刃朽ち、風、鳴り止もうとも   作:とりなんこつ

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風、とこしえに鳴り渡り

朝分(あさぶん)、マリアからの呼び出しに応じて職場に馳せ参じれば、彼女はちょうど併設された育児室より出てくるところだった。

就業開始までまだ間もあるので、喫茶室へと河岸を変える。

このような長閑な時間が得られるとは、ついぞ一年前は想像もしていなかった。

それもこれも叔父の手腕に拠るところが大きいのは、疑う余地もない。

以前の対策室の規模では、どうしても事後での出撃が多かった。人員と設備の不足から、対応が後手に後手にと回っていたのは否定できない。

対して叔父が戻ってきて組織が刷新されてからは、防災活動へと主軸が移っていた。

大事が生じる前に、悪行が芽吹く前に摘み取るのである。

人類がアルカノイズへ太刀打ちできないのは自明だが、それが使役される前に錬金術師なりテロリストたちを捕縛してしまえば被害は驚くほど軽微へ抑えられる。

いわば水際作戦であり、かつての私たちが執れなかった手法ではあるが、過去を卑下するつもりはない。

これまでの私たちの働きが無為であると嘆くは、救った命へ対する不敬となるだろう。

もちろん救えなかった命へ対する悔恨と哀悼は心に刻み、生涯忘れることはない。

 

「…ところで、呼び出しの用件はなんなのだ?」

 

「パパさんからの伝言でね。まずは、明日以降に空いている日はあるかって」

 

「お父様から?」

 

訝しげに首を捻ってしまう。

叔父と違い、お父様は表舞台から身を引いたままだ。

なにせ死亡したと世間的には周知されている以上、以前に比べて八面六臂に動き回れる身でもない。

暇を持て余すといえば語弊はあるだろうが、こちらの都合を伺ってくるほど時間に余裕がないとも思えない。

だいたい、呼びつけるなら電話で事足りるはず。

私の表情からそんな疑問を察したらしい。マリアは一つ肩を竦めると、

 

「こういう伝言は、直接顔を合わせて伝えるべきものでしょうからね」

 

「どういう意味だ?」

 

「『翼、おまえの生まれた年に買ったワインが飲みごろだ。一緒に酌み交わそう』ですって。確かに伝えたわよ?」

 

「………ッ!」

 

その物言いに、不覚にも視界が滲む。

マリアは気づかぬ風にカップを口元へ運んでいる。

私は紙ナプキンで目尻を拭い、努めて快活な声を出す。

 

「明日、謹んでご招待に応じると伝えてくれ」

 

「承ったわ」

 

「…ところで」

 

「なに?」

 

「マリア、おまえはお父様のことをパパさんと呼んでいるのか?」

 

私の素朴な疑問に、マリアは熟しすぎた鬼灯のような顔色になる。

 

「ど、どうでもいいでしょ、そんなことッッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

鎌倉の風鳴本家は、かつての騒乱のまま修繕もされず封鎖されていた。

なので、お父様は、その近所にある被害を免れた下屋敷へと居を定めている。

幼いころに私も利用したことがあるので案内は必要ない。

手土産の羊羹の詰め合わせを抱え歩く私の隣で、珍しく慎次さんが穏やかではない様子。

 

「僕なんかも一緒にお邪魔していいのでしょうか?」

 

「構いませんよ」

 

「ですが…」

 

常の彼らしからぬ(くど)い反応。

 

「翼さんの家族の団欒に、日陰者の僕が入るのは」

 

緒川家は、古くから風鳴家に仕えてくれていると伝え聞く。

主家に仕える身で、その主家と同じ卓を囲むというのだから、緊張する心持ちは良く分かる。

 

「私は慎次さんを部外者とは思ってませんから」

 

「…え?」

 

「私を傷物にしておいて責任を取らないつもりですか?」

 

自分で言っておいて赤面していれば世話はない。

ついぞ目線を合わせられないまま別宅へと到着すれば、マリアが出迎えてくれた。

慎次さんと並んで居間へ赴くと、ソファーに腰を降ろしたお父様がいる。

 

「すまないが、座ったままで失礼する」

 

「このたびは、お招きいただきありがとうございます」

 

対面に腰を降ろし、菓子折りを置く。

隣に何とも不器用に腰を降ろした慎次さんの動きは見物だったが、見惚れているわけにもいかない。

 

「緒川主席調査官もご足労痛み入る。娘が常々世話になっているようだ」

 

「い、いえ、勿体ないお言葉です。こちらこそ、いつも翼さんにはお世話になっています」

 

慎次さんがそういうと、お父様はふっと笑った。

 

「社交辞令は結構だ。相変わらず片付けられない子だろう?」

 

「お父様ッ!?」

 

腰を浮かし、思わず声を荒げてしまう。

ところが、気色ばむ私に反し、男二人は笑いを交わし合っていた。

人を肴に笑うなど…ッ!

憮然とする私を宥めるように、マリアが一本の瓶を捧げ持ってくる。

 

「さあ、まずは抜栓と行きましょう」

 

マリアからお父様が受け取り、そのワインのラベルを指でなぞる。

 

「…おまえが生まれて20と2年か」

 

その声に秘められた感慨の深さに、私は声を失う。

私はお父様の実子でない。その上で己が子よと私に語りかけてくる優しい声音の、その裏に込められた葛藤たるや。

若輩の私には、想像することすら烏滸がましいだろう。

されど、色を失う私を見つめてくる眼差しは、真っ直ぐに澄んでいる。

 

「おまえが成人した暁に、一緒に開けるのを楽しみにしていた。二年ほど遅れてしまったことは、どうか許してくれ」

 

「許すもなにも…」

 

胸が詰まる。

思わず口元を押さえてしまう私の前に、お父様がワインを差し出してくる。

受け取って、震える指でラベルへと触れた。

…私と同じ齢を重ねた酒瓶。

酒のことなどまるで分からぬが、ひどく愛おしく思える。

 

「良かったですね、翼さん」

 

慎次さんの声。この期に及んで、私にしか聞こえない会話術など使うことはないでしょうに。

マリアがコルク抜きを手にやってきた。

 

「良ければ私が開けましょうか?」

 

「いや、私に開けさせてくれ」

 

「難しいから注意してね」

 

流石にこの道具の使い方くらいは知っている。

受け取り、コルク栓に先端を捻じ込んでいく。十分に食い込んだ思い引き抜けば、なんとコルク栓は半分ほどで捩じ切れている。

 

「…やっちゃったわね」

 

マリアの声に、全く面目ない。

残ったコルク栓は、何かを引っかけても引っ張り上げられないほど損壊していた。

 

「仕方ない。このままコルク栓を瓶の中に突き落として、デキャンタしましょう」

 

「いや、待ってくれ、マリア」

 

私は提案する。

 

「お父様、この屋敷に所蔵刀はありませんでしたか?」

 

「確か兼定があったと思うが」

 

答えながら、お父様も私の意図に気づいたらしい。

 

「これでしょうか」

 

いつの間にか一振りの刀を捧げてもっている慎次さんには、全く畏れ入る。

 

「では、座敷を借ります」

 

隣の無人の八畳間。

そこの本欅の座卓の上に酒瓶を置く。

腰だめに刀を構え、鯉口を切る。

一息に抜き放てば、チン、と鍔鳴りの澄んだ音が響く。

酒瓶に変化はないように見えて、慎次さんが触れると、ちょうどコルク栓の下の部分から、注ぎ口の首は切断されている。

 

「お見事です」

 

「腕を上げたな、翼」

 

称賛の声を上げてくれる慎次さんとお父様。

 

「全くサムライ脳というか防人脳というか…」

 

マリアは訳の分からないことをいいつつ、皆の前にワイングラスを置いていく。

「マリアの分は?」と問い掛ければ、「私は育児中よ?」と呆れ顔。

なんでも乳飲み子がいる場合、母体がアルコールを摂取すると、乳に混じってしまうことがあるそうな。

三人分のグラスへ、短くなった瓶首から赤い液体を注ぐ。

グラスに沿って回して立ち昇る香りを楽しむの、とのマリアのアドバイスに従った。

薔薇の花のような、湿った土のような、複雑な香りがする。

乾杯と促され、おそるおそる口に含めば、馥郁たる美香が鼻の奥へと抜けていく。

甘味より渋みが先に立つが、おどろくほど滑らかな舌触りに、何とも言えないコクを感じた。

すっと胃の腑が熱くなるのが、アルコールを飲んだ証左らしい。

 

「…なんともはや」

 

初めて飲んだワインの味の是非は、正直良く分からぬ。

それでも心を揺さぶる味に、溜息が出た。顔を上げれば、お父様は優しい眼差しでこちらを見ていた。

 

「成人したおまえと酒を飲むという夢が、今叶った」

 

「私こそ、いずれお父様と酒を酌み交わしたいと思っておりました…」

 

互いに一時は途絶えたと思った夢だ。

それが実現した今日この時を 寿(ことほ)ごう。

潤む視界のまま、互いのグラスに酒を注ぎ合う。

たちまち酒瓶の半分ほどが胃の腑へと収まった。

 

「ほら、お酒ばかりじゃ身体に悪いわ」

 

マリアが次々と料理を載せた皿を運んできた。

料理は全て洋風仕立てで名前は定かではないが、どれもこれも美味い。

 

「…全てマリアの手作りか?」

 

「そうだけど?」

 

何故か悔しく感じて、そっと慎次さんの横顔を伺ってしまう。

 

「僕の顔に何かついてますか?」

 

たちまちこちらの視線に気づかれてしまい、私は曖昧に首を振るしかない。

美味い料理に美酒は席を和ませるという。

徐々に相好を崩していくお父様と慎次さんを横に、娘の様子を見てくるわ、と腰を上げるマリア。

この機を逃がさず、私も席を立つ。

廊下を挟んだ隣の部屋で、目を覚ましたらしい娘をあやすマリアを見つけた。

 

「どうしたの? トイレの場所なら知っているでしょう?」

 

「いや、その、なんだ…」

 

私は少し言いよどみ、

 

「この機会に、おまえがお父様を見初めた話を聞いておきたいと思ってな」

 

「…翼、あなた、ひょっとして酔っている?」

 

「断じて酔ってなどいないッ! 多少頭が浮つき、饒舌になっているような気はするが、酔ってなどいないぞッ!」

 

「それを酔っているっていうのよ」

 

娘を抱き上げて、マリアは呆れたような眼差しを向けてくる。

 

「だいたいね、人様にそういうことを尋ねるときは、自分の手の内も明かすものよ?」

 

「つまり?」

 

「まずは貴女から、緒川さんとのあれこれを語るべきってこと」

 

「…ふむ」

 

なるほど、マリアの言っていることは道理が通っているように思える。

しかし、慎次さんのことか。

私が物心ついた時には、既に彼は風鳴本家へと仕えていた。

幼い私にとっては兄のような存在であり、同時に戦技の師匠でもある。

長じては頼りになる僚友であり、共に刃を振う防人であり―――私の初めての人だ。

 

「どうしたの? 顔が赤いみたいだけど」

 

「…ん。マリアの言うとおり、多少酔っているやも知れん」

 

その場にペタリと座り込めば、赤子を抱えたマリアも並んで腰を降ろしてくる。

私は額に手を当てて黙考。

 

「すまない。慎次さんとのあれこれといわれても、上手く説明できる気がしないのだ」

 

無言で見返してくるにマリアに目線だけで促され、言葉を重ねる。

 

「ただ、慎次さんは、私が本当に背中を預けられる―――いや、私の背中をどんな時でも守ってくれている唯一無二の人だと思う…」

 

俯いた顔を上げれば、マリアはにっこりとしていた。

 

「なんだ、ちゃんと言えたじゃない」

 

「…そうなのか?」

 

首を傾げる私に、今度はマリアが語る番だった。

 

「私にとって、最初のあの人は単なる護衛対象。あなたの父親ということを差し置いても、それ以上でもそれ以下でもなかったわ。でも…」

 

「でも?」

 

大きな瞳を輝かせ、実に艶やかな顔つきと声音でマリアは言う。

 

「己の使命を果たそうと一生懸命の男の背中って、色々とそそられない?」

 

私も大きく頷くのに、一切の不足はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

赤子を抱えたマリアと共に酒席へと戻る。

 

「ところで、花嫁姿をいつ見せてくれるのだ?」

 

戻り頭に一撃を見舞われ、さすがに私も受け止め損ねた。

たたらを踏んで慎次さんの方を向けば、困ったような照れたような苦笑いを浮かべている。

 

「ハ、ハレの話題なれば、まずはお父様とマリアの方が先ではありませんかッ!」

 

「生憎とわたしは表舞台から消えた身だ。今さら式を挙げて周囲の耳目を集める真似など出来んよ」

 

私の咄嗟の返し刃は、やんわりと流される。

 

「なれば、順番的にも叔父上の方が先でしょうッ!?」

 

「弦の方は奥が妊娠中だろう。子を産んで落ち着いてからの挙式となれば、いつになるかはわからんのではないか?」

 

二の太刀も封じられ、私は口を噤むしかない。

 

「…わたしも老い先長いとは言えない齢だ。娘の晴れ姿を見たいと望むのは、父として至極当然のものと受け止めてくれ」

 

「………」

 

完全に切っ先を押さえられた私に、思いもよらぬ方から火の手が上がる。

 

「そうね。この子の晴れ姿を見るまでは、元気でいてもらわないとね」

 

赤子を腕ににっこりと微笑むマリア。

名前通りの聖母のような神託を受けての、お父様の様相の変化に目を疑う。

いや。そんなまさか。

あの凝然怜悧たるお父様が狼狽えている…?

 

「だいたい、私は結婚式を挙げなくてもいいだなんて、一言も言った覚えががないんだけれど?」

 

「む。そ、それはだな…」

 

詰め寄られ、お父様の動揺はより浮彫りとなる。

ついでにぐずるもう一人の娘も押しつけられ、慌てふためいているよう。

その信じられない光景に、さて、笑っていいものか、気の毒に思えばいいのか、はたまた見なかった振りをするのが正解か?

しかし、そんな父様とマリアと赤子三人の入り乱れる姿を見て私の脳裏に浮かぶ文字は〝羨望〟だった。

心の奥底からを温かくする家族の絆―――団欒がそこに見て取れる。

ふと私も欲しいと祈願した心根は怨恨にも似て、酔いの熱をもって浮つく頭の中で入り混じり、あらぬ方角へとまろび出た。

気づいたとき、私は慎次さんの方を向いて深々と腰を折っている。

 

「不束者ですが、どうか末永くよろしくお願いいたします」

 

 

 

 

 

翌日、痛む頭で目を覚ます。

これが噂に聞く二日酔いかと理解したのも束の間、思い出された昨夜の言動は鮮明極まりなく。

恥辱に煩悶し、寝床の中で文字通りの七転八倒。

思い返すに募るばかりの羞恥に、いっそ割腹して果てるかとまで思い詰めた私の懊悩は、慎次さんが全て確約了承してくれたことで雲散霧消した。

 

それからはとんとん拍子で話はまとまり―――詳細は割愛するが―――酒宴よりおよそ半年後の大安吉日。

白無垢を纏い、三々九度の杯を傾ける私がいる。

式自体は、互いの親戚だけを集めて行う小さなもの。

子供の様子を見るために、幾度かマリアと雪音が席を立つ様子を感じたが、華燭においては瑕瑾にすらならなかった。

祝宴には、かつての僚友たちも駆けつけてくれて、次々と祝辞を述べてくれた。

わけても私を驚かせたのは、負担になって無理だろうからと気づかい、敢えて招待していなかった二人の参上である。

 

「翼さんッ! おめでとうございますッ!」

 

「…立花ッ!?」

 

最後の決戦を得て、立花はその四肢を著しいダメージを負っていた。特に両腕は顕著で、ほとんど自力で動かせないのは、神殺しゆえの呪いであり祝福でもあるらしい。

 

「だ、大丈夫なのか?」

 

「へいき、へっちゃらですッ!」

 

そういって、ゆっくりと震える腕を持ち上げてみせる立花。

日々のリハビリにより、動かせる程度まで回復してきたと言う。

僥倖を見せる彼女の背後で、ひっそりと笑みこぼれているのは小日向だ。

見た目こそ変化はないが、小日向もあの決戦で深傷を負っている。

神の憑代から解放された代償に、彼女は歌を、言葉を放てなくなっていた。

立花の身体を小日向が支え、小日向の意志を立花が代弁する。

互いに互いを支え合い生きる姿は、まさに二人で一人―――比翼の鳥と呼ぶにふさわしい。

 

「ほら、翼さん、未来もおめでとうっていってますよ!」

 

立花の言に、小日向は首を振る。

未来…? と眉を顰めていた立花は、何か納得するように一つ頷く。

立花の背から一歩前に出てくる小日向。

私を真っ直ぐに見つめ、震える唇が音を紡いだ。

 

「おえ…で…ざ…す」

 

紡がれる言の葉は方々が破れ。

 

「し…わせに…てく…い」

 

されど込められた祝福は、確かにこの胸に受け取った。

思わず小日向を抱きしめ、その耳元に繰り返す。

 

「私は幸せになっていいのか? そんなことが許されていいののだろうか?」

 

「そんなの当り前ですよッ!」

 

大声で断言する立花に、かつての雄姿が蘇る。

 

「翼さんが不幸になって誰が喜ぶんですかッ!? 翼さんが幸せになってくれなきゃ、誰も幸せになんてなれませんよッ!」

 

私が護れなかった幾多の命。魂に縛りつく悔恨の鎖。

今日迎えた晴れの日でさえ、その重さは心に刺さったまま。

しかし立花が喝破してくれた通り、私が不幸だと思い込んだとて、それが死者へのなんの弔いとなろう?

呪いが祝福に転じるように、怨嗟が喝采に聞こえた。

今、ただひと時の幻だとしても、どうか許して欲しいと(こいねが)う。

 

「…ありがとう。立花。小日向もありがとう…」

 

滂沱の涙を止められない。

 

「ああ、花の(かんばせ)が台無しですよ」

 

花婿たる慎次さんが宥めてくれるも、どうにも涙は止められない。

仕方なく泣き顔のままま、私は記念撮影を敢行した。

この時の集合写真に、二次会ではマリアが「切腹で結婚を決めた女」という不名誉極まりない風聞を暴露し、参列者に長年の笑い草を提供することになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぺちぺちと頬を叩かれる音で目が覚めた。

視線を巡らすと、幼い姿がこちらを見上げている。

 

「かーたま?」

 

舌ったらずの声に、思わず頬が笑みを形作る。

 

「ああ、ごめんなさい。少し眠ってしまったみたい」

 

「かーたま、つかれてる?」

 

「大丈夫、疲れでなんかいないわ」

 

すっかり短く切った髪を振り、微笑み返す。

乳児は思いを寄らぬ握力で髪を掴んでくるので、長男の時の轍を踏まぬとバッサリいった。

髪も切らずに良く妹を育てたものだ、とマリアへ尊敬の念を抱きつつ、私は自分の息子の頭を撫でている。

幼い視線が私の顔から膨らんだ腹部へと下げられるのを眺めた。

 

「かーたま、あーたん、いるの?」

 

「ええ、そうよ。ここに(しょう)の妹がいるのよ」

 

「いもーと?」

 

愛息子が首を捻る姿は、とにかく可愛らしい。

その両頬に手を添えて、なるべく優しく諭してやる。

 

「笙は男だから、妹を守らなければならないの。わかる?」

 

「うん!」

 

真剣に頷いてくる息子の将来に思いを馳せる。

 

果たしておまえは、忠勇無比も名高い緒川の姓を選ぶか。

それとも鉄血と誉れで編まれた風鳴の宿業を背負うのか?

 

…いや、そのどちらでもない好きな道を選ばせよう。

夫と二人、力を合わせれば、子供たちの未来へ自由な翼を与えられるはずだ。

かつて私のお父様もそう望んだように。

 

「―――ただいま」

 

「とーたまだッ!」

 

笙がパタパタと出迎えにかけていく。

ゆっくりと立ち上り、私も大きなお腹を抱えるようにして歩き出す。

息子にはああいったが、実はお腹の子の性別は詳細に調べていない。

しかし、間違いなく女の子であろうという確信があった。

 

…輪廻転生などの(たぐい)は信じる 性質(たち)ではないのだがな。

 

私は一人、心の中に苦笑を刻む。

それでも、次に生まれ来る娘には、一番の親友の名前を贈ろうと思っている。

 

 

 

 

~了~

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