カリブ海のど真ん中で、私達は遭難していた。運のないことに、ハリケーンにぶつかっちゃったんだ。お陰で乗っているボートは転覆寸前。しかもエンジンがこわれて航行不能ときたものだから、近くの陸地に急がせる事も出来ない。絶体絶命だ。
「ボートの縁から手を離さないで! うわぁっ!」
高波に揺られて落ちそうになったエルフナインちゃんの腕を掴んで引っ張り戻す。このままだと、遅かれ早かれ2人とも魚の餌になるのがオチだ。
ヒップホルスターからP38を取り出して、サイクロンを固定していた鎖を撃ってこれを壊す。
そして自動操縦で海に飛び込ませてから、私は神獣鏡を装着してエルフナインちゃんを抱えて空へと浮き上がった。
「空に上がっても状況は同じか……」
適当な陸地を探さないといけないけど、雨と風が強くてまともに飛ぶのもキツい。そもそも視界が悪くなるからバイザーが使えず、自分達がどっちに飛んでいるのかもわからない。おまけに風の強さもどんどん酷くなり、スラスターが押し負けるようになった。
それでも無理やり飛んでいたけど、とうとう勢いに負けてしまい、2人して大荒れの海に落ちてしまった。
「未来さん、未来さん! 起きてください!」
「う……、あれ。ここはどこ?」
エルフナインちゃんに揺さぶられて目を覚ますと、何処かの砂浜に打ち上げられていた。見た目からして海水浴場らしいけど、何処なのか分からない。
「助かったのは良いけど……」
体を起こそうとしたら、頭の上に重いものが落ちてきた。頭を摩りながら顔を上げると、茶色い物が転がっていた。
「いったぁ……! 今度は何?」
「椰子の実です。未来さんの頭にぶつかって、真っ二つに割れました」
椰子の実があるってことは、何処か暑い所なんだろうけど、それだけじゃどこだか分からない。
「中米かカリブの島の何処かだと思いますが、ここだと正確な場所まではわかりませんね……」
「サイクロンはないから遠くに移動できないけど、この辺りを一回りしてみようか」
「はい。でもその前にこれをお腹に入れさせてください」
そう言いながら、ヤシの実を流れ着いた木切を使って食べ始めたエルフナインちゃん。
それを見て私も近くの椰子の木を蹴飛ばして、落ちてきたものに木の枝を使って穴を開けて、水分補給をした。
「あの、未来さん。ギアを使って飛べば簡単に採れたのでは……」
「疲れちゃったの。それに雨の中を飛ぶのは、もう勘弁……」
風こそ収まっているけど、雨はまだ勢いよく降っている。雨宿りできる場所を探さないと。
砂浜から奥に進むとコテージやホテルがあった。どうもリゾート地らしい。とはいえ人の気配がないから淋しい。それにこれまで見てきた街に比べて、どういうわけか損壊は少ない。私とエルフナインちゃんを始末してから、ここをリゾートとしてあの連中は再利用するつもりだったのだろうか。魔人がこんなところで遊んでるなんて想像できないけど。
「聖遺物に遊びなんて概念があるのかな……」
「あったら興味深いですね。研究材料にはもってこいです」
「そうかもね」
そんなことを話しながら、街に入る。見たところ歓楽街らしいが、ここも人っ子一人いない。まるで終末もののお話みたいだ。
「ここに来るまで人の姿を全然見かけていませんね。盛り場のようですけど、シーンと静まり返っていて気味が悪いです」
「本当だね。ゴーストタウンって言葉の通り、幽霊が出そう……」
探検と考えると面白いかもしれないけど、店の照明や信号機の一部が点いたままというのは、かえって怖くなる。それで誰かいるのか覗いてみれば、赤黒いものが床についていたりするのだから、余計に怖い。仏さんが転がってないだけマシかもしれないが、これでも中々肝が冷える。
「肝試ししに来たんじゃないのに……」
「前に司令とみたホラー映画を思い出しそうです……」
「そんな物、思い出さないで!」
暗くなる前にここが何処だか調べたい。あんまり気持ちの良い場所じゃないから。胸の中に魔除けのできる鏡があるとはいえね。
無人の売店のレジからお金を取り出す。無論、持ち出すつもりはない。ゴーストタウンでは、そんな物なんの役にも立たない。
お金なら、発行している国の名前くらい書いてあると思って調べてみたんだ。これが米ドルやイギリスポンドだったらややこしい事になるけど、幸いな事にレジから出てきたのは別のお金だった。
「Bank of Jamaica って書いてあるね。ということは、ここジャマイカだ」
良いところに流れ着けた。美味しいブルーマウンテンが手に入る。あれ高いから親父さんも中々買わなかったんだよね。
「嵐が過ぎたら、ブルーマウンテン仕入れに行かない?」
こんな時に浮かれてしまうのは良くないかもしれないけど、これくらい良いよね。食料も何もかも海の底に沈んでしまったから。
「近くで調達できるなら構いませんよ……。僕も眠気覚ましにコーヒーは欲しいですから」
「まさかブルーマウンテン山脈があんなに遠いなんて……」
ここがどこだか調べたところ、西部のネグリルという町だったんだ。そして肝心のブルーマウンテンを手に入れるには、島の反対側まで行かないといけなかった。神獣鏡で行っても、エルフナインちゃんを抱えていかないといけないから時間がかかる。諦めるしかなかった。
「あぁ、残念……」
「まあまあ。コーヒーくらい、隣にあるキューバでも手に入りますよ。それよりもこれからの予定を考えましょう。さっきの書店で手に入れた地図もありますし」
「うん。カリブ海は予定に無かったからね。ここからアメリカまで行くのは簡単?」
地図をめくって調べていたエルフナインちゃんが、私の質問にこくんと頷いて答えた。
「はい。キューバへ渡れば、アメリカはもう目と鼻の先です。フロリダ海峡を渡って、キーウェストに辿り着けば、後は陸路でフロリダ半島に渡れます。ただ難点が一つありまして、そこから日本に向かうまでに、聖遺物の研究施設が一箇所しかないんですよ」
「ないの?」
「アメリカ大陸を北上して、ベーリング海峡とカムチャッカ半島を経由して千島列島を渡れば、根室に辿り着けます。この間にある研究所は、テネシー州にあるオーク・リッジ国立研究所だけなんです」
エルフナインちゃんの指の動きを辿ると確かにそこだけにしか研究所はない。でもマリアさん達は、もっと西の方にいたって聞いたけど。
「マリアさん達のいたところは?」
「ロスアラモスなら今年の1月に閉鎖されて、発破解体されました。施設の規模が大き過ぎたらしく、費用削減の為にオーク・リッジに移転したんです」
「そうなんだ……。これだと研究所が壊されていたら厄介な事になるよ」
パワーアップに繋がりそうな聖遺物なり何なり手に入れないと、この先どうしようもなくなる。特訓でどうにかなる相手ではないし、そもそも攻撃の性質を変えない限り話にならない。
「まさか映画館探してアクション映画を見たところで、あいつらに勝てる術なんか見つかるわけないし……」
「かなり遠回りになりますが、ヨーロッパ経由で日本に向かうのはどうですか?」
「ヨーロッパ?」
「はい。ヨーロッパならアイルランドのキラシャンドラやドイツのドレスデンに研究機関がありますから、もしオーク・リッジが駄目でも何とかなるかもしれません。キャロルのダウルダブラも、元はキラシャンドラで保管されていた物でしたから……」
「なるほどね。でもアメリカからヨーロッパに渡るのって、私達の動かせるような小型のボートじゃ無理だから、適当な船と船乗りさんが見つけられたらの話だね」
チャールズ・リンドバーグよろしく大西洋横断飛行をする事も出来なくはないけど、あまり現実的ではない。サイクロンや荷物を持って飛ぶ事なんてできないし、何よりエルフナインちゃんの体が持たない。長時間ぶっ続けで空を飛んでいたら、この子がまいってしまうのは目に見えている。どうしよう。
「今は海が鎮まるのを待ってから、まずはキューバを目指しましょう。後のことは、それからでも遅くはありません。それにアメリカで掘り出し物が手に入れば、そのまま北上すれば良いのですし」
「そうだね。悩んでても仕方ないか。それよりも今夜の寝床なんとかしないと……。波に揉まれて疲れちゃったよ」
「幸いリゾート地ですから、それに関しては心配無さそうですね」
「これから先の事も、何の心配もなければいいのに」
特に襲われた形跡のない海岸沿いホテルの一室で、濡れた服を脱いで、2人でベッドの上に倒れた。あのまま着続けていたら、間違いなく風邪をひいてしまうからね。
濡れたものを干してから、2人で抱き合って毛布に包まっていた。これ自体に意味があるかどうかはともかく、私の体温でエルフナインちゃんをあっためるくらいの効果はあったようだ。唇の色に赤みが戻ってきている。
「未来さんの体温が思ったよりも高くて助かります……」
「熱くない?」
「大丈夫です。人肌よりもずっと暖かいです」
窓ガラスがガタガタと揺れ出した。さっきまで雨だけだったのに、どうやら風まで吹いてきたらしい。
「また嵐か……。いつまで続くかな……」
「分かりません。今の季節は、ハリケーンが起こりやすいですから」
「こんなことなら無理してでも、直接パナマに行けば良かったかも。いやでもそれなら研究所まで行くのが、大変になるからそれはそれでダメだ……。それにパナマにはパナマ運河があるし……、橋を落とされてたらどうしようもないや……」
「どのみち嵐にぶつかっていたかもしれません。それならまだ雨風を凌げるここの方がまだマシです」
雨足が強まり、風の勢いも増してきた。部屋の窓ガラスは大丈夫だろうか。ホテル用だからちょっとやそっとのことじゃ、壊れないと思うけど心配にはなる。
夜中に物音がして目が覚めた。ドアをトントントンと叩く音だ。
「ったく……、こんな時間に誰? ルームサービスなんか頼んでないのに……、えっ?」
寝惚け眼を擦りながら半身を起こした時に、妙な事に気がついた。このホテルには、私達が来た時は既に無人だった。つまりホテルのボーイなんかいるはずもない。
サーっと血の気が引いて、隣で寝ているエルフナインちゃんを揺り起こした。
「み、未来さん……、一体どうしたんですか……」
その言葉が終わらないうちに、またドアノックが聞こえた。それを聞いたエルフナインちゃんの顔も青くなった。
「今の何ですか……」
「分かんない……」
意を決してギアを装着し、ドアノブに手をかける。バイザーには、聖遺物とのみ表示が出ている。どんな聖遺物なのかはわからないが、どうやら私とは別のベクトルにいる元人間だった方々ではないらしい。
「魔人かもしれない。こっちに来て」
「は、はい」
ベッドのシーツを身体に巻き付けさせ、寝る前にメンテナンスしておいたPPKをエルフナインちゃんに持たせておき、外からは死角になる場所に立たせる。
「いくよ……、せぇのっ!」
ドアを思い切り開け放つとバシャっと身体に何かかけられ、思わず尻餅をついた。
「うわっ! な、なに……? 臭い……」
かけられた物を指で掬ってみると、生臭くてベタベタした赤い物だった。舐めてみると鉄の味がする。血だ。
犯人を見届けようと顔を上げると、右眼だけが入った髑髏と両手の骨をくっつけた盤が宙にふわふわと浮いていた。今度は何の魔人だ?!
「カカカカカ……。今日の所はこれで勘弁してやるさ……」
そういって髑髏は、私の顔に盥を投げつけてきた。
横に転がってこれを避けて、アームドギアから1発髑髏目掛けて発射する。躱されてもめげずに攻撃するが、小さくてすばしっこいから当たらない。
「勘弁してやるというに……」
その声とともに真横からヒュンと何かが飛んでくるのが聞こえた。しかし咄嗟の事だったから反応が遅れて、左目にモロに当たってしまった。
「ぎゃあッ!」
堪らず左目を押さえて、仰向けに倒れる。よくしなる棒で引っ叩かれたみたいだ。
「次に会った時は、残った右目をもらおうか。クカカカ……」
そう言いながら、髑髏は両手を連れて部屋から出て行った。でも痛くて追いかけることができなかった。
「何なのよ……、もう…………」
「未来さん、大丈夫ですか?!」
死角から飛び出してきたエルフナインちゃんに抱え起こされた。
「大丈夫じゃなさそう……。左目でエルフナインちゃんが見えないから……」
どうやら潰されてしまったらしい。外傷による物だから多分大丈夫だと思うのだけど、参ったな。片目じゃ戦うのが大変だ。
「電気屋から持ってきた方が良かったんじゃないの?」
「いえ、軍用スコープの方が耐久性は良いと思いますから」
近くにある国防軍基地の倉庫から持ち出した狙撃銃のスコープをテーブルの上に並べて、2人で品定めをしている。別に人を撃つわけでも、バードウォッチングに行くわけでもない。新しい左目の材料を選ぶためだ。
「義眼の材料を決められるなんて贅沢な話なんだろうけど、どれもこれも良く見えそうで迷うよ」
「あまり壊れやすい物には、手を出さないでくださいね」
「分かってるよ。こっちも何度も壊されたんじゃ堪らないからね。ショッカーもどうせなら目も肌くらい硬くしてくれてもよかったのに」
「まさかナノマシンが壊れるとは思いませんでした」
「私もだよ」
目玉が摘出され、空っぽになった左目を押さえながらそう返した。
「しかもプラネテューヌの生産工場と倉庫が大火事で全焼だなんて、本当にツキがないや。エルフナインちゃんがいなかったら、どうにもならなかったよ」
「ありがとうございます……」
「どうですか?」
「うん。よく見えてるよ」
左目に嵌め込んだ義眼は、ビデオカメラみたいに任意の倍率に映像を調節できる優れ物だった。流石、技師をしているだけのことはある。
「バイザーなしでの狙撃もできるね。有り合わせの物でここまでの物ができるとは思わなかった」
これならアームドギアじゃなくて、ライフルで狙撃するのも簡単になる。
「不具合があった時のために、ストックは用意してあるので、必要な時はいつでも言ってください」
「ありがと。さてと持ち物も乾いたし、物資もある程度は届いた。それに武器も……」
銃砲店の奥から引っ張り出してきたモーゼルM98ライフルを両手に持つ。この他にも色々あったけど、この子が一番肌に馴染んでいる。
「使い方知ってるんですか?」
「うん。ドイツ製の銃なら粗方使ったことあるから。今度撃ち方教えてあげるね」
「ありがとうございます。それと……、すみません。戦闘では殆どお役に立てなくて……」
「いやいや、全然そんな事ないよ。アルゼンチンでは、エルフナインちゃんがいなかったら絶対に死んでいたし、それに今はこうして義眼を用意してくれた。十分役に立ってる」
「そうでしょうか……?」
「そうだよ。だから自信を持って。さてと……、お日様が出てきたからそろそろお暇しようか。サイクロンも追いついてきたことだし」
「はい!」
こうして私達の短いリゾート暮らしは終わりを告げた。けりがついたら、今度は響も入れて3人で行きたいな。勿論、今回のような嵐の中のおっかなびっくりの旅行じゃなくて、のんびりとしたリゾート旅行として。
如何でしたか。
直接アメリカに行かせてもいいかと思ったのですが、それではあまりにも楽しみがないことですから、急遽予定を変更してリゾート地のジャマイカに辿り着いてもらいました。あそこならアメリカにも近いですからね。