「なあ……、ミク……」
左胸に穴の開いたハンナさんが、口から血を垂らしながら私の首に手を掛ける。
「お前……、何であの化物を倒さなかった……?」
倒さなかったんじゃなくて倒せなかった。でもそんなこと言ったって納得してくれそうにない。
「その力があれば……、あいつにも勝てただろう? それなのに……、それなのに……。まさか彼奴とグルだったのか……?」
私を絞め上げる手と声がドンドン小さくなっていく。
「お前と会わなければ……、まだ生きていられたのに……」
恨み言と共にドロドロとハンナさんは溶けて、血溜まりだけがあの人の立っていた場所に残った。
「私と会わなければ……」
「またお前の犠牲者が増えたな」
後ろから声がして振り返ると、首がひん曲がった海蛇男が私を見て嘲笑していた。
「いい加減自覚したらどうだ。ヒーローごっこしたところで、犠牲者しか出ないって……。それも他ならぬお前のせいで……」
「そんなことない……」
「前にいる連中を見ても……、それが言えるか?」
そう言われて前を見ると、身体の何処かしらが欠損している人やずぶ濡れの人が恨みがましい目で私を見ていた。その中には、S.O.N.G.の職員の人もいる。恐らく潜水艦で溺死した人達だろう。
「みんなお前の軽率さが生んだ犠牲者だ。お前が……」
「やめて……、それ以上言わないで……」
「お前さえいなければ、そいつら死なずに済んだのになぁ」
「いやぁぁぁあ!」
悲鳴を上げて飛び起きた。
寝汗で身体も寝床もぐっしょり濡れていて、シーツも毛布もぐちゃぐちゃになっている。
「酷い夢……」
ハンナさんを殺された日からずっと、見るのはこの夢ばかり。仮面ノ世界で戦っていた時に見たものよりもキツい内容になっている。
「私がいるからこうなった……。そんな事ぐらい分かってるよ」
フラフラと寝床から立ち上がり、顔を洗おうと洗面所に入って鏡を見ると、桃みたいな色合いだった髪が雪みたいに真っ白になっていた。今の私みたいに生気のない色。
「目玉は黒みが入ってきてるのに……」
ますます見た目から人間味がなくなっていっている。
カウンターに置いてあるジンの瓶を腕輪を右腕で引っ掴み、これまたカウンターにあったシェイカーに注ぎ込む。
それにジュースと棚にあったテキーラを注ぎ込んでめちゃくちゃに振り回し、グラスに注いで口に流し込む。
「不味い……」
ここのところ、何を口に入れても海水のように苦くてしょっぱい。あいつが私の口を馬鹿にしたのだろうか。
「もうやだよぉ……」
死んじまいたい。もうしんどい。
カウンターで頭を抱えていると、エルフナインちゃんが敵が来たことを知らせに来た。
「そっか、その手があった……」
私が自分から死ににいく必要はない。奴等に殺して貰えばいいんだ。
「今行くよ……」
そう言って、私はエルフナインちゃんが止めるのも構わずに服を脱ぎ始めた。
「汗でベタベタな服だと重いから」
なんてことを言って、一糸纏わぬ姿でエマニエル夫人よろしく背の高い椅子に腰掛けて、敵さんを待ち構えた。
最初からこうすれば良かった。
「やぁ、いらっしゃい。団体様ですか?」
微笑みを持ってお客さんに接する。
当然、何の返事もなく、ダガーを持った彼女たちが飛びかかってきた。それを一切抵抗せずに受け入れる。
瞬きする間も無く、身体が遊び終わった黒髭危機一髪の樽のようになった。でも全然痛くない。え、何? こんなもんなの?
「ねぇ……、こんな鈍で私を殺そうとしてたの?」
1人の首を掴んでキリキリと締め上げる。
「期待外れ。先に死ね」
「もうこんな馬鹿な真似はやめてください」
手当てをするエルフナインちゃんから小言をもらう。
「もし原子炉に突き刺さったらどうするつもりだったんですか」
「そうなってくれたら、よーっぽど良かったのに……」
そうすれば一撃であの世に行けた。
「一体どうしたんですか」
「死にたいの」
「何で」
「私がいたら、どんどん人が死んでいくの。そんなの嫌だもん」
「誰にそんな事吹き込まれたんですか?」
「私の犠牲者全員。本当に説得力あるよ。私の手に掛かった人や偽の私にやられた人がみんなして言うんだから」
「死んだ人間の戯言を真に受けてどうするんですか」
ため息混じりの答えが返ってきた。
「しょうがないよ。本当の事だから」
「未来さん……」
「だからさぁ、私を跡形も無く壊してほしいんだ。もうしんどいの」
夢の中だろうとあんなこと言われ続けて生きていける程、私の面の皮は厚くない。
「エルフナインちゃん、持ってきていたモーゼル銃で私の左胸を撃ってくれない? 弾もある訳だし……」
「原子炉があるんでしょう? 嫌ですよ。そんなもの、壊したくないです」
「じゃあ頭でも……」
「弾が貫通するんですか?」
「いや……、昔こめかみに当たった時に弾き飛ばした……」
「なら弾の無駄ですから諦めて下さい」
このままだと碌なことを考えないから、気晴らしした方が良いと言われたのだけど、良い方法が思い浮かばない。
何かいい案が浮かぶかもしれないから、外に放り出していたコピーの死体をてるてる坊主みたいにして、木にぶら下げようとしたら、頭に椅子をぶつけられた。勝ち目がないのに相手を刺激する気かって。
仕方がないから寝室に引き篭もって、ウィスキー片手に部屋にあったトランプでエルフナインちゃんとポーカーをする。それよりM66でロシアンルーレットをやりたいって言ったら、いい加減にしろとまた椅子を投げつけられたから渋々従った。
「ワンペア」
「スリーガードです」
「また負けか……」
ウィスキーを一口含んでから、トランプを切って配り直す。
「この腕輪が私のトランプになりゃいいんだが……」
「それは例のメモリーが届けば分かりますよ」
「ならなかったらどうする?」
「その時は、もう仕方ないです。2人で楽になりましょう。隣にいるのが、響さんじゃなくて、僕では不足かもしれませんが……」
「そんな事ないよ。道連れがいるなら嬉しい限りさ……」
力の抜けた乾いた笑いが出る。1人で死にたく無いのかね、私は。
「でもそうなっても、エルフナインちゃんとは別の所に行くことになるから、途中でお別れだろうね」
「そうなんですか?」
「私が碌な場所に行かせてもらえる奴に見える?」
「見えません。自殺志願者が良い場所に行かせてもらえたなんて話、聞いた事が無いです」
「ここよか楽な所に行けるだろうさ。鉄屑の塊引き摺って、生き恥晒すよりはずーっと、ずーっと……。あはははは……」
その日の晩に、女神メモリーを含めた救援物資が届いた。
早速メモリーを腕輪のエネルギー源に嵌め込み、原子炉からエネルギーを送って様子を見る。見たところ特に様子に変化はない。
「どう? 起動しそう?」
「駄目です。原子力エネルギーとメモリーだけでは、起動の為のエネルギーにはまだ足りません」
ノートパソコンで腕輪の状況を確かめるエルフナインちゃんの表情は固かった。
「ファニックゲインが必要?」
「ええ、曲がりなりにも聖遺物ですからね」
となると、歌が必要か。私の歌で大丈夫かな。でも何を歌えばいいか、イマイチ良く分からない。
「何を歌えばいいの?」
「何か思いつきませんか?」
そう言われても何も思いつかない。シンフォギアみたく胸に歌詞が浮かびさえすれば良いんだろうけど、そんな物ない。
私が首を横に振ると、エルフナインちゃんは頭を抱えた。
「ここまで来て、とんだ問題が出てきましたね……。起動できないようでは、どうしようもありません……」
「そう簡単には使わせてくれないか……。仕方がない。神獣鏡だけでどうにかするか……」
現状、勝ち目が無いが、もうそれしか取れる手段は無い。
「エルフナインちゃん、今からでも遅く無いからゲイムギョウ界に退避して」
「未来さん」
「もう巻き添えを作りたくないの。お願い。ここでエルフナインちゃんまで死んだら、私……」
もう耐え切れない。嗚咽して、そこまで言えなかった。
「自己満足なのは分かってるけど……、最期くらい誰も巻き込まないようにさせてちょうだい…………」
「荷物はまとめ終わりました。未来さん、くれぐれもお気をつけて……」
「うん。なるべく生き残れるようにはするから……」
「生きるのを諦めないでくださいよ。僕がいない間に自殺を試みることは、絶対に止めて下さい」
「約束するよ……。もう椅子が頭に飛んでくるのはごめんだからね……。そろそろ向こうも準備ができ……」
そこまで言った時に、今までと違って、頭を胴に乗せた姿のデュラハンが飛び込んできた。
奇襲に対応出来ず、顎に蹴りを喰らって壁に叩きつけられた私に、奴は大鎌を振りかざした。
「舐めるな……!」
手元に転がっていたランプを胸元に投げつけて怯ませ、その隙にギアを装着しつつ組みついて、外へ押し出した。
でも向こうも直ぐに胴体から琴線を張り、パチンコの要領で私を弾き飛ばし、大鎌の後端に仕込まれていた機関銃で私に追い討ちをかけた。
「グゥッ……」
弾幕に構わず突っ込み、飛蝗化させた右腕を大鎌目掛けて叩き込む。
鎌の柄を真っ二つにへし折り、畳み掛けて左足で上段回し蹴りを放つが、頭を外されて顔に火を吹き付けられた。
右腕でこれを防ぐも、デュラハンは更に分離した左手に持った鎌を振りかざして、私の右足を斬り払った。
「ギャァ!」
膝から下を切り落とされ、私が前のめりに倒れたのを奴は見逃さなかった。
私の首に外した両脚を絡ませて締め付け、鎌を手放した左手で私の頭を掴んで、右手に握っていた機関銃の銃口を私の右目に押し付けた。
「お前の足には興味は無いが……、右目には用があるのでな……」
「ぐ、離せッ!」
「諦めろ。今日はお前を始末するつもりで来た。お前とて死にたいと思っていたところじゃないか。好都合だとは思わんか?」
「そんな自殺同然の手なんかで……!」
エルフナインちゃんとの約束を破る事になるからそんな事絶対にできない。
せめて直撃は避けようとして、必死に顔をずらそうとするも、頭を掴まれているから逃げられない。
その時だった。モーゼルライフルの銃声がして、機関銃がデュラハンの右手から吹っ飛んだ。
音の出所をに目を向けると、腹這いになったエルフナインちゃんが、ライフルのボルトハンドルを引いていた。
「とんだ邪魔が入った……」
そう呟くなり、デュラハンは琴線をあの子の首目掛けて伸ばした。
それを防ごうと、こちらも腰のアームを伸ばして琴線に絡み付かせて、全力で引っ張る。
「そんな物では……」
標的をアームに変えた奴は、空いた右手で鎌を掴み直して付け根から斬り落とし、続けて残った左足まで斬り落とした。
「グッ……」
「未来さん!」
エルフナインちゃんがライフルで鎌を撃ち落とそうとしたけど、今度は向こうも気付いているから中々当たらず、弾を撃ち尽くしてしまう。弾切れになれば、装填に時間がかかるボルトアクション式では隙だらけになる。
「私の事はいいから逃げて!」
その声であの子が動くよりも早く、デュラハンが口から青い火の球を噴き出した。すると前と違ってアームドギアを持った兵隊が飛び出してきて、エルフナインちゃん目掛けて光線を浴びせた。
「うわぁッ!」
「エルフナインちゃん!」
「よし……、そいつは湖に棄てておけ……。後で俺も行く……」
デュラハンは身体を元に戻して、私の上に馬乗りになり、この間の物と同じ短剣を胸から取り出した。
「では右目を貰おうか……。しかしその前に……」
首目掛けて短剣は振り下ろされ、私の喉元を刺し貫いた。
「大人しくしてくれ……」
月明かりの無いネイ湖湖畔に、デュラハンは小日向未来を抱えてやって来た。
「遅くなったな……」
「少佐殿。オリジナルはどうなりましたか」
出迎えたクローン兵に、彼は獲物を見せる。
右目と首、胸から血を流したそれは、最早生きているようには見えなかった。
「あのホムンクルスは……、もう放り込んだか……?」
「はい。まだ息はありましたが、かなりの深傷を負っていたので、恐らくこのままでも大丈夫かと」
「ならよし。ではこいつをとっとと放り込め……」
「宜しいのですか? ゼネラルに引き渡しては……」
「ここから日本までこの死骸を運べというのか……? その間に奪われては厄介だ……。ここに沈めた方が良い……」
「分かりました」
受け取った小日向未来の身体をクローン兵は、湖の真ん中に投げ込んだ。
「よしよし……」
作業が終わった事を認めたデュラハンは、待たせていた戦車に乗り、そこから去っていた。