英雄が医者なのは間違っているだろうか?   作:クロウド、

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己は他人に非ず、他人は己に非ず

「いっくよーッ!!」

 

 掛け声とともに、ティオナが走る。

 

 目を疑うほどの大きさと質量を誇る、大双刃。

 

 特注の獲物を両手で軽々と取り回しながら疾走し、瞠目するモンスターめがけ振り抜いた。

 

「5匹ぃ!」

 

 大切断。

 

 力任せの一撃がモンスターの胴体を叩っ切り、吹っ飛ばす。

 

 残った死骸(かはんしん)には目もくれず、あたかもその本能に突き動かされるように、女戦士(アマゾネス)の少女は獲物へと飛びかかった。

 

「アイズ、あの馬鹿を補助(フォロー)! 揃って出過ぎないでよ! ベル、待機してレフィーヤを守って!」

 

「わかった」

 

「了解だ」

 

 ティオナに続いた斬撃が、彼女に群がろうとしたモンスター達を切り払う。

 

 その金の長髪を翻しながら、アイズは銀の細剣を一閃させた。

 

 現在位置51階層。

 

 冒険者依頼(クエスト)のため降り立った階層にて、アイズ達一般のパーティはモンスターとの戦闘に突入していた。

 

 51階層は『深層』では珍しい迷路構造を取っている。

 

 平面を描く壁と床、天井。計られたように造られた規則正しい地下天然の迷路が。いくつもの曲がり角や十字路を形成し、足を踏み入れる者を惑わせる。石とも土とも異なる材質で構成される壁の色は深い黒鉛色だ。

 

 頭上に灯る燐光によって照らし出される下、幅広の直線通路でアイズ達と対峙するのは、ごつごつと黒光りした皮膚組織を持つモンスターの一群だった。

 

『ブラックノイズ』。

 

 前傾二足歩行を取る犀潟のモンスター。ニMには及ばないもののその筋肉質の体躯は大型と言って差し支えない。頭部には個体によって異なる長短の角が二本ずつ生えている。

 

 鎧と見紛う皮膚は硬く厚く、49階層にて交戦した『ファモール』を遥かに超える硬度を誇っている。

 

 が、

 

『ーーー!?』

 

「えいさぁーっ!」

 

 斬り飛ばされる。

 

 縦横無尽に振り回される双頭の大刃によって、ブラックノイズの群れはいとも容易く引き裂かれていった。

 

 太い柄に連結された、二振りの巨剣。

 

 数多の武器の中でも超大型に分類されるその獲物は威力もずば抜けている。極幅極厚の剣身はモンスターの硬皮をないもののように無視し、大斬、その体を分解していく。

 

 細身の体で信じられないほどの怪力を発揮しながら。円を描く動きであたかも舞いを踊るように。

 

 ティオナは専用武器(オーダーメイド)、大双刃《ウルガ》を使いこなす。

 

「ーーッ!」

 

 大双刃(ウルガ)を振るうティオナの側でアイズもまたモンスターに斬撃を見舞い蹴散らしていく。

 

 装備するのは一本のサーベルのみ。己の総身以上の大型の武器を扱うティオナと比べると、その銀の細剣は随分と見劣りするが、アイズ自身の技量と何より速度によって、敵の抵抗を寄せ付けない。ティオナと、比肩する勢いでブラックノイスを屠っていく。

 

 その中で敵を何度斬ろうが、いくら鮮血を浴びようが、銀の光沢を放つ剣身を曇らせることは皆無だ。

 

不壊属性(デュランダル)』。

 

 迷宮都市(オラリオ)に一握りしかいない上級鍛冶師(ハイ・スミス)によって作り上げられた、属性持ちの特殊武装(スペリオルズ)

 

『恩恵』を授かった鍛冶師(スミス)達が神々の武具へと肉薄した高次の産物であり、アイズの剣は稀少な特殊武装の中でも『決して壊れない』という属性を有している。

 

 威力そのものは他の一級品装備におとるものの、戦闘中での欠損はありえない。

 

【ゴブニュ・ファミリア】製、第一特殊武装《デスペレード》。

 

 限りなく、一秒でも長く戦い続けるため、アイズはこの武器を愛剣として選んだ。

 

「アイズ、あたし右やるねー!」

 

「うん」

 

 暴風と化して奔放に戦うティオナと壮絶な勢いで敵を切り刻むアイズ。一見ばらばらに戦い合っているようで、相棒(パートナー)の背中への進行は決して許さない。互いの間合いを尊重し、時には跳躍し、時には入れ違い、適切な位置へと己の体を滑り込ませる。

 

 以心伝心の連携を披露しながら、二人の少女は危なげなく屍の山を積み上げていった。

 

「右通路から新手、四、奥からも合流! レフィーヤ、準備ができ次第すぐに合図を出しなさい!」

 

 アイズ達前衛がモンスターを一手に引き受け食い止める一方、中英に陣取るティオネが支持を飛ばし、時折投げナイフをもって支援する。

 

 未だ途切れないモンスターの出現に対し、支持を出されるレフィーヤは隊列最後尾の位置で、杖を構え『詠唱』を始めていた。

 

「【ーーー略奪者を前に弓を取れ。同胞の声に応え、矢を番えよ】」

 

 深層に生息するモンスターの桁違いの威圧感と。何より先達の獅子奮迅振り。圧倒的な光景を前に、緊張で、震えかける声を律しながら『魔法』に至る言葉を紡ぎあげていく。

 

 爆発寸前まで高まる鼓動の音が、レフィーヤの、視界を揺らしていた。

 

『ーーォオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

 

「!?」

 

 突如、レフィーヤから見て真横の壁が破れる。

 

 破片を撒き散らす小爆発とともに現れたのは、赤と紫が混色した巨大蜘蛛。

 

 八本の足と複眼を持つ、『デフォルミス・スパイダー』。

 

 ダンジョンより生まれ落ちた大蜘蛛のモンスターは、壁面を破ると同時にレフィーヤへと飛びかかった。

 

 完璧な不意打ち。時間を止めたレフィーヤは醜悪な大顎が迫りくると光景に棒立ちとなる。

 

「ーーー狼狽えるな」

 

 音が消えた世界にその声だけが響いた。

 

 そして、

 

「え?」

 

「こんなものか……」

 

 デフォルミス・スパイダーはレフィーヤへと辿り着く前にバラバラに引き裂かれ自壊したように崩れ落ちた。

 

「なにしてる、詠唱、続けろよ」

 

 それを成した張本人であるベルが興味なさげな横目で詠唱を忘れてほうけているレフィーヤの姿を見る。

 

「あ、っ、え、えっとっ……!」

 

 動揺が抜けきらないレフィーヤは瞬時の切り替えができない。

 

 そして詠唱にもたついてる内に、とうとう前衛ではブラックノイズの群れを片付けてしまった。

 

 モンスターを、殲滅し通路内に束の間の静けさが訪れる。

 

「す、すいません……わ、私……」

 

「いーよ、レフィーヤ。仕方ない、仕方ない。こーいう時も、あるある」

 

 大双刃を担ぐティオナと剣を鞘に収めたアイズが戻ってくる中、レフィーヤがうなだれて謝罪した。周囲の哨戒を怠らないティオネもそこに合流する。

 

 攻撃の時機(タイミング)を逃し、アイズ達と全く噛み合わなかった己の至らなさをレフィーヤは自責する。

 

「駄目です、やっぱりLv.3私じゃあ、皆さんの足を引っ張って……」

 

 すっかり沈み込む後輩の肩に、ティオネが手を置いた。

 

 おそるおそる顔を上げる少女に、ティオナと揃って声をかける。

 

「Lv.の適正が低くても、あんたの魔法の腕ならここのモンスターにも通用するわ。リヴェリアのお墨付きでしょう?自信を持ちなさい」

 

「レフィーヤは魔力のアビリティが……ええっとなんだっけ、ロキが言っていたやつ……そうそう、特化(ごくぶり)じゃん! 『スキル』もあるんだし、撃っちゃえばモンスターなんて一発だって!」

 

「それ、は……」

 

 自身の能力に言及され、レフィーヤは一瞬反論の材料を失いかける。

 

 その山吹色の髪を揺らし、首と肩越しに己の背を一瞥した。

 

 神から『恩恵』を授かった眷属達には、例外なくその背中に【神聖文字(ヒエログリフ)】ーーー神々が扱う文字が、あたかも碑文のように刻み込まれている。そして、その文字群そのものが、神々が子供達に与える『恩恵』そのものなのだ。

 

神の恩恵(ファルナ)』ーーーまたの名を、【ステイタス】。

 

 様々な事象から得られる【経験値(エクセリア)】をもとに、神々が対象者の能力を引き上げ、新たな力を発言させていく恩寵。

 

 下界の者達にとって、『神の恩恵』はあくまで成長の促進剤の粋を出ない。彼らはモンスターの戦闘を通すなどして【経験値】を積み、それを【ステイタス】の組成へと変え、己の行動によって自身の能力を強化させていく。言わば神々の授ける『恩恵』は、下界の者の可能性を引き出す種とも呼べるものだ。

 

【ステイタス】は主に基本アビリティ『力』『耐久』『器用』『敏捷』『魔力』の5項目からなる基礎能力値、『魔法』や『スキル』と言った特殊及び固有能力、そして器の階位とも言えるLv.から構成される。中でも心身の『進化』とも呼ばれるLv.の上昇ーーー【ランクアップ】は、アビリティの補正以上に、対象者の力を大きく跳ね上げる。上位存在たる神に一歩近づく、という表現が最も近い。

 

 レフィーヤの【ステイタス】はLv.3。更に『魔法』に関わるアビリティ『魔力』を特化させた、完璧な後衛魔道士型だ。

 

 ティオナが言ったとおり『魔法』の威力を高める『スキル』の補助もあり、火力という点ではこのパーティの中でも彼女が最も高い。

 

「で、でも、私は一人では自分の身も守れません。さっきもクラネルさんがいなかったら務めも果たせずに無駄死にを……」

 

 が、一方のアイズ達はLv.5。ベルに至ってはLv.6だ。

 

 迷宮都市(オラリオ)の中でも僅かにも満たない『第一級冒険者』を名乗ることを許された、超一線級だ。純粋な能力値、ひいては白兵戦における実力は彼女達の足元にも及ばない。

 

 事実として、この階層に出現するモンスター相手にその身一つで戦いを挑んだ場合、レフィーヤはなす術なく蹂躙されることになる。

 

 ティオネたちの励ましにも、レフィーヤは必死に否定の言葉を並べた。

 

 そこへ、

 

「傲慢な奴だな。この階層のモンスター相手に自分で自分を守れると思ってたなら本当に救えない」

 

 今まで沈黙を続けていたベルが突然辛辣な言葉を投げかける。ビクッとなって再び竦むレフィーヤ。

 

「ちょっ、ベルッ!?」

 

「落ち着きなさい、ティオナ」

 

 彼女をこれ以上へこませないようティオナは慌てて声をかけるが、冷静なティオネがそれを制する。昨日からの短い付き合いのベルの人柄をここで見極めようとしているのだ。

 

「ここにいる全員が自分だけで自分の身を守れるなら、個人でそれぞれ潜ったほうが効率的だというのに何故僕達はチームとしてここに潜っている?」

 

「!」

 

 その問いにレフィーヤはハッとなり顔を上げる。

 

「人は一人として万能ではない。故に、あるものは剣をとり、あるものは弓を引き、あるものは杖を掲げる。だが、人は自身を区別するカテゴリを広げ自分と他人が同じものだと考えたがる。僕らの場合は『冒険者』か。誰もが『奴に出来たことなら自分にもできるはず』と考えたがる。それは、それがとても素晴らしい考えだからだ。誰もが同じ存在であり区別がないというのは理想的なだからだ。だが、世界はそんなに甘くはない。己にできることは他人には出来ず、他人にできることは己には決してできない。

 ーーー戦い云々の前に、自分と他人は別の存在だということを理解しろ。」

 

「「「「…………。」」」」

 

 年不相応なベルの弁舌にレフィーヤだけでなく、他の三人もまた感銘を受けた。

 

「……無理に自分にできないことをやろうとしなくていい」

 

 そして、その言葉だけは今までの無機質な声とは違い、口調は変わらないがどこか温かみを覚えた。

 

「お前はお前にできることを、そして、僕達は僕達にできることを。それはこの世界で各々にしかできないことなのだから」

 

 これはベルなりの激励の言葉、たった一人医療のみを追い求める旅の中で人との触れ合い方を忘れてしまった彼にできる精一杯の励ましだった。

 

「……大したものね、本当に14歳? とてもそうは思えないけど」

 

「うんうん! ベルってちょっと冷たいイメージがあったけど全然そんなことなかったね!」

 

「生憎、この言葉は旅の中で知り合った赤い服の女皇帝からの受け売りだ。僕の言葉じゃない。

 ……僕にしては柄にもないことを言った。忘れてくれ」

 

「いっ、いえ! とても勉強になりました、クラネルさん!」

 

「……そのクラネルさんというのはやめてくれ」

 

「え?」

 

「僕は……敬称をつけてもらえるほど立派な人間じゃない。」

 

 アマゾネス姉妹の言葉に気まずそうそっぽを向き、エルフの少女の言葉に顔を隠すようにフードを深く被り直した。それでも、少女達からの視線に耐えきれず、心配そうな目で自分を見つめる少女へと向き直る。

 

「なにしてるアイズ、ここからはお前が教えることの筈だ」

 

 付き合いの短い自分にこれ以上話すことはない、と背中で語るようにベルは倒したモンスターの死骸へと歩き出した。

 

「レフィーヤ……」

 

「アイズさん……」

 

 ベルに言われ、アイズはレフィーヤの前に立つ。

 

「ベルも言ってたけど、私達とレフィーヤは違うし、やることも違うよ。私もリヴェリアに教わったから。私達はモンスターからレフィーヤ達を守って、レフィーヤ達は、私達をモンスターから……その、ん」

 

 次第にアイズの口調がたどたどしくなっていく。

 

 ティオナ達の視線が集まる中、普段からあまり喋らないへいがいか、意思疎通が上手く図れない。

 

 言いたいことを必死にまとめようとするアイズは、顔を淡く染めながら、視線を少し泳がせ、やがて次の言葉を言い切った。

 

「私達は、何度でも守るから……だから、危なくなった私達を、次はレフィーヤが助けて?」

 

 自分を見つめる透いた金色の瞳と、仲間として信頼を寄せるその言葉に、レフィーヤは目を見開く。言葉を失った彼女は唇を震わした後、うつむいて、かろうじて頷き返した。

 

 ぐすりと聞こえてくる小さな嗚咽。

 

 暗い雰囲気が下さい一変し、どこか優しい空気が流れる。

 

 ティオナは満面の笑みを湛え、嬉しそうにアイズの肩を引き寄せた。

 

 きょとんとする彼女に、ティオネも小さくわらう。

 

「それじゃあ、とっとと『魔石』を回収「もう、終わったぞ」え?」

 

 ティオネの言葉を遮って現れたベルの手にはジャラジャとした何かが入った両手で持つ膨らんだ亜麻袋。

 

 中に入っているのはモンスターの『核』である『魔石』。モンスターはそれを失うと灰となって消滅する。そして、その際灰とならなかった部位を冒険者たち『ドロップアイテム』と呼称している。

 

 この『魔石』と『ドロップアイテム』は管理機関(ギルド)や商業系の【ファミリア】を通せば換金することも可能で、ダンジョン探索における主要な収入源となっている。

 

「この数をこんな短い時間で?」

 

「生憎、医術と速さしか取り柄が無いんでな。『ドロップアイテム』はどうする? ウィリディスが持てないなら僕が持つが……」

 

「え、ええ……でも、『ドロップアイテム』はいいわ。この量を持って探索するのは難しいもの」

 

「そうか……」

 

 短く答えるとベルは何かを感じ取ったように通路の先へと向き直った、次にアイズが気づく。

 

「また、おでましか」

 

「……うん」

 

「どこ、ベル」

 

「前方と後方……来るぞっ!」

 

 ベルの言葉に答えるように、進路上の前方、更に後方から、ビキリ、ビキリ、という不穏な亀裂音がなり始める。

 

 間を置かず、先程レフィーヤを強襲したデフォルミス・スパイダーのように、ダンジョンの壁を破ってモンスターが現れた。しかも複数一辺に。

 

 息を呑むレフィーヤを守るように陣形を作る中、アイズ達は再びモンスター達との交戦に望んだ。

この作品でのフィルヴィスさんは怪人化していることにするかしないか。している場合、奇跡的に完成した蘇生薬で生き返る。していない場合、ベルに救われ精神的に安定し『豊穣の女主人』で働く。絶望して壊れることもなかったのでディオニソスに脱退を許可されてもおかしくないんじゃないかと思う。

  • 正直、しんどいけど怪人化している
  • やっぱ、鬱展開はきついので怪人化してない

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