憑依妖魔学園紀(九龍妖魔学園紀✕クトゥルフ神話)   作:アズマケイ

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月光のさす場所4

昼休みになり、私は気になることがあって保健室に向かった。

 

「瑞麗先生なら、薬の在庫を取りにでかけたわ」

 

「あ、白岐さん。ごめん、起こした?」

 

「いいえ......目は覚めていたから」

 

「そっか、ならいいんだけどさ。白岐さん、体調悪いんだろ?寝てなくて大丈夫?」

 

「......どうして......いえ、なんでもないわ、ありがとう。八千穂さんがお見舞いにきてくれたから、おしゃべりしたら気分が紛れたわ」

 

「そっか、ならいいんだけど。今日は冬至だからね、無理しちゃダメだよ。人間太陽の光を浴びないと気分が塞ぎがちになるものだからね」

 

「......そう、ね......。ここのところ、曇りか雨だから、そのせいかしら......」

 

「一気に寒くなったからね」

 

「ええ......」

 

「それで、さっきはなんて?」

 

「......今日は体調が悪い人が多いみたいだわ。私のほかにも何人か......そう、あなたのお友達も休みに来たり、薬を貰いにきていたわ」

 

「えっ、誰?」

 

私は聞いて驚いた。《生徒会執行委員》だった生徒たちが体調不良を訴えているそうである。白岐さんは今日が《遺跡》の封印がもっとも薄くなる日だから、その要たる白岐さんが体調不良になるのもうなずけるが、《生徒会執行委員》までもが体調不良となると《黒い砂》にも関係があるのだろうか。

 

「みな、夢見が悪いのだといっていたわ。私も、夢を見たの」

 

「夢?」

 

「誰かが、私を呼んでいるの。暖かい光と深い深い闇、どちらからも聞こえてくる。私自身もまだよくわかっていないことを、あなたの方が知っている気がする。......あたっているのかしら?」

 

「その闇の声は私に似た声?」

 

「......ええ」

 

「金色の目をしている?」

 

「......いいえ、そこまではわからないわ」

 

「そっか......。それはたぶん、白岐さんが肉体じゃなく魂でその人を見るからそう見えるんだね。私の体、魂の遺伝子にはその闇が起源のなにかが刻まれているからね。私が1番近いから、そいつは私の形を借りて呼びかけてるんだ。悪いことは言わないから、光の方に耳を傾けるんだよ」

 

「......ふふ」

 

「どうしたの?」

 

「いえ......同じことをいうから」

 

「同じこと?」

 

「なんでもない。ただ、あなたが羨ましく思うわ。あなたは自分で自分のことがよくわかっている。私は不安で怯えていることしかできなかったのに、あなたはずっと足掻いている」

 

「それしかできないからね」

 

「そう......なの?」

 

「そう、止まったら死ぬの」

 

「......なら、皆守さんもそうなのかもしれないわ」

 

「え?」

 

「あなたと初めて話したあの温室、実はあまりしられていない場所なのよ。皆守さんは温室を知っているわ。年に1度、綺麗に花が咲いている場所を訪れるの。そこでラベンダーの花束を供えていくわ。ただ.....私が前に世話をするために見に行ったら、怖い顔をした皆守さんとすれ違ったの」

 

「それほんと?」

 

白岐さんはうなずいた。

 

「荒らされていたわ......見舞う人はいないけれど、ちゃんと世話されていた誰かのお墓......。ひどい有様だったわ」

 

私は血の気がひいた。

 

「どんな、ふうに?」

 

「掘り返されていたわ......スコップと、バケツが転がっていて......四角い穴があって......たくさんの破片が......包帯が......あと黒い砂......全部ずたずたで......。行方不明になった誰かのお墓だと思うのだけれど、ひどいことをする人がいると思ったわ......。次の日には元に戻っていたけれど。温室の植物も......たくさん無惨に手折られていたの........皆、精一杯生きているのに.......ひどいことを......」

 

「......ありがとう、白岐さん、話してくれて。たぶん、そのせいだと思う」

 

「そう......力になれたなら、よかった。皆守さん、あの日から機嫌が悪いようだから、心配していたの。葉佩さんやあなたともうまくいっていないようだし.........。余計なことだったらごめんなさい。気になってしまって..........」

 

「九ちゃんが仲直りするっていってたから大丈夫だよ、きっと」

 

「そう......よかった......」

 

私は言葉を切った。瑞麗先生が帰ってきたからだ。

 

「おや、いいのかい?大事な話だったようだが」

 

「もう、大丈夫です」

 

「......私も......はい」

 

「そうか、ならいいんだが。で、君はなんの用事だい?体調不良じゃなさそうだが」

 

後ろの棚の鍵を開けて、ビタミン剤やらなんやらを入れていく瑞麗先生を見ながら私はいった。

 

「過呼吸って、長い間放置したらどうなるか教えてもらえませんか?」

 

「過呼吸?また随分といきなりだが......君じゃなさそうだな......」

 

どうやら瑞麗先生は私と白岐さんの込み入った話に配慮して待っていたらしい。皆守の名前は出てこないようだ。

 

「まあいい、それは肉体的要因かい?それとも精神的?」

 

「精神的な方だと思います」

 

「そうか、なら過呼吸じゃなくて、換気症候群の方だな」

 

瑞麗先生は教えてくれた。

 

換気症候群とは、精神的不安や極度の緊張などにより過呼吸の状態となり、血液が正常よりもアルカリ性となることで様々な症状を出す状態のことである。

 

神経質な人、不安症な傾向のある人、緊張しやすい人などで起きやすいとされる。

 

何らかの原因、たとえばパニック障害や極度の不安、緊張などで息を何回も激しく吸ったり吐いたりする状態(過呼吸状態)になる。すると、血液中の炭酸ガス濃度が低くなり、呼吸をつかさどる神経(呼吸中枢)により呼吸が抑制され、呼吸ができない、息苦しさ(呼吸困難)を感じる。このために余計何度も呼吸しようとする。

 

血液がアルカリ性に傾くことで血管の収縮が起き、手足のしびれや筋肉のけいれんや収縮も起きる。このような症状のためにさらに不安を感じて過呼吸状態が悪くなり、その結果症状が悪化する一種の悪循環状態になる。

 

自覚症状には息をしにくい、息苦しい(呼吸困難)、呼吸がはやい、胸が痛い、めまいや動悸などがある。手足のしびれや筋肉がけいれんしたり、収縮して固まる(硬直)症状がでる。

 

意識的に呼吸を遅くするあるいは呼吸を止めることで症状は改善する。本人は不安が強くなかなか呼吸を遅くすることができない。できるだけ安心させゆっくり呼吸するようにいう。

 

一般に予後は良好で、数時間で症状は改善する。

 

「過換気症候群には2つの病型がある。さっきいったのは急性の病型だ。慢性のものに比べて認識しやすい。慢性の過換気症候群は急性のものより一般的だ。呼吸困難は、窒息にたとえるほど、ときに非常に重度で、随伴症状としては、興奮および恐怖感、または胸痛、腕より先の硬直、失神前状態または失神などがあり、ときにこれら全ての所見を併せもつことがある。これを初めて感じた場合、かなりの精神的負担となる」

 

「そんなにですか」

 

「ああ。慢性の過換気症候群は症状がはるかに軽度で、しばしば見逃される。深いため息を頻繁につき、気分障害、不安症、および精神的ストレスに関連した非特異的な身体症状を呈することが多い。ただ、最初の発症が急性の場合は、パニック障害あたりに派生することがよくある」

 

「気分障害......いわゆるうつ状態ですか」

 

「ああ。病は氣から、というだろう?それだけ精神と肉体は密接に絡みついている。だからストレスが原因で体調不良が起こるのさ。君が心配しているその人には、是非とも専門的な精神科や診療科を受診するよう進めたまえ」

 

「......出来たらすぐにでもそうしたいんですけどね」

 

「まあ、なにかあったら、また来なさい」

 

「ありがとうございます」

 

私は白岐さんのほうをむいた。

 

「そうだ、白岐さんには《夜会》の招待状は届いてる?」

 

「え?ええ......私は行くつもりはないのだけれど......」

 

「もう誰かに言われたのかもしれないけど、一応いっとくね。今日は冬至、鎮魂祭の日だ。天照大御神の力が最も弱まる日でもあるし、龍脈が活性化している今、《遺跡》の闇がもっとも強まる日だから、悪いことは言わないから、行った方がいいよ。君なら悪いようにはされないと思う」

 

「............不思議ね、ほんとうに同じ事をいうなんて」

 

白岐さんは少し考える素振りをみせると、私のブローチを見ていった。

 

「それ、あなたにはとても必要なものだと思うわ。學園の闇から隠してくれる」

 

「やっぱり?あれきり謎の襲撃がやんだんだよね」

 

「ただ......」

 

「ただ?」

 

「必ずしもいいものとは限らないわ。あなたがあなたであるためには。だから、気をつけて。私は今のあなたがいいと思うの。夢の中で私を呼ぶあなたにはなって欲しくはないわ」

 

「あー......影響はうけてるわけだね、自覚はないんだけど。そうか......わかった、気をつけるよ」

 

「ふむ、ちなみにそれは誰からの贈り物だい?」

 

「父さんからです」

 

「..................そう、か」

 

「一応、九チャンたちには問題ないって言われてるんですけどね」

 

「......ただちには、の可能性がある。なにかあっては遅いから、無茶だけはするんじゃないぞ」

 

瑞麗先生はためいきをついた。

 

「夜会か......今年は泊まりのようだが、どうやら1999年、1980年にも泊まりだったようだね、マスターがいっていたよ。今年は一体何人ここに運び込まれることやら」

 

「......どっちも龍脈が活性化した年じゃないですか」

 

「そうだな。ちなみに去年は会場ではしゃぎすぎたり、倒れたりする者が何人もいてな。今年は違う意味で倒れる者が現れそうだから、気をつけたまえ」

 

「わかりました。ありがとうございます」

 

「ま、君なら心配ないとは思うが、くれぐれも気をつけるようにな」

 


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