憑依妖魔学園紀(九龍妖魔学園紀✕クトゥルフ神話)   作:アズマケイ

13 / 158
本編
炎の転校生1


「みんな静かに。始業式でも挨拶しましたけど、家業を継ぐために退任された萌生先生にかわり、今学期からこの學園に赴任してきました、雛川亜柚子(ひなかわあゆこ)といいます。よろしくね」

 

はい、可愛い。

 

ぱちぱちぱち、と講堂と変わらない拍手が鳴る。ほっとしたように髪をかきあげながら新しい担任の先生が笑った。

 

彼女は葉佩九龍の持ち帰った秘宝を道しるべに新たな遺跡を探索すべくエジプトに旅立った萌生先生の後任として3-Cを受け持つことになった清楚な国語教師である。誰にでも分け隔てなく親身になって接するため生徒たちからは慕われるが、學園の現状に異を唱えていることから教師たちには煙たがられることになる。

 

ちなみに雛川先生にあるプレゼントをするとお礼に手作りのオレンジスコーンを貰える。だが、ここで無邪気に喜ぶプレイヤーはまだ知らなかった。彼女は加入条件が厳しく、フラグ立てに失敗した場合、仲間の証であるプリクラの代わりにくれるのがスコーンだということを……。

 

後に真実を知って絶望したプレイヤーは数知れず、「オレスコ被害者友の会」が結成されることになったのだった。これがのちのオレスコ先生誕生秘話である。

 

雛川先生のバディ加入条件がそもそも厳しすぎるのだ。攻略本や攻略サイトがなければ仲間にするのは容易ではない。スキルがレベルアップボーナスの増加(と声が堀江由衣)なので、涙をのんだプレイヤーは数知れず。また、一緒にクリスマスを過ごす条件も「序盤に本人からスリーサイズを教えてもらう」など、難易度が無駄に高い。ちなみにB85・W59・H89。

 

しかし、教室に入ってからなんか顔が赤いけど緊張してるんだろうか、雛川先生。チラチラさっきから視線を外に投げてるけど。気になってすりガラスの方を見ると人影が見えるんだけど。

 

「入ってきてくれるかな?」

 

がら、と扉があいた。

 

「えっ、嘘」

 

私の言葉は大して目立たなかった。

 

「転校生?」

 

「2人目なんて珍しいね~」

 

「え~、また男子かよ~」

 

「江見の次は女子にしろよな~」

 

周りが一気に騒がしくなったからだ。私は空いた口が塞がらなかった。まてまてまて待ってくれ、葉佩九龍転校してくるの早すぎないか?!たしかに萌生先生のエジプト行きとか葉佩九龍の初任務がやけに早いなとは思ってたけど。連日のメール爆撃のせいで世界で1番葉佩九龍に詳しくなってしまった自覚があるくらい暇暇うるさかったのは知ってるけど。まさか9月21日なんていうThe中途半端な時期じゃなくて普通に始業式と同時に転校してくるなんて思わないんだけど!?

 

雛川先生が顔赤いのあれか、葉佩九龍いきなり感情入力に《愛》連打しやがったなこいつ。

 

 

雛川先生の隣でニコニコしている青年に釘付けになっていた。東洋系の顔をしているものの、日本人離れした顔立ちや体格、身長といったすべてが外国人の血が入っていて、海外育ちだと物語る。天香学園はたしかに宝探し屋の潜入が多いため転校生が多いのだが、海外からの転校生は珍しいらしい。というか年に1人が普通らしいから注目度はさらにあがり、その雰囲気イケメンなところも手伝って女子生徒からはなかなかに好評だ。

 

雛川先生が綺麗な字でテストの度に恨みそうになるほど画数が多い難解な漢字を並べていく。

 

「今日からみんなと一緒にこの天香学園で学ぶことになった、転校生の葉佩九龍(はばきくろう)君です」

 

お辞儀しないで手を振り「HI」とやけに発音がいい挨拶をするあたり、私達が考える帰国子女の姿まんまなので教室中が一瞬にして色めきたった。昭和の少女漫画かテレビドラマの演出かなにかだろうか、今どきここまでコテコテな展開他にないぞ。

 

「今まで外国で生活していて、先月、日本にもどってきたばかりなの。はやく日本に慣れて欲しいというご両親の希望で、全寮制の本校に転校してきました。寮生活では、わからないことが多いと思いますが、みんな、仲良くしてあげて下さいね」

 

教室はまさかのサプライズで一気に騒がしくなる。全寮制の学園だと転校生は一大イベントなのだ。たとえすぐに行方不明になったり転校したり退学したりするとしても。

 

「それじゃ、葉佩君の席は───────」

 

「ハイッ、ハイッ」

 

「なァに、八千穂さん」

 

「あたしの隣の席が空いてまーす」

 

「きゃ~、明日香、積極的~ッ!」

 

「ずる~い、自分だけ~!」

 

「江見クンだけじゃなくて、葉佩クンにも手を出すの~?」

 

「そんな訳ないでしょ!隣が空いてるからだよ!!っていうか、翔クンまで巻き込まないでよね!」

 

やっちーが慌てたように叫ぶ。私はわかってるよと頷いてみせた。ほっとしたようにやっちーは笑う。

 

「もう......そんなんじゃないからね!仲良くなりたいのは事実だけどさ!」

 

「ふふふ。それじゃ、葉佩君。八千穂さんの隣の席に。何かわからないことがあったら、八千穂さん。教えてあげてね」

 

「は~いッ!葉佩君、隣の席だよッ!こっちこっち、はやく~!」

 

「はい、それじゃあみんな席についたら出席をとりますね。江見翔君」

 

「はい」

 

私は返事をする。

 

「翔君はね、4月から転校してきたんだよ。葉佩君の転校生仲間だね。18年前にいなくなったお父さんを探しに来たんだって。江見睡院先生っていうんだけど」

 

律儀にクラスメイトについて説明しはじめたやっちーの話を葉佩はうんうんうなずきながら聞いている。あのメール爆撃は仲間内だけのノリなんだろうか、めっちゃ絵文字とかスタンプとか顔文字とか使ってくるからパリピみたいなやつかと思ってたけど案外まともそうだな。ほっとした私は次の授業の準備を始めたのだった。

 

 

 

 

 

参ったな、まだまだ猶予があると思ってたから遺跡の探索ペースに支障がでてしまう可能性がでてきた。できることなら最深部にまで踏破しておきたかったんだが仕方ない。葉佩が転校してきたなら昼休みや放課後はどうしようかな。あらゆるイベントが1ヶ月先延ばしになるのか、早倒しになるのか全然読めなくなってきたぞ。ぐちゃぐちゃごちゃごちゃ考えていたせいで午前中の授業はほとんどノートをうつす機械と化していた私である。ああくそ、帰ったら録音してる授業聞き直して勉強し直さなきゃ。

 

「よく来たのう」

 

チャイムが鳴った瞬間、私は売店に向かった。そこにはスケベそうな爺さんがいる。名前は境玄道。天香学園の校務員兼売店の店主であり、覗きやスカートめくりなど、女生徒たちに対するセクハラの常習犯。しかし、とぼけたその風貌と裏腹のある秘密を持つ。なんとこいつ、私と同じ《ロゼッタ協会》の宝探し屋なのだ。

 

「カレーパンと焼きそばパンとコッペパンください」

 

「何個じゃ?」

 

「売れ残り全部」

 

「あいかわらず買い占めるのう」

 

「時間終わりに来てるんだからいいでしょう?」

 

「まあ、ありがたいがの。毎度あり」

 

それを知ってか知らずか境さんは毎日パンを買い占める私を見てはニヤニヤしている。一回尻を触られた時は男もいけるのかと本気でドン引きしたものだがあれきり音沙汰ない。おかしいのう、わしの勘も鈍ったか?と首を傾げていたのはみなかったことにしてやろうと思う。

 

私はパンをかかえて教室に帰ることにした。売店近くの壁がなぜか人型に穴が空いていて、境さんの体や顔のあちこちに強くうちつけたような跡があるがよくある事なので気にしないことにした。どうせスカートめくりをしてやっちーに壁にめり込むくらい殴られたのだ。

 

「えっへへ~、到着~!」

 

やっちーと葉佩がやってきた。

 

「お腹空いた~、ご飯にしよ~」

 

「おかえり、やっちー、葉佩。あと15分しかないから早く食べなよ」

 

「ただいま、翔クン!そうだね、はやく食べなくちゃ!」

 

「おー、噂をすればなんとやらだな!転校生仲間の江見さん家の翔クンじゃねーか!よろしくな」

 

「あはは、やっちーが増えたね。君とは仲良くやれそうだ。こちらこそよろしく」

 

《燃》を多用するタイプの葉佩九龍か、把握した。あたりまえのように握手を求められ、さし出すとぶんぶん振り回された。痛い。

 

「話はやっちーから聞いてるぜ。江見睡院先生探しに岡山から来てるんだって?」

 

お、さっそくさぐりにきたか。

 

「やっちーとすごく仲良くなったんたな、もうそんな話までしたのか。そうだよ。なかなか消息が掴めないんだけどね」

 

「そっか。俺、来たばっかだからなんも力になれないだろうけど、あれだ。元気出せよ?」

 

「うん、ありがとう」

 

「江見睡院先生のことは俺、よーく知ってるからさ」

 

「えっ、葉佩クン、江見睡院先生のことなにか知ってるの?」

 

「うん?そんなの知ってるに決まってるだろ?江見睡院先生といえば」

 

まて

 

「世界をまたにかける」

 

まてまてまて

 

「トレジャーハンターだからな!俺、尊敬してるんだよ!」

 

まてまてまてまてやコノヤロウ!

 

「トレジャーハンター?トレジャーハンターってあのインディ・ジョーンズみたいな?」

 

「そう!俺、好きなんだよ世界ふしぎ発見」

 

あ、あれ?

 

「江見睡院先生な、昔はよくミステリーハンターと一緒にテレビに出てたんだよ」

 

「そうなんだー」

 

「......よく知ってるね」

 

すっげえコアなとこついてきたぞ、こいつ。

 

「思えばそうあの番組見てた時にCM見たのがきっかけでトレジャーハンターにハマったんだよなー。《ロゼッタくん》と《ハントちゃん》て可愛い人形が出てるCMでさ」

 

「すごいね、翔クンのお父さん!テレビに出るような人なんだ!」

 

「......みたいだね、オレよく知らないんだけどさ」

 

「そっか、そうだよね。18年以上前だもんね。あれ、じゃあ葉佩クンいつ見たの?」

 

「えっ、嘘だろ、日本じゃそんなに前だったのか!?俺、普通にガキの頃テレビで見てたけどなあ」

 

「あ、そうだった!葉佩クン、日本語ペラペラだからすっかり忘れてたけど海外に住んでたんだっけ。そっか~、海外だとそんなに前の番組流すんだねッ!」

 

「そう、そう、そうなんだよ!俺が日本にきて1番感動してるのは、漫画やアニメが見放題なとこなんだ!あとゲームな!なんであんな安いんだよ、ずりーって!だから俺、1番新しい世界ふしぎ発見見れて超感動したんだよ!しかも江見睡院先生の息子さんなんだろ、翔クン。まじ持ってるわ、俺。これからよろしくな!」

 

「あはは......そういってくれて嬉しいよ、ありがとう。それより昼ご飯まだならお近づきにあげようか?」

 

「うわ、いっぱいあるじゃねーか。翔クンて意外と大食い?」

 

「違うよ、葉佩クン。翔クンてね、登山が趣味なんだって。だからね、毎日3時から6時までマラソンしてるんだよ。だから夜食だよね」

 

「そうそう。この学校、長期休暇以外は外に出られないからさ、体が鈍らないように毎日トレーニングしてるんだ」

 

「へー!すごいな、面白そう!俺もやってみたい!」

 

「ホントに?嬉しいな、こっちに来てからオレみんなに断られっぱなしなんだよ」

 

「マジで?面白そうなのに」

 

「皆守とか夕薙とか誘ったけどダメなんだ」

 

「皆守?皆守ってあのアロマ?」

 

「そうだけど、会ったのか?」

 

「会った会った、実家の匂いがするやつ」

 

「実家?」

 

「無性に懐かしくなってテンションあがっちまったんだよな~。前住んでた国の人ってみんな鼻が鈍いんだよ、こっちに来てから気づいたけどさ。風呂入る習慣ないしシャワーだけだし。ドライフラワーとかポプリみたいな香料などが染みついたものをリビングに飾ってたんだよ。来客が来る前なんかはばんばん使っててさ、なんでもかんでも日本より匂いがきついんだ。なんか無性に懐かしくなってさ~」

 

隣でやっちーが思い出し笑いしている。

 

「人が褒めてるのに喜ばないんだぜ、アイツ。やっぱ日本てシャイなやつ多いんだな。最初はあんなに嬉しそうだったくせにさ」

 

よっぽどツボにハマったのか、やっちーは肩を震わせている。腹筋が死にそうだ。私は気になってその詳細を聞くことにした。

 

「何がいい?いつもオレ余り物買い占めてるからだいたいあるよ」

 

「サンキュ、ありがとうな。じゃあオレ、焼きそばパンとアンパンにする」

 

「わかった」

 

「じゃあ牛乳あげるよ、葉佩クン」

 

「おー、やっちーまでありがとう。奢ってもらってごめんな、また今度返すから」

 

「いいっていいって、挨拶がわりに」

 

「そうだよー。葉佩クン、一人暮らし初めてなんでしょ?なにか困ったことあったらなんでも言ってね」

 

こうして私は葉佩とやっちーから校舎内見学についてなにがあったのか教えてもらえたのだった。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。