の端から泡が噴き出していた。

 

「そろそろレースが始まりますよ!全員スタート位置についてください。」

 

 全員でスタートラインに並び、お互い今日は頑張ろうぜとでも言うかのように顔を見合わせる。もちろんアンドレは怖くて見れない、あっちはずっとこっちを見てたけど。

 

「皆!アタシのために争わないで。」

 

 レースクイーンである妙子(24)がピッチピッチのエベレストもびっくりな急角度のレオタードで出てきた。俺はこのレースに勝ったら妙子にプロポーズをすると決めているのだ。

 

「妙子、俺お前のためにもカブの純の名にかけても絶対勝つよ!」

 

「ありがとぉ、純ちゃん。妙子もぉがんばってぇ応援するねぇ。」

 

 妙子は胸の谷間を強調したポーズをとり、危うく俺は悩殺されそうになる。アンドレは血走った目で妙子を相変わらず見ていた。

 

「ヒャッハー!妙子ちゃん、俺と湘南まで俺が勝ったらこのモンキーで行こうぜ。」

 

「モンキーはぁ、高速にぃ乗れないでしょおぅ。」

 

「俺は悪だぜ、道交法なんてクソくらえ!」

 

 そう言ってモンキーはブンブンと自慢のマシンを唸らせる。

 

「やあハニー、僕の親衛隊に勝ったら入らないかい。君になら空席の会員ナンバー1号を上げようじゃないか。」

 

「うれしいわぁ、でもぉアタシに他の子が嫉妬する醜い豚みたいな姿は見たくないわぁ。」

 

 今度はお尻を突き出して強調する。俺の超特急はアンストッパブルになりそうだった。

 

「あなたはぁ外人さんかしらぁ。」

 

「I wanna suck your Tits・・・」

 

「あらぁ!アタシがきれいですって、外人さんお世辞が上手だわぁ。」

 

 アイツってもしかしなくても相当の馬鹿なんじゃないだろうか、そんな疑念が心を渦巻く中いよいよレースが開催されようとしていた。

 

「えー、これより第56回農道原付チキチキバンバンデスレースを開催しようと思います。スポーツマンシップにのっとりフェアプレーで農機具第一で行きましょう。」

 

 さあ、いよいよ地獄のデスレースの開始だぜ。ハンドルを握る手の汗が尋常じゃなくてまるでナイアガラの滝――長岡花火のナイアガラの滝は一見の価値ありである――のようになり、マシンの下には水たまりが出来ている。

 

 全員がマシンをふかしてエンジンをあっためる。さあ、ぶっちぎってやるぜ!

 

「位置について――」

 

 司会の動きが止まる。一体どうかしたのだろうか、しばらく待つと司会がまた口を開いた。

 

「あーえっとですね、アンドレさんが今新潟県警から連絡が入ったんですけどね、連続殺人鬼らしいので失格とさせていただきます。」

 

 そう言うとアンドレは屈強そうな警官たちに警棒でタコ殴りにされて連れていかれてしまった。

 

「えー気を取り直してですね、いきますよ。」

 

 さあいよいよ真のスタートだ、全員再度エンジンをあっためる。

 

「位置についてよーいドン!」

 

 ドンのンの字と同時に一斉に全員が飛び出す。しかし、頭一つ抜けているのはこの俺、カブの純だった。

このままどんどん引き離してやるぜ、そう思ってアクセルをさらに握りこみ時速は30kmに到達する。

 

「クソッ、これ以上は未知の領域だぜ。出せるのか、俺、ゴールド免許を犠牲にする覚悟はあるのか!」

 

――覚悟はとっくのとうに決まってるぜ。

 

 俺は全体重をかけてアクセルをかける。31,32,33・・・38,39、クソッ!怖くてもう出せねえ。怖気づく俺の頭の中に妙子のセクシーボディが現れこう言う。「このわがままボディを好きにしていいんだよ、純ちゃん。」

 俺は一体何にビビってたと言うんだ。妙子のドスケベボディのためならゴールド免許なんて捨ててやるぜ!

俺はアクセルをさらにかけて40に到達する――世界が変わって見えた。

 

「なんて野郎だ!この短期間で成長して40kmの壁を乗り越えただと!?モンキーの名にかけて負けちゃいられねえぜ、いくぜ相棒!」

 

「ふっ、本気を出さずに勝つのはエレガントじゃないからね。僕も本気を出させてもらうよ!」

 

 全員が40kmの壁を突破し、風と一体になる。なんて清々しい気分なのだろうか、朝日も俺たちを祝福しているようだ。

 

「おいあれを見たまえ君たち、板垣さんのトラクターだ!徐行しろ!」

 

「クソッ、こんな時になんて俺はバッドラックなんだぜ。」

 

 そう言って俺とブリリアントは急ブレーキをかけるが猿田は全く止まる気配がない、まさか!禁句を犯すというのか!?

 

「ヒャッハー!掟破りの農道走りとは俺の事よ、行くぜモンキーD号、奴らを引き離せぇ!」

 

「あの野郎、ルールを破るとはなんて野郎だ!許せねえ、正義の鉄拳で腐った前歯を折ってやるぜ!」

 

 俺は急いで元のスピードに戻しながら猿田を追いかけるが、中々追いつくことは出来ずにイライラだけがつのる。

 

「純君、こっちだ!こっちに僕の親衛隊がこの日のために切り開いた山道があるんだ。ここは一時協力しよう」

 

 ブリリアントは休戦協定を提案してきた、いけ好かない野郎だが今は猿田をどうにかするのが先だ。背に腹は代えられない。

 

「ああ良いぜ、案内してくれ。」

 

「こっちだ、ついてきたまえ。」

 

 ブリリアントの原付について山道に入る、確かに近道になっているようだがダートでガタガタ揺れ、ケツがまっぷたつにわれそうだった。

 しばらく5分ほど走っていると農道を40kmで爆走する猿田が見えた。

 

「見つけたぜ!覚悟しやがれ猿田!」

 

「フッフッフッ、そんな遠くの山道から俺に何が出来るというのかなカブの純よ。」

 

「そうだ!純君、もう少し我慢して山道の出口から出よう、そっちの方が確実だ!」

 

 猿田はモンキーに跨りながら不敵に笑う。完全に俺を見くびっているようだった、だがアイツは大事なことを一つ見逃していた――そう!愛さえあればカブは空でも飛べるのだ!

 

「舐めるなよ猿田ー!!とうっ!」

 

 俺とカブは空高く、そうまるで赤子を狙うコンドル、いや獲物を虎視眈々と狙う鷹の様に飛び上がり太陽をバックに着地する!

 

「何!カブで飛びやがっただと、あの芸当はジャッキーチェンでも難しいはずでは。」

 

「全く、ベイビーはいつも驚かせてくれるね。僕も負けていられないな!!」

 

 ブリリアントも優雅に飛び、着地する、着地と同時にどこからともなく黄色い声援が聞こえてきた。

 

「これで元通りだぜ猿田!残念だったな。」

 

「そうだよ猿田君正々堂々フェアに行こうじゃないか。」

 

「クソッ、だが運転技術でも俺は負けねえぞ!」

 

 俺たちは恐怖のヘアピンカーブ5連続、地獄の大腸ゾーンに差し掛かっていた。ブリリアントは華麗にドリフトを、そして猿田はパワーで強引に曲がっていく。

 俺はここで今までの特訓――牛乳配達時に牛乳をこぼさないようにドリフトする――の成果を発揮する。

 

「な、なんだあの曲がり方は!まるでモトクロスだ!」

 

 俺は地面すれすれに擦るように速度を保ったままドリフトする、ジーンズがダメージジーンズになってしまったが今年の流行りで良かったぜ。

 

 俺たちは45㎞程度の高速でレースを続ける。

 

「もうあきらめた方が良いんじゃないかお前たち。妙子のドスケベボディは俺が頂くぜ!」

 

「君に彼女は渡さないよ!」

 

「妙子は俺の女になるんだ、ヒャッハー!」

 

 ブンブンとエンジンを唸らせながら俺たちはやっと中間地点に来ていた、が嫌なものが見える。赤い回転するパトランプ、そう警察の検問だ。これにはさすがに猿田もモンキーD号を止めて素直に応じる。このレースではいかに警察の検問をくぐるかと言うのが非常に重視されるのだ。

 

「はい君たち今から荷物の検査させてもらうからね。ちょっと見せてね。」

 

 警察官は俺の持ち物を見るがゲーム機と食べかけのガム以外は何も見つからなかった。

 

「えーと、君猿田君。この工具箱は何だい、見た所色々危ないものが入ってるけど。」

 

「あのですね、はい自分修理工を営んでまして、それは必要な道具なんですよ。現に今も修理を依頼されたお宅に向かってまして、ええ、そのパイプは配管工事なので、はい。」

 

 警官は仕方なく猿田を通す、だが問題はブリリアントだった。警官がブリリアントのマシンの収納スペースを開けた瞬間、目つきが変わる。

 

「おい!そこのお前、一体この中に入ってるものは何だ!」

 

「え、何ってそりゃあファンの子たちからのラブレターですよ。何か問題でも。」

 

「ほう、これがラブレターねえ。このスイカの何処がラブレター何だ!」

 

 警官は手にスイカをもって激怒していた。

 

「お前さてはスイカ泥棒だな!どの畑から盗みやがった。」

 

「そんな・・・まさか、君たち僕をハメやがったな!」

 

 俺はニヤーと笑う。全くお笑いだ、こんな罠に引っかかるとはブリリアント田中もちょろいもんよ。

 

「フフフ、このレースはデスレースなんだぜ。何でもありのなあ、ハハハハハハハ。」

 

「クソう、なんてこった。このレースは何でもありだったんだ、クソう・・・」

 

 高度な心理戦を征した俺は猿田との一騎打ちになっていた。

 

「この直線で勝負と行こうじゃねーかカブの純よ。」

 

「ああ、やってやろうじゃねえか!正々堂々となあ。」

 

 そう言うと猿田はぐんぐん加速し始める、50で加速を止めるかと思ったその時急に猿田は加速!80kmに到達した。

 

「馬鹿め!俺の先輩はリミッターカットしてたんだよ、悪だからな!」

 

 猿田は高笑いする、もう勝ちが決まったと思い込んでいるようだ。

だが俺には秘密兵器がある、じっちゃんがつけてくれた最強の秘密兵器が!

 

「もう勝負は俺様のものだあ!このモンキー猿田様のなあ!」

 

「ふっ、俺のカブに勝てると思っているのか。この俺のカブに。」

 

「な、何だ。負け惜しみしてももう遅いぞ!ゴールは目の前だ!」

 

 ゴールまであと500m!妙子がおっぱいと旗を振っていた。

 

「覚悟完了!ニトロ起動だああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

「ニトロだと!馬鹿め、そんなことをしてそのマシンが持つはずが、何――」

 

「俺のカブは1500馬力のハイパーマシンじゃああい!!」

 

 結果は俺の勝ちだった。猿田がゴールする直前俺のカブがテープを切り、ぎりぎり勝ったのである。しかし犠牲も大きかった、カブは爆発四散し俺はゴールド免許を失った。

 だがそれでよかったのだ、俺はこんな素敵な彼女を手に入れられたのだから。

 

「純ちゃん、今日はどこいくのぉ。」

 

「ハローワーク。」

 

                                                                     fin


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