続きを書ける気がしねぇぜ(怖気)。
一般には知られていない事実、と言うものは。案外そこいらに転がっているものらしい。
日本国、東京都。
品川区の一角、昔ながらの住宅犇めく区画のなんの変哲も無い建屋。
決して新築では無いが、小奇麗な、趣の有る家屋。ちなみに、賃貸物件である。
その一階のリビングで、彼女はダラダラとテレビを眺めてゆるーく笑っていた。
お気に入りの木製のボウルにポテトチップスを山盛りに、見ているのはレンタルで借りてきた投稿系心霊動画モノ。
お分かり頂ければ幸いである。
おかっぱ、というよりは肩口辺りできれいに揃えたショートカットに、切れ長の目。
ややキツめの印象を漂わせつつもどこか幼さもあり、有り体に言うなら年齢不詳である。
「なーんかコレ、前のよりつまんないわね……。シリーズ初期の方が何て言うか、味が有ったわよねぇ」
トイレの花子さん。
かつて全国津々浦々の小学校でその名を馳せた、都市伝説界隈の伝説的存在。
彼女もまた、その名を持つ存在のひとつである。
十数年前に統廃合で閉鎖になった小学校から転び出て、俗世をさすらい西へ東へ。
トイレの花子さんはトイレを出た花子さんになり、全国津々浦々を旅した。
そんな彼女が、今は賃貸の借家で生活している。家賃は7万円。
風呂、トイレ別。告知事項有り。
そんな物件に、告知事項そのものが生活している状態だ。
引っ越した初日にこの家の告知事項の原因に、きっちりと上下関係を教え込み、今では快適な生活空間である。
ちなみに、彼氏も出来ました(はぁと)。
ぱりっ、と、軽い音と食感を楽しみつつも、口から出るのは割とどうでも良い、愚痴っぽい感想である。
真剣に作品の質の低下を憂いる訳も無く、非常に無責任に思ったままに口に乗せただけの。
今日は明日以降の予定の為の休養、生活をハリの有るモノにする為の脱力の時間。
詰まるところが、暇という事である。
そんな昼前のひととき、不意に電話が鳴る。
けたたましく主を呼ぶ小さな箱を忌々しげに眺めると、チラチラとテレビに視線を向けつつ受話器を取る。
「はい、もしもし」
「おーっす、従業員、元気かね?」
此方の応答を食い気味で遮り、受話器の向こうから流れてくるのは、イヤに陽気な声である。
反射的に、極々普通に反射的に、彼女のこめかみに血管が浮き上がる。
彼女は休暇中である。
昨日まで、ちょっとばかり面倒な仕事を抱えていた彼女は、疲れを癒やしたいのである。
できれば今日は一人で。ポテチは思いつく限り買い揃えてある。国産は至上である。
それなのに。真っ昼間からどうでも良さげな電話。
この上司は、部下の休暇をなんと心得るのか。
「あ?」
そんな心持なので、当然、応答する声音も非常に……友好の色合いは、まあ、アレである。
「おーおー、良いねぇ元気そうで何より。で、元気持て余して暇なキミに朗報だ☆」
「お断りだフ○ック!」
そんな彼女の感情を明らかに無視して朗らかに続く声に、どうしても心温まらぬ反応を返してしまう。
なにせ休暇である。何度でも繰り返すが休暇中なのである。
「あっはっは! キミ、来月の給料何%カットがご希望だい?」
どこまでも朗らかに脅迫である。法に訴えてやろうかと本気で考えてしまう。
「一五〇%
苛つきを抑えることもなく、リモコンで再生を中断させつつ言葉を連ねる。
「あー、うん。ほんとゴメン」
ざわり。受話器から流れる声に、背筋が粟立つ。
吃驚するほど謝意のない口調に、嫌な予感はいや増していく。
これは、まさかアレか。まさか、このファ○キン上司、また休暇を潰す気か⁉
素早く頭を回転させると、戦術を決める。
「いやぁ、私も言い過ぎた、ゴメン。それじゃ、お互い良い休暇を」
迅速に。相手に次の言葉を言わせてはならない。
そう判断した。判断した以上、行動も早い。
全く心のこもらない早口で謝罪風の何かを口にすると、迷うこと無く受話器を叩きつける。
奥義、通話遮断。
文句は休暇明けに承る。ようやくもぎ取ったこの休暇明けに。
この三日間は、何者にも邪魔はさせない。させてはならない。
今日は趣味のビデオ鑑賞。夕食は鍋焼きうどんフルカスタム。
明日は特に何も決めていないが、近所を散歩するだけでも気分は変わるだろう。
明後日は久々のおデート。久々である。久々すぎて、なんだか泣けてくる。
毎度毎度、休暇を仕事で潰されては堪らないのである。
電話が鳴る。しかし、絶対に出ない。今回の決意は硬いのだ。
迷うこと無く、電話線を引き抜く。続けて、スマホを操作。事務所と上司の電話番号を拒絶。
これで、此方への連絡方法は断たれた。
「ふっ。今回ばかりは勝ったな! 良い休暇をフ○ッキン上司さま!」
敬意を込めて罵倒すると、ソファにダイブするべく振り返る。
そして固まる。
「あらあらまあまあ、言葉が汚くってよこの馬鹿ちゃん」
ソファを文字通り占拠する蛇身が目に入る。
上半身はスーツ(なんとかいうブランドらしいが、よくわからない)を着込み、スカートの裾から伸びる蛇身はソファから幾分はみ出している。どうでも良いが、6本腕のスーツと言うのはあれか。特注であろうが、よくもまあニンゲンがそんな珍妙なオーダーを受けた物である。さぞや困惑――或いは恐怖――したことであろう。
「こ……こいつ、私の室内に直接……!」
立ち竦むしか無い。まさか。まさかである。
まさか、部下の休暇を潰すために直接乗り込んでくるとか。あり得るだろうか?
「やっほー、元気ー? ハナちゃん?」
ひらひらと左側の腕を振って見せるが、三本の腕がまあ目に喧しい。
「……たった今、すごく殺気が」
なにがハナちゃんか。お前の鼻を引き千切ってやろうか。
「そんな殺気いっぱいのハナちゃんにねぇ、プレゼントだよ☆」
ウザい。
わざわざ家まで押しかけて、頑張ってラブラブイチャコラ用に買ったソファーを占拠した挙げ句、私の神聖なる貴きポテチ様を勝手に貪りながらニコニコと脳天気に微笑む上司に、流石にいらりと殺気が渦を巻く。
「プレゼントなんざ要らねンだよ! とっとと消えろや姦姦蛇螺サマよォ!」
ポテチ返せこのクソ上司!
言葉を紡ぐ前に、身体は躍りかかっていた。血の気の多さが長所の花子サマを舐めんじゃないよ、と。
「あらあらあらまあまあまあ」
のんびりした口調とは裏腹に、上司こと姦姦蛇螺の目がすぅ、と細くなる。
蛇身に組み敷かれ、床で身動きが取れない。花子はポテチが貪られる様を見ているしか無かった。
ワタシハ……ムリョクダ……。
「……じゃねえよ! 好い加減解放しろ! そんでポテチ返せ横暴上司!」
力の限り暴れるがびくともしない。
流石は
「うわっ、びっくりした。えっ、これ作り物なの?」
その姦姦蛇螺が、投稿系心霊動画で驚いている。
画面越しであっても、漏れ出る妖気とか霊気とか瘴気とかそういった諸々で、その真贋は判るのだが。
不意打ちはやはり吃驚するらしい。
ていうか、私より先に続きを見るんじゃない!
「作りもんに驚いて無いで、とっとと帰って欲しいんですけどねえ?」
諦めたような口調だが、どっこい抵抗を諦めはしない。
「所でハナちゃん。今日、実は急な仕事が入っちゃってぇ」
「そりゃまた結構で」
聞き流しながら暴れる。
その鼻先に、一枚の写真を突きつけられ、一瞬動きが止まる。
「……この状況じゃあ、自分で見れないんですがね、所長サンよぉ」
目で殺せるほどに睨むが、実際にはこの相手には不可能なので、精々嫌味を投げつける程度である。
「で、ウチのエースに、ぱぱっと解決して欲しいのよね。良いでしょ?」
良い訳あるか、このクソ上司。
何がエースだ、ウチの事務所には目の前の横暴極まるブラックそのものな所長と、陰気な細眼鏡と、私しか居ない。
実力で言えば……。
考えて、歯噛みし、考えを振り払うように吠える。
「私ゃこの3日間、予定があンだよ!」
完全な嘘ではない。身体を休めるのも予定の内なのだ。
いつもいつも、勝手な都合でこき使われて、終いにゃ辞めてやるぞコンチキショウ。
「ほーんと、御免ねぇ」
絶対に謝意の無い、そんな声で姦姦蛇螺が舌を出す。
可愛くねェンだよ!
「だから、ぱぱっと終わらせちゃって、そうねぇ……明後日から3日間、お休みずらして取って良いから」
はたと、動きが止まる。
こいつ、知ってるな……?
見れば、姦姦蛇螺は花子に顔を向けてニコニコと……いや、ニヤニヤと笑っている。
貴様の予定など、お見通しだと。
そう思うと、顔が赤くなる。こいつにだけは知られたくなかった。
しかも、何故予定まで把握しているのか。
考えるまでもない。あのヒョロ眼鏡だ。
「あンの野郎……!」
絶対上司には言うなと、あれ程念押ししたと言うのに!
しかし、これは折れるしか無い。
姦姦蛇螺が態々出向いて来て、手ぶらで帰る筈もない。
それに、実に珍しい事に、此方の予定の、本命は押さえてくれている。
要は、今日明日の2日間でカタをつければ良いのだ。
「……すっごい癪だけど、乗るよ。ただし約束破ったら、今度こそ辞めてやるからな!」
花子は悔し紛れに叫び、そして拘束の解除を待つ。
花子が解放されたのは、姦姦蛇螺がポテチを食べ終わってからだった。
買い置きのポテチの安否は―――?