超人秘密結社元構成員『緑谷出久(21)』の活動記録   作:久路土 残絵

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第3話 『腕』

 超常能力《個性》の出現によって、世界はあらゆる面での改革を余儀なくされた。それらは司法から社会制度の末端に至るまでと様々だが、その中でも厳重に定められ、なおかつ誰にでも関わりがある改革と言えば、やはり遺体の取扱いについてのものだろう。

 理由は幾つか挙げられるが、発端となったのは一件の爆発事故。それは《発火》の個性所持者を火葬した際に発生したものだった。

 

『発火能力者を火に()べる』

 

 言葉にするにも滑稽で、現代においては万人が失笑を漏らすような珍事件だ。しかし、個性が創作物における超能力(ESP)のような、不可思議な力だと大衆が誤認していた個性黎明期においては、往々にして見られた無知が引き起こす事故だった。

 

 そう、個性は決して不思議なパワーによる謎の現象などではない。

 どれだけ不可思議な現象を引き起こそうと、それはあくまでも身体機能によるものだ。超音波を発するコウモリの発音器官のように、あるいは変色するカメレオンの皮膚のように、特殊な現象を引き起こすための器官が身体のどこかに必ず存在する。一口に《発火》の個性といっても、無から火を生み出しているワケでは決してない。専用の器官を用いて発火に至るまでの科学的な工程を確かに行っているのだ。

 

 ある者は指先に生まれ持った特殊な器官で気体を操ることで発火させた。

 ある者は集光機能を宿した眼球によって太陽光を収束させることで発火させた。

 そして、(くだん)の火葬された遺体の個性(発火)の仕組みは、個性由来の臓器によって生成された可燃性のガスを火種に発火させるというものだった。

 

 つまり事故は、死後も密かに遺体内部に蓄積し続けていた個性由来のガスによって引き起こされたものだったのだ。そして代表的なこの事例を皮切りに、次々と類似する個性事故が多発することとなる。それによって、死後の解剖──―正確には個性の解明を義務化せざるを得なくなったのだ。従来の解剖の意義である事件性の有無の確認等は勿論のこと、何より純粋な安全管理の為に。

 

 某県医大 法医学解剖室

 無機質な部屋の中では、二人の個性監察医が県警から緊急の解剖依頼があった遺体の到着を待っていた。

 

「やはり少し……動きづらいですね。研修医時代以来ですよ。コレを着るのは」

 

 酷く篭った男の声。青年は厚手の防護衣を身に纏い、可動域を確かめるように腕を動かしている。

 

「アタシは10年ぶりってところかね。ま、怪我ぁしたくなけりゃ大人しく着ていることだね」

 

 応じるのは、しわがれた女性の声。壮年の女医は落ち着き払った様子で、久方ぶりに使う器具を検めている。

 彼らが客観的に見ても動きづらそうな防護衣を身に纏っているのは、言うまでもないが安全のためだ。

 この現代においては、治療・解剖等の目的を問わず、医師が直接執刀を行うのは極めて稀なことなのだ。なにせ、昔は光る、火を吹く、風を起こすと単純だった個性は、世代を経るごとに複雑化が進み危険性を増している。個性が明らかになっていない人体にメスを入れることは、爆弾処理に例えられる程であり、本来であれば医師の安全を考慮して、遺体を頑強な手術室に置き、別室からマニピュレーターを操作して遠隔で行うべきものだ。

 

 だが、そうすることが出来ない事情があるからこそ、彼らは防護衣を纏い手術台の前に立っている。

 

「しかし、一体どんな個性なのでしょうか。写真に映らないなんて()

 

 青年は、事前に共有された遺体の情報を反芻して呟いた。

 現場写真を撮った鑑識官からの情報によると、現像した写真にはその姿が写されていなかったという。

 

「ただ見えないだけなら、光や色素へ干渉する能力がベターだが……今回の場合、肉眼では像を捉えられるが写真には写らないのが肝だねぇ。可能性としては肉眼とレンズの機能の違いの穴を突くような個性……。可視不可視が肉眼とカメラで逆であれば、他にも個性の候補に挙げられるんだけどね……アンタの方はどう考える?」

 

 女医師に問い返された青年医師は、少し沈黙を置いてから、思いついたように口を開いた。

 

「個性『吸血鬼』なんてどうでしょう。ホラ、鏡や写真に写らない──―なんて聞いたことがありませんか?」

 

 女医師は青年医師の突拍子もない言葉に、一瞬呆けたが、やがて肩を震わせ始めた。

 

「くく、面白いことを考えるじゃないか。い、いや、馬鹿にしているわけじゃないぞ? 最近の個性は開けてビックリなんてことが多いからね。この仕事をするうえで型に囚われない発想は大切だ。だけどクソ真面目な君が言ったと思うと……くふふふふ」

 

 不謹慎だという自覚はあるのだろう。必死に笑いを押し殺そうとしている女医師に、青年は眉を顰める。

 

「悪かったですね。普段は面白味のないクソ真面目で。まぁ……少し高揚していたことは認めますが」

「ぐふふ……高揚?」

「実は、ヒーロー志望の妹が例の事件を気にしていまして」

「ああ、なるほどねぇ」

 

 これから運び込まれる遺体は、昨日発生した『廃ビル消失事件』の現場近くで発見されたものだ。

 事件の現場には他にも学生のものと思われる私物が散乱していたことから、消失に巻き込まれた民間人がいる可能性があると考えられている。その為、事件に関連があると見られるその遺体の個性の解明及び身元の特定が急がれていた。

 発見された遺体が消失の原因になった人物のものであれば、事件の解明ひいては被害者の救出の大きな助けとなるだろう。

 解剖医の仕事というのは、基本的に終わった後()の始末だ。今生きている命の為に仕事をする──―言うなればヒーローのような仕事をする機会は滅多にない。

 

「そりゃあ、お兄ちゃんとしては格好いいところを見せたいねぇ」

「申し訳ありません。気持ちを切り替えます」

「分かっているなら構わないさ。遠隔執刀と直接執刀は別物だ。浮かれてかかると足元掬われるよ。まぁ、安心しなよ。万が一の時は、私の個性で助けてあげようじゃないか。ほら、『吸血鬼』は流水を嫌うって話もあるだろう?」

「……勘弁してください。それに先生の個性って、以前親睦会で披露していた百均の水鉄砲みたいなアレですよね……?」

「ほう? なにか文句があるのかね? 使えば孫が笑顔になる最高の個性だが?」

 

 女医師は大げさに肩を竦めておどけて見せた。

 

 そして程なくして、県警から遺体が到着した報せが届いた。

 室外から遺体を手術室内に搬入するための昇降機が稼働し、室内中央に自動的に大型の機械箱が運び込まれる。『棺』と呼ばれるこの箱は、ヴィラン護送用の移動監獄と同じ特殊合金で製造られており、耐毒・耐火・耐衝撃、内外からのあらゆる個性攻撃に備えたものだ。

 

 この中に、例の遺体が収められている。

 

 女医師の指示を受け、青年医師は『棺』に歩み寄る。

『棺』の操作パネル上で青年医師の指が踊り、それを機械音が追いかけた。

 (つつが)なく認証が行われると、堅個な外装は、腐敗抑制のための冷気を漏らしながら重々しく展開した。

 

 顕わになったのは……『一本の腕』だった。

 

 そして──―。

 

『うわああああああああああああああ!』

 

 手術室の外、室外から記録の為にモニター越しに立ち会っていた医師が悲鳴を上げた。

 その『腕』に、青年医師は眉を顰め、女医師は言葉を失った。

 棺の中の腕に、青年医師は酷く見覚えがあった。

 趣味のテニスで日焼けした浅黒い肌、若いながらも多くの施術を経験した器用そうな手指、そして──―妹から贈られた組紐の腕輪。

 

「俺の……俺の腕?」

 

 口を突いて出た荒唐無稽な呟きは、しかして紛れもない真実だった。

 長年共にあった体の一部を見間違えよう筈もない。

 

 なら、これは? いまココに生えているものは? ()

 

 青年医師は言いようのない悪寒を覚えながら、自らの左肩から生えた腕()に視線を向ける。いつの間にか乱雑に引き裂かれていた防護服の左腕部からは、自身の腕とは似つかない病的なまでに白い腕が伸びていた。

 白蝋を固めたような色素の薄い皮膚に、鮮血の如き赤で刻まれているのは恐ろしく精緻な刺青。それは思いついた紋様をただ刻んだようでありながら、数式のように緻密な規則性を持っている。それは悲嘆を表現しているようでありながら、狂喜を表現している。

 幾つもの矛盾を孕んだその紋様は、青年医師の視線を奪った。

 

 ──―美しい。

 

 そんな場違いな感傷を得ると同時に、頭蓋の内で爆竹が爆ぜたような衝撃が弾けた。

 どろり、世界が緋色に染まる。意識が、何かに溶けていく。

 まるで自分の存在を一滴の雫にして大海に落としたような、途方もない喪失感。

 胃が裏返るような吐き気に襲われ、堪えられずに内容物を床に吐き散らかした。

 乾く、渇いてしまう。細胞の一つ一つが乾燥して、ささくれ立っていく。

 

 一体自分に何が起こった? どうなっている? 

 ああ、痒い、苦しい。耐えられない。水、誰か水を──―。

 耐えがたい喝感に、喉に爪を立て掻きむしり、嗚咽を漏らす。引き裂けた喉からは自身の血液が溢れ、それを掬い、舐めて、欲求を誤魔化した。

 

『──―!』

 

 ふと、何かに身体を揺さぶられた。

 音が、遠い。靄がかかっている。だが、何かを叫びかけられていることに気が付いた。

 

『──―丈夫──?! ──識は──―か──―!?』

 

 声に振り向いた青年の顔が、ほっと安堵と歓喜に染まった。

 そこに──―水袋があったからだ。

 クリスマスにプレゼントを貰った子供のように、青年医師はソレに飛びついた。邪魔な包装を破り捨て、爪で袋を切り開いた。噴水のように溢れ出たのは甘美な液滴。それを浴びるようにして飲み下す。

 だが、たったこれだけでは一時凌ぎだ。肉体は、なおも恐ろしい勢いで渇いていく。

 足りない。足りない。足りないのだ。

 

「たri……ナィ」

 

 *

 

 同日、同時刻。某県警8階応接室。

 そこに《No.1ヒーロー》オールマイトは訪れていた。

 ただし、その姿はTVや雑誌で誰もが知る筋骨隆々とした偉丈夫ではない。

 頬がこけ、目が落ち窪んだ不健康な顔に、(つまづ)き転べば骨が折れてしまいそうなほどに痩せ細った貧弱な体躯。これは過去の戦いで負った傷により憔悴した、彼の真の姿(トゥルーフォーム)だ。

 

 世間に秘した姿を晒し、テーブルを挟んで対面するのは一人の刑事──―塚内直正(つかうちなおまさ)だ。

 日々凶悪な個性犯罪に立ち向かう彼らは、事件現場で顔を合わせることが多く、今では互いを親友と呼ぶ間柄だ。『平和の象徴』の衰弱という、明るみに出れば確実に世を乱す秘密を明かしていることが、彼らの関係の深さを何より物語っている。

 

「なんということだ……ッ!」

 

 そんな友を前にして、オールマイトは痛切に吐き捨てた。

 骨ばった手には、塚内の権限で閲覧を許された『とある事件』の捜査資料の写しが握られている。

 彼の視線は、資料の中の一枚の写真に注がれていた。

 そこに写されていたのは一冊のノート。焼け焦げ、煤に塗れた表紙には、ネームペンで《将来のためのヒーロー分析》と記されている。

 

「……気を落とすな。まだ何かあったと決まったワケじゃない。だいたい……突然ビルが音も無く消し飛ぶなんて誰が予想できる」

「いいや、ビル消失以前の問題だ……態々(わざわざ)あんな場所で現実を突きつける必要は無かった。緊急時とはいえ置き去りにしたのもどうかしていた。相手は未熟な学生だというのに……! 事件が無くとも魔が差して身を投げていたっておかしくはなかった……!」

 

 狼狽するオールマイトを見かねて塚内が慰めの言葉を吐くも、彼はそれを素直に受け取ることはなかった。塚内の言う通り今回の事件は予期できるようなモノではなかった。オールマイトもそれは理解している。しかし、どこまでも善性の人間である彼は、胸の内に溢れる慙愧の念を止められなかった。

 

「しかし、なんだ、今回の件は君らしくもあるが……君らしくないな」

 

 ふと呟かれた塚内の言葉は、酷く曖昧なものだった。しかし、オールマイトには彼の言葉の意味するところが齟齬無く伝わっていた。塚内はこう言っているのだ。

『少年への言動は『八木俊典(やぎとしのり)』らしくはあっても、『オールマイト(平和の象徴)』らしくはなかったのではないか』と。

 

「ああ……私もそう思うよ」

 

 ファンに『貴方のようなヒーローになれるか』と問われることなど、トップヒーローであるオールマイトにとっては日常茶飯事だ。普段の彼ならば現実的な指摘をしつつも、最後には『諦めるな』と『努力すればきっと叶う』と、希望ある言葉で話を結んだはずだ。

 だが、あの少年にはそれをしなかった。否、出来なかった。

 それは少年がかつての自分と同じ『無個性』だったから──―ということもあるのだろう。

 

 だが、それだけではない。

 

 オールマイト自身、明瞭に言語化することが出来ずにいるが、あの時──―視線を交え、言葉を交わしたことで感じた『確たる何か』が彼の口を閉ざさせたのだ。

 

「……捜索は続ける。大丈夫。きっと良い知らせを聞かせてみせる。だから気を落とすな。……平和の象徴はいつも笑顔、だろ?」

 

 塚内は冗談めかして、両手の人差し指で自身の口角を持ち上げた。

 偶然ではあるが、その仕草はオールマイトにとって特別な人物を想起させるものだった。波立つ心が少しだけ静まり、歯を食いしばる力が抜けていく。

 

「……ありがとう塚内君。直接足を運んだのは正解だったよ」

「礼なんていいさ。君にはいつも無理ばかり掛けている」

 

 僅かに気恥ずかしい空気が流れ、誤魔化すように塚内がティーカップに手を伸ばす。

 しかし──―塚内の指先はティーカップの取手をすり抜けた。突如としてソファーごと仰向けに転倒することになったからだ。

 オールマイトの細腕が、突如として塚内を突き飛ばしていた。

 

『一体何を』塚内が問おうとしたその瞬間──―日常が終わりを告げる。

 

 爆音、衝撃、突風、水飛沫。青天の霹靂に叩きつけられた情報の飽和。

 そして、水煙が晴れ、視界に飛び込んで来た光景に塚内は絶句した。

 

 県警本部が両断されていた()

 オールマイトと塚内の間を境界として、まるで薪でも割ったかのように。

 

 事態の発生から数秒遅れて、無数の警報が鳴り響く。そのけたたましい音によって塚内は我に返る。

 誰に問うまでもなく異常事態と分かる。そして情けない事だが、事態を収拾するのは一刑事でしかない自分の手に余る事は明白だった。だから塚内は叫んだ。友に向かって。

 

「オールマイト!」

 

 塚内が声を上げた時、無二の友は既に最高のヒーローへと変貌していた。

 

 *

 

 オールマイトは塚内の叫びを背に受け、割断された県警本部の狭間を飛び出した。

 落下の最中、その濡れた断面から敵の個性を分析する。恐らくは水を操る個性。極限まで圧縮された水流に切れないものは無く、ダイヤモンドでさえも容易く切り裂くと聞いたことがある。しかし不幸中の幸いか、そのあまりに鋭い切れ味故に建物が即時倒壊するような事態にはならなかった。救助までの猶予はある。このヒーロー飽和時代、1分と待たずに多くのヒーローが駆け付けるだろう。

 

「ならば私がするべきは!」

 

 オールマイトは空中を殴りつけ、その反作用で加速する。

 向かう先は高圧水流の発射地点。近隣にある医大敷地内、水流で抉れた地面の狭間から覗く地下施設。そこに、オールマイトは流星のように降り立った。

 落下の衝撃で立ち昇った土煙を、オールマイトが剛腕の一薙ぎで晴らすと、視線の先、医療施設と思われる一室の薄闇の中で緋色の瞳が瞬いた。

 

「ッ!」

 

 オールマイトが腕を十字にガードを固めたのは、反射的なものだった。

 ほぼ同時に、途方もない衝撃が浴びせかけられる。

 

「随分な歓待じゃないか!」

 

 オールマイトに浴びせられたのは、先程ビルを両断した超高圧水流。

 ダイヤモンドすら切り裂く流体の名刀は、容赦なくオールマイトに襲い掛かる。

 常人ならば1秒にも満たないうちに、挽肉になったことだろう。

 だが、言うまでもなく──―オールマイトは常人などではない。

 超常能力がひしめくこの現代で、存在するだけで犯罪を抑制すると言わしめた超人中の超人だ。

 

CALOLINA(カロライナ) ────SMAAAAASH(スマァァァァッシュ)!」

 

 筋肉が躍動する。クロスガードの体勢から放たれたのは乾坤一擲のクロスチョップ。

 水流が十字に裂け、その余波は衝撃波を生み、ヴィランの体勢を大きく崩させた。ヴィランは膝を突きながらも再度個性を行使すべく掌を突き出す。

 だが、遅い。

 距離にして20M。オールマイトが地を蹴れば瞬く間に彼我の距離は消え失せる。

 

「SMASH!!」

 

 ヴィランの腹部にオールマイトの拳が叩き込まれた。

 絶妙に加減された剛拳は、その命に指を掛けることなくヴィランの意識のみを刈り取って見せる。

 オールマイトは膝から崩れ落ちたヴィランを受け止め、床に寝かせる。ヴィランは壮年の女性だった。

 しかし、その姿は異様と言う他ない。例えるならば、一度ズタズタに引き裂いた人形を、子供が拙い技術で縫い合わせたような……およそ何故動けるのかが分からない。そんな有様だった。

 事情は分からない。しかし、幸いここは医大の施設内。手配すれば迅速に処置を受けられるだろう。助かる可能性は……ある。

 

 オールマイトはベルトの内側から携帯を取り出すと、履歴を呼び出し塚内の名前をタップする。

 ──―地上から引き裂くような悲鳴が聞こえたのは、4度目のコールと同時だった。

 跳ね上がるように地上を仰ぎ、オールマイトは飛び立つべく腰を落とす。

 その時、何かが足首を掴んだ。それは、気絶させたはずのヴィランの腕。

 

「まだ意識が──―!?」

 

 壮年の女性の肉体が、水風船のように膨張した。

 

 *

 

 塚内は悪夢のような光景に目を剥いた。

 オールマイトが飛び去った直後、階下からの悲鳴を受けて駆け付けると、そこでは──―人間が捕食されていた()。比喩などでは無い、文字通りの意味で。

 

 肘から下で切り落とされた人間の腕のようなその異形は、断面から無数の肉色の触手を伸ばし、貫き捕らえた人間から血液を啜っていた。手元に手繰り寄せられた人間に至っては、掌に浮き上がった口腔でもって、齧り付かれ、嚙み千切られ、無残な肉片となり果てていた。

 

「こ……れは……」

 

 開いたままになった塚内の口から掠れるような声が漏れる。次の言葉を発せない。

 塚内は凶悪な個性犯罪と長年闘ってきた現場叩き上げの刑事だ。個性を用いた殺人事件を追ったことは数知れず、中には目を塞ぎたくなるような猟奇的な事件だって幾つもあった。その結果、塚内は良く言えば成長し、悪く言えば慣れた。

 多くの事件を経て塚内は、一般人が見れば嘔吐するような惨状の中であっても、強靭な心を以って事件の解決に尽力することが出来る。そういうベテランの刑事になっていた。

 しかし、その塚内からしても、目の前の光景はあまりにも──―。

 

「giぃ?」

 

 異形の腕が塚内の存在に気が付いた。手の甲が3cmほど一文字に裂け、そこからギョロと眼球が剝き出した。緋色の視線は塚内の身体をじっとりと舐め上げる。その視線には害意も、敵意もない。

 だが、氷柱を丸呑みさせられたような窒息感と悪寒が、塚内の全身を粟立てた。

 塚内はその視線に既視感を覚えた。

 例えるならば─―人間がスーパーで肉の良し悪しを値踏みしている。そんな視線だ。

 

「おっ、うおおおおおおおおおおおおおお!」

 

『食料として値踏みされる』その本能的な恐怖に支配された体を奮い立たせるように、塚内は咆え猛り、銃口を敵に向け、威嚇も無しに引鉄を狂ったように引き絞る。

 放たれた弾丸は5発。半ば恐慌に陥りながらの発砲ではあったが、元の腕の良さ故か3発が敵へと着弾する。しかし──―。

 

「すり抜け……た!?」

 

 否。確かに弾丸は異形の腕を傷つけた。

 高速回転する9mmの鉛玉は、異形の表皮を裂き、肉を抉り貫いた。

 ただ、『すり抜けた』そう錯覚する程に速く、治癒が完了しただけだ。

 塚内の所持する日本警察の制式拳銃の装弾数は5発。震える指は、今も引鉄を引き続けているが、無情にも銃火は上がらない。

 

「くそっ! くそっ! くそっ!」

 

 弾は切れた。塚内の個性は戦闘に向いたものではない。もう──―抗う術はない。

 塚内に向かって無数の触手が殺到し、直前に目の当たりにした無残な死体が、己の末路として走馬灯のように想起される。

 しかし、塚内に触れる刹那、全ての触手が爆散した()

 異形と塚内の間に遮るように現れたのは、最強のヒーローの背中。

 

「無事か塚内君!」

「オールマイト! 助かった! ッ……! 君こそ怪我を!」

「下で制圧したヴィランの自爆を止められなかった。周囲への被害を抑えるために少々無茶をしてね。……アレは?」

「分からない。正体も、目的も。思想犯にしても、わざわざ地方の一警察署を襲う理由は思いつかない。複数犯だったことを考えると、更に他にも仲間がいて、どこか他所で目的を遂げるために、君をここに留めるための陽動という可能性もある」

 

「しかし──―黒幕が居るにせよ、居ないにせよ、分かることが一つだけある。少なくとも、目の前のヴィランの目的は……人を喰らうことそのものだ」

 

 オールマイトは塚内の言葉を受けて、拳圧で吹き飛ばされ壁際に転がった異形の腕から僅かに視線を外す。そして、散乱する衣服だと思っていたものが、吸血されて殆どの体積を失いミイラのようになった警官達だと気が付いた。

 

「Holy shit……! なんということを……!」

 

 惨劇の元凶を睨みつけるオールマイトと、ヴィランの視線が交差する。

 

「たri無ィ」

 

 異形の腕は、ポツリと呟くと、足代わりの五指を床に突き立てその身を起こす。

 

「たri無ィ」「たri無ィ」「たri無ィ」「たri無ィ」

 

 そして堰を切ったように、掌に、手の甲に、手首に、腕に、裂けるようにして現れた口蓋が、一斉に飢餓を訴え、壊れたラジオテープのように繰り返す。

 

「──―!」

 

 そして、それらがピタリと閉口すると同時に、無数の触手がオールマイトに襲い掛かった。

 塚内を背にして、オールマイトは手刀で迎え撃つ。オールマイトの本気の手刀は、超高速で振るわれる大鉈のようなものだ。鋼の鞭のような触手の群れを草花でも刈るように薙ぎ払う。切断される都度に触手は再生を繰り返すものの、オールマイトの方が速度で勝る。

 

 ──―あと数瞬で押し切れる。オールマイトがそう考えた瞬間、まるで掃除機のコードのように触手が腕内へと一斉に取り込まれた。

 そして──―『腕』に刻まれた精緻な紋様が緋の光を帯びた。

 

「させるものかッ!」

 

 オールマイトは、その輝きが弓を引き絞るような『溜め』であると察知した。

 砕けるほどに床を蹴り、体当たりによってヴィランを外壁ごと建物の外へと押し出す。危険な輝きは先手を取った一撃によって霧散する。

 飛び出した先は地上7階。噴き上げる突風。空中に、瓦礫とガラス片が舞って散る。そしてそれらが重力に囚われるまでの一刹那、オールマイトは確かに見た。己の姿と景色を写したガラス片に、眼前の『腕』だけが反射していないことを。それはさながら御伽噺に伝わる夜の王のように。

 

「君の目的を──―」

 

 オールマイトはヴィランに叫びかける。しかし返答とばかりに触手による刺突が襲い来る。それはあまりに雄弁な対話の拒否だった。

 

DETROIT(デトロイト)──―」

 

 オールマイトは動脈を正確に狙った触手を、拳を引き絞りながら回避する。

 そしてヴィランの無礼無法に相応しい返礼を見舞う。

 

SMAAASH(スマァァァッシュ)!!」

 

 裂帛の咆哮と共に直下に放たれる右拳。それは何の変哲も無い右ストレート。

 しかし、そこには宙を殴れば空中機動すら可能にするオールマイトの馬鹿げた筋力が一点に収束されている。

 ヴィランは瞬時に硬質の被膜を展開し盾としたが、必殺の剛拳は易々とそれを打ち砕き、まるで威力を減衰されることなくヴィランに着撃した。

 膨大な運動エネルギーを余すことなく伝達されたヴィランは、迫撃砲の如き轟音と共に一条の流星となって駐車場のアスファルトへと流れ落ちた。

 オールマイトも僅かに遅れ、下方への拳打で落下速度を打ち消し着地する。そして武士が刀の血糊を払うように拳を一振りしたところで、ベルトの中で携帯端末が震えた。

 ディスプレイに表示された名前は、上階に居る友の名前。オールマイトは通話ボタンを押した。

 

「塚内く──―」

『オールマイト!』

 

 端末越しの塚内の叫び、そして背後に迫る気配によってオールマイトは後方に向けて防御を固めた。次の瞬間、交差した腕に衝撃が走る。

 衝撃に耐えかねたアスファルトが大きく陥没し、オールマイトの巨体が地面に沈む。

 オールマイトはガードの隙間から、襲撃者を見上げた。踵落としの体勢でオールマイトを見下ろすのは若く精悍な顔つきをした青年だった。その瞳は妖しく緋色に輝き、皮膚は陶器のように白い。そして──―左腕が無い。

 

(あの腕の本体か──―!?)

 

 オールマイトは敵の足首を万力の如き力で掴み取る。そしてそのまま投げ飛ばさんと振りかぶる。

 全体重を乗せた踵落としを防がれ、大きな隙を晒した青年には為す術はない──―筈だった。

 だが、投げ飛ばされるよりも速く、青年はオールマイトに掴まれた足を軸にして、独楽のように回転した。足首は絞った雑巾のように捻じれ、骨が砕ける耳障りな音が鳴る。泣き叫んでもおかしくない激痛が青年を襲っている筈。しかし、青年は顔色一つ変えることなく、渾身の回し蹴りをオールマイトの顔面に叩きつけた。

 

「ぬ゛あっ!?」

 

 呻き声と共にサッカーボールのように蹴飛ばされたオールマイトは、駐車していたパトカーに衝突する。それでも勢いは衰えず、もう10台程巻き込んでようやく静止した。

 すぐさま反撃に移るべく、オールマイトは跳ね起きる。しかし──―。

 

「くっ……」

 

 ガクリと膝が落ちた。

 

(……強い!)

 

 地面に転がったひび割れた携帯端末から塚内の声が聞こえる。

 

『オールマイト! オールマイト! 今情報が入った! 近くのビジネス街で通り魔事件発生! 被害者は50人弱! 居合わせたヒーロー数名が抗戦するも出血多量で重症! 犯人と思われる男は左腕の無い若い男! 男は警察署方面に逃走した! 恐らく片割れだ! 気をつけろ!』

 

 塚内の推測を裏付けるように、オールマイトの視線の先では、『腕』のヴィランが触手を伸ばして青年を絡め取り、肘先に食らいつくように一体化した。

 五体満足になった青年は、何かを確かめる用に自らの左腕を眺め──ー顔を顰めた。

 そして、次の瞬間、異形の腕は枝のように細く長い人差し指を、躊躇なく自らのこめかみに突き刺した。

 

「あ゛っ、ア゛っ、あ゛a゛!?」

 

 言語にならない嗚咽を漏らしながら、青年は何かを探すように頭蓋の中を穿り返す。

 そして、不快な水音と混じり合った嗚咽は、やがて明瞭な音へと変わった。

 

「個性」

「ヒーロー」

「オールマイト」

「なるほど、くだらん世界だ」

「だが、狩場としては上等だ」

 

 青年はこめかみから指を引き抜くと、脳漿に塗れた指先をオールマイトに向ける。

 

「貴様は食いでがありそうだ」

 

 異形の青年から純度の高い食欲を向けられたオールマイトは、されど怯むことなく立ち上がる。

 鼻に詰まった血液を地面に吐き飛ばし、拳を構える。

 

「腹を壊すなよ」

 

 オールマイトの体からは、活動限界(タイムリミット)を告げる煙が、仄かに立ち上っていた。

 

 

 




《Profile》

name:スティーブン・A・スターフェイズ

birthday:6/9

height:182cm

like: -

love: -

ability:エスメラルダ式血凍道

◯権謀術数に長けたライブラのNo.2だ!

◯我慢の限界が近づくほどに優しくなるぞ!

◯出久の血液の特異性に最初に気がついたぞ!

◯当初は自分と同じ役割の人間をライブラ内にもう1人作ることを目的として出久を育てていたぞ!

◯出久に計算による人間関係の構築や、他者を利用する才能が絶望的に無かったことから早々に諦めたぞ!

◯無自覚ながら『クラウスと同種』の人間である出久を絶対に裏切らない人間の一人として認識していたぞ!

◯それを察した家政婦のヴェデットから促される形で、一時期から良く出久を夕食に誘うようになったぞ!

○しかし、出久が『クラウスと同種』の人間であるからこそ、最後まで自らの後ろ暗い部分ついては明かすことは出来なかったぞ!

A組補充アンケート! いい歳した出久は雄英には入れません!Bクラスから誰を入れたら面白いと思いますか!? ※必ずしも本編に結果を反映させられるかは分かりません!また、想定するストーリーに上手いこと組み込めそうなキャラのみ選出しています。

  • 物間寧人
  • 拳藤一佳
  • 鉄哲徹鐵
  • 小大唯
  • 取蔭切奈
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