湖の底で意識が戻った。首の皮一つ繋がったらしい。
でも両脚はなく、上半身はズタズタ。身体も中の機械のせいで浮き上がらない。これじゃ、そのうち溺死するのは目に見えている。
(でもそれでも良いかな……。浮き上がれた所で、何かできる訳でもないし……)
もうエルフナインちゃんも死んでしまったに違いない。これ以上、生きていた所で……。
そこまで考えた時だった。あの子の体が流れてきたのは。
水面に浮かぶエルフナインちゃんの右手が、ピクリと動くのが見えた。最初は見間違いかと思ったが、2、3度動くのが見えて、なんとか残った腕で水を掻いて浮き上がり、あの子を小脇に抱えて陸の見えた方角へと最後の力を振り絞ってがむしゃらに泳ぐ。
(せめてこの子だけでも……)
生きているのなら、ゲイムギョウ界に避難させておかないといけない。火傷の具合が酷いから、急いで治療を受けさせないと、土左衛門になってしまう事は免れない。
どうにか陸地に辿り着き、バイザーを通じて向こうの世界に救難信号を送る。もうこれが限界だった。力尽きた私の意識は、ここで途絶えた。
気づくとベッドの上で寝かされていた。ここは……。
「ああ、良かった。意識が中々戻らないから心配したのよ」
「アイエフざん……」
どうやらプラネテューヌの病院に担ぎ込まれたらしい。
「エルフナインちゃんは……、グゲッ……」
体を起こそうとすると、胸と足が痛くて起き上がれなかった。喉も痛くて声が出しにくい。それでも起きようとしたのをアイエフさんに制止された。
「無理しちゃダメよ。あの子なら大丈夫。怪我は命に関わるほどのものじゃなかったし、火傷も少し痕は残るけど治るようだから安心して」
「よが……だ……」
その言葉に安心して体から力が抜け、ベッドに倒れ込んだ。
「それにしても、ピーシェと互角にやり合ったあんたがあそこまでやられるなんて……、一体どんな奴を相手にしたの。良かったら教えてくれない?」
ほらっと、メモ帳とペンを手渡された。喋るのが辛いなら筆談でってことみたい。
「要するに、あんたが装着してるパワードスーツの素材みたいな奴に、コテンパンにされたのね。手持ち火器のビームがまるで効かない上に、格闘もほぼ効果なし。おまけにそれぞれ特殊能力有りなんて……、こんなの相手によく戦ってきたわね。イストワール様からも聞いてるけど、3体やっつけたんでしょ? 大したもんじゃない」
アイエフさんはそう言ってくれるけど、実際のところ私が自力で倒せたのは1人だけ。残りはエルフナインちゃん無しでは倒せなかった。
「わたし、役立たず」
「えっ、どういうこと?」
「1人だとほぼやられてばかり。最初の奴には、全身火傷させられて捕まって怯えてただけだった。2人目にはどうにか自力で対処できたけど、3人目になんか、薬で言いなりにさせられてエルフナインちゃんに手を掛けようとしただけだったし、4人目の時は何にも出来ずにいつかお世話になった人を殺されて、あの子は大怪我。戦えるのが私しかいないのに、殆ど何にも出来てない」
本当に何のための戦力なんだか。置物と変わんないよ。
「それに切札になりそうな腕輪をまともに使う事すらできてない。足引っ張るのと人殺ししか出来ない。昔手を掛けたやつに言われた。お前がいれば死人が出るだけだって。ほんとその通り……」
「もうそのくらいにしておきなさい」
メモ帳に続きを書こうとすると、アイエフさんが手でそれを制した。
「これ以上、自分を追い込むと碌な事にならないわよ。出来そうなことも出来なくなってしまうし」
「もう出来ることなんて無いです。精々、要らなくなった機械みたくプレス機で潰されるしか」
「そう自分を卑下しなくてもいいから。あのエルフナインって子は、あんたを頼りにし続けてるんでしょ。考えてごらんなさいよ。役に立たない人間を当てにするかしら?」
「しないです」
「ならあんたは全くの役立たずじゃないわよ。あの子、いざとなれば、ネプ子なりネプギアなり呼び寄せることが出来たのに、ミクがいるから問題ないって考えてたそうだし、信頼されてるのは確かよ」
「そんなの、気を遣って言ってるだけかもしれないじゃないですか」
「あのね、自分の命に関わるような事に、気を遣ってなんていられる訳がないでしょう。一度や二度ならまだしも、何度も死にかけたのに助けを呼ばないなんて、余程の理由が無いと有り得ない話だから」
「その余程の理由が、私を信用してたってこと?」
「そう考えておきなさいな。大丈夫。ミクが全くの役立たずだなんて誰も思っちゃいないから」
仕事があるからと言って、アイエフさんは病室を出て行った。
その時に新しい端末を手渡された。前の物は向こうに置きっぱなしだから、敵に奪われているかもしれないということで、データを移したものを用意してくれたみたい。
「まだ不安なら誰かに連絡してみたら? 異次元ならここでも電話して大丈夫だから」
そう言われたけど、直ぐには電話する気にもなれず、もう一度眠りについた。
するとまたもや夢の中で、海蛇男や犠牲者の亡霊からの罵詈雑言を浴びせられた。それに耐え切れず、5分もしないうちに飛び起きて、喉が痛いのも構わずに立花レーシングクラブに電話をかけた。
すぐに親父さんが出てくれて、私の声の調子から良くない事が起きてると気付き、心配して何があったのか聞いてくれた。
そこで今の状況や元の世界の荒れ具合、亡霊に罵倒される夢ばかり見ていることなどを洗いざらいぶち撒けた。もう耐え切れないって言葉も付け加えて。
「また海蛇男が出てきたのか……。しかし幽霊の言う事なんか聞いてたら、身が持たなくなるぞ。無視するに限る」
「それが出来ないくらいに責め立てられてるから困ってるの」
仮面ノ世界では、2週間に1度見るか見ないかだったから無視すれば済んだけど、今は毎晩毎晩見続けている。とても無視などできない。
「といっても悪夢の対策なんてこれくらいしかないからなぁ……。そうだ、麻由」
「何、親父さん」
「お前、海蛇男の言い分だけが全てだなんて思ってないか?」
「だって現に私のせいで大勢死んだんだよ!? それは否定できないじゃない!」
思わず大声を出してしまった。でも親父さんの声音は、落ち着いたままだった。
「それだけでもないだろう。なるほど、お前の事を悪魔のように見る者が居るのは事実だ。しかしな、同時にお前の事を大仰な言い方だが、救い主として見る者がいるのもまた事実なんだ……」
「救い主? 私が?」
そんな馬鹿な話があるはずもない。
「怪人1人を仕留めた時、そいつが携わった作戦の毒牙にかかろうとしていた人が助かる事になるだろう。お前は意識していないようだし、その人達も自分たちを救ったのがお前だなんて気付かないかもしれないが、彼らを救った事には違いないだろう」
言われてみればそうだ。犠牲にした人もいるけど、その反面助けた人もいる。当たり前のことだから今まで目を向けてこなかったけど、それも事実といえば事実だ。
「麻由は、そんな人達の希望でもあるんだ。自分の事をただの悪魔だなんて思うことはない。未来へ彼らを送り届ける為の最後の希望だったんだから」
「でもこの間再会したハンナさんは、私に関わって死んだんだよ! そんな私が希望なわけがないよ!」
親父さんにみっともなく当たり散らしてしまう。でもハンナさんにとって、私はただの死神だったに違いないと思う。私に関わらなければ、デュラハンに目をつけられずに済んだかもしれないのに。だからあんなに恨み言を言ってくるんだ。そんな私が希望だなんて馬鹿げているにも程がある。
「俺はその人に直に会った事がないから知ったような事しか言えないが……、最後まで反撃や命乞いをしてどうにかしようとしたお前を責め立てるような人なのか? さっき聞いた話からして、どうもそういう人には思えんのだが」
「でも夢ではッ」
「待て待て。夢に出てきたんであって、その人の亡霊がお前の目の前に化けて出たわけじゃないんだろう。それならハンナさんとやらが、本当にお前を恨んでいるかどうかなんか分からんじゃないか。夢の中に出てきた物なんか、所詮はお前の妄想に過ぎないんだからな」
「あッ!」
確かにその通りだ。ハンナさんに直に責められたわけでもないのに、私は勝手に恨まれているとばかり考えていた。
「尤もこれは土の下にいるその人に聞いてみんと分からんがな……。故人の胸の内なんか今更調べようもない事だから。責任を感じるのは良いことだが、やり過ぎては彼女もおちおち眠れないだろう」
「そう……だね……」
「それに行方知れずのお前の親友も、きっとお前が見つけに来ることを待っているだろうさ。ここでお前が潰れてしまったら、その親友もお前という陽だまりを浴びる希望を持てなくなってしまう。これはまずいだろう」
「うん」
「だからどうか自分に絶望しないでくれ。大変なことなのは百も承知だが、できなければお前だけじゃなく、お前という希望を待ちわびている人間を絶望させることになってしまうから……」
「未来さん……、大丈夫でしょうか……」
怪我の具合や心の状態が酷いことになっていたあの人の事が心配ですが、少なくとも3日間は絶対安静と言われている以上、ベッドから離れるわけにはいきません。
「さっき目を覚ましたらしいですが、怪我の状態は良くなっても心に問題が残っている以上は……」
魔人退治と響さんの捜索は、こちらの方々に依頼するより他ないかもしれませんね。
そう考えていると、看護師のコンパさんが病室に入ってきました。でも体温や血液の検査に来たわけでもなければ、シーツの取り替えに来たわけでもありません。
車椅子にまだ歩けない未来さんを乗せて、ここまで連れてきてくれたんです。
「未来さん……」
運ばれてきた未来さんの顔付きは、ここに来るまでの自らに絶望しきったものではなくなっていました。しかしそれより前のものとも少し違っています。余裕の無さが少し緩和されて、これまでには無かった落ち着きを持っています。何があったのでしょうか。
「エルフナインちゃん、怪我の具合は問題ない?」
「はい。未来さんはいかがですか」
「身も心も少しは軽くなったよ。ねぇ、一ついいかな?」
「何でしょうか」
「私は貴女の役に立ててましたか?」
「急にどうしたんですか」
「聞いておきたいんだ。いつもエルフナインちゃんには、迷惑かけてばかりだったから」
「未来さんが居なければ、僕はフォークランド諸島で敵の手に掛かっていたかもしれないんですよ。それに魔人だって、ほぼ全て貴女が迎え撃っているじゃないですか。そんな人が役に立っていないだなんて、全く思えませんよ」
僕の答えに安心した顔で、未来さんは言葉を続けました。
「そっか、ありがとう。それじゃあ、もう一つ。これからも一緒に戦ってくれませんか? 頼りないかもしれないけど、お願いします」
頭を下げて頼む未来さん。ついこの間まで生きるのを諦めたがっていた人が、一緒に戦ってほしいと頼み込んできたことに少々驚きながらも、僕の口からは自然と「はい」という了承の返事が出てきました。
「ありがとう……、ありがとう……。頼りないかもしれないけど、これからもよろしくお願いします」
「こちらこそ……」
8日後、私達は退院して、元の世界に向かう準備を整えた。もっとゆっくりしていってもいいと言われたけど、あまり長居して向こうが準備を整えたら面倒な事になるから早めに出発することにした。
「この腕輪の威力も試したい事だし……」
考え方が少し前向きになったからか、頭にぼんやりと歌詞が浮かんできた。それを試しに唱えたら起動に成功。随分と都合の良い展開だけど、偶にはこのくらいの事があってもいいだろう。
「それではお世話になりました」
「また何かあった時は、遠慮なく連絡してくださいね」
イストワールさんとの挨拶も程々に切り上げ、敵の反応があった北アイルランドのベルファストに降り立つ。
そこで出会した兵隊の1人を捕まえて基地の場所を吐かせ、そこ目掛けてアームドギアで砲撃した。
穴の開いた壁から兵隊が10人ほど出てきたけど、物の数ではない。1分も経たないうちに、全員地面に倒れ伏した。
「三下はもう十分だ! 大将はとっとと顔を出せ!」
すると頭の上にジャマイカで見た鞭がすっ飛んできた。
「おっと!」
これを難無く躱し、エルフナインちゃんとともに何処かの庁舎の屋根に飛び上がると、大鎌を振りかざしたデュラハンが待ち構えていた。
振り下ろされる直前に、その脇を潜り抜けて奴の後ろを取る。
そこにエルフナインちゃんを待たせて、私は早速腕輪起動の為の歌を口ずさみながら突進する。
そのまま腕輪から伸びる刃を使って大鎌を破壊し、左手に作り出した光球を胸元目掛けて投げつけて、奴の胴体を銀に変えた。これなら琴線はもう取り出せないだろう。
「グウッ……」
奴は体を分離したけど、そんな小手先の手段でどうこうできる筈がない。
再び球を今度は4発送りつけて、四肢を銀に変えて、残った頭目掛けて腕輪から伸ばした刃をデュラハンの首目掛けて突き込む。奴は火炎放射で迎撃するが、その程度の攻撃に怯む私じゃない。
刃が中の脳を貫くとデュラハンは動かなくなり、頭は刺し傷からヒビ割れて、最後は真っ二つになって爆発した。
「よし、一丁あがり……。ハンナさん……、終わったよ……」
「これからどこ行こうか」
「まずはユーラシア大陸に向けて移動してください。後はひたすら東を目指しましょう」
「それじゃあ、まずはブリテン島に渡ろうか。ユーロトンネル使ってさ」
「ならダブリンから行きましょう。大陸も近いですし」
ブリテン島に渡るために、アイルランドのダブリンを目指して、サイクロンを南に走らせる。
「エルフナインちゃん、この前の援護は助かったよ。まだお礼言ってなかったから今言うね。ありがとう」
「いえ、大した事じゃないですよ。それよりも未来さん、変わりましたね。僕が知らない間に何かあったんですか?」
「今まで面倒見てくれた人と話をしただけだよ。それで少し希望を持てただけさ」
「そうだったんですか……」
「響やエルフナインちゃんにとっての希望に成れたら良いなって、思えるようになったんだ。気の持ちようが変わったの」
「響さんは分かりませんが、僕にとってのある種の希望であることには、変わりありませんよ」
「ありがとう」
さてアイルランド編は終わり、少々都合の良い話になりましたが、腕輪という反撃のための手段を手に入れた未来。これからは、少しは旅も楽になるでしょう。
次回の舞台は、ドイツを予定しています。といっても聖遺物探しをさせることは考えていません。
乞うご期待!