憑依妖魔学園紀(九龍妖魔学園紀✕クトゥルフ神話)   作:アズマケイ

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壊れ方指南4

翌日の夜、再び私達は《遺跡》のリカがいた階層への侵入をこころみた。白い犬の化人たちが壁をぶち破ってはいってきたところが新しいエリアへの侵入経路となったのである。時折、休憩やメンバー交代を挟みながら慎重に進んでいった最深部で私達はまたリカと遭遇することになる。

 

「ようこそ、葉佩クン。やっぱり来たんですのね。それはつまりィ、死を恐れてはいないっていうことですよね?」

 

「二度とその言葉を口にするな」

 

「えっ......ではどうしてこんなところまで来たんですの?おかしな人。さあ、あなたの望む罰をさしあげますわ」

 

リカの言葉と同時に複数の昆虫、もしくはサソリのような化人が出現した。葉佩は冷静に一体ずつ仕留めていく。そして近づいてきたリカ目掛けて黒板消しを投げつける。

 

「やだ、なんですのこれ!?」

 

チョークの粉まみれになったリカ目掛けて葉佩は爆弾を投げ込んだ。その爆風によりリカだけでなく手下たちも吹き飛んでいく。

 

「ひどいっ......」

 

涙目になったリカは泣き出した。

 

「アオーン」

 

壁の向こうから犬の鳴き声がする。

 

「高いマイクロ波を確認。生体反応大、注意してください」

 

壁を破壊してリカを守るように化人が現れた。見上げるほど巨大な犬の上に女の裸体がゆれている。まるでリカを守るように葉佩の前に立ち塞がり、いきなり雄叫びをあげはじめた。

 

「昨日倒した化人に似てるきがするのは気のせいだったりしないかなあ!?」

 

「残念ながら違うと思うよ、葉佩」

 

「ですよねー!」

 

私は電気銃で新たなる形態を獲得した化人の水槽に標準をあわせる。そして一気に連射した。ここまでわざわざ力を温存したのはそれなりのわけがあるのだ。

 

「きゃううん!」

 

下の白い犬が怯むものの、上の女が爪を鞭のようにして攻撃し、後退なり撤退なりを促しているのをむりやり行進させている。犬の四足が麻痺により痺れて女はバランスを崩し、爪が深深と遺跡の床につきささって身動きが取れなくなってしまった。

 

「よし、ナイス!さすがだぜ、翔クンッ!」

 

葉佩はチャンスを逃すまいと一気に化人に切り込んだ。断末魔が響き渡った。

 

「ベロック!お母様!起きて、起きてよ、リカをひとりにしないでェ!」

 

「残念だけど愛しのベロックやお母様は復活に一日かかっちゃうみたいだな、椎名サンッ!次はアンタの番だ!」

 

真っ黒な液体まみれの剣で葉佩はリカに宣戦布告する。

 

「お父様......おとうさま、たすけて......リカにまたあたらしいベロック、おかあさま、つれてきてくださいィ......」

 

完全に戦意を喪失していたリカはなすすべがなかった。呆気なく倒せると思いきや、リカの全身から《黒い砂》が吹き出す。

 

「またか!」

 

葉佩は舌打ちをした。気を失っているリカを私達に頼んだ後、葉佩は新たなる敵と対峙したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

失われた記憶がよみがえる。リカの頭の中でオルゴールの声がした。割れたガラスの破片のような記憶が、頭の中でバラバラになりながら再生される。何かが弾けた。ダムが決壊するように記憶の洪水が頭の中を駆け巡る。

 

それはまっ黒な過去のドアがかすかにきしんで、最初の曙光が射しこんでくるのに似ていた。

 

リカが生まれた時に渡されたオルゴールを片手に、父親はリカを悲しませる自分の無力さに気づくのを恐れるあまり死について向き合わせなかったことを謝罪した。そして母親は二度と会えないことを告げた。リカは母親に会えないのはもっと嫌だと泣きわめき、父親は悲しげな顔をした。何度も諭されても理解出来ず、教会を抜け出して泣いた。そして父親の言葉は嘘だろうと考えて、また母親を連れてきてくれといったのだ。父親は根気強く死について教えようとしたが15まで与えるだけの優しい虐待をされてきたリカは理解することが出来なかった。

 

「お父様......」

 

見捨てられたリカは呆然としていた。そして全寮制の高校に進学させられることになった。絶望の最中に《生徒会》の《執行委員》に任命されて、辛い記憶を封印したリカはある日担当することになった《遺跡》にいってみた。

 

手紙が入っていたのだ。願いを叶えたいなら《遺跡》にいけと。《化人造成の間》はリカが担当するエリアだった。一連の流れはしんとした夜更けによく響く鐘をうち鳴らしたみたいにリカの頭の片隅にこびりついていた潜在的記憶を一瞬にしてありありと蘇らせた。

 

母親と父親からの贈り物から流れてくるメロディを忘れたリカは余りにも無防備な子供だったのだ。その声はリカの身体に激しい個人的な揺さぶりのようなものを与えたのだ。

 

そう、それはとても個人的な種類の揺さぶりだった。まるで長いあいだ眠っていた潜在記憶が、何かのきっかけで思いも寄らぬ時に呼び覚まされたような、そんな感じだった。肩を掴まれて揺すられているような感触がそこにはあった。これまでの人生のどこかの地点で、深く関わりを持ったのかもしれない。スイッチが自動的にオンになって、リカの中にある何かの記憶がむくむくと覚醒したのかもしれない。

 

葉佩が次々質問すると糸がほぐれて記憶が回復する。具体的な場所が意識にのぼれば、いやおうなしに記憶は自ら記憶を掘り返しはじめ、穴や理由を埋めようとする。

 

リカの心が記憶をさかのぼってゆく間の、ほんのわずかの時間だ。頭の中が広々とした雪の草原のように真っ白になり、高い高い空の果てで何かが微かに響いていた。思い出が、匂いや音ごと甦ってきた。

 

気づいたらリカは泣いていた。あのエリアの碑文はなぜかリカは理解出来たのだ。器を用意して黒い液体をいれたら死者は蘇ると。それを記憶を失っていたリカは父親からのプレゼントだとさっかくしたのだ。

 

そこからはもうもっとたくさんの、言葉ではなくてある種の情報の洪水だった。あるデータを封じていたのに、何かの手違いでまとめて呼び出してしまったような塊が、まとめてどかんと入ってきた。

 

リカは動揺した。なんでこんなきっかけでこんなことになってしまうのだろう? それらはどんどん流れを作り、筋道にそってあっという間に並べかえられてひとつの物語を作ろうとしていた。その処理は勝手にどんどん行われ、ただ見ているしかなかった。もっと高度で、もっと完璧な、完成されていて丸くて立体で、リカの情の入る隙間もないほど厳密なもの。  

 

大きな渦巻き、まわりじゅうの人々や、出来事を海みたいに取り込んで、満ちて引いてリカ独自の色に染め抜かれた世界に一つしかない、あるいは皆と共通の一つのシルエットを 創る流れのらせんを感じた。  

 

アンドロメダみたいによく知っていて、きれいで遠い姿をしていた。  

 

そして、目をあげると。ありとあらゆるものが、歴史をたたえてそこに存在していた。さっきまでとは、世界が違ってみえた。  

 

リカの記憶の欠けていた所が戻ってきたのだ。声に出してそう言ってみたけれど、何よりもさっきまでそういうのが思いだせない、混乱していた部分を自分が持っていたというのがもう感覚としてわからなかった。  ただ、何一つ変わっていないように見える遺跡のものが、突然ひとつひとつ別のデータを表現しているように感じられた。

 

「お父さま......」

 

リカはオルゴールを抱きしめていた。

 

 

「その手紙ってある?」

 

「もちろんございますわ」

 

リカは生徒手帳をみせた。

 

「......」

 

葉佩はH.A.N.T.を起動して、照合をこころみる。

 

「......新しい江見睡院メモだ」

 

一瞬空気が凍った。

 

「と、父さんのメモを誰かが椎名さんに渡したってこと!?」

 

「ちがう......違うよ、翔クン。これは18年もたってない、紙こそ同じだけど文章自体が新しい。つまりこれは」

 

「父さんの新しいメモ?」

 

私は声が震えているのがわかる。

 

「このお手紙が江見クンのお父様の書いたもの?葉佩クン......あなたはいったい......」

 

「俺は人呼んで平成のトレジャーハンター、宝探し屋さ」


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