憑依妖魔学園紀(九龍妖魔学園紀✕クトゥルフ神話)   作:アズマケイ

19 / 158
蜃気楼博士3

高校の昼休みの喧騒は保健室を通しても聞こえてくる。窓や廊下から聞こえてくるざわめきはまるで空間を埋めつくすように、学校中を満たしていた。生徒たちはまるでその貴重な45分に1日中の自由が詰め込まれているみたいに、一生懸命楽しんでいるように思えた。笑い声がはじけ、エネルギーが爆発していた。見上げるとはるかに青い夏空があった。光と影が空を渡ってゆくまぶしい午後のはじまりである。

 

じっと白い天井を見ているだけでも時間は過ぎていくものだ。だいぶん気分が良くなってきた私はベッドから起きた。

 

「あれ、鍵が」

 

誰かの声がする。私はカーテンを空けてみると、人影があった。あまりの長身である。そして極端に長い両手をみて、私は見なかった振りをしてカーテンを閉めてやろうかと思った。

 

「......誰かいるのかい?」

 

諦めて私は鍵をあけた。

 

「君はたしか......C組の江見君だったね。君、どうしたんだい? 具合が悪そうだけど……」

 

「あれ、まだ悪そうに見えるか?気分が良くなったから教室に戻ろうかと思うんだけど」

 

「瑞麗先生は?」

 

「用があるとかで出ていったよ」

 

「そうなのか......残念だな。でも、本当に大丈夫かい?まだ顔色が悪いよ……。保健室にまだいた方ががいいんじゃないか?」

 

「ありがとう。優しいな」

 

「いや......君は2年を運んでたじゃないか。だから気分が悪くなったのかと思ったのさ」

 

「大丈夫だよ」

 

「そんなに頑張ってどうするんだい……? 身体の不調は心の不調の場合もあるんだよ……。無理をせずに休むべきだ」

 

そうはいっても今の取手鎌治と二人きりは怖いんだけどな。

 

「辛いみたいだね……。そこで休んでいていいよ。僕は保健室から薬をもらいたかっただけだから......」

 

「わかった。ありがとう」

 

根負けした私はベッドに逆戻りした。

 

「そういう取手は大丈夫なのか?」

 

「......人のことは言えないかな。また、頭が割れるように痛いんだ。気を失うぐらい激しい痛みがして。......だから、また薬を貰いに来たんだ」

 

「さっきももらいに来てなかった?」

 

「そうなんだけどね......今日は特に頭痛がするんだ」

 

「そんなに痛いなら取手の方が休まなきゃいけないだろ。となりあいてるから休みなよ」

 

「ああ、そうだね。そうしようかな」

 

遮光カーテンを閉めたはいいが、寝られない。隣でぶつぶつ声が聞こえるからだ。

 

「やッ......やめろッ!!僕に近寄るなッ!あっちへ行けッ!!」

 

「《砂》だ......《黒い砂》だ......やめろッ!こっちにくるなッ!!やめろォオオ!!」

 

「違う......僕じゃない......これは僕じゃないんだ......やめろッ......そんな目で僕を見るなッ!僕じゃないッ!僕じゃ......!!」

 

こんなんで寝れるか!私はカーテンをあけた。案の定、ただでさえ病的に白い肌を青白くさせた取手が飛び起きていた。汗だくになっている。

 

「はァ......はァ......」

 

「魘されてたみたいだけど、大丈夫か、取手」

 

「何がだい?」

 

私の心配にこの反応である。ゲームで知っていたけど悪夢すらさしだした思い出と繋がっている場合、この意味不明なやりとりになるのが恐ろしすぎる。はたから見たら重度の精神疾患だ。

 

「何って......さっき、《黒い砂》がどうとか、僕じゃないとか、いってたじゃないか」

 

なにをいっているんだという顔をしている取手に私は肩を竦めた。取手が《執行委員》だという情報がなければ瑞麗先生を呼んできて、薬かなにかやっているんじゃないかと相談するところである。

 

「ほんとに大丈夫か?」

 

「......いや、大丈夫さ。これが僕の普通なんだ」

 

「取手......」

 

「君では僕を救うことはできないよ。瑞麗先生でさえ僕を救えないんだ。君が救えるわけがない」

 

「そうか......じゃあひとつだけ」

 

「なんだい?」

 

「オレは君を信じているよ、取手鎌治。君は人を殺すような人間じゃないってことを。だからいつか聞かせてくれないか。君は音楽室でいったい何を見たんだい?それは君が悪夢に見るほどおぞましいなにか、だったんだろ?しかも葉山さんに勘違いされて必死で否定するほどのなにか」

 

「......」

 

「だいぶん気分がよくなってきたから、やっぱり行くよ」

 

「......あの」

 

私は振り返った。

 

「江見君......君は......きみは、なにか知ってるのかい?」

 

「知ってるかもしれないけど、今はなんともいえない。証拠は《生徒会》が墓地に埋めたし、オレは暗幕のせいでなにも見てないんだ」

 

「......」

 

しばしの沈黙ののち、取手は口を開いた。

 

「......新島、君の......腹が......裂けたんだ」

 

「腹がさけた?」

 

こくり、と取手はうなずいた。

 

「そこから......黒いものが出てきて......無数の足を生やして......僕を取り込もうと......だから、僕は......僕はッ」

 

「ありがとう、取手」

 

私はその先を制した。

 

「え」

 

「充分すぎるほどわかった、ありがとう。つらいのに思い出させてごめん。これじゃあ皆守のこといえないな。つまり、あれだろ?風船が破裂したんだな?」

 

「......」

 

「運が悪かったな」

 

「君は......」

 

「?」

 

「なにも、言わないのかい?」

 

「オレとしては、新島を殺したやつの方が気になるんだ」

 

取手は沈黙した。

 

「......君…......、転校生と仲がいいみたいだけど、また墓地に行くつもりかい? あそこは危ないよ…。足を踏み入れるのはやめた方がいい……」

 

私は息を飲んだ。

 

「失う者の悲しみはわかっているつもりさ。でも、規則に違反した者は処罰しなければばならないから......」

 

「なんのこと?」

 

「なんでもない。なんでもないさ、これはただの独り言なんだから。ただ、心配だっただけだから……」

 

「そうか。じゃあ、聞かなかったことにするよ」

 

「僕の話を聞いているかい?君の様子じゃ、言っても聞かないだろうけど、とにかく墓地へ行くのはやめた方がいいよ……。君の為を思って言っているのに…。残念だよ……」

 

「取手......」

 

「そんな顔をしてもきっと君は行くんだろうな。まァいい…。忠告してあげただけさ……。転校生とつるむつもりなら、そうすればいい」

 

そうか、取手は私が父親を失っていると思っているなら、姉を失った自分と無意識のうちに重ねていたのか。あれだけ葉佩と遺跡に潜っていれば目もつくわけだ。私は肩を竦めた。

 

遮光カーテンがしめられてしまう。私は保健室をあとにした。

 

イスの偉大なる種族の関係者がいるからって、ショゴスを体内に飼ってるやつが生徒の中に紛れ込むのはどうかと思うんだ。頭が痛い。これはどう考えればいいんだ?

 

ショゴスといえば、大昔に地球に来た『古のもの』が創造した生命体だ。奴隷として狂気山脈などの建築に駆り出されていた水陸両生の生き物である。

 

俗に言うスライムのような不定形の体をしており、その外見通り姿形を自由自在に変えることができる。牙の覗く口や目玉が至るところに付いている姿がよく描かれる。

 

自身の身体にどのような器官も自由に形成できる。このため主人が望めばいかなる形でのコミュニケーションも問題なく行うことが出来る。他の生物と同じように身体を作り替えることも出来る。

 

テレパシーや呪文などを使えば操ることも出来るが、知能は低い為、必ずしも従順に従う事は無く、基本的に危険な生物である事に変わりは無い。

 

また、このショゴスの細胞を元に、人類を始めとする様々な動植物が地球上に誕生する事になったとされている。

 

およそ十億年前、生まれたばかりの時は不定形の姿で知能も非常に低かったが、脳を自ら固定化する事で知能が進化していく事になる。

 

やがて「ショゴス・ロード」と呼ばれる上位種族も生まれるようになった。 このショゴス・ロードは、物を製作する事が出来る等、現代の人類に引けをとらない非常に高い知能を誇っていたが、古のもの達に奴隷として飼われている事を自覚していくようにもなり、古のもの達が旧支配者であるクトゥルフと激戦を繰り広げた後、その知能故に自らの扱いに不満を持って反逆を起こした。

 

結果的に古のものを駆逐することに成功したものの、自分達も封印されてしまい、現在は地底奥深くや狂気山脈に蠢いているという。

 

ただし、全ての個体が同じ選択をしたわけではなく、作られた奉仕種族として本能的に主人を求めるものもいたらしく、現在でも何かしらの種族に奉仕していることが多い。

 

『インスマスを覆う影』にて深きものどもはショゴスの細胞を村に持ち込みアメリカ大陸の侵略に使用しようとしていたことがわかる。

 

さらに、地球上の生物はすべて、このショゴスの原型細胞から進化し発展したことがわかっている。すなわち人間も含めて全生物の最も古い祖先である。

 

このため、現在にも生き残る知能を持ったショゴスたちはいかなる生物にも自由に擬態できる。そもそも、地球上の全ての生物はショゴスの変化したものだとも言い換えられるため、遺伝子レベルで差異もなく、これを擬態と呼ぶのが適切かはわからない。

 

狂えるアブドゥル・アルハザードは必死になってこの生物の存在を否定している。それだけこの怪物が恐ろしかったようである。

 

「テケリ・リ!」という独特の声を発する。これは主人である「古のもの」が発していた言語を真似ているもの。古のものの会話も人間には「テケリ・リ」と聞こえていたため、知性を持っているショゴスは内容のある言葉を話している可能性がある。

 

ラヴクラフトの執筆当時、細胞や遺伝子の概念が発見され世間の話題になっていた。生物の原初、最も単純な生物はどのようなものかとラヴクラフトが想像したことで創作されたと言われている。

 

ちなみに、ファンタジー作品で扱われる「スライム」はこのショゴスをモデルに定着していった。

 

「......ダゴン教団あたりに天香學園の遺跡に心当たりがないか聞いてみないとダメだな、これ」

 

5限目の始まりを告げるチャイムが鳴る。私はあわてて階段をかけあがったのだった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。