「お嬢ちゃん……や、お姉ちゃんかな? 不思議なヒトだね、私になんか用なのかな?」
尾行対象に気取られると言うお粗末なミスに、動揺を隠せない。
これでも長い事、調停員――主に腕っ節で解決――の一員として動いてきたと言うのに。
見上げる頭上の、空洞の眼窩から逃れるように飛び退き、対象と距離を取る。
だが、不安は拭えない。
何しろ、身長2メートルを優に超え、これみよがしに真っ赤なコートを纏った様な巫山戯た相手を、
ついでに言えば、急接近にも気付けなかった。
「ハッ……! 用はまあ、有るっちゃ有るんだけどな……?」
さて、どう動く?
相手には、今の所逃げるような素振りは見えない。
だが、いざ逃げられると、追いつけるかどうか、些か怪しい。
落ち着け。
グダグダ考えるのが面倒になって、思わず殴り掛かりそうになる自分を抑えつける。
胸ポケットの煙草を咥え、スカートのポケットからライターと携帯灰皿を取り出す。
イラついた時は、コイツに限る。
花子は、自分なりのやり方で仕切り直しを図る。
関東第四イチ喧嘩っ早いと評されるその手の早さには自覚が有るし、始末書の書式も覚えるほど書かされて来た。
ついカッとなって荒事に及ぶのは生来の性質故とはいえ、仕事上の建前は有る。
それに、日陰に暮らす者同士、出来れば手荒な真似はしたく無い。
そう思えばこそ、慣れない、真っ当な「説得」を試みる事だって、厭うつもりは無いのだ。
「えっと、お嬢ちゃん……? 子供がタバコを吸うのは、感心しないかな?」
この野郎……!
まさに今、抑えつけようと格闘している苛立ちが再び湧き上がるのを感じつつ、着火レバーを二度、三度と押し下げる。
「……誰が子供だ、口に気をつけろ青二才。私はお前よりも遥かに歳上だぞ?」
深く吸い込んだ紫煙を吐き出しながら、花子は半眼で長身の化物、略称アクサラを睨め上げる。
そうだ。
私はお前なんかとは、怪異としての年季が違う。
怪異の纏う畏怖、その腕っ節は、過ごして来た年月に比例する。
だが、純粋に
そう、この
そんな気概と共に投げ掛けられる眼光は、だが。
「……?」
どうも、通じていなさそうである。
訝しげに向けられる、その眼球のない視線を辿れば、どうやら眺めているのは自分の胸元の様だ。
「……お嬢ちゃん、子供がタバコは……」
「誰のドコ見て子供だと判断しやがったこの野郎!」
火の付いた煙草を反射的に握りつぶしながら、怒鳴る。
本人が思っている以上に、我慢は続かなかった。
「胸がデカけりゃ大人なのか!? 胸がデカけりゃ偉いのか!? あぁ!? どいつもこいつもヒトが気にしてる事を……!」
ほんの二口程度吸っただけで潰された煙草を携帯灰皿に押し込みながら、青筋の浮いた言葉を垂れ流す。
脳裏に浮かぶのは、
私の
一緒にいると安心感を覚える、そんな些か物騒な
っていうかデケえなコイツ……。
ともすれば圧倒されそうなその雄大な連山に、何故か郷愁の念を覚えたりもしたが、飛び込みたいと思うには相手は不審過ぎた。
そもそも、この不審な怪異は身長が大きすぎる。
であれば、この胸部の圧迫的な質量も寧ろ普通なのだと、納得しようとして流れそうになる涙を必死に堪える。
理性が、そんな慰めに意味が無い事に気付いてしまったのだ。
そして、相手取るアクサラも、気付いてしまった。
花子が、自分――の胸――を見つめている、その事に。
「! 大丈夫だよ、お嬢ちゃん! 大人になったら、みんな大っきくなるから!」
「嘘だね! っていうか今まさに、私が大人だもんね! 大人だって小さな胸に大きな悲しみを抱えてる奴が、いっぱい居るんだもんね!」
最早ヤケクソとも言える叫びとともに、花子はアクサラに右手の人差指を突きつけ、流れるように中指を立てる。
イラスト化する際には非常に気を使う動作で、血涙でも流しそうな
「やっぱ敵だ! お前なんか敵だ、バーカバーカ!」
当初の目的を忘れ去った嫉妬者による宣戦が、此処に布告されたのだった。
花子さんは好きですが、(色々と)大きい人も大好きです。