憑依妖魔学園紀(九龍妖魔学園紀✕クトゥルフ神話)   作:アズマケイ

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壊れ方指南2

6時間目の化学を非常に警戒していた私だったものの座学だったため、実験がなかった。そのためだろうか、2回目の爆破未遂は起こらないまま今日の授業は終わったのである。肩透かしというか、なんというか。

 

「瑞麗先生のところにいって、黒い物体がまた出たって伝えてくる」

 

一緒に帰ろうと誘ってきた葉佩と皆守にそう伝えると、葉佩は行きたがったのだが瑞麗先生が苦手な皆守に引きずられていってしまった。取手から音楽室の鍵を貰ったと葉佩が能天気にいったものだから、考え直せというために音楽室に連行するらしい。そのあとはたぶんレトルトカレーを盗んでしまったお詫びとして昼間の私のように奢らされるか、インターネットで葉佩の金で買い戻させられるのだろう。ドナドナされていく葉佩に、やっちーはバイバーイと手を振っていた。

 

「そっかあ、わかったよ。なにかわかったら教えてね!じゃあね!」

 

やっちーは真っ直ぐ部活に向かった。今日はそのまま7時まで部活をしてからマミーズで打ち合わせらしい。部長は大変である。七瀬にも今日は図書室で調べ物はできないことをメールして、とりあえず私はすぐに保健室に向かった。そして、瑞麗先生に相談しに行ったのである。ちょうど一週間前の新島の事件についてエムツー機関から調査報告書が届いたらしかった。

 

「まずはこれを読んでもらえるかい?」

 

私はざっと目を通した。

 

「やっぱりショゴスでしたか」

 

「ああ。取手がたまたま新島に吸収の力を使ったものだから、ショゴスがすっからかんになってしまったのさ」

 

「......取手、よく大丈夫でしたね」

 

「一応身体検査にかこつけて調査してみたが異常はなかったよ」

 

「《黒い砂》の加護ですかね?」

 

「墓守を守るっていう意味ではたしかにそうだな」

 

「一瞬思ったんですけど、遺伝子操作の過程でショゴスを使うから同じ成分なら影響がないとかいわないですよね?」

 

一瞬虚をつかれたように瞬きした瑞麗先生だったが、いきなり笑い始めた。笑い事じゃないんだが。

 

「ふふふ、すまない。そういうつもりじゃないんだ。ただね、君は猫かぶりをやめた途端に無愛想で無表情になるだろう。その状態で取手たちを心配するような声色をするものだからギャップがな」

 

いいことだと思ったのさ、と瑞麗先生はいう。ほんとかなあ?

 

「しかし、そうか、そうだな、その可能性もあるな。さすがは本職だ、私よりよっぽど詳しいじゃないか。実に興味深いね、つまり江見はショゴスは《遺跡》から調達されて何者かが學園にばらまいてるといいたいんだな?」

 

「いやだって《遺伝子組み換え実験場》だったんですよ、あの《遺跡》

!それに」

 

「それに?」

 

「《執行委員》は人間を殺す奴らじゃないって取手を見て思ったんですよ」

 

なんだか面白そうに瑞麗先生は目を細めて私を見ていた。やはりなんだか含みを感じるのは気のせいだろうか。じっと瑞麗先生を見つめて抗議の意思表示をしてみると、にやりと笑われた。意思疎通が出来ている気がまるでしない。なんでだ。

 

「で、次の《執行委員》は誰だい?」

 

「七瀬に聞いたんですが、A組の椎名リカさんです」

 

椎名リカとは、ゴスロリ風に改造した制服をまとう、151センチしかない西洋人形のように可憐な少女である。生徒会執行委員の一人であり、幼さゆえの純粋さと残酷さを併せ持つ。

 

それというのも溺愛する父親がリカの無邪気さゆえの残酷さを叱ろうとする母親を無視して、殺したペットや壊したおもちゃを新しく買い与えまくったのだ。月日は流れ母親まで早くに死んでしまい、新しく母親を連れてきてくれと頼む娘が恐ろしくなり見捨てられたのである。明らかに父親が諸悪の根源だ。

 

やがて父親に見捨てられ孤独になったリカは耐えきることが出来ずに《執行委員》になって今に至る。

 

「リカ研究会」と言う自らのファンクラブを主宰している。実際に生徒たちの人気は高いが、同クラブへの入会審査は非常に厳しいらしい。 名前は漢字で書くと「梨花」。 爆発物の知識に長け、また、分子を振動させてあらゆる物を爆発させる「力」を持つ。 攻撃手段はいうまでもなく爆弾である。怖い。

 

私が今一番危惧しているのは、あのプレゼントの配布先なのだ。

 

「なるほど、それで私のところに来たというわけか」

 

私は頷いた。

 

「当たってるよ。どうやら新島はリカ研究会の部員に嫌がらせをしていたことがあるようだ。葉山の差し金だったらしいがね。精神的にえぐい嫌がらせだったようだ。謎の爆発事故があってからはやめたようだがね」

 

「じゃあ、新島がショゴスを体内に取り込んだのは椎名さんの爆弾を食らったせいですか?」

 

「その可能性が高いな」

 

「うわあ......」

 

私は目眩がした。

 

「ゲテモノ食いでも流行ってるんでしょうか」

 

「いや、まだわからん。部員が椎名に献上しているのかもしれないな。そもそもリカ研究会は名前はともかく裁縫などを行うサークルで女性部員ばかりだそうじゃないか。たまに男子生徒の部員もいるそうだが、椎名の技術や化粧技術に惹かれてくるらしいからな。たまにサークルの名前を勘違いした男子生徒とトラブルになるらしいが」

 

「それが新島とか?」

 

「ああ、まさにそうさ」

 

「葉山さんいるのになにしてんだ、新島。それはともかく人間がショゴスのかけらを食べさせられて、体内にショゴス細胞が定着して体力・腕力が人間離れするって話は聞いたことありますが、ショゴスを詰め込んでばらまいただけで体内が満たされるってどんなんですか」

 

「恐ろしいことにそのトラブルは一年前......去年の今頃、そうだな、私が赴任したばかりのころだったよ」

 

「一年前......一回だけでそこまでなります?」

 

「普通なら継続的に摂取しなけりゃならないが......とてつもなく高濃度なら有り得る話だな。原ショゴスくらいの」

 

「南極にある恐怖山脈にでも登らなきゃ手に入らないじゃないですか」

 

「ぞっとする話だ」

 

いわゆるオトメン、女装男子、刺繍などの趣味がある男子生徒やリカと似たような趣味がある女子生徒に慕われているリカが可愛いとは対極にあるショゴスに手をつけるとは思えない。おそらくなにかあったのだ。新島の感染源がリカ研究会なのは間違いなさそうだった。1回話を聞かないといけないかもしれない。ええとリカ研究会ってどこでやってたっけ?

 

「おっと、チャイムだな。今回は時間切れだ。なにかわかったらまたおいで」

 

「わかりました。ありがとうございます」

 

私は保健室を後にしたのだった。

 

「うふふふふ」

 

「───────ッ!」

 

ちら、と明らかに私を見て、くすくす笑いながらリカが通り過ぎていく。反射的に辺りを見渡してみたがなにもない。ほっとしたのも束の間だった。

 

「うぎゃあああああああああぁぁぁ!!」

 

上の階から絶叫が聞こえてきたのだ。あわてて階段をかけあがり、廊下を走り抜け、人だかりの山をかきわけていってみると、先生たちに担がれていく男子生徒の姿があった。

 

「あの男子生徒、1年生だったのか!」

 

マミーズにいた真後ろの男子生徒たちはどうやら1年生だったようである。

 

「やっぱり呪いだよ!」

 

「そうだそうだ!」

 

「あいつら、《墓地》掘り返そうとしてたもんね」

 

「えっ、まじで?」

 

「いくらなんでも墓掘り返すとかひくわァ」

 

「やりすぎだよな。そりゃ《執行委員》に粛清されて当然っつーの?」

 

私はゴクリと唾を飲んだ。

 

「ねえ、キミ」

 

「え、あ、はい。なんでしょうか?」

 

「あの子達運ばれたけど何があったんだ?」

 

私が3年生だと気づいたらしく、後輩の男子はすぐ教えてくれた。

 

「化学の実験の片付けしてたんですよ、あいつら。でもふざけあっててビーカー落としたのか?」

 

「ううん、違うよ!だっていきなりビーカーが沸騰したみたいに泡立ちはじめて、熱くなって、勝手に倒れたんだ!」

 

「えっ、でもあいつら頭からひっかぶってたよ?」

 

「それは足を滑らせたからで」

 

「なんの液体なんだ?そのビーカー」

 

私の一言に誰もが沈黙した。わからない。異口同音である。片付けるために棚からビーカーを出して空きスペースをつくっているところだったとかでラベルまではわからないらしい。

 

「きゃあ!」

 

「なにこれっ!?」

 

「きもちわるいんだけど!」

 

「うわっ!」

 

また化学室が騒がしくなる。教室をのぞいてみると、われたビーカーの散らばる床に蠢く黒い物体をみた。明らかにそれは質量を超えて肥大化しており、どんどん大きな水たまりのようになっていく。

 

てけりりてけりりてけりり

 

ひとつの音はたとえ小さくてもより集まった個体の数だけ鳴いたらそれだけ大きな輪唱となる。あまりにも異様な光景だ。現実を受け入れられない1年生は卒倒し、パニックになり、あたりは一気に騒がしくなっていく。

 

ぱんぱん、と手を打ち鳴らす音がやけに大きく響いた。

 

「なにを騒いでいるんだ?放課後のチャイムが鳴っただろう。ただちに校舎から出なさい。《生徒会》の規則に違反するつもりかい?」

 

その言葉に一瞬にして生徒たちは静まり返った。そして我先にといっせいに教室に荷物を取りに戻っていく。卒倒した生徒をかかえて、とおりすがりと思われる先生が私の横を通り過ぎた。

 

「君、みたところ3年生だね。ちょうどいい、保健室に連れて行ってくれるか。僕は掃除を手伝ってくるから。いいね?」

 

「あの」

 

「ああ、そうだそうだ何組だい?」

 

「Cです」

 

「名前は?」

 

「江見翔です」

 

「ああ、君も転校生なのか。わかった。《生徒会》に保健室をあけてくれと伝えておくよ。君も用が済んだらすぐに校舎を出なさい。荷物は保健室に届けるよういっておくから」

 

女子生徒をかかえて私は歩き出したのだった。保健室に逆戻りした私に瑞麗先生は苦笑いしたのはいうまでもない。ちなみに男子生徒たちは消化器官の洗浄などをするためにエムツー機関のフロント企業たる病院におくられたらしい。よかった、すくなくてもショゴス爆弾にはならないだろう。


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