「夏なら嬉しいところに出たね」
「水も汚れていないようですし、涼むにはぴったりでしょうね。しかし何もしなくても涼める今来たところで……」
「そこが惜しいなぁ」
湖面をぽちゃんと魚が跳ね、水紋が広がる長閑な光景。こういうのは嫌いじゃない。水の中に何も無ければの話だが。
「ところでここが西安ってのは間違いない? どう見てもただの湖にしか見えないけど」
「地図の上ではそうなってます。道路標示もそうなってましたし」
「標示が出鱈目って可能性は?」
「それは無いです。道中でコンパスや太陽で方角を調べましたが、間違ってはいなかったと。所要時間も割り出していたものとほぼ変わらなかったので、ここが西安の可能性は高いです」
「ダムの底に沈んだ村みたいになってるわけか」
大昔の国際都市がチャーザー村みたいに扱われている。まぁ、とんでもない色の水に覆われるよりかは遥かにマシかもしれない。飲み水に使えそうなくらいに透き通っているもの。
「それにしてもこの湖、一体どこまで広がっているのかな。見たところ東の方には陸地が見えないし、しかも南も元は山だったらしい島が見えるだけ。まさかとは思うけど、大昔のオリエントやヨーロッパみたいに、中国も洪水で沈められたなんてことは……」
「過去に大洪水は起きた事があるらしいですよ」
「へぇ……、それは知らなかった。でもここまで酷くはないでしょう?」
「詳しくは知りませんが……、まず無いでしょうね。ここまでのものは何らかのカラクリがないと……」
「その
「いえ……」
右手の指をひとつずつ折り畳み、かぶりを振るエルフナインちゃん。知らないというよりかは、色々候補があるせいで正体が突き止められないようだ。
「このあたりの物ならば、共工の骨や霧露乾坤網などが思い浮かびますし、遠くのものならばポセイドンのトライデントも怪しいです」
「全部、見つかっているもの?」
「はい。これに見つかっていないものを含めれば、もう数え切れません」
となると、さっき挙がった例を大凡の正体として睨むべきか。しかしそれをどう料理すれば、こんなことを引き起こせるまでになるのか。
「他の街は水浸しになってるのかな」
「遠くの場所となればはっきりとは言えませんが、少なくとも周辺の街は水浸しになっているのだけは間違いないでしょう。あれだけの広さを持っている訳ですからね」
「東の果てや南の果てが見えないものね。西も陸地が見えないし」
鍋を火から下ろして、そこら辺の木から作った鍋敷に置き、2人で中の魚をつつく。
「食料と水が手に入り易いのは助かるけど、これから先寝る場所がない可能性があるのは辛いね」
「少なくとも東シナ海までに一度は安心して休める場所が欲しいです」
「同感。ここから日本までかなりあるしね……。うっ……」
蒸した魚を一切れ口に放り込んだ時、いやに口の中が砂利つき泥臭さが口の中に広がった。酷い味だ。下処理を失敗したらしい。
「こ、これは……」
目に涙を浮かべながらも飲み込もうとするエルフナインちゃん。流石にこんな物を無理に食べさせる訳にもいかないので吐き出させ、水で口をゆすがせた。
「ごめん。変な物食べさせちゃって……」
「いえ……。ただ今度から手の込んだ物は僕に作らせてください……」
「わかった。その方が良さそう……」
翌朝、湖の中に潜り込み、街ごと遺跡になってしまった西安を調べてみることにした。ここに原因があるのかどうかは分からないが、大昔の首都でもあるし、それにこの辺りに聖遺物関連の研究施設があったらしいから、覗くだけ覗いてみようと考えたんだ。
そこで来るまでに拾った宇宙服に身を包んだエルフナインちゃんと酸素ボンベを背負い、水の中に入った訳だけど、これが中々に大変だ。何せ行き先は数百メートルも下にあるし、人1人を連れて行かなきゃならないから手を引くのも大変だ。
「これで歌を歌わなきゃいけなかったらもっと大変な事になってた」
この上そこまでやらされた物ならもうてんてこまいだ。
そういや響達はこういう時どうしてたんだろう。私みたく都合の良い物があるわけじゃないから、やっぱりそこそこ苦労してたんだろうか。
「ギア自体が気が利くから心配いらないか。詳しくは知らないけど、海向きの変化もするらしいから」
少なくとも今の私のものよりも変化はしているだろう。足にスクリューがつくだけなんてことはないはずだ。
川底に近づくと、やけに物が少ないことに気がついた。
建物は穴が空いて崩れかけた長安城の城壁くらいしか残っておらず、他は基礎を残して無くなっていた。柱も屋根瓦もコンクリート片も残っていない。無事なのは地面にへばりついている道路くらいな物で、引っ越し前の家のようにがらんどうになっている。一体どこに片付けられてしまったのか。
しかも変化があったのは、元は地上だった場所だけじゃなかった。
「汚水の類は全て洗い流されたようですね」
「うん。しかもゴミ一つ落ちてない。飲み水にしても何の問題も無いわけだ」
元は川底だったであろう場所は、砂利と石以外何も落ちていない。人間が機械を引っ張り込む前にまで戻っている。
「この分だと、聖遺物も何処かに流されていそうだね」
「その可能性はあります。でも一先ず探してみないことには」
「確かに早計と言えば早計か」
意外な事に施設は砂に埋もれていて無事だった。だが中身まではそうもいかなかった。
「うわぁ……」
保管庫らしき場所には、何にも残っていなかった。もっと悪い事に明らかにこじ開けられた跡があるケースが何個も転がっている。
「幾つか既に持ち去られたようですね。この分だと……、ちょっと待ってください」
腕を引っ張られて足を止めると、足元に茶色い物があった。掘り起こしてみるとそれは結び目の付いた縄で、水の中に浸かっていたにも関わらず、特に腐っている様子もなかった。その証拠に引っ張っても全く千切れない。
「単なる縄じゃなさそう」
ひょっとすると、西遊記の金角が持っていた縄かもしれない。安直な発想だけど、中国と縄だとそれくらいしか思いつかない。
「仮に違ったとしても何かの役には立つだろうし、心配はいらないか……」
ともかく収穫があったのは助かった。少なくとも魔人側の戦力がいきなり増えることは防げたと言えるから。
結局施設に残っていたのは、正体の分からない縄だけだった。他は何処かへ流されたのか持ち去られたのかそれは知らないが、何も見つからなかった。
尤も縄のように起動せずにいるだけで色々あるのかもしれないが、エルフナインちゃんの活動限界時間が近づきつつあるので、ここで引き上げる事にした。
「縄は持った?」
「この通り」
「それなら……、ちょっと待った!」
川底に出ようと頭を出したとき、物凄いスピードで砂嵐がこちらに迫ってくるのが見えた。何か大きな物がこちらに近づいてきている。しかも正体こそ不明だが、聖遺物という反応が出てきた。
急いで入り口に潜り込み、エルフナインちゃんと一緒に外から死角になる場所に隠れる。それから暫くもしないうちに、大量の土砂とともに透明な薄い物が何枚か入り込んできた。
「魚の鱗?」
指で触った感触はそれに近いが、それにしては大きすぎるし、何より魚のそれよりも少し滑らかだ。
「これなんだろう?」
「魚でも蛇でも無いと思います。もっと大きなものかと……」
「だよね。大きな鱗を持っていて、しかも水の中にいる物といえば……」
「十中八九未来さんの予想通りだと思いま……」
エルフナインちゃんの言葉が終わる前に、突然天井が突き破られ、黒い龍がこちらに突っ込んできた。
「ごげッ」
咄嗟に突き飛ばしたからエルフナインちゃんは無事で済んだが、私は酸素ボンベごと壁に叩きつけられた。刺さったボンベの破片とひしゃげた機械が食い込み合い、声を出せないほど痛い。しかも押され続けているから傷はますます酷くなっていく。
急いで腕輪を起動させて目玉に剣を突き刺して拘束から逃れ、伏せていたエルフナインちゃんを引っ張り陸を目指す。だがさっきのダメージと人1人連れて移動しているせいで全力を出せない。
おまけに相手は龍。水の中を早く動けるのは、どう考えてもあっちの方だ。
「う……わ…………」
まだ水面まで距離はあるのに、もう追いついてきた。牽制のために銀玉をばら撒こうにも目が霞んでコントロールが取れそうにない。
「し……か…………ない」
エルフナインちゃんを体の前に引き寄せてから、龍目掛けて砲撃を叩き込む準備をする。無論、チャージする時間なんてないから流星の8割ぐらいの威力しか出せないが、この際構やしない。
追っかけてきた龍に向かって光線をぶっ放す。
するとこちらの狙い通りに爆発が起こり、私を水の外まで吹き飛ばした。勿論、エルフナインちゃんもだ。
気を利かせてスラスターに変わった脚部で逆噴射をして着陸し、抱え込んでいたこの子を降ろしてからうつ伏せに地面に倒れ込む。水蒸気爆発なんか起こしたからやっぱりタダじゃ済まなかったらしい。痛む範囲が広がっている上に、ギアも解除されてしまった。
「ああ、これは酷い……!」
早くも宇宙服を脱ぎ捨てたエルフナインちゃんが、私の身体の応急処置を始めていた。
「大丈夫……?」
「未来さんに庇っていただいたおかげでなんとか。左手が少し壊れてしまいましたが、これくらいなら大したことありません」
「良かった……。いづッ!」
やり方がやり方だから不安だったが、どうにか五体満足で連れ帰ることができたようだ。
「僕の事を大事にしていただいているのは有り難いのですが、ご自身の事ももう少し大事にしてもらえるともっと有り難いです」
「一応、大事にしているつもり……」
「危うく大
なるほど、そうなったら確かに大惨事だ。
「ごめん。ちょっと考え無しに動き過ぎた」
「いえ、今回は他にどうしようもなかったですし……」
エルフナインちゃんは両手を振って、気にしなくていいというジェスチャーをしているが、流石にやり過ぎたってのが分かる。
そういえばこの世界を発つ時に響と「無茶をしない」って約束していたっけ。もうかれこれ数え切れないほど、それを破っている訳だし、「無茶を控えて」なんてもう2度と口に出せそうにないや。だって……。
「エルフナインちゃん、応急処置は済んだ?」
「いや、まだです。半分も済んでません」
「そう、まぁいいや。ちょっと縄抱えて下がっててよ」
「戦う気ですか?! 無茶ですよ!」
「しょうがないじゃない。あれを見なよ」
さっきの黒い龍が水飛沫を上げて姿を現し、双眼で此方を睨め付けている。どう見ても何もしてこないようには見えない。
「見逃してくれると思う?」
近くにあった木の枝を杖代わりにして立ち上がり、迎撃の為に再度ギアを装着する。
「せめてもう少しだけでも……」
「修理時間なら稼げそうにない」
地面から少し身体を浮かせ、散弾銃を構えるようにアームドギアを抱える。ダメージの影響で体が軋んで目も霞むが、我慢して龍の顎門を外さないように狙う。
「エルフナインちゃん、下がってなさいな」
その言葉が終わるか終わらないうちに、龍は私目掛けて突進してきた。
即座に砲撃を加えてのけ反らせ、右下に回り込んで両腕のワイヤーを角に引っ掛け、一気に真横にある地面へと引っ張る。
だが大してダメージを負っていない龍と私とでは、かけられる力には天と地ほどの差があるのは火を見るよりも明らかで、逆に振り回された挙句、ワイヤーを解くのが遅れて山の斜面に叩き付けられた。草がクッションになってくれたが、それでもきつい。足が壊れてしまっている。
そんな私を龍は尾で叩きのめし、高度を取ってトドメにのしかかろうと飛び込んできた。
「こなくそ!」
苦し紛れに龍が持っている宝珠目掛けて、取り出したアームドギアを投げつけた。すると割れこそしなかったものの、鈍い音を立ててヒビが入った。
それを聞いて龍が動きを止めた。どうも壊されるとまずい物らしく、表情が少し強張っている。
しめたと思い追撃を加えようとすると、慌てた様子で湖の方角へ飛び去ってしまった。
「助かった……?」
スクラップ同然の状態で地面に寝転がる。これで当分の間は大丈夫だろう。
「未来さん!」
安心していると、青い顔をしたエルフナインちゃんがこちらに駆け寄ってきた。今日で2度目の光景だ。
「生きていますか?!」
「ご覧の通り……」
どうも側から見るとそのくらい酷い状態らしい。現にこの子の色の失いようと言ったらただ事じゃないもの。
どうやら人に言われないと、自分の体の状態すら把握できなくなっているようだ。
「そのうち生えてくるから……、慌てなくても」
「そのうちが来る前に寿命が来ます!」
胸の中の人工心臓を弄りながら答えるエルフナインちゃん。心臓が止まりかけたのかな。それとも原子炉がイカれた?
「心臓が酷く損傷してます。配線がぐちゃぐちゃになっていて、一部は千切れてます。生きているのが不思議なくらいです」
「あら……」
「何とか直る範囲だからよかったものの……」
死にかけていたことも気づかなかった。この有様を見て慌てない人間がいるはずもない。
「心配掛けたね……」
「ええ。でもありがとうございました。未来さんが上手く立ち回ってくださったおかげで安全な場所に逃げ込む事ができました」
「そう? なら良かった」
「たださっきも言ったように、もう少し自分を大事にしてください。サイクロンを操縦して脱出することも出来たんですから」
言われてみればそうだ。サイクロンの足なら建物のある場所まで逃げる事ができないわけでもなかった。
「どうも追い払う事に躍起になり過ぎてたね」
「それで命を落とせば何にもならないです。響さんを探す事もままならなくなります」
「痛いところを突くね」
響のことを出されると、死にかけの状態で無茶をしにくくなってしまう。魔人を追い払うのもそうだけど、消息の分からない響を見つけるのも大事なことだからだ。
「今度から死にそうな時は無理しないことも頭に入れておくよ」
「お願いします」
守れるかどうか怪しいところだけど、約束はしておこう。少なくともそれが頭の中にあるだけで、今までよりはブレーキがかかり易くはなるはずだから。
如何でしたか。
久々に書き上げた物で、以前ほどのクオリティには及ばなかったかもしれませんが、楽しんでいただけたなら幸いです。
私事により定期的にお話を書く事が難しい為、今後もこのような不定期での更新になりますが、何卒よろしくお願いいたします。