陽だまりシリーズ:小日向未来<帰還>   作:ヨザリイコイ

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今回からヨーロッパ編です。


chapter9. デュラハン

 まだ日本なら残暑が厳しい頃である夏から秋に差し掛かる時期でも、北極圏は寒かった。バルベルデも寒かったけど、やっぱり本物の北極圏の寒さは身に染みた。

 おまけに兵隊の群れが、どの海峡にも待ち構えているから一々相手をしなくちゃいけなかった。でもこれは大した問題じゃない。この時に体の調子がおかしくなっていることが分かったんだ。

 具体的には、戦っている最中に体の動きが急に止まってしまうこと、それと物の動きがゆっくりと見えるようになったことの2つ。どちらも兵隊を蹴散らしている時に起きた症状で、原因は不明。

 私の攻撃のスピードも急激に上がっているから、戦闘では別段問題ないんだけど、いったいどうしたんだろう。

 

 

 

 

 アイスランドの温泉地ヘトルロイグで、私とエルフナインちゃんは冷え切った身体を温めていた。1ヶ月近くかけて北極圏を通過してきたから、お湯があるのは本当にありがたい。

「やっとこさヨーロッパに入れたね。明日か明後日には、いよいよアイルランド入りかな?」

「そうですね。海が荒れてさえいなければ、スコットランドに順調に辿り着けると思います。遅くとも明後日には、アイルランドに入れると思いますよ」

「それは良かった……。それにしてもスコットランドか……」

 スコットランドと聞いて、3年前のことを思い出す。

「あれは辛いし、怖いし、痛かったなぁ……」

「どうしたんですか?」

「いえね、前に政治家の手伝いをロンドンでした事があるって話したでしょ。その時にね、貧困層向けの物資の横取りをする連中がいてさ、そいつらを突き止めたのは良いんだけど、返り討ちにあって捕まって、スコットランドの元強制労働キャンプに連れ込まれてしまったんだ」

「そういえば、前にそういう場所に閉じ込められたことがあるって話してましたね。それでどうなったんですか」

「酷いもんだったよ。神獣鏡について聞き出そうと、死なない程度に電気を流されたり、ろくに食べさせもしないで20時間も野良仕事を休み無しで1人でやらされたり、サンドバッグがわりにされたりと、散々な目に遭ってね。最後は収容所を燃やして、何とか逃げ出せたんだよ」

「それは……、何といっていいのか……」

「でもシンフォギアのことをバラしたところで、1950年代の技術力しかないあの連中に分かるはずがないんだよね」

 そう言って瓶に入ったジュースを一口飲む。

「脳味噌がセメントで出来てるような人達だったもの」

「そうですか……。ならこのジュースを飲ませた方が良いかもしれませんね」

 エルフナインちゃんも一口ぐびっとジュースを飲む。

「確かに……、硬い脳味噌を溶かすのには、うってつけなのかも知れないね……」

 脳味噌をグズグズにされた私達が言うのだから間違いない。

 

 

 

 

 テントの前で焚き火を囲み、また2人でジュースを飲む。桃とさくらんぼを混ぜたような味で、ずっと飲んでいたいくらい甘くて美味しい。

「もうやめられそうにないね……。解毒剤なんか無いし、飲み続けないと私達死んじゃうらしいし……」

 ここまで来る途中にあった全てのドクトルの基地の中を探し回ったのだけど、見つかった解毒剤のレシピは殆ど偽物で、飲まないと死んでしまうレベルにまで依存を酷くしただけだった。プリンス・エドワード島で本物は見つかったんだけど、調合にはドクトルの体内にある毒素が必要で、作る事なんて最初から無理だった。

 結果として、2人揃って重度のジュース依存症患者になってしまっただけだった。

「薬物依存等と違って、治療などすれば希望がまだ見えるわけでもないですからね……。でも止められるとしても、僕にはその自信がないです……。今だって、溺れるくらいこれを飲みたくて……」

「私も……、本当はそうしたい……」

 禁断症状を抑えるのに必要な量だけ飲むということにして、1日につき1リットルまでにしているけど、全然足りない。一気に20リットルぐらい飲みたい。飲みたい、飲みたい、飲みたい、飲みたい。起きている間は、他のことしていないと、それだけしか考えられなくなってしまう。

「全部片付いたら、半永久的にジュースを作り続けて、どんどん口に流し込んでくれる装置でも作ってみようかとも思ってます……。アトランタのアジトでは、身動きの取れない状態でタンクから絶え間なく注ぎ込まれてましたから……。そのくらいしないと、もう満足できそうにないです……」

「ああ……、それ魅力的……。想像しただけで気持ち良さそうだと思うもん……。出来たら私にも使わせて……」

「いいですよ……。2人で溺れましょう……」

 結局、私達2人はもう深みに嵌って、堕ちるところまで堕ちるしかないみたい。でもそれならそれで良いと思えてしまう。だってどうすることもできないんだもの。

「もう寝ようか……。起きていたら飲みたくなるから」

「そうしましょう」

 焚き火に水を掛けて消し、テントの中に引き揚げて毛布を被る。

「私が寝ている間にこっそり飲まないでね」

「未来さんこそ。おやすみなさい」

「おやすみ」

 

 

 

 

 

 朝の5時に目を覚まして、出発の準備をする。天気は晴れ。大西洋は平穏無事。

「ようやくチェーンが外せるね」

 タイヤから外したチェーンをサイドカーに仕舞い込み、テントをリュックサックの上に巻き付ける。

「エルフナインちゃん、スキットルにジュースは入れ終わった?」

「はい。今日1日分のは、用意できました」

 手渡されたスキットル5個のうち、1個を飲み干して空にする。もう食事の代わりになってしまった。

「一先ずは、首都のレイキャヴィクを目指せばいいのかな?」

「はい、そこから大西洋に入って、後はスコットランドまでひたすら走らせてください。天候がこのままなら半日くらいで辿り着ける筈ですから、多少寄り道しても問題はないと思います。本命のアイルランドには、明日到着予定と考えておいてください」

「わかった。早速行こうか」

 こうして私達は、状況打開に繋がりそうな聖遺物を探しに南へ向かうのだった。

 

 

 

 

「機雷は設置されていませんね」

「見たいだね。それが怖いからサイクロンで来たけど、ボートでも大丈夫そう」

 浮遊機雷を警戒して、ボートは避け、サイドカーに沿岸警備隊の武器庫から失敬したMG3を取り付けたんだけど、その機雷も敵襲もなかった。

「浜辺で待ち構えているのでしょうか?」

「かもね。上陸した途端に一斉掃射とか」

「身震いしますね」

 そう言いつつ、エルフナインちゃんはサイドカー内蔵の無線機を弄っていた。フォークランド諸島を出た時から生存者がいないか探す為にしているのだけれど、未だに誰とも通信が取れずにいる。

「どうだろう? ヨーロッパには、誰か生きていそう?」

「駄目ですね……、何の反応も……」

 そこから言葉が続いていない。

 どうしたのか気になり横を見ると、注意深くダイヤルを回しているのが見えた。

「どうしたの?」

「話しかけないでください。今、この辺りでヒットが……。繋がった!」

「生きている人が居たの?」

「はい!」

 エルフナインちゃんが笑顔でそう返した。生き残りは、私達2人だけじゃなかったんだ。

「相手の位置は特定できそう?」

「はい。北アイルランドのロンドンデリー周辺です」

「キラシャンドラは近い?」

「サイクロンで1時間くらいの距離ですね」

「そこそこ近いね。分かった。それでこれからどうしようか。直接アイルランド島まで行く?」

 もしかすると生存者の人が魔人に見つかるかもしれないし、なるべく早く会った方が良い気がする。

「そうですね。2時間長く海の上にいることになりますが、生存者の方と合流できるならすべきかと思います。グレート・ブリテン島は別に無視しても差し支え有りませんから」

 

 

 

 

 月が空に昇る頃、城壁が聳え立つ港町に辿り着いた。

「ここが、ロンドンデリー?」

 バイザーだとこの辺りって指してるけど、月明かりしか照明がないからよく分からない。アイルランドは、一度も行った事がないものだから。

「間違い無いです。あの城壁は、昔見たことがありますからよく覚えてます」

「ここに来たことがあるの?」

「はい。ずっと昔ですけど、一時期住んでいました。ただ実際に住んでいたのは、キャロルなんですけどね」

 エルフナインちゃんから意外な言葉が出た。あの子、ここに住んでいたらしい。南フランスのトゥーロン出身とはこの子から聞いていたけど、それ以外のプロフィールは分からずじまいだったから。

 ともかくエルフナインちゃんが、この辺りに詳しいのは間違いない。案内役がいてくれるのはありがたい話だ。

「ここの地理に詳しい人が居て助かったよ」

「もう当てになりませんよ。250年も前の話ですから」

「あらら」

 それじゃ、確かに無理だ。江戸時代の地図で東京観光するようなものだもの。

 

 

 

 

 市内の建物には、目立った損傷は無かった。ここは戦場にならなかったのか? でも屍肉の臭いがするから、どうも引っかかるんだよね。今まで通って来た所は、大体ドンパチ騒ぎにあったのが分かる状態だったもの。世界一平和な国として知られているアイスランドですら、首都のレイキャヴィクは荒れ果てていたし。

「かと言って、住民がそのまま生活している訳でもない……」

 何があったの、ここ。後ろと上から私達をつけている奴に、聞いたら教えてくれるかな。

「エルフナインちゃん、気付いてる?」

「はい。何人来てますか」

「私の勘だと、10人はいる」

「逃げ切れそうですか」

「わかんない。やるだけやってみるけど……」

 私の言葉を聞いて、金物屋から持ち出した斧を取り出すエルフナインちゃん。私は私でアームドギアを取り出して、襲撃に備えておく。

「斧なんて使ったことあるの?」

「シャトー建設の際に何度か……。でも武器として使うのは、これで初めてです」

 

 

 

 

 

 会話を終えてから1分もしないうちに、敵さんが襲いかかってきた。

 3人ばかりが真上から飛び込んできたのを、サイクロンを左にドリフトさせて躱し、閃光を落ちてきた連中に浴びせる。

 しかしこれまでの連中と違って、閃光が当たる寸前で飛び退り、建物の壁を蹴ってこちらに飛びかかってきた。

 乱戦になるとアームドギアが邪魔になるから、サイクロンから飛び降りつつこれを1人に投擲し、腰にぶら下げていたワルサーP38を引き抜いて、効くかどうかわからないけど、残り2人にぶっ放す。

 すると意外や意外。2人とも左胸を撃ち抜かれてひっくり返った。

「へっ? 嘘でしょ?」

 9ミリルガー弾喰らったくらいでやられるなんて……。私なら当たったら痛いくらいで済むのに。この子達はそうじゃないの? 

「うわっ……、このっ!」

 でも考えている暇は無かった。エルフナインちゃんが、新手の兵隊相手に苦戦していたから。

 斧を受け止められて放り投げられたこの子を受け止め、地面に着地する寸前でワルサーを撃って、敵の額に風穴を開ける。相手にバイザーが付いていないから助かった。

「大丈夫だった?」

「おかげさまで。まだ安心はできないようですけど」

「まぁ、1分あれば片付くさ」

 取り返した斧をエルフナインちゃんに渡して、私は蝗の様に四方八方から飛びかかって来る兵隊に立ち向かった。

 

 

 

 飛びかかってきた兵隊は、さっきアームドギアを足にぶつけたやつも含めて7人。まぁ、そこそこの数。武器は、マリアさんが使っているようなダガーと右腕についている機関銃。さっき戦った連中のことを考えると、こいつら機動力重視でかなり脆い。

「ゆっくり見られるから敵のことを探りやすいや」

 ダガーを使って切りかかってきた1人を左手で殴り倒して獲物を奪い、左から来たやつの右腕に突き立てる。

 そいつを蹴り飛ばして後続の2人を躓かせ、右斜め後ろと前から襲いかかってきた奴に対抗しようとした時だった。

 ガクンと身体から力が抜ける感覚がして、体の動きが止まってしまった。不具合だ。

 向こうもその事に気がつき、私の喉を掻っ捌こうとダガー片手に目の前のやつが飛びかかってきた。

 でも一足早く再起動が完了し、目の前の奴に右腕でアッパーカットを叩き込み、後ろから機関銃を発射しようとしていた奴には、後ろ蹴りを見舞って沈黙させた。

「一丁あがり」

 

 

 

 

「お疲れ様でした」

「怪我はない?」

「大丈夫です。やはり攻撃の速さが上がっていると、それなど時間はかからずに済みますね」

「うん。でも体が一々止まるのは、なんとかしたいよ」

 話をしている時だった。目の前の建物から3人の新手が飛び出してきた。

「しつこいなー」

 相手にしようとすると、別の方角からワルサーよりも大きな銃声が3回して、兵隊が全員倒された。

「誰?」

「お邪魔だったかい」

 聞き覚えのある声がして、声がした方を見ると此処にいないはずの人がいた。

「ハンナさん……」

 オセアニアでお世話になったハンナさんが、拳銃片手に立っていた。どうしてここに? 

 

 

 

 

「暫く見ないうちに随分変わったじゃないか」

「は、ハンナさん……。どうして……」

「あー……、半年前にミクが入った地下道に潜り込んでな、それでここに来たんだよ……」

 その言葉が終わらないうちに、ハンナさんに飛びついてしまった。

「ち、ちょっとミク。苦しいって……」

「し、知ってる人がいて良かった……、良かった……」

 そのまま堰を切ったように涙が出てきた。エルフナインちゃんと2人だけで、ずっと行動していて心細かったからかな。

「その分だと、ここまで来るのに相当苦労してたみたいだねぇ」

「うん……。あのね、あのね……」

 勢いに任せて、今までの事をぶち撒けようとしたら、手で制された。エルフナインちゃんを置いてけぼりにしているって。

 

 

 

 

「今の住処だ。狭い所だけど、ゆっくりしていってよ」

 あの後、ハンナさんのアパートに連れてきてもらった。

 当然のことながら、ロンドンのアパートよりもずっと綺麗な部屋で、家具も多い。戸棚には、エルフナインちゃんと交信した時に使ったらしい無線機も置いてあった。

「前は、ここから南にあるキャバンの鞄工場の寮に住んでたんだけど、近くの施設に怪物が出た事件があってさ。それ以来、ここに住んでるんだ」

「施設ってキラシャンドラにある研究所? 私達、そこに行こうと思ってるの」

「あそこならもう潰れてないよ。そうそう、そこに勤めていた友達が、ボロボロになってこれを持ってきてさ」

 そういってハンナさんが、キッチンから大きなコーヒー缶を持ってきた。

「コーヒー缶がどうしたの?」

「中身はコーヒーじゃない」

 手渡された缶を開けると、ヒビだらけの黒ずんだ腕輪が入っていた。

「これ何?」

「シェム・ハの腕輪っていうらしいんだが……、どういうものなのか、詳しくは知らないんだよ……。どういう物なのか聞き出す前に死んじゃったから。2人はどういう物か知らない?」

「私は知らないけど、エルフナインちゃんは知ってる?」

「はい。シェム・ハというのは、先史文明期の神の1人です。そのシェム・ハの右腕に填められていたのが、その腕輪です。偽の未来さんが現れた3日後に南極で見つかったのですが、無力化していることが分かって誰も引き取らず、アイルランドの研究所で引き取る事になったと聞いています」

「ってことは、こいつ自体にはもう何の力もないってこと?」

「そういう事になります」

「なぁんだ」

 エルフナインちゃんの言葉に、ガックシと肩を下ろすハンナさん。私も何とか腕輪を一発逆転の秘密兵器に使えないかと考えていたものだから、当てが外れてガッカリしていた。

「それ、良かったら2人にあげるよ。私が持ってても役に立ちそうにないから」

「あ、ありがとう……」

 

 

 

 

「何だか申し訳ないや」

「快く貸してもらえましたけど……」

 久しぶりに柔らかいベッドの上で2人寝ていた。疲れているだろうからって、貸してくれたの。でもその代わり、ハンナさんにはソファーで寝てもらっているのが申し訳ないから寝つけないんだ。

「シェム・ハの腕輪か……。何の力もないとなると……、パワーアップは厳しいかも……」

 どうしよう。これまではどうにか倒せてきたから良いけど、そろそろ厳しくなって来るだろうし。せめて互角に戦えるぐらいにはならないと。

「神の力は抜けきっていますし……。その証拠に真ん中の宝玉が壊れています」

「それさえあれば、あの時の響並の火力は得られたかもしれないんだよね……。神の力がそこらへんに転がってないかな……」

 腕輪を翳して天井を見つめる。

「神の力が、道端のゴミみたいに転がっていたら大変ですよ」

「だよねぇ……」

 これ以上、考えても無駄だから前に貰ったぬいぐるみを抱えて寝ようとした時だった。

「あっ」

 ぬいぐるみを見て、これを作ってくれたプルルートが、どうやって女神になったのかを思い出した。

「どうしたんですか?」

「神の力ではないけど、女神の力なら何とか手に入るかも……」

 ベッドから降り、廊下に出てメールでイストワールさんに連絡を入れて、プルルートに取り次いでもらうように頼んだ。

 すると10分後に通信が出来るようにしてもらえた。

「どうしたのぉ」

「いきなりで申し訳ないんだけど、女神メモリーって簡単に手に入る?」

「簡単じゃないけどぉ、手に入れる事はできるよぉ」

「無理は承知でお願いしたいんだけど、1個大至急見つけてもらって、私の世界まで送ってもらえないかな? あれがないと、私の世界が危ないんだ」

「良いよぉ」

 割とあっさり了承してくれた。流石に女神の力の源ともなると、渋られるかと思っていたから。

「この世界で使うならともかくぅ、別の世界ならそんなに問題ないからぁ。それにぃ」

「それに?」

「そっちが潰れたら、あの時の可愛いミクちゃんで遊べなくなっちゃうしぃ、ピーシェちゃんが悲しむからぁ」

「そ、そう……」

 私はすっかりおもちゃ扱いらしい。

「お昼寝の時間返上して今から探すからぁ、待っててねぇ」

「うん、ありがと。全部片付いたら遊びに行くね」

「はいはぁい。色々揃えて待ってるねぇ。もう一度、良い声で鳴かせてあげるぅ」

「お、お手柔らかに……」

 

 

 

 

「当てはつきそうかい?」

「ハンナさん……、起きてたの?」

 部屋に戻ろうとすると、ハンナさんがドアを開けて出てきた。

「エルフナインからあんたが急に外に飛び出したって聞いてさ。様子を見に来たんだ。それで首尾はどう?」

「悪くないね」

「そりゃ良かった。ところでコーヒーでもどう?」

 いつの間にやら用意されていたマグカップを受け取り、口に運ぶ。久しぶりに人が淹れたコーヒーを飲む。

「ここのコーヒーは、やっぱりあの大鋸屑とは違うね……」

 あのガソリンのような酷い味のヴィクトリー・コーヒーを思い出すと、自然とこんな言葉が出てしまう。いつも飲んでるコーヒーと同じ味なのに。

「ほんと、もうあんなのには戻れないよ。良いところだね、ここ」

「でももう何にもないよ。怪物に踏み荒らされて」

「見張りがいないだけマシさ。オセアニアじゃ、ミクがいなくなってから半年後に、また前のやり方に逆戻りしちまって、息苦しくって息苦しくって……。政治屋やるのもきつかったんだ……。だからさ、思い切ってミクが通った地下道に潜り込んだんだよ。穴を溶接して完全に塞いで、ロンドンに繋がる道をダイナマイトで崩落させてさ。あいつらが追いかけて来られないようにして、逃げ出してみたら……、向こうよりもずっと自由な暮らしが出来たもの。それにミクとも再会できてさ。物がなくても、ずっと幸せだ……」

「そっか」

 コーヒーをまた一口飲む。

「ねぇ、ハンナさん。私ね、ここに来るまでに美味しいコーヒーの淹れ方を覚えてきたんだ。今度、淹れてあげるね」

「へぇ……、そりゃ楽しみだ。生き延びることが出来たら飲ませておくれよ」

「うん。でもその為に、お客さんを片付けないとね……。ったく、呼んでもないのに」

 いやーな気配がアパートの周りから漂ってきたのを感じ取り、私はワルサーP38の安全装置を下ろしてスライドを引き、いつでも撃てるようにした。

「ハンナさん、マグナムの弾は残ってる?」

「ちょい待ち……。12発分はある。今入っているやつも含めりゃ、15発かな」

「そんなに余裕ないね。私もだけど」

 予備のマガジンも含めて、残りの弾は16発。MG3も持って入ったけど、あんな物とてもじゃないが、室内では使えない。

「籠城するのは、不利だな……」

 神獣鏡を纏いながら、私はそう呟いた。

 

 

 

 

 部屋に戻り、リビングのドアに箒を立てかけて心張り棒代わりにし、動かせる家具をその前に置いて、バリケードを作って侵入を難しくしておく。

「サイクロンは、この部屋の真下に止めてあるけど、そこまで行くのが……」

 窓の外に兵隊の群れが居るから迂闊なことはできない。

「PPKでは歯が立ちませんから、僕の場合は斧だけであそこまで行く事になります」

 でもそれだとエルフナインちゃんが危ないのは、火を見るよりも明らかな話だ。さっきそれで1人倒すのがやっとだったから。

「となると、私とミクでエルフナインを守りながら逃げるしかないか」

「うん。まぁ、その前に下ごしらえはするけど」

 そう言いながら、窓の外にいる連中を散らす為に、MG3を発射可能な状態にしておく。

「いっそのこと、ミクが前やったように屋根を突き破って逃げることが出来たら良いのに」

「そうしたいけど、空の上にも兵隊はいるだろうから無理だよ。それじゃあ、準備はいい?」

「良いよ」

 エルフナインちゃんを抱きかかえたハンナさんがうなづいたのを確認して、私は窓を開け放ち、両手で抱えた機関銃をぶっ放した。

 

 

 

 

 兵隊を機関銃で追い散らした私達は、窓からハンナさんを抱えてサイクロンに飛び乗り、東を目指して必死に走らせた。

「このまま何処へ行くつもり?!」

「特に決めてない! アイルランド島から逃げ出せたらそれでいい!」

 でも敵さんはそう簡単には逃してくれない。上からアームドギアを使って、光線を雨やアラレのように降らせてきた。ハンナさんがS&W M66で抵抗しているけど、当たらない位置に逃げられてはどうしようもない。おまけに私も運転に必死で抵抗どころではなかった。

 そして攻撃を避けているうちに、サイクロンが岩にぶつかって横転し、私達は宙に投げ出されてしまった。

 

 

 

 

 痛む身体を起こして、這いつくばりながら2人のもとへ向い、アームドギアを取り出して応戦しようとすると、敵が何故か引き上げていった。

「何しに来たんだ?」

 怪訝に思っていると、その答えが出て来た。かっぽかっぽと首の付いてない馬が引いている戦車が、目の前にやって来たんだ。

 そしてそれに乗っているのが、この前ジャマイカで私の左目を叩き潰した魔人だった。そいつがあの時みたいに盥を抱えて、戦車から降りて来たんだ。

 この前の予告通り、私の右目を潰しに来たのかと思いきや、奴は私に一瞥しただけで、ハンナさんの方を見てこういった。

「まだ死んでいなかったか……。まあ良し。今日は、小日向未来に用があるわけではないからな。用があるのは、ハンナ・オールウェイ、お前だ」

「どういう事さ?」

 魔人は何も答えず、持っていた盥の中身をハンナさんにぶっ掛けた。

「血の入った盥に首無し馬……。まさかデュラハン?!」

「デュラハンって、確か人が死ぬのを伝え……」

 エルフナインちゃんの考察通りだとすると、こいつはハンナさんを向こうに連れ去りに来た……? こいつの言動からしても、そのつもりで来たということが窺える。

「ハンナさん、逃げて!」

 私の声に、ハンナさんは逃げようとするも、何かに絡まっているようで、一歩も動けずにいる。どうしたんだ?! 

「いやはやダグザの竪琴というのも、馬鹿にならんな」

 ダグザの竪琴……、ダウルダブラか! あれの弦で身体を結え付けられてるんだ。拙い! 

 アームドギアを杖に立ち上がり、奴の前に立ち塞がる。

「大人しく退け」

「嫌だ……」

 光線を連射して奴の胴体に当てるも、例によって例の如く傷一つつきやしない。それでも構わず撃ちまくった。怯みでもしないかと思って。

 しかし痛くも痒くもない物に怯む筈もなく、手にした杖で私を簡単に突き倒し、ダウルダブラ・デュラハンはハンナさんの方に歩いていった。

 それを止めようと右足にしがみつき、私は必死になって懇願した。

「やめて! ハンナさんを殺さないで! 代わりに私はどうなったっていいから! 煮るなり焼くなり好きにしていい! だからぁ……、だからぁ……、殺さないで……。お願いだよぉ……」

 鬱陶しそうに足蹴にされても、恥も外聞も無く泣きながら命乞いを続けた。

 でも敵であるデュラハンが、私達に情け深い筈もなかった。

「終わったぞ。では今日はこれで」

 そう言って奴が姿を消した後、そこには左胸に短剣が深々と刺さったハンナさんの冷たくなった身体があった。

 テレビのスイッチが切れるような音がして、私の目の前が暗くなった。悲鳴とともに。




如何でしたか。
まさかの異次元での恩人と再会し、逆転の一手になりそうな物を彼女から得ることができた未来。しかしその人を殺され、心はズタズタ。
この状態から立ち直れるのか。
次回乞うご期待!
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