憑依妖魔学園紀(九龍妖魔学園紀✕クトゥルフ神話)   作:アズマケイ

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蜃気楼博士2

昼休みになった。

 

この學園は呪われている、という噂が7ヶ月ぶりにささやかれ始めている。私達が葉山さんを保健室に運び込んだことで、手が枯れ木のようになっているのを目撃した生徒がいるらしい。瑞麗先生は氣のエキスパートだから治療は丸投げしたらいいだろうが、問題はたくやくん、こと2のBの葉山さんの彼氏である新島タクヤくんが行方不明になっているためだ。昼休みのチャイムがなると同時に保健室から追い出された私達は教室に戻り、昼ご飯を食べた。食が進まない私を見て、もりもりご飯をたべているやっちーが慣れてないもんねと米花町の住人のようなことをいっていた。いや、私も葉山さんだけだったら食欲は普通だったと思うんだよ。問題は新島が干からびたのではなく、砂になって死んでいたことである。《執行委員》は規則に違反した生徒に粛清は加えるが殺しはしないのだ。宝探し屋も遺跡で死ななければ植物状態で生き埋め状態になっている。

 

普通に考えたら首謀者は取手鎌治(とりてかまち)っぽいんだが、精気を極限まで吸い取ったとしても原型は残るはずだ。なくなるまで砂にすることは可能なんだろうか?生徒会長なら遺伝子を操作する力があるから、何らかの逆鱗にふれて直々に殺された可能性もなきにしはあらずだが。生徒会長自身は若くして死んだ父親の後を継ぐのに必死で、なるべく騒ぎにならないよう基本葉佩クラスの大騒ぎをして始めて《執行委員》を動かす。それをすっ飛ばしてまでするとは考えにくい。

 

やっぱり取手か?彼は長身と長い手が目立つ内向的な生徒だ。いつも音楽室でピアノを弾いており、ピアノの名手で聴覚に優れる。 他者の精気を吸い取る『力』を与えられ、「生徒会」執行委員として葉佩九龍たちの前に最初に立ちはだかることになる。

 

それだけの逆鱗にふれたとか?いやいやいや、葉山さんたちの粛清理由はゲームと同じだったはずだ。それに姉が友人とピアノの周りでふざけて遊んでいたら、ピアノの下敷きになり指に大怪我をした。プロの道を絶たれて不治の病で死んだことで崇拝していた世界が瓦解したのが彼が《執行委員》になる理由だったはずだ。さしだしたのは《姉の死の記憶》。根幹の記憶がなくなってしまい無意識のうちに女性の指に固執して、規則違反する女子生徒を狙っていたわけだから、男子生徒を狙う理由がないはずだ。欲しいのは女性の手だけなんだから。

 

わからん、わからん、なにがあったんだ?

 

私はなんだか気持ちの悪いモヤモヤ感にずっと苛まれていた。呪いって言葉が蔓延しているからかもしれない。自分の知らない遠い祖先が犯した罪から続くケガレ、遺跡から発散される強い怨念のような不気味さがあるからだろうか。

 

 

無間地獄の底に堕ちながら死のうとして死に得ぬ魂魄の嘆き。八万奈落の涯をさまよいつつ浮ぼうとして浮び得ぬ幽鬼の声。これが呪いの声だとしたら遺跡を暴こうとする宝探し屋は呪われる運命だろう。だが呪われたのは一般生徒だ。私でも葉佩でもない。謎である。まあ、解けない自己暗示を、人は呪いと言うんだから、病は気からともいうし、考えすぎない方がいいかもしれない。私はすでに精神交換なんて呪われた身だ。呪いに呪いは重複しないのだ、この世界は。

 

「なあなあ、翔クン。やっぱ具合い悪そうだぜ?保健室行ってこいよ」

 

顔を上げると葉佩がいた。

 

「甘いもん食べた方がいいぜ」

 

渡されたのは羊羹だ。私が一番好きな行動食だといったから覚えていてくれたんだろう。さっそくマミーズで調達してくれたらしい。

 

「ありがとう、葉佩。そうだな、そうするよ」

 

私は心配そうなやっちーと葉佩に見送られて保健室に向かったのだった。

 

「やあ、カウンセリングをお望みかい?」

 

葉山さんがいたら無理だろうなと思っていたが、誰もいなかった。

 

「ああ、葉山の見舞いに来てくれたのか?彼女の手の治療はすんだんだが、精神的にかなり追い詰められたようでね、錯乱状態だったから病院にいったよ」

 

「えっ、そうなんですか」

 

「ああ」

 

瑞麗先生はタバコをしまうと、扉をしめて鍵をかけ、カーテンをしめてしまう。

 

「実は気になることがあってね」

 

「気になること?」

 

「ああ、錯乱していた葉山が見たという化け物がどうも1人ではないらしいんだ。もう1人いたらしくてね、そいつが新島を砂に変えたと主張しているのさ。それがどうも君を構成している氣によく似ている。なにか心当たりはないか?」

 

「オーラ......ええと、具体的にはどちらですか?」

 

「言葉にするのはとても難しいんだが、江見翔でも君でもない、君を君たらしめているもの達のオーラというか」

 

私は沈黙した。

 

「心当たりがあるようだね」

 

「ぱっと思いつくのは2つくらいですね。ただ、証拠がない」

 

「なるほど......たしかに厄介だな。新島タクヤの所持品は全て職員会議の決議により《生徒会》が管理することになった。つまりは《墓地》行きだ。ようするにいつも通り、イカれているがこれがこの學園の普通だ」

 

「うーん、参ったな。正直、オレ以外にいるとは思っていなかったので、推理は出来ても接触はできないんですよね。どこにいるのか、なにが目的なのかわからない。図書室で調べようかな」

 

「参考までにその心当たりを聞いても?」

 

私はうなずいた。瑞麗先生は国際機関のエージェントだからか、クトゥルフ神話の噂は聞いたことがあるようで、まさかそっち方面の関係者だとは思わなかったと笑われた。

 

私がまず思いついたのは、クァチル・ウタウスだ。干からびたミイラのような小さな子供ほどの大きさをした姿をしている宇宙人であり、そのものに触れられたものは一瞬にして風化し死に至るといわれている。

 

別名〈塵を歩むもの〉、〈究極の頽廃〉、〈塵を護るもの〉。

 

クァチル・ウタウスの姿は小さな子供ほどの大きさでひからびてしわだらけ。毛がまったくはえておらず骸骨のような細い首にはのっぺりとした顔に網目状の筋を確認することができる。鉤爪のようになった管のような腕がゾンビのように前に突き出されてこちらを向いていたという。その姿は気をつけ、前ならえをしている子供のミイラのようだろう。

 

クァチル・ウタウスは年齢や死、衰退に関連する存在で、召喚をしようとするものの精神は無意識に自殺衝動に駆られることになり、時間の流れさえ早まることだろう。崇拝するものは稀ではあるが存在し、崇拝者は永遠の命を求めてクァチル・ウタウスに祈りを捧げているという。それらの目的から召喚の呪文が唱えられることになるのかもしれない。クァチル・ウタウスのことを知りたければ『カルナマゴスの遺言』を読むしかないだろう。ただし、クァチル・ウタウスが我々に与えてくれるのはたいてい死と崩壊である。

 

クァチル・ウタウスは光の柱を伝って空から舞い降り、目的を果たすと光の柱から帰っていく。帰った後に残るのはクァチル・ウタウスが作り出した塵の山と、クァチル・ウタウスの足跡だけなのである。だからこそ彼は〈塵を歩むもの〉なのだろう。

 

古代エジプトで崇拝されていた神カ=ラトー(Ka-Rath)との類似も指摘されている。

 

すべての組織を塵に還元してしまう能力はウボ=サスラも持っているといわれているが、果たして関係はあるのだろうか。クァチル・ウタウスの起源は知られていない、ただ暗黒の地獄の果てに棲んでいるといわれている。

 

一番最初、まだ地球創造の灰色の混沌の中ですでに存在していたウボ=サスラは粘膜と煙のなかに横たわり、小さな不定形細胞のようなものを分裂していたが、現在はどうしているかはわからない。

 

なにせウボ=サスラに関する最後の記録が残されているのは、遥か昔、大陸北部で目撃されたのを境に、その足跡は途絶えている。実は地球の生命起源の説はウボ=サスラ以外にもう一つあり、それは古の者が生命起源とする説がある。古の者は自分が生み出したショゴスの細胞が全ての生命の起源となっている。

 

しかし、それだと二つの起源が出てきて矛盾が生じてしまう。だが、古の者がウボ=サスラの不定形細胞を利用してショゴスを作ったとすれば辻褄が合うのだ。

 

次に砂に棲むものは簡単に言えばアメリカ西部のような場所の洞窟に棲むざらざらの肌をした瘦せた忌わしいコアラのような顔を持つ怪物である。この原始的な種族は各地の砂漠地帯に存在する可能性がある。

 

別名〈砂漠を忍び歩くもの〉。

 

その姿のイメージであるコアラというと可愛いイメージがあるが、大きな目と耳を持った人間と考えると耳が大きくなったスローロリスに近いのかもしれない。瘦せた人間の顔が耳の大きなスローロリス……夢に出て来そうなほど忌わしい存在になりそうだ。

 

どうやらざらざらな肌は水の少ない環境でも保水するためである。昼間は洞窟に潜んでいて夜に狩りを行なう種族らしく、雑食性で何でも食べるという。

 

砂に棲むもの、と記したが『破風の窓』に関しては一体だけではなく、洞窟の中からぞろぞろと複数体個体が出てくるのが確認され、雄雌どちらも存在していることが分かっている。なので「砂に棲むものたち」としても良いかもしれない。彼らは人間には理解できない言語を使い意思疎通をしているという。

 

これは別件の話にはなるが、砂に棲むものにも子育ての時期があるということをラヴクラフトは話している。どうやら棲息域は思ったよりも広いらしい。実は身近な砂地に潜んでいる可能性もあるのだ。

 

彼らは主にニャルラトホテプ、北アメリカなどの地域ではイグを崇拝しており、彼らの平均寿命が100~150歳と定めている。かれらの司祭は400歳まで生きるというのは特別なものを食べているのだろうか。

 

「あまりにも被害が小規模だからこいつだと私はふんでます」

 

「なるほどな......」

 

瑞麗先生はグラウンドをみた。

 

「また、砂か......やけに出てくる単語だ」

 

瑞麗先生はためいきである。

 

「《黒い砂》に聞き覚えは?」

 

「《黒い砂》?」

 

「《黒い砂》、《失われた旋律》、《白い指》、葉山を襲った不審者がいっていた言葉だそうだ。そして、そいつは《黒い砂》とやらが見えるらしく、錯乱状態で近づくなと蚊柱の中にいるような反応をしていたらしい。みるからに異様だから逃げようとしたら、僕じゃないと叫んだらしくてな。たまたま風がふいて、暗幕がめくれ、変わり果てた新島がいたもんだから葉山は殺されると思ったらしい。鍵がかかったようにあかなくなってしまったようだ。だから尚更パニックになって、そこを襲われたらしい」

 

「鍵?内鍵がかかってるから入れなかったんですけど」

 

「ああ、そこは葉山がパニックになって勘違いしたんだろうとは思ってるよ。君は二重扉の向こう側で葉山の異変に気づいて叩いていたんだろ?さすがに防音扉だったせいで聞こえなかったようだが」

 

「スクリーン見る訳でもないのに暗幕がおりてたせいで中が見えなかったんですよ。そしたら悲鳴が聞こえたから」

 

「なるほどな......うーむ」

 

瑞麗先生は思案顔である。

 

「もし、君の言うようなやつが音楽室に現れたとしたら、何らかの痕跡が残っているはずだな。私も少し調べてみよう」

 

「なら、オレも......」

 

「いや、君は休んでいたまえ。顔色が悪い。少し横になった方がいいだろう。おやすみ」

 

「ありがとうございます」

 

私は遮光カーテンに仕切られた簡易ベッドに向かったのだった。


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