「水タンクがペシャンコですね。ただでさえ水源地が少ないのに、こんな事をするなんて……」
大岩で押し潰されて見るも無残な姿に変わり果てた水タンクを前に、2人で茫然と立ち尽くしていた。現在時刻は朝の10時。所はウズベキスタンにある砂漠。天気はこんな時に限って快晴。
ついさっき魔人の岩男に奇襲をかけられ、物資をめちゃくちゃにされた。大したことない強さだったからあっさり勝てたけど、水は無くなるわ、私の予備パーツや工具はお釈迦にされるわで大損害。止めに端末までぶっ壊され、プラネテューヌからの補給を受けることも不可能。無事なのは着替えと寝袋くらいだ。
「ったく、このかんかん照りの砂漠のど真ん中で、余計な仕事を増やしてくれたよ……」
岩男の残骸に蹴りを入れてから、マシンに戻ってエンジンを噴かせる。でもエルフナインちゃんは、残骸の前に座り込んで動かない。何か気になる物でもあったのだろうか。
「エルフナインちゃん、目ぼしい物でもあったー?」
「別に無いですー」
「じゃあどうしたのさー。置いてくよー」
「この石塊蹴飛ばしても大丈夫でしょうかー?」
あら珍しい。流石のあの子も水をダメにされて頭に来たのか。
「思いっきりやっちゃいなさーい! 足の骨を折らない程度にー!」
日差しが照りつける中、マシンを東へ東へと走らせる。暑くて移動したくは無いが、日が暮れるのを待っていれば、その前に脱水症状で倒れてしまうのは避けられない。だからオアシスを目指して、砂漠を貫く道を進む事にした。
けれども行けども行けども砂しか見えない。他に目に入るものといえば、青空と太陽くらいだ。おかしいな。地図だとそこまで広くなかったのに。
「この辺りに川があった筈だけど、干上がっちゃったのかな……」
世界史だったか地理だったか、何の授業だったかは忘れたけど、なんとやらという名前の川が、この辺りを流れていたと聞いた事があったから、水を汲めると思ったのに。アラル海に流れ込んでいる川だったから、とうの昔に干上がっていたのだろうか。
「アム川の事ですか? あの川が干上がったなんて話は、聞いた事がありませんが……、言われてみれば見当たりませんね」
「近くのアラル海はほぼ干上がっているけど、川はそんな事なかったんだ」
「それはそうですよ。でなければ、国自体が干上がってしまいます。今の僕達みたく……」
暑さでフラフラになっているエルフナインちゃん。砂だらけの場所だから日蔭を探すのは難しいが、せめて水を探さないと。サン・テグジュペリの「星の王子さま」のように井戸でも見つかれば良いけど、そんなに上手く世の中は出来ていない。もしかすればあるかも知れないが、何処を掘ればいいのか全く分からない。
「自販機でもないかな……」
もっと見つかる見込みのない物を口に出しながら辺りを見回すと、北側に砂が窪んでいる場所が見えた。
エルフナインちゃんを背負って近づくと、少し前まで水が流れていたような痕跡があった。用水路か川かは分からないが、これを辿っていけば、水を手に入れられるかもしれない。
「期待した割には、大した物は無かったね」
結局見つかったのは、干上がった川底に残っていた小さな水溜りだった。人2人が飲む分はあるから、何の収穫も無いよりはマシだけど。
「取り敢えずこれ濾過しようか。浄水器は携帯式の物があるし」
「はい」
水溜りから水を掬ってそれぞれの浄水器に入れ、飲み水を作って飲む。砂っぽくて温いが、飲めるだけマシだ。
3分の1程の量を飲んでから、残りはエルフナインちゃんに渡した。中々飲もうとはしてくれなかったけど、それならと砂に水を垂らそうとしたら慌てて飲んでくれた。熱中症でフラフラになっている人間を前に水をたらふく飲めるほど、私の面の皮は厚くないから。
もうじき日が沈むのに、一向に砂以外の物が見えてこない。町が出てきても良い頃合いなのに、それらしき物は影も形もない。
「夜は冷えるから早く何処かに落ち着きたいのに。砂漠化がここまで酷くなってたなんて……」
「一気にこうはならないですよ。バルベルデ同様、魔人が荒らしていったのだと思います」
この分だと、日本はどうなっているか分からないな。もしかしたら島全体がジャングルになっているかもしれない。或いはここみたく砂だらけかも。
夜の10時を回った頃に、緑色の草が生茂る場所に着いた。草原だ。近くに水があるに違いない。
エルフナインちゃんにタンクの修理を任せ、神獣鏡を装着して水源らしき場所が無いか空から探してみると、少し離れた所に枯れていない小川があった。当面の水を確保するには、申し分ない水量だ。
「中国国境までは余裕で持ちそう」
出来れば東シナ海の沿岸に出るまでは持たせたいが、あの国は広いから移動には時間がかかりそうだし、何より予備パーツの確保の為に、あちこち駆けずり回る羽目になるだろうから、ここで汲む分だけでは十中八九水が保たなくなる筈だ。
「最低でももう1箇所は、給水ポイントは見つけておきたい。あの国で水質の良い川を探すのは、かなり骨が折れるだろうから」
写真でよく見かける絵具を流したような川ばかりということは、流石にないとは思うけど、敵さんの妨害でまともな物も駄目になっているかもしれない。国境越えをする前に何処かで給水をするのは必須だ。
「湖か川が見つかると良いけど、枯らされているかもしれないのが難点だ。地下水を掘り当てないといけないかもね……」
アームドギアはスコップの代わりにはなるし、これや腕輪を使って地面を砲撃すれば、大穴を開けるくらい造作もない。
「とはいえ砲撃だと水が蒸発しかねない。蒸留すれば済むかもしれないけど、手間がかかるから使えそうにないか……」
「水に関してはこれで一息つけますね」
「そうだね」
水を飲んでから草原に寝転び、これからの事について2人で話し合う。
「ただ他の物資に関して言えば、どうなるか分かりませんが……」
「特に食料と補修用の部品、あと工具を手に入れないとね」
「食料はさておき、未来さんの持っていた工具については、僕の左腕で全て代用できますが、部品は大丈夫なんですか。サイボーグ向けの部品の製造工場なんて聞いたことも見たこともないです」
「それは大丈夫。そこら辺の機械のパーツで代用が効くから。前にもオートバイやテレビの部品を改造してどうにかしたこともあったし……」
「便利な構造なんですね」
「整備性を良くして稼働率を高める目的だって聞いた。戦闘用だからその辺を重視したんでしょ。ただ何でも使えるわけじゃないし、それに……」
「それに?」
「純正品に比べるとどうしても性能が落ちるんだよ。あくまで一時凌ぎでしかないから」
「そのままの状態で戦い続けるなんて事は、想定していないでしょうしね。でもそれだと今まで送られてきた物でも影響があったのでは?」
「あるにはあったよ。ただかなり質の良いものを送ってもらえたから、パワーダウンも悪い時で15パーセントに抑えられていたし、戦闘にはそこまで影響は無かったかな」
「これからはどうなるかわからないと」
「中国製品も品質は良くなっているって聞いてるけど、肌に合うか分からないからなぁ。ガラクタ掴んで動けなくなるかもしれないし」
「やはり純正品が一番良い事には変わりないですね」
「それはそうだよ。でも無い物ねだりしたって始まらないしね。それにどうしようもない時は、兵隊を捕まえて追い剥ぎの真似事をすれば良いから。やる事は追い剥ぎ以上に酷くなるけど」
「あの……、それは僕がやります。同じ顔の相手を解体するのは、お辛いでしょうし……」
「良いよ、大丈夫だから。生きていたら危ないし、身体の中の原子炉が壊れていたら後々とんでもない事になるから。助けを呼べない状況で、身体を壊したらそれこそもうどうしようもなくなる」
「そうですか……。でも無理なら直ぐに言ってください」
「分かった。ありがとう」
夜も更けてきたから寝袋に包まり、一眠りしようとするとお腹の鳴る音が聞こえた。エルフナインちゃんの方からだ。
「お腹空いたの?」
「恥ずかしながら……はい」
小声で答えつつ、あの子は頷いた。暗いから顔まではよく見えないけど、きっと顔を赤くして答えたに違いない。
「無理ないよ。何にもお腹に入れてないんだから」
「西瓜でも見つからないかと期待していたのですが、期待外れでした……」
「西瓜かぁ……。ああ、水分補給にもなるからぴったりと言えばぴったりだね。暑いし」
「少し季節外れかもしれませんが、手に入らなくはないと思っていたので……」
「そう言われると何だかこっちも欲しくなってきちゃうな」
「でも今日通ってきた道を見る限りでは、西瓜はおろか、萎びた菜葉すら生えてるかも怪しいですからね。食べたくても種を見つけて育てる事になりそうです」
「錬金術でどうにかできないの?」
「それが出来れば、僕達は今頃クーラーの効いた部屋で、フルコースでも食べてると思います」
「それもそうか。御伽噺の世界じゃないものね」
「ですがこれまで戦ってきた相手は、どれもこれも御伽噺の怪物みたいな存在ですから、何となくここがお話の世界とも考えたくなります」
「お話の世界か……。それならもっとマシな世界にしてほしいや。幾ら何でもキツいもん。使える時間に限りのある腕輪1個よりも腕利きの装者6人がいる方が数で勝てるし、長く戦えるのは確かでしょ。そりゃLiNKERを使わないといけない元F.I.S.の3人は、いつまでも戦えるわけじゃないけどさ、1分しか戦えないなんて事は無いもの」
寝返りを打ってあの子に背を向けながら、私は尚も言葉を続けた。
「これから敵さんの本拠地に海ひとつ隔てた場所に近づくともなれば、どうしても弱音を吐きたくなるのよ。今までのよりもずっと強いのをぶつけてくるのは、目に見えているからさ」
「未来さん……」
「部品だって見つからないかもしれないし、それに兵隊だって現れるか分からない。それに何より……、もう助けを呼べない。だから今度やられたらそれでお終い。何でだろうね。すっからかんになると、途端に弱気になっちゃう……」
太陽の光が頭にほんの少し射した頃に起き出して、寝袋を仕舞って出発する準備を整えた。
「さてと、暑くなる前に早くここから抜け出そうか」
「はい。ただ出発には時間がかかりそうですね」
「そうだね。あのイナゴの群れを片付けないと……」
私と同じ顔のイナゴの群れが、空を飛んでこちらへ近づいてくる。その数およそ100体。本当にイナゴだったら佃煮にでもすれば、そこそこ食いつなげる数が来た。でも実際は、何の栄養もないただの鉄屑。尤も多少は食べられる部位がなくも無いけど……。
「まぁ、予備パーツを確保する手間が省けたからいいか。エルフナインちゃん、下がってて」
アームドギアを2挺取り出して両手に持たせ、急上昇して有効射程距離まで近づき砲撃を叩き込む。向こうも反撃してきたから思ったほど落とせなかったが問題ない。
さっさと片付ける為に腕輪を起動させて、ミラーデバイスを展開してさっきの物よりも数倍は強力な砲撃を発射して、イナゴが発射した閃光や流星を掻き消し、奴等を吹き飛ばした。
「あっ、そうだ。3割ほどは残しておかないと、部品取りができなくなる」
固まって飛んできたから当てるのは楽だったが、奴さん達の身体の中にある物をいただかないといけないから、全部消し飛ばすのは不味かった。
「まだ残ってるかな……」
砲撃を中断して様子を窺うと、まだ傷の浅い生き残りが20人ほどいる。他は辛うじて浮いているけど、身体中が焼け爛れて戦闘が難しいのが25人と中身が剥き出しになっているのが15人、残りは消し炭になっていた。あれではもう使えない。
「思ったよりも使い物になるのが残ってて良かったよ」
虫の息の兵隊には、閃光とミラーデバイスからの光線を頭にぶち込んでトドメを刺し、残った20人に私は襲い掛かった。
急加速して1人の首をアームドギアで斬り落とし、残った胴体を地面に置く。これで胴体の部品は、1体分はストックができた。
「首から上のパーツは、千切れてない物が欲しいから首と胴は残るようにしないと」
流石に生首だと使い物にならないものが出てくる。例えば首と胴体を繋ぐコードは切れてしまう訳だから使えなくなる。繋ぎ合わせればまだ使えなくは無いけど、銅線もハンダゴテもない今、それは難しい。
「胸像みたくしないといけないから中々に大変だ」
敵はまだ19人もいるから、そこまで器用なことができるかは分からない。下手をするとこっちがそうなりかねない。
「大人数で襲い掛かる場合は、四方から攻撃される事が少ないのが有難いけど……。ああ、しまった! 首から下は、スペアがもう少し余分に必要なのを忘れてた!」
そんな事を考えながらも、私は四方からの流星と斜めからの閃光という光線の嵐を躱しつつ、砲台と化している1人を飛び蹴りで吹き飛ばし、後ろから飛び出してきた新手には、左手に掴んでいたアームドギアを投擲して顔にぶつけてバランスを崩させるとともに、右腕のコードを首に巻きつけて飛んできた流星への盾にした。
「あーあ……、勿体ない事した……」
スペアを消し炭に変えた事をぼやいていると、蹴り飛ばした奴がアームドギアを展開して突っ込んできたので、奴の手足をミラーデバイスで捥ぎ取って無力化する。手足が無くなれば、再生能力のないクローンは、最早死に体だ。
落下していく奴を尻目に、私は接近戦を仕掛けてきた17匹のイナゴへと突進した。
アームドギアで2人の胴を薙ぎ払い、3人目が上段から振り下ろしてきた扇を下から掬い上げるようにして跳ね飛ばし、更に心臓に光線を撃ち込む。
動きを止めたところでそいつの肩を踏み台にして、周りの兵隊よりも高い位置へと飛び上がる。すると1人のコピーにショルダータックルを仕掛けられて、顔に右ストレートを叩きこまれた。
「ぐえっ」
こちらも負けじと脇腹にスラスターで加速をつけた回し蹴りを喰わせ、そいつをくの字にひしゃげて吹き飛ばした瞬間に砲撃を叩き込まれた。
「うわっ!」
丸く広げたアームドギアを放り投げて後ろに下がり、急いで展開したミラーデバイスを足場に蹴り飛ばしながらジグザグに移動しつつ、再度取り出したアームドギアから光線を乱射して兵隊を散らし、もう一度接近する。
「一気に潰せたら楽なのに」
数が多いし、砲撃はNG。仕方ない。一撃離脱で徐々に減らすか。
スラスターを噴かせ、アームドギアを構えて兵隊目掛けて突っ込む。自壊する寸前まで体を加速させて突入し、すれ違い様に敵の首や腰を斬りつける。一度に大人数を倒せるわけじゃないし、スピードが出過ぎているから旋回が難しい。そして得物がボロボロになるなど欠点は多いが、機動性で勝てる相手には有効だ。
こちらが突っ込んでくる事に反応が遅れた1人目の首を一気に斬り落とし、更に近づいてきた2人目の胸に得物を叩きつけて手離し、その勢いを利用して方向を変える。
正面から2人がかりで押さえ込もうとした兵隊に、アックスボンバーを叩き込んで首をへし折り、スラスターを噴かせて方向を変えた所で後ろから光線が飛んできた。さっきのと同じ一点集中の威力が高めのものだ。
「ピンポイントに撃つ奴があるか」
たださっきのように止まっている相手ならばともかく、動き回っている奴を襲うのには向いてない。
「こうした方がいい」
アームドギアを取り出して円状に展開し、閃光を乱射する。バイザーの反応を見る限り、4人直撃したようだ。
「あと5人……、ん?」
近くにある人影は、パッと見た感じ4人しかいない。あと1人はどこ行った? まさか……。
「エルフナインちゃんを捕まえに行ったのか?
危うく敵の閃光が当たりそうになり、逆噴射で減速した所で四肢にコードを引っ掛けられて動きを止められた。残り1人が流星を撃つ準備をしている。動けなくすれば大丈夫と思ったのだろうけど甘い。
振り解こうとすると兵隊が口を開いた。
「おい、あいつの命が惜しいなら動くな」
「エルフナインちゃんのこと?」
頷いた兵隊に私はひとつ質問をした。
「捕まえて人質にでもするつもり?」
「状況を見れば分かるだろう」
その言葉と共に光の奔流が私目掛けて流れてくる。当たればきっと一思いに死ねるような綺麗で、とっても躱しやすい光だ。
足のスラスターからミラーデバイスを射出して足のコードを切断して、直ぐそこまで迫っていた流星を躱し、両腕のコードを振り回して腕を吊っていた2人を光の中に投げ込む。
この様子を見て、砲撃手は別働隊に連絡を入れようとしていたが、その前に私が近づき顔を素早く蹴りつけた。
「どうだい、仲間は生きてたか?」
答えを聞く前に腰のサブアームに奴の頭を掴ませて握り潰し、後ろに来ていた生き残り目掛けて勢いをつけて投げつけた。あっさりと避けられてしまったが、飛行速度を殺すことができ、その隙を突いて懐に飛び込み、胸に右ストレートを叩き込み沈黙させた。
エルフナインちゃんが隠れていた場所に戻ると、機能停止した兵隊が地面に転がっていた。捕まえに行ったと聞いたときに、あの子が攻撃される心配はないと睨んでいたからこうなる事は予想できたけど、こうも予想通り行くと拍子抜けしてしまう。
「エルフナインちゃん、大丈夫だった?」
「1人だけだったからどうにかなりました。尤も人工心臓は破壊したので、そこだけは部品としては使えませんが、他は良好な状態ですよ」
「活け締めをしたような物だからね。こういう時だと、その義手は本当に便利だよね。さてと……、さっさと倒した奴を掻き集めて解体しないと……」
早いところ回収しないと、敵さんに掻っ攫われてしまう恐れがある。手間は掛かるが、直す事はできるのだから。
「あの…………、お疲れでしょうから解体は僕がやります。いつもなら直ぐに片付けるクローン相手に、かなり手こずっていたようでしたし」
「いや、でも……」
「生きている相手でないのであれば、どうにかなりますから」
「そう? それじゃ、少しだけお願いしようかな……」
この後、損傷が酷くない個体をエルフナインちゃんが、酷い個体を私がそれぞれ引き受けて解体をした。使えるものが取れたのは、僅か3体分だけだったけど、正規品が手に入っただけでも大きな収穫だ。
「忘れ物無い?」
「大丈夫です。そんな物自体無いですから」
「それもそうだね。じゃあ早いところ中国まで行こうか」
サイクロン号を北東の方角に向けて走らせ、機械人形の残骸が埋められた淋しい草原を後にし、再び砂漠の中に入る。
「太陽が昇り切る前に、水のある場所に行きたいね」
「食料があるともっと有難いですね」
「同感。エルフナインちゃんが栄養失調で倒れたら私も困るからね」
この子にもしもの事があれば、この先、生き延びる事ができるかも分からなくなるし、それに話し相手もいなくなってしまう。早く食料を見つけたいけど、環境が滅茶苦茶になっている以上、それも難しいだろう。
「さっきの兵隊達が、サトウキビとかトウモロコシで出来ていたら良かったのに」
「バイオマスですね。確かにそれだと上手く工夫すれば、食料になったかもしれませんね。ただそれが出来たとしても、未来さんを食べるような気がして抵抗があります」
「そう? 私はそこまで気にしないけど。パン屋で売ってる似顔絵パンみたいな物と同じにしか見えないもん」
「あれよりもずっと生々しいです」
「鮮度はいいものね。あーあ、どこかに鮮度の良い野菜でも転がってないかなぁ」
「転がっているなら喉の渇かないものが欲しいですね」
「例えば?」
「西瓜とか……」
「あらあらそうめんから西瓜に乗り換えたの?」
「材料がありませんから」
「竹なら何とか手に入りそうだけどね。そうめんを流すのに必要な」
「流すものが無くてはどうにもなりませんよ。根元の筍を取った方が賢いです」
「それもそうか」
「筍が敵に食べられてないといいですけど」
「聖遺物が物を食べるのかな?」
かなり前にネフィリムとかいうのが、響の左腕を喰い千切った事があったけど、あの他にそんな事できるのがいるのかな。
「僕の知る限りでは、この世界にそんな物はもう無かった筈です。ネフィリムが相手側に居なければの話になりますけどね。僕はいつかの響さんのように左腕を喰いちぎられるだけで多分済むと思いますが、未来さんの場合はどうなるか……」
「胸をガブリとやられるかもしれないってことか。相手にしたくないなぁ。それにしても食事がしたい側が食べられるなんて、それこそ童話の世界みたい。さあさあお腹にお入りくださいって」
「注文の多い料理店ですか。でもあれは食べられた訳では無かったような……」
「よく知ってるね」
理工学書や医学書以外の本を読んでいる所を見た事がないから、てっきりこの手の話には疎いとばかり思っていた。
「ちょっとだけ艦内の図書室で読んだだけです」
「そういえばあの潜水艦にそんな場所あったね。行った事無いけど」
「割と色々な本が揃ってましたよ。殆ど外に出ることが無いので、とても便利でしたね」
「へぇ……」
それから丸4日掛けて、砂漠と草原を走り抜け、5日目の朝に白い門が見えてきた。やっと茶色と緑色の光景から解放される。
「赤い旗が立てられてる。中国に着いたのかな……」
マシンを走らせて、更に近づくと門には中華人民共和国と書いてある。どうやら中国との国境に辿り着いたようだ。
「エルフナインちゃん、中国に着いたよ。中央アジアを抜けられたよ」
サイドカーで寝ていたエルフナインちゃんを揺り起こしてマシンから降り、背伸びする。長時間の運転で身体が草臥れてしまっているから、この辺りで休んでおかないと次に控えている相手にやられかねない。中国を突破すれば、東シナ海を経由して日本に渡れるから強力な魔人を配備しているのは、火を見るよりも明らかだ。仮にそうで無くとも、国土の広い中国を西から東に渡らないといけないから、体力を回復させておく必要があるのは変わらない。
「その西瓜も食べておいた方が良いよ」
「じゃあ切っておきますね」
一昨日拾った西瓜を、左手の人差し指と中指の間から取り出した大振りのナイフで切り分けるエルフナインちゃん。
「切り終わりましたよ。未来さんもどうぞ」
「ありがとう」
一切れ受け取って口に運ぶ。サクッと歯切れのいい音がして、甘さが口に広がる。甘い物を食べられるのは、ここが最後かもしれないからしっかりと味わっておく。同じ赤い物でも次に口に入るのは、戦いの結果次第で鉄の味をした生温かい物になるかもしれない。
「次も甘い赤い物を囓れるようにしたいな…………。いや、しなきゃ」
しなければ、永遠に響を探し出せなくなる。そしてエルフナインちゃんの命も一気に危なくなる。それを忘れちゃいけない、いけない。
「私ってば現金だなぁ……。ちょっと余裕ができると、直ぐに強気になっちゃう」
「それで良いと思いますよ。人間ってそんなものです」
「そうかな?」
「懐が温かいと心配事も少ないでしょう。それと同じですよ」
「なるほどね。確かに今そこそこ温かいし」
「不安が少ないに越したことはないですから気にしない、気にしない。それよりも日の高いうちに今夜の寝床を探しませんか。サイドカーに座り続けていたものだから身体が痛くて痛くて」
「賛成。それじゃあ善は急げというし、早く行こうか」
「はい」
こうして私達の中央アジアの旅は終わり、現状では大陸最後の経由地である中国に入った。水も部品も有るし、数日前の砂漠と違ってほんの少しだけど余裕もある。
でもこの先、その余裕が一気に吹っ飛ぶような目に遭うとは、この時の私には知る由もなかった。
如何でしたか。
プラネテューヌからの補給線を断ち切られた為、これから先は未来とエルフナインだけで戦う事になります。
フォークランド諸島で未来が依頼した時のように、人工衛星を利用してプラネテューヌから2人を探す事は可能ですが、かなり時間がかかる上に、敵の本拠地にも近い事から何らかの対策が施されていることは確かですので、現在位置の特定はほぼ不可能と見て良いです。
窮地に追い込まれたも同然の2人ですが、追い詰められているのは敵も同じで魔人のストックは、はっきり申し上げますが、あと2体しか残っておらず、対未来用の戦力はほぼ壊滅しています。残りは何も気にしなければ一蹴できる兵隊のみですから当てになりません。故にこちらもこちらで窮地に追い込まれています。
さて次回は中国編ですが、出落ちの岩男とは比べものにならない程の強さの敵が現れます。
乞うご期待!