しかしそのままで済むわけがありません。
鉄格子付きのトラックに乗せられ、峠道を移動している。このままチリに出て、太平洋経由で日本に連れ帰るつもりらしい。
逃げ出そうにも、枷で体を固定されていて、周りを参謀と私のコピーが陣取ってしっかり見張っているからとてもじゃないけど無理だ。それに手足の怪我が酷くて碌に動くこともできないし、そもそも逃げ出したらもっと恐ろしい目に遭わされそうだから逃げる気も起きない。
いっそのこと舌を噛み切ろうかとも考えたけど、あれはただ痛いだけで直ぐに死ぬ事はないらしいからやめた。
そういえばエルフナインちゃんは無事に逃げられたのだろうか。サイクロンは街に引き返すように操作したから、上手くいけばボートに乗って島へと逃げ込めるはずだ。それにイストワールさんには、いざという時のあの子の回収も頼んでいる。
私はもう駄目だけど、せめてあの子だけは生き延びていてほしい。この世界の最後の生き残りとして。
峠の下りに入った所でおかしなことになった。急にトラックが滑り出したんだ。
「参謀、スリップです! ブレーキが効きません!」
「何だと! この道は冬でも問題なく利用できる筈だ。なのに何故……」
「参謀! もうダメです、飛び降りてください!」
その言葉を聞いた参謀と偽物は、トラックの荷台から飛び降りた。私を残して。
勿論、体を碌に動かせない私は逃げ出せるはずがない。そのままトラックとともに、谷底に真っ逆さまに落ちていった。
「うわぁぁぁあ!」
気がつくと鬱蒼とした森の中に放り出されていた。周りに連中はいない。助かったのか?
「いたた……」
辛うじて治っていた左腕にアームドギアを握らせ、杖代わりにして体を起こす。鉄板はまだ体に固定されているから、亀のようにしか動けそうにない。
「はぁ……、はぁ……」
どこでもいいから逃げないと。こんな所見つかったら、参謀どころか偽物にもやられる。それにやけに寒い。さっきまで暑いところにいたから余計に寒さが肌に突き刺さる。ギアには断熱機能があるとか言ってたけど、まるで意味がない。
「風邪ひいちゃう……」
ここの天気はどうなっているんだ。
「さ、寒い……。凍え死んじゃうよ……」
傷が治りきってなくて、体力も消耗している状態では、寒さの中を碌に動ける筈がなかった。
だんだんと意識が遠のいていく。折角助かったのに、こんなどこだかわからない所で死ぬなんて……。
ああ、お父さんとお母さんがおいでおいでしているのが見えてきた……。どう考えても行っちゃダメなんだけど、もういいかな……。もしかしたら響も向こうにいるのかもしれないし……。
「おい! いたぞ!」
「参謀の間抜けめ……、賞金首をこんな所に捨てていくとは」
なんだかガヤガヤ音がし出した。参謀という言葉からして、多分、ダーク・エンジェルスの関係者だ。参った。逃げようがない。
「こうもあっさりと捕まえられるとは、少々拍子抜けしましたな。師団長殿」
「なぁに。参謀の奴が下拵えをしていたからな。造作もないことさ……」
翼さんのような水色のカラーリングの偽物と水色の鎧みたいなものを着た鳥人が話をしている。話の内容からして、トラックをスリップさせた犯人はこいつらしい。怪人同士で内輪揉めを起こしているのか?
「さぁ、引き揚げるぞ!」
「ら、乱暴にしないでください……」
鉄板から引き剥がされて、森の外まで引きずり出され、待っていた輸送機に荒々しく放り込まれた。魔人の強さを思い知り、弱気な言葉しか口から出てこなくなってしまった。
「大人しくしていれば何もしないよ。情け無いね、私達のオリジナルは」
監視役の偽物から嘲笑されても、何も言い返せなかった。それでも悔しさから睨み付けたけど、それが癪に触ったらしく、動けない私を踏みつけてきた。
「あんまり生意気な態度取ると、ここで凍らせるよ」
「ひっ……、ごめんなさいごめんなさい。もうしませんから勘弁してください」
「そうそう、それでいいの」
治りきっていない両足で、這い蹲って土下座して機嫌をとった。こんな偽物なんか傷さえ治れば倒せる。そう思って、ここはじっと我慢した。
輸送機が空に飛び立ち、飛行場の上を旋回して西へと進路を取った時だった。
左の翼から鈍い音がした。
見張り役が窓の外を見ると丸い穴が空いていたらしい。それも何か大きな球でぶち抜いたようなものが。おまけにそこから燃えていて、もう飛べそうにない状態だったそうだ。
そんな状況だから輸送機は直ぐに降下を始めて、さっきまでいた飛行場に着陸した。するとそこにはあの参謀とその兵隊が待ち構えていたんだ。
「参謀、一体どういうつもりだ!」
「どういうつもりだとは、盗人猛々しい奴だ。峠に罠を仕掛けて、俺の手柄を横取りしておいて、よくそんな口がきけるな」
外で師団長と参謀のいがみ合いが見える。どうもこの組織、結束力は皆無らしい。私の首の取り合いで足を引っ張り合っているもの。
しばらくすると言い争いが酷くなって、とうとう決闘沙汰になり、お互いに武器を取り出して戦い出した。私の偽物もお互いに攻撃を始めて、支離滅裂な状況になってしまった。
でも私にとってはまたとないチャンスだ。足も手もどうにか動かせるほどには治ったから、拘束具を引きちぎり、こっそりと逃げ出す機会を伺った。
すると兵隊の1人が発射したビームが輸送機の方に飛んできた。それを見て、私は反対側のハッチに取り付いた。
ビームが当たったのを確認して、ハッチをこじ開けて脱出する。そのまま爆発する輸送機とは、水平に脇目も振らず全速力で飛んで逃げる。
一息ついて振り向いた時には、もう誰も追ってきてはいなかった。
「た、助かった……」
近くにあった材木小屋に1日身を隠して、怪我を完全に治し、逃したエルフナインちゃんを探す事にした。
「不味いな……。チリに入ってしまっているから、アルゼンチンにまた戻らないと……」
神獣鏡のバイザーで現在地を探るとチリの辺りに反応があった。エルフナインちゃんは、捕まってさえいなければアルゼンチンか島のどちらかにいるから、そこまで戻らないといけない。
「早く見つけないと。魔人対策も考えないといけないし」
神獣鏡が何の役にも立たない以上、そこはどうにかしないと。
港の近くのつぶれたスーパーでエルフナインちゃんを見つけた。どうやら捕まえられずに済んだようだ。この子は賞金首にされていないようだから狙われていないのかも。
「神獣鏡の聖遺物分解能力が効かなかったんですか?」
「うん。どの攻撃も全く効果が無くて、歯が立たなかったんだ。それで捕まっちゃって……」
神獣鏡が使えないというのが分かるとエルフナインちゃんの顔も曇った。
「神獣鏡を使えないようでは打つ手が……。しかも効果が無さそうな魔人は1人ではないとなると……」
「他に倒す方法を考えないといけないけど、聖遺物を壊す方法なんて思いつかないし……」
頭をひねってみたけど、聖遺物のことなんか殆ど分からないからどうしようもない。
「ああ、もう。水をかけて消えてくれたら助かるのに……」
火の魔人ならそれで消えたらいいのに。でもあの氷の鳥人とやり合ってもビクともしなかったし。
「ブリーシンガメンはあくまでも炎を操る首飾りですから、火が消えても元の木阿弥……。いえ、そんなことはないかも……」
「どうしたの。まさか本当に水をかけるの?」
「そんなことしませんよ。ダメで元々ですけど、首飾りは黄金でできていますから……」
「本当に効果があるのかな」
「やるだけやってみましょう」
2人で夜の化学工場に忍び込み、お目当てのものを探す。
「えっと、この辺りに薬品の保管庫があるようですね。未来さんは向こうの棚を探してきてください」
「分かった……」
貰ったメモに書いてある薬品を探す。目立たないように、懐中電灯じゃなくてペンライトで探しているから探しにくい。表記に英語も入っているから、まだましだけど。
「学校の準備室にすらロクに入ったことがないから、こういうのは大変だよ……」
ラベルに描かれた髑髏マークが笑いかける中、やっとお目当ての薬品をみつけた。
「濃塩酸……。これだ」
瓶を30本拾ってきた籠に入れ、エルフナインちゃんの所へ持っていく。
「これだけ集めたよ」
「お疲れ様です。僕も必要な物は見つけたので、ここからは引き揚げましょう」
コソコソとリュックサックにガラス瓶を詰めこんで、その場を後にする。
「急ぎましょう。ブリーシンガメンが僕達の居場所を突き止めるのも時間の問題でしょうから」
「ブリーシンガメン……」
あいつが襲ってくる事を考えて、急に身体が震え出した。ダメだ、私。完全に怖がってしまっている。
「未来さん……? どうしたんですか……」
「ごめんね……、エルフナインちゃん。みっともないところ見せて……。死にかけた事なんて何度もあるのに、本当にどうしようもないことなんて一度もなかったから……。そこまで私を追い込んだ彼奴が怖いの……。だからぁ……」
ポケットに突っ込んでいたスキットルを取り出し、エルフナインちゃんが止めるのを聞かずに、中身のキツイウィスキーを一気に飲み干す。
「こういうの飲まなきゃ……やってられないのぉ……。ごめんねぇ……、装者が私だけしか居ないのに……、居ないのに……、このざまでさぁ……。居なくなったみんなと違って……、一度やられたくらいでぇ……、びびっちゃう弱虫でぇ……、ごめんなさい……」
情けなさから涙が出る。スキットルを投げ捨てて、泣きながら頭を下げて謝る。何で私なんかを神様という奴は生き残らせたのか。ずっと強い翼さんとかクリスとかを海の藻屑にしちゃってさぁ。アルコールで怖いのを紛らわそうとしている弱虫なんかよりずっと勇気があるのに。
「わたしがぁ……、たたかわないといけないのにぃ…………、こわくって……、しかたないのぉ……」
唯一の戦力である私が怖がってたら駄目なのに、涙と震えが止まらない。
「未来さん……、怖いと思うのは仕方ないです。だって全く歯が立たなかった相手とまた戦えという話になるんですから。しかも対策もあてになるか分からない代物です……。ですが……」
エルフナインちゃんが頭を撫でてくれた。
「今度は僕も一緒に居ますから。失敗しても未来さん1人だけにはしません」
「本当?」
でもエルフナインちゃんもどうなるかわからないのに。
「こんなに震えている未来さんを1人にしておくのは、不安ですから」
「エルフナインちゃん……、ごめんね……。それとありがとう……」
一晩かけて、あちこちの工場や学校からお目当ての薬品を掻き集めて、町の中央にある学校のプールにじゃんじゃん注いだ。
貴金属店から失敬した金をプールに投げ込み、液体の出来具合を見る。すると問題なく溶けていった。成功だ。
「王水瓶も出来上がりました。持っていてください」
「ありがとう。あとはあいつが来るのを待つだけか……」
王水がなみなみとはいったビール瓶を抱えて、フェンス越しにプールの外を見る。そろそろ参謀か師団長のどちらかがここを嗅ぎつけてもおかしくない。
「エルフナインちゃん。渡した銃の使い方は覚えておいてくれた?」
「はい」
魔人や兵隊相手じゃ気休めにしかならないけど、ないよりはマシだろうからPPKを渡しておいた。丸腰で放り出すわけにはいかないから。
「可愛がってあげてね、オンボロだけど……」
朝日が昇る時に周りの温度が上がりだした。この様子だと、嗅ぎつけたのは参謀だ。
「こんな所に隠れていたか!」
相変わらずのハリのある声とともに、鉄球でフェンスを叩き壊して参謀がプールによじ登ってきた。
それを見て、私は抱えていたビール瓶を参謀の身体目掛けて投げつけた。
「せいっ」
瓶は左肩にぶつかり割れた。中の王水がかかって、左肩と頰から煙が上がっているのが見えた。
「ぐわッ……」
プールからずり落ちる音が聞こえた。追い打ちをかけようとプールサイドから下を覗くと鎖が飛び込んできて、私の首に巻きつき下へと引きずり落とした。
そのまま下で待ち構えていた参謀の角の上に落っこち、お腹を刺し貫かれた。
「ごぶっ」
流石に耐えきれず血を吐き、腕をだらりと垂らした。おまけにお腹からジュウジュウ肉の焦げる匂いがする。堪らない。しかしこちらも負けじと参謀の背中に瓶を叩きつける。
「ヴッ」
背中に王水を浴びて堪らず前のめりに倒れた参謀。その勢いで私は角から解放されて、鉄球の近くに転がった。
鉄球を急いで掴み、参謀の背中に叩きつけて、階段を登りプールの上に逃げ込む。
奴もすぐに起き上がり、プールサイドに駆け上がってきて、私を後ろから体当たりをしてひっくり返す。
倒れたところで肘打ちをくらい、胴体に更にダメージを入れられる。のしかかられているから抜け出せない。
参謀の腕が首に伸びて、思い切り締め上げてきた。
「ヴァァッ!」
「今度は生け捕りにするつもりはない」
不味い。今度ばかりは本当に殺される。飛蝗になっても抜け出せそうにない……。
あと少しで首からポキッという音がたちそうになった。その時だった。
後ろの水道の陰から瓶が飛んできて、参謀の頭にぶつかった。こちらにも多少はかかったけど、問題ない。
王水で参謀の頭は半分溶けてしまい、左肩へのダメージも更に酷くなった。そのせいで力が抜けてしまい、私を締め付ける力も弱くなった。
その隙をついて、参謀の拘束から抜け出して、瓶の置き場所へ逃げる。
そこから3本持ち出したところで、後ろから鉄球が飛んできた。
とっさに飛び退いて躱したところで、中の瓶が全て叩き割られた。もうこれで頼みの綱はプールだけになった。
参謀の方を見ると半分だけの頭でこっちを見ている。流石は魔人。頭の半分がなくても死んだりしないようだ。
向こうはもう得物がない。残っている武器は、あの右腕と足だけ。左腕は溶け落ちたみたいでもうない。
しかしこっちも楽観視できない。体へのダメージは向こうよりも入っているから。
「ごうなったら……、ぎげん……だけど……」
右腕のアームカノンをいつでも使えるように展開しておく。勿論、あいつにぶち込むつもりなんかない。
プールサイドを移動して、あいつの胴体に摑みかかる。
押し合いへし合いしている時に、コードに巻きつけた瓶を奴の目にぶち当てて、目を完全に見えなくする。此方のほっぺたにもかかったけど、あとで傷は塞がるから放っておく。
動きが止まったところで大外刈りをかけて転ばせ、両足を掴んでプールに放り込もうとした。でもまだこの瀕死の屑鉄は、足を振り回して抵抗してくる。
「いいがげん……、あぎらめろ……!」
残しておいた二本の瓶を頭に叩きつけて溶けかけのアイスクリームみたいな状態にして、足をかけて引き倒し、右腕で小脇に抱える。火傷に響くけど、この際だ。
「おっごぢろ……」
王水のプールに入れようとしたところで、まだ生きていた右手で私の右腕を掴み、道連れにしようとしてきた。でもそれくらい見越せない程、私も考えなしじゃない。
「ば……が……」
アームカノンを撃って、右腕を壊して空へと逃げた。
参謀はそのまま王水に落っこち、二度と上がってこなかった。
「おわっだ……、じぬがどおもっだ……」
「エルフナインぢゃん、あのどぎはありがどう……」
「なんてことないです。それよりも未来さん、お疲れ様でした」
あの後、エルフナインちゃんに連れられて、学校の保健室らしき場所で治療してもらった。ほぼ全身を火傷していたから少し危なかったらしい。
幸いプラネテューヌからの物資で薬はあったから、それを塗りつけてどうにかなった。後はナノマシンが体を治すのを待つだけだ。
「それにしても、魔人というのはあれほどの力を発揮するのですね。以前に比べてずっと強くなった未来さんが、これほどの怪我をしてやっと倒せたのですから」
「だおぜたの……、わだじのおがげじゃないよ……」
「えっ」
「エルフナインぢゃんがいだ。だがらだおぜたの……」
そもそも今回の作戦を考えたのだってエルフナインちゃんだ。ブリーシンガメンが元々、黄金の首飾りという事を知っていたから、ダメ元とはいえ王水を使った作戦を考え出してくれたんだ。
この子が居なかったら、今頃私は死んでいたに違いない。
「ありがどね……、ごれがらもごんなごどばがりだど思うげど……、よろじぐね……」
「こちらこそ……」
何とかエルフナインの助力で、参謀を倒せた未来。しかし魔人はまだまだいます。しかも現状では、未来1人で倒せない怪物だらけ。唯一の救いは、敵が一枚岩でないことだけ。不利な状況なのは変わりません。
次回は今回でてきた狡い彼奴が2人を襲います。
乞うご期待!