「つまりあれの正体は水の神様?」
「はい。洪水を引き起こす事で有名です」
私達を襲った龍は、前にも名前が出てきた共工だった。
エルフナインちゃん曰く、数千年も前に昔に中国で大暴れした水神で、不周山という山を崩して空を傾けたのだとか。通りで突進した時に身体がああも壊れた訳だ。
ただこの共工は、別に不死身とか特定の方法を用いないと倒せないとか、そんな面倒な相手ではないらしい。実際、何度も暴れてはその度に倒されていたそうだ。
「どうも宝珠が弱点らしいから今度はそこを重点的につくことにするよ」
「宝珠を傷つけられて撤退したのですよね。一つ確認したいのですが、龍本体に何か変化はありましたか?」
「見るからに狼狽してはいたね」
「そういう事ではなく、弱ったり強くなったりといった身体的な変化があったかどうかを教えてください」
龍本体のダメージのことか。そういえばあの龍、慌ててはいたけどそれ以外は特に何ともない様子だった。
「そういえば、逃げ出した時のスピードと私を振り回した時のスピードは、大して変わってなかった」
「だとすれば宝珠を壊しただけでは、共工は倒せない可能性があります。ただ他の弱点が現状では分からない以上、まずは宝珠を狙うのがいいでしょう。しかし」
「しかし?」
「今回のように宝珠を壊される度に逃げられたのでは、話が進まなくなるかもしれません」
「ああ。それはありうる」
確かに一時凌ぎが何度も続くだけでどうにもならない。それに生かしておいて、後々他の魔人に加勢されても困る。倒すのは必須条件だ。
「西洋のお話に出てくるドラゴンなら何処そこに弱点があるって話は聞くけど、龍は聞いたことが無いから分かんないよ。せめて捕まえるなりなんなりしないと」
「それでしたらこの縄は有効だと思います」
その言葉とともに差し出されたのは、湖底に落ちていた縄だった。普通の縄には見えないけど、龍を縛り上げるには小さ過ぎる。
「水蒸気爆発で、保管してある聖遺物の記録の一部が浮き上がったんです。それに照らしたところ、これは縛竜索というものらしいです」
「名前の通りの効果があるの?」
「はい。しかも龍以外の物が相手でも効果はあるそうです」
「便利だね」
私が考えていたものとは違うが、効果は似たり寄ったりのようだ。早速、今度使ってみる事にしよう。
その夜、山の頂上で寝ていると北の麓からガサガサと妙な音が聞こえた。
鹿でもいるのかと思い、寝惚け眼で様子を見に行くと草木が揺れる音とともに重たい物を引き摺る音が聞こえた。熊が得物を捕まえてこっちに来ているのかもしれない。
「どうしたんですか」
「動物でもいるんじゃない?」
寝惚け眼でこちらに来たエルフナインちゃんと一緒に音のする方をじっと見る。
熊だったら久々にお肉が手に入ると思い、腰掛けにしていた岩を抱えて投げ飛ばせるように準備をして待ち構えていると、メキメキと木の幹が折れる音がここから100メートルほど先から聞こえてきた。硬いものを齧る音までする。
「熊じゃないね。木をへし折って食べてるみたい」
「そもそも動物じゃないと思います。言うまでもないですが、人間でもないでしょうね。木に何かを叩きつける音も引き切る音もしていなかったですし」
「確かに絞めあげるような音だったね。これは逃げた方が良い?」
「傷は大丈夫ですか?」
「塞がってる」
「なら暫く様子を見る事にしましょう。逃げるのはそれからでも遅くないかと」
この意見に同意して、音の正体を確かめる事になった。でも逃げた方がずっと良かったとは、この時の私には知る由もなかった。
音が30メートル近くにまで来たところで、岩を思い切り投げつけた。
「ぎゃっ!」
「いっ?!」
明らかに人の悲鳴が聴こえたので血の気が引いた。隣に腰掛けているエルフナインちゃんも同様だ。昨日調べた時、この辺りに生きた人間がいなかったが、もしかすると見落としていたのかもしれない。
「ち、ちょっと行ってくる!」
ぶつけた相手の様子を見に茂みに入ると、血がついた岩の横に細長い物が倒れていた。体にしては細すぎるし、まず四肢がない。あるのは鱗だ。
それだけならまだ良かったが、決定的におかしかったのがその生き物の頭だった。人間の物に似ているんだけど、それがいっぱい一つの首から花束の花みたく生えている。
「あっ……、あっ……」
怪我させた相手が人間じゃなかったから安心したが、それ以上に目の前の怪物の不気味さに思わず後ずさる。しかも此方に気づいて、鼻が曲がるほどに臭い血を垂らしながらじーっと9つの頭についた目で睨みつけてくるのだから堪らない。
「ぎゃぁぁぁぁあ!!!」
悲鳴を聞きつけて茂みに駆け込むと、未来さんが蛇の怪物と戦っていました。9つの頭と辺りを漂うなんとも言いがたい臭いから考えるに、正体は共工の部下の相柳のようです。部下まで復活させられていたとは思いもしなかったです。
ただ見たところ、相柳はそこまで強くはないようです。シェム・ハの腕輪を使っていない未来さんに押されています。体のあちらこちらが穴だらけ血だらけでされるがままに……、されるがまま?
「いけない! 未来さん、下がって!」
「どうしたのさ?!」
「そのままでは毒で手が腐ります!」
僕の言葉を聞いて未来さんは直ぐに相柳から離れました。手は血で汚れていますが、炎症などは幸いな事に起こしていないようです。
「あれ、毒蛇?」
「ええ、かなり強力な毒を持ってます」
「知ってたなら早く教えて!」
僕に文句を言いながらもミラーデバイスを3枚射出し、飛びかかってきた相柳に牽制攻撃を加えながらサイクロンを呼び寄せる未来さん。こういう事は他の装者の方に引けを取らないくらい手慣れています。
「暫くそれに乗っていて!」
僕を乗せたサイクロンを遠隔操作しながら未来さんは水辺を目指しています。毒を早く洗い流したい為か、心なしか運転が乱暴です。
ですがメチャクチャな走り方をしている影響で、相柳は追いつけずにいるようですし、普通に逃げるよりも不思議と安心できます。
山に何も起こらなければの話ですが。
あと少しで湖というところでサイクロンが大きく揺れ出し、エルフナインちゃんが放り出された。
慌てて降下して私がクッションになり事なきを得たが、左腕を擦りむいて毒が入り込んでしまった。この分だと腕も遅かれ早かれダメになると見越した方がいい。
「ちょっと勿体ないが……」
ミラーデバイスを追加で取り出し、丸鋸代わりに使って左腕の前腕を切除する。一先ずこれで安心だ。
「それにしても今度は何が……?」
エルフナインちゃんが口を開く前にその答えがやってきた。山が地響きを立てて揺れ出したんだ。
「こんな時に地震まで……!」
しかも土砂崩れを起こし、湖へと地面が崩落し始めたのだからたまらない。それに毒がついている手では、エルフナインちゃんを庇うこともままならない。
さあ、どうしよう。
「エルフナインちゃん、こうなったら腹を括って!」
結局、私が取った手段は水の中に飛び込む事だった。幸いと言っていいのか分からないが、水位が増しているから飛び込んでも問題は無いだろう。この子も飛び込んでからそのまま泳ぐことぐらいできるし、心配はない。
「未来さんこそその体で大丈夫ですか?!」
「なんとかなる! それッ!」
さっきの毒蛇が迫ってきたので、急いで湖へと飛び込む。エルフナインちゃんも問題なく水の中へと避難し、岸から少し離れた所まで泳ぎ着いた。
「一先ず手の汚れは何とか……」
安心している余裕は無かった。共工が水の中から襲いかかってきたからだ。おそらく山を崩したのもこいつの仕業だろう。
「少しは休ませろッ!!」
腕輪を起動させ、放物線を描くようにして空中へと一旦逃げつつ、水面ギリギリで砲撃を顔面に喰らわせてのけ反らせる。こいつはどうやら体当たりくらいしか攻撃手段がないらしく、こちらへと突っ込んでくるから反撃はしやすい。だがその反面、とんでもないタフさを持っている。その証拠に砲撃を真正面から喰らったのに、大して堪えている様子がない。殆ど溜めていない抜き打ち同然の威力だったからかもしれないが、それでも暁光並みの威力はある。それを受けてもピンピンしてる。
「ワンパターンでも結構キツイな……、これ」
このままだとキリが無い。あれを使ってみるか。
共工を可能な限り空中に誘導し、サブアームに持たせておいた縛竜索を右手に持ち替えて投げつけるタイミングを見る。左腕を生やすことも勿論怠らない。
空中へと移してからは、今度は山へと近づける。水中だと向こうの土俵だし、空中だと機動力で向こうに負ける。しかし山の中なら向こうにそこまでアドバンテージはない。崩したところで何か起きる訳でも無いからだ。
「あの毒に浸ればもっといいのだけれど」
そう独り言ち、山の上空まで来たところで体を捻り、目の前にいる龍目掛けて思い切り縛竜索を投げつける。すると共工をすっかり囲んでしまうほどの長さに広がり、その体に絡み付こうとした。どうやら伊達に龍を縛る縄を名乗っている訳では無かったようだ。
「これなら……、えっ?!」
だが共工は全く慌てず、なんと右手の宝珠を突き出してメジャーのように縛竜索を巻き取ってしまった。捕まえるまでの効果はまさか無い?!
「ぐぐっ……」
しかし縛竜索の効果自体は本物だった。宝珠から投げ返されたそれが、私を縛り上げた事が何よりもそれを証明している。
もがけばもがくほど締め付けが強くなるし、噛み切ろうとしてもそれは同じ。出力を上げられないように口にも縄をかけられているし、これじゃ手の出しようが無い。
折詰弁当のようにからげられた挙句、地表目掛けて投げつけられた。そしてそこには……、さっきの毒蛇が作った毒沼がある。今も口から毒を撒き散らしているから間違いない。
毒沼に頭から落ち、更に蛇がのしかかった事で全身が毒に漬け込まれた。肌と目から何かが剥がれて、喉と鼻の穴と耳の孔が削れていく感触がする。なんとも気持ちが悪い。
更に胴体を締め付けられ、フレームが軋み出す。ニシキヘビみたいにこのまま飲み込むようなことはしないだろうが、このままだと噛みつかれることはありうる。しかし下手にもがこう物なら縛竜索に締め付けられて余計に面倒な事になる。藪の中にいた蛇の頭を割ったせいで薮蛇か。つまんないの。
下らない洒落が考えつくほどに頭が回り出したが、知恵は相変わらず出ない。難しいことを考えようにも、体と同じくその辺の機能がボケている……。ああ、そうか。
右腕の前腕を相柳の胴体に突き出し、横凪に斬り払う。さらに傷口目掛けて銀玉を撃ち込み、一気に身体を銀に変えた。
それと同時にベキャッと鈍い音が体からした。顔のところもおかしな感覚がする。これはフレームがイカれたか。まぁ、いい。体が壊れようがどうなろうが、今の私にとっては大した問題じゃない。
腕輪からぶっ放した光線を推進力にして身体を浮き上がらせ、その隙に銀玉を投げ込んで池を銀に作り替える。土よりも硬い場所に叩きつけられることになるだろうが、毒沼よりかはマシだ。
ひんやりした銀の池に体が叩きつけられる。運の良い事に大して壊れていない。
早いところ口の中の毒を吐き出したいが、足がもつれて立てない。いや、そもそも足を縛り上げられているからまともに歩けない。
困り果てていると背中に四角い物を貼り付けられ、縛竜索が解けた。
誰が解いてくれたのか見ようとした時、体に水をかけられ、口の中に更に注ぎ込まれた。
「ぐぇッ、ぺっぺっ……!」
「声は出せそうですか?」
「ど……、にか……」
エルフナインちゃんの質問に掠れた声でかろうじて答える。毒でスピーカーの音質が悪くなっているのか、随分と声が低くなっている。男装すればそこそこ誤魔化しが効きそうな声だ。
「皮膚のほとんどが爛れている上に、一部は骨組みが丸見えになっていますね。しかも背骨と腕の骨が完全に折れてしまっている……」
「ひっ……どい……ね。なお……る……かな?」
「やるだけやってはみますが、サイクロンに積んでいた資材が無事でなければ、応急処置くらいしか……」
「お……ね……がい。うごかせ……たら……大……じょう……ぶ」
皮膚が溶けたところは、全部エルフナインちゃんお手製の強化ガラスを貼り付けて人工皮膚の代わりにした。中の機械が一部剥き出しになり、模型のスケルトンモデルのような見た目になったが、動かす分には問題ない。
「思ったよりも馴染んでるよ。ありがと、エルフナインちゃん」
「どういたしまして」
「髪の毛についた毒や穴という穴に入った毒も洗い流せたし、今のところ言うことなしだね。ただ……」
撫で付けた髪は紫色に変色し、声も前よりずっと低くなった。おまけに身体はあちこちがガラス張りで、顔つきも随分とマズイものになってしまった。
「ここまで変わってしまうと、響に気づいてもらえるか怪しいな……」
「他の方ならともかく、響さんでしたら心配ないと思いますよ。それよりも未来さん」
「何?」
「何をされても痛くないって本当ですか?」
「うん。全然」
昨日心臓が潰れた時からだが、神経が死んだのか何の痛みも感じなくなった。常識外れの攻撃を仕掛けてくる連中を迎え撃つのには良いかもしれないが、これはこれで困った事がある。
「これじゃあ自分が死にかけてるかどうかも分かりそうにないや。どうしよう?」
響とは違って、体からのサインを受け取ることはできない。昨日の約束を守ろうにも守れなくなってしまった。
「どうにか痛覚を復活させられないかな?」
「それは専門家に診てもらうしか……」
「いっそ身体へのダメージもないように出来たら良いのに。白乾児みたいに」
魔法の薬で不死身になった魔術師みたいになれたらまず壊れる心配がないからいいのだけれど、そんな都合の良いことができるはずはない。
「エルフナインちゃん、ちょっとの間でいいからさ、私を不死身にすることってできない?」
「出来るなら最初からしています」
「うん……。そうだろうね……。じゃあこの馬鹿になった身体で死にかけない程度に戦わなきゃいけないのか……。難しいなぁ……」
「話題を変えましょう。先程の戦いでは縛竜索が通用しなかったようですし、他の攻略方法を考えることにしませんか」
「ああ、それが先決だ。そっちを先に考えようか」
煮詰まったところで話題が切り替わった。だがこちらはこちらで簡単に答えが出る問題ではない。
「あの宝珠に縄が吸い取られて、そっくりそのまま投げ返されたんだ。だからあれをなんとかしないと、折角の縛竜索も何の役にも立たない」
「ですが宝珠を壊されると、共工は直ぐに逃げ出してしまう……」
「しかも追いかけても間に合いそうなスピードじゃないでしょ。おまけにかなりタフだから後ろから砲撃してもそう簡単には倒せないだろうし」
「どうしても共工を何とか足止めする必要があると……」
「それか一寸法師みたいに身体の中に飛び込んで中から破壊するかだ。でもさ、どこを潰せば良いか分からないのが難点だし、手こずっている間に連中の本拠地にでも移動されようものなら、仮に倒せても……」
「龍の皮に包まれて蒸し焼きにされるのがオチと……。すごく不味そうですね。ホムンクルスとサイボーグの蒸し焼きなんて……」
「人喰い族が逃げ出すレベルで食べられる箇所がないものね。私たち、材料が材料だから……」
はてさてどうしようか。龍を何処かに串刺しに出来たら便利だけど、残念ながら杭になる物も代わりになる物も持ってない。翼さんの天ノ逆鱗がここでは適役なのだけれど、その翼さんはもういない。
「土砂崩れを起こして生き埋めにするとか出来ればいいけど、あの龍にとっては山を崩すなんて訳ない事でしょ?」
「ええ、それに関してはその通りです」
「土砂を銀に変えて押さえつけてみるってのはどうかな?」
「重さは申し分ないですが、硬さが足りないかと……。それに沼の液体と山一つでは変質させるスピードもまた違うと思います」
「変わる間に逃げられちゃうってことね……」
どうも良い案が出ない。良さそうな物も穴があって現実味がない。どうしたものかな。
共工というのもこうしてみるとかなり厄介です。この龍はどうすれば倒せるのか、私の知る限りでははっきりしていませんからね。ですから的確な手段なんて出せる訳がないんです。
はてさてどうやってこの暴れ龍を倒すのか。
多忙により、中々小説を仕上げる事ができず、次回もいつになるのかが分かりませんが、またご覧になっていただければ幸いです。