都内某所。
いや、はっきり言えば品川区である。
所長、姦姦蛇螺に渡された資料には怪異の詳細が纏められている。
それは良いのだが、よりにもよって品川て。
地元過ぎる。そりゃ引っ張り出されるわ。
「あー、面倒臭ェ。で、対象は……あぁ? アクロバティックサラサラァ? なんだこの長フザケた名前はァ⁉」
早速機嫌が悪い。
とっとと終わらせたい一心の花子は、姦姦蛇螺所長を追い出して即、街に繰り出した。
今日でカタをつける。
その決意を胸に。
時刻は午後2時。最近の怪異は昼夜問わず、と言うが。
「はぁん? この辺、こんなだっけ?」
品川区と言っても、意外と広い。
花子が生活するのは品川北部。
下町情緒というか、よくイメージされる品川像とはちょっと違う、ちょっと雑多な街。
花子的には程よく活気も有り、中々過ごしやすい街だ。
「そー言や、八尺の姐御もこっち来てるんだって? なんか八重洲辺りで車の多さにビビって南下したとか噂が有ったけど」
誰かに問うかのような、軽やかな独り言。
寂しい絵面では有るが、彼女は往々にして、その様に思考を纏める癖がある。
「……姐御が手伝ってくれりゃあ、話は早ェんだけどな……まあ、褒美もなしにあのヒト動かそうってのは無理か」
怪異界隈、コト都市伝説界隈となると、存在の古さで力関係が語られることも多い。
故に、都市伝説として古参組の花子も、その力を求められている、そういう部分は大きい。
ご新規の都市伝説とは、抱える
しかし、実際には中々面倒な事も多い。
都市伝説として語られる中に、実は古来より存在する、神性を持つもの――古くは神と崇められた存在も混じっている事が有る。
「なんでも簡単に行くわけじゃないんだよねぇ」
例えで言うなら、あの敬愛すべきクソ上司。
姦姦蛇螺も、都市伝説的にごく最近広まったハナシでは有る。
しかしその実、変わり種とは言え、歴とした神の
人工的に、神を創ろうとした、或いは神を人の制御下に置こうとした計画。
結果は大失敗、神を創るところまでは良かったが、制御など夢のまた夢であったのだ。
神性と力、その両方を抑え、減衰させようと封印を施したまま全国各地を連れ回されたらしい。
よくまあそんな危ないモンを連れ回したもんである。
その中で、多分飽きてたんだろう。大人しくなったのを、人間は勘違いしたらしい。
ある程度は言うことを聞くようになった――様に見える「彼女」に、仕事を任せたのだ。
愚かな事である。
「人造の神、人形の神域発生装置、か。やり方がエゲツないんだよ……」
本心で、赦されたと思えているのだろうか? 目出度い事である。
怪異に依る被害調査、解決、抑止。
それを怪異に任せる。
そこに祟り神でも最古に近い位置に居る、しかも未だに色褪せない力を持つ「彼女」に、それをさせる。
人は破滅願望でも有るのだろうか?
考える花子の表情は曇る。
普段はあっけらかんと、事務所で堂々とタバコを吹かすあの上司が、人間を本気で赦したとは思えない。
あの上司が再び人に対峙した時、私はどうするだろうか?
……人との関係なんて、上辺だけのモンだと、私も思ってたんだけどね。
脳裏に浮かぶのは、愛しの彼の笑顔。
「らぶらぶごっこも悪くないんだよねぇ……」
人間の味方をする気は無いが、少なくとも、愛しの彼が老衰するまでは、なんとかあの上司に付き合って、上手いこと抑えていこう。
まあ、どうせ人間だし、そのうち浮気でもしでかすんだろう。
そうなったら、私も
先のことはどうでも良い、今は仕事を片付けること。
そして、らぶらぶごっこを丸一日満喫すること。
花子は今、数カ月ぶりに仕事に前向きだった。
仕事内容は怪異の確認と把握、場合によっては制圧。
対象はアクロバティックサラサラ。
突飛な奇行により、事故を誘発、また特定の個体を目標とし、攻撃を仕掛ける事案も確認されている。
死者も発生しているらしい。
この品川で、ここ最近そんな話は聞かないが、そう思って資料を捲れば他の個体の話らしい。
では、この品川のアクロバティック――長いので、以後アクサラと呼称する――は何を仕出かしたのか。
資料によると。
「……要するに、コイツの存在が確認されたから調査してくれって?」
何もしていない。
報告書を信じるなら、この個体は特に問題を起こしては居ない。
だが、その存在が確認されたことが問題なのだ。
「……下ら無ェ……」
基本、危険な存在だから調査しろ、つまりは。
因縁つけて手を出させ、そして葬れ、そういう事だ。
昔も今も、人間て奴は勝手なもんだ。
口の中で呟いて、花子は発見した調査対象がフラフラと徘徊する様を、苦々しく思いながらとりあえず観察するのだった。
さて、どうしましょうかねえ?