憑依妖魔学園紀(九龍妖魔学園紀✕クトゥルフ神話)   作:アズマケイ

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虚人たち6

壁の向こう側で銃声が聞こえてくる。複数人の声らしき反響音もする。H.A.N.T.による《遺跡》の解析の結果、《魔人》以外の反応として葉佩たちの反応もある。始まったのだろう、皆守と葉佩の戦いが。それに呼応するような形で、あれだけ固く閉ざされていた扉がゆっくりと開いたのだ。

 

今までの回廊とはうってかわり、まるでじめじめした洞窟を思わせる手彫りのトンネルが出現したではないか。そして先には、均一の間隔で何かの石で造られた石板めいた物体が並べられている。光源不明のあかりが揺らめいている。

 

H.A.N.T.を起動してみる。

 

《地球上の全生命が大いなる時の輪廻のに果てに、ウボ=サスラが元に帰する》

 

そう碑文には書いてあった。これはダメだ、碑文を解析するつどにこちらの精神力が削られてしまう。私はH.A.N.T.に読み込みはするが読むのはやめた。

 

「ここは......。この虫がいるってことは、この散乱する紙くずは江見睡院のメモか?」

 

「パピルスは同じだけど違うね......母さんが残したメモってところかな」

 

H.A.N.T.の解析をつげながら、私は慎重に広げてみる。足元にはおびただしい数の紙くずがあるのだ。さびた薬きょうや赤黒く汚れたなにかがあちこちにある。

 

「根源」「あの本はどこから来た?」「許されない」「会いたい」「できるはずがない」「先生」「利用できるかもしれない」「江見睡院」「許されない」「だめだ」「だめだ」「会いたい」「希望にすがってはいけないのか」「石版」「《タカミムスビ》」「思い出したくない」「私は嘘をついた」「まだ戻れる」「言えない」「許されない」「後戻りは出来ない」「空洞が埋まらない」「会いたい」「会いたい」「ごめんなさい」「許されない」「戻れない」 「ごめんなさい」「ごめんなさい」「ごめんなさい」「ごめんなさい」

 

奥の方に行くにつれて字体はめちゃくちゃになり、変色して読めなくなっていくのがわかる。

 

「......母さん」

 

「翔、これ使ったらどうだい」

 

ハンカチを夕薙から渡された。どうやら私は泣いていたようだ。ブローチに残された女の思念が私にそうさせたのかもしれない。

 

階段を下りると、そこは地下とは思えない開けた空間となっており、十数mほどの空間がそこには広がっている。

地面には奇妙な紋様が描かれ、その模様は部屋の隅に置かれた灯りの光を反射している。仄かに光を発している。

その魔術めいた魔方陣の中心には、祭壇があった。なにかが置かれている。写真だ。色あせた写真だ。

 

ガラスの巨大な容器の中に、岩礁で見た不定形の生き物らしきものが入ってゆらゆらとたゆたっている。灰色の混沌の中、無形の塊が粘液と蒸気の中で横たわっていた。内側から割たそれが祭壇に注がれた。頭も無く、器官や手足も無いその塊は、その側面からゆっくりとした波状運動によってアメーバのようなものを吐きだしていた。

 

やがて祭壇から満ち満ちた《タカミムスビ》の落とし子は、怪物へとその姿を変える。

 

遠くから見れば人間に見える。だが私たちの目にはそれが人間の稚拙な模倣をした化人にしか見えない。体のバランスはめちゃくちゃで、肩などの関節部は所々骨と筋肉が突き出て隆起している。また、顔の配置や関節の位置もでたらめで、そのピカソめいた人間有り得ざる姿に見る者は険悪感を押さえることは出来ない。

 

腹部にはいくつもの亀裂が走り、そこからはぐねぐねと蠢く臓器が曝け出されている。にも関わらず、その亀裂から何の液体も出ていない。まるで粘土細工のように《タカミムスビ》の落とし子を捏ね回して作り上げられた化人なのだと気付いてしまう。

 

「甲ちゃん、記憶が戻ってないからこの有様なのか......」

 

「これが九龍のいってた魂の霊安室か......《墓守》として差し出した魂(思い出)を《タカミムスビ》の落とし子が模倣して作ったっていう」

 

「そうだよ」

 

「なんとも趣味が悪いことだ」

 

「まったくだな」

 

「《タカミムスビ》の落とし子は、物理攻撃が一切効かないけどそれ以外ならだいたい効果がみこめるよ。なるべく近づかないように気をつけて」

 

私の言葉にジェイドと夕薙がうなずいた。その時だ。《タカミムスビ》の姿がみるみるうちに変わっていくではないか。

 

美しい女性だ。黒くつややかな髪が胸に垂らされている。少し垂れ目がちな瞳ははにかみと微かな色香を漂わせている。ほのかに開かれた赤い唇からは真珠のような歯が覗いている。その唇からは今にも言葉が溢れてきそうだ。そんな存在感を持って彼女はたっていた。

 

「僕たちはこの姿ができる過程を見せつけられたから騙されることはない。だが、戦った直後の疲弊した状態だとしたらどうだろうね」

 

「母さんもこの擬態にやられたのかな。だとしたら、父さんが庇ったとき、一体なんの擬態を......?」

 

「真実は闇の中だな、彼女がなにをもって《生徒会》に入っていたのかわからなかったんだろう?」

 

「そうだね......なにひとつ學園には残っていなかったし、実家を尋ねるわけにはいかないからね」

 

「どのみち倒さなければならないことは変わらないさ」

 

「甲ちゃんたちの決着が着く前に倒そう。その先にすすまないと、母さんたちの二の舞になってしまう」

 

私たちは戦闘態勢に入った。

 

 

 

 

 

 

内側から中身が弾け飛ぶ音がした。床や天井や壁に《タカミムスビ》の落し子がぶちまけられる。皮膚が、認識と記憶で編み込まれた籠が崩れる。その悍ましい中身があふれだす。白い肌がズルリと剥がれ落ちる。そこからこぼれ落ちたのはジクジクと震える触肢だった。女の姿は崩れ、手も足もないゼラチン質の忌まわしい塊、《タカミムスビ》の落し子がそこにいた。 落し子は身を大きく震わせると動きを止め、黒い塊となる。それもすぐにさらさらと崩れ、祭壇の中へと吸い込まれていった。

 

「なかなかの強敵だったな」

 

「やっぱり最深部に近づくにつれて擬態の精度が増してる。倒せてよかった」

 

「そうか。なら言わせてもらうがな、翔」

 

「え、なに?」

 

「俺の過去全部を知ってるっといってたにもかかわらず、あんなことを考えていた上に、黙っていたことについてだ。なんてこと考えるんだ君は?」

 

「まだそういう事態になるとは決まってないよ」

 

「そういう問題じゃない。断じてない。知ってた上でその可能性があるにも関わらず俺を連れてきたことが問題なんだ。止めてほしかったなら初めからいうべきだし、頼りたい相手にあまりにも不誠実だとは思わないのか?」

 

「私は全然考えたこと無かったからね」

 

「いつもの君が考えないとしても、狂気に侵された途端に死への恐怖なんて簡単に消し飛ぶじゃないか。自覚してないとはいわせないぞ。あまりにも分からずやだから、ジェイドはばらしたんじゃないのか?」

 

「まったくもってその通りだ。僕より聞く耳をもってくれるかと思ってね」

 

「ほらみろ」

 

「それはそうかもしれない。でも、そういった事態に陥らないよう、考えうる準備はしてきたよ。それに大和から精神力借りたいことは話してたじゃないか。騙し討ちしようと思ったわけじゃないよ」

 

「どうだかな......」

 

「大和......」

 

夕薙は煽るようにまくし立ててくる。一気に詰め寄るような勢いで言葉が飛び出してくる。そこには有無を言わさぬ勢いがある。私は重箱の隅をつつくような言い方しかできないから、息継ぎをすることもなくまくし立てる夕薙を相手にしていると、こちらが窒息するような迫力に気圧される。

 

最初は理詰めで始めていたのに、そのスタンスを保ったまま私がいざと言う時は生贄になろうとしたことに内容が移行していく。段々と生贄の彼女や父親のこと思い出してきたのか、次第に怒りがそちらにシフトしてきた。感情的になってきたのに言い返せない。

 

「君が友達でいてくれる事実がどれだけ俺に安心感をもたらしていたと思う?父をなくした俺は天涯孤独の身だ、頼れる人間がいないんだ。君は俺の事情を把握しながら友達になってくれたし、手酷い裏切りをしたにもかかわらず許してくれただろう。九龍にも感謝はしているが、君は俺と似たような理不尽な目にあっている。だから力になろうとしてきた。それを無下にされて怒らないと思われていたとしたら心外なんだが」

 

肩を掴まれて揺さぶられた。夕薙は本気で怒っている。身長や体格差のために私はちょっと恐怖を覚えるくらいには暴力的だが夕薙の気持ちを考えるとしばかれても仕方ないかなと思う。

 

「何度も俺はいったはずなんだがな......欠片も伝わってはいなかったようで残念だよ。これからはもっとわかりやすい形で君に伝えた方がいいらしいな」

 

そしてため息をつかれた。

 

「そこまでさせてごめん」

 

「本当にだ。以前の君だったら今回ひとりで潜っていただろうことは容易に想像出来るから、君なりに誠実であろうとしたことは事実なのがまた腹立つ話だよ。今回のことは九龍たちに伝えておくからな、覚悟しておけよ」

 

「うん、わかってる。それだけの事を私はしようとしたからね」

 

「ならいい。いいたいことはまだ山程あるが、喪部銛矢の件があるからな。後にしよう。怒鳴って悪かったな」

 

「ううん、そんなことないよ。ごめん」

 

「これで少しは懲りてくれるといいんだが」

 

「あはは......」

 

はあ、とため息をついた私は、目の前の壁が崩れるのをみた。どうやら皆守の《黒い砂》からでてきた化人を葉佩は倒し終えたことで回廊が繋がったらしい。

 

「ちょうどいい、九龍たちに聞いてもらおうじゃないか。なあ?」

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