鬼滅の刃×HELLSING   作:とろろ昆布ニュージェネレーション

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誰か書いてくれるだろうと思ったら誰も書かないので書きました。


第一話【A←D】・1

 

「――とまぁそんな感じで、私達はソレ(・・)を完成させたわけだ。改めて君に語ることではないかもしれんが」

 

 調度品は少ないものの、置かれたどれもが一流の高級品で揃えられた一室。一際シンプルな椅子に座った男が得意げに笑みを浮かべている。

 

「いえ、何度聞いてもご主人様のお話は素晴らしいと感じています」

 

 手を組んで優雅に語る男の前に立つのはメイドだ。直立不動で主である男の言葉を聞く姿だけ見れば、主の自慢話に耳を傾ける従僕でしかないだろう。上流階級の世界ではさして珍しい光景というわけではない。

 だがその部屋にあるたった一つの異物が、この光景を異常な物としていた。

 ソレ(・・)は漆黒の棺であった。小柄な人であれば二人は軽く収められる巨大な棺桶が、男とメイドの間に横たわっている。その異様な光景の中、男は軽い口調でメイドへと語りかけていた。

 

「まぁ完成させてみれば実に呆気ないもの……というわけではないのだが、ソレは私達が思った通りの性能を発揮し、まさしく私達の――国家にとっての忠実な犬に成り果てた」

 

「素晴らしいことかと思います」

 

「あぁ、私もそう思うよ。素晴らしいことさ。クソの処理はクソにやらせる(・・・・・・・・・・・・・)ほうがいい。美しい私の子にいつまでもやらせるわけにもいかないからね」

 

 そう言う男の優しい眼差しに頬を染めて「恐縮です」とメイドが顔を隠すように下を向く。

 そんな彼女の様子を一通り楽しんだ後、男は再度棺へと視線を落とした。

 

「だが問題が一つある。ある意味では喜ばしく、だからこそ問題なのだが」

 

「なんなりとご主人様。あらゆる問題、あらゆる障害、あらゆる困難を私めに」

 

「気概は嬉しいけど、残念ながら今回ばかりは君に活躍してもらっては困るんだ。っと、誤解しないでくれたまえ。君にも当然働いてもらいたい」

 

「では、私は何を?」

 

「話が逸れてしまったが……問題はたった一つ、性能試験が出来ないことなのさ。ソレの限界性能を机上で把握していることと、実際の場で運用されているところを把握していないのとでは大きく違う」

 

「と、いうことは……」

 

「零を試験運用する」

 

 大したこともないように男は語るが、その瞬間確かにメイドの体が僅かとはいえ緊張で強張るのが見て取れた。

 しかしその緊張もすぐ身の奥に隠されてしまう。とはいえ、男も隠されただけで未だメイドが動揺と緊張に心を乱されていることは分かっていた。

 それも無理はないと内心で思う。だがそれでも彼はこの決断をせざるを得なかった。いずれはそうするべきだと分かっていたからこそ決断した。

 何故ならば――。

 

「いずれ、ここ(・・)で使うこともあり得る。十年後か百年後か、いつ行われるのか分からない。だけど、あり得ないなんてことはあり得ない。いずれ、必ず、私か、私に連なる子孫の誰かが()を、否――()を放つ時が来る」

 

 決断のために。

 覚悟のために。

 その時、その瞬間に向けて知らなければならないことがある。

 そんな男の内心を汲み取ったメイドの心は既に落ち着きを取り戻していた。

 

「成程……では性能試験が出来ないというのは、つまり見合う相手がいないということですね?」

 

「話が早くて助かるよ。ソレは確かに強力だ。だが逆に言えば強力過ぎる。完成させてから暫く、幾つかの実地試験を行ってはきたが、どれもこれもソレを完全に開放するまでにはいかなかった。その価値すら存在しないゴミ以下のゴミでしかなかった……そんなある日、私の元に一通の手紙が届いたというわけだ」

 

 言って、男は懐より一枚の便せんを取り出してメイドへと差し出した。恭しく紙を受け取ったメイドが丁寧に手紙を取り出して内容を読み上げる。

 最初は表情を変えることのなかったメイドだが、読み進めていく内に小さくない驚きを浮かべ始めた。それほどに内容が意外というか想定外のことであったのだ。

 そこに書かれていたのは、男の、否、男の家がどういった組織なのかということを知ったうえでの協力要請。言ってしまえばその通りなのだが、驚愕なのはこの手紙を書いた人物が海を隔てた遠い異国の人間であるということであった。

 

「まっ、簡単に言うと人材派遣のサービスということだ。しかも海の向こう側、東の片田舎と言われる場所からわざわざ私の元までね。どうやって私のことを知ったのか知らないが、それなりに私達のことを把握している時点で中々どうして……東の猿だと嗤っている馬鹿共では信じられない話だろうよ」

 

「危険です。こいつは殺すべきかと」

 

「言いたいことは分かるが今回、そういうことは無しだ。重要なのはね、私達のことを海を越えた場所から知り、私達と同等以上にうまい言い回しで他言語を操り手紙を綴り、信用出来る人脈を使って手紙すら届けさせる……そのような人間が、協力を願い出ている。しかも報酬は何でも(・・・)ときた。ここまで出来る者が、何を考えているかはともかく何でも(・・・)と手紙に書いてきた」

 

 つまり、手紙一つからでも分かる切れ者ですら、遠く離れた国からの手を欲しがる程に手を焼く何か(・・)がそこには存在するということになる。

 

「手紙の方の国風に言うなら……渡りに船、というのかな?」

 

「ワタリニフネ、ですか?」

 

「素敵な提案って意味さ。あぁ、とっても、とっても魅力的過ぎて……罠かと疑ってしまうほど」

 

「やはり殺すべきでは?」

 

「君は優秀だが、すぐに殺そうとするのはホント……うん、ホント怖いから止めてね」

 

「はあ……善処します」

 

「……うん。まぁいいや、分かってくれたならね、はい」

 

 これまでの優雅な振る舞いは何だったのか。情けなく肩を落とす男と小首を傾げるメイドの二人。

 だがいつまでも軽い雑談に興じているわけにもいかない。いや、本当ならこうして穏やかな日常を過ごすことこそ男の願いなのだが、残念ながらいつだって人間には時間が足りない。

 

 化け物と違って、足りないから。

 

「ともあれ――命令だ」

 

 男の命令という発言を聞いた瞬間、メイドの眼に冷たい輝きが灯った。応じるように、男も鋭い眼差しをメイドと棺へと向ける。

 

「殺しなさい。加減無く、容赦なく、ただただ嬲り、蹂躙しなさい。東の島国に巣食うゴミを、残らず丁寧に咀嚼しつくしなさい」

 

 メイドへ向けた言葉ではなかった。その言葉は、確かに物言わぬ棺へ向けられた言葉であった。

 瞬間、棺の奥から不気味な何かが隙間を通して溢れ出てきたように見えた。ヘドロのように粘質で腐臭を放つ得体の知れない何か。

 それは、歓喜に嗤う何かの殺意の権化に見えた。

 

「そして愛しい子よ。君はその全てを見届けるんだ。ソレが行う殺戮を観察し……その時が来たら教えなさい。何、伝達方法は気にしないでくれ。ソレと私に距離の是非は関係ないのだからね」

 

「全て、あらゆる全て、仰せのままにご主人様」

 

 恭しく一礼するメイドに軽く頷くと、男は窓越しに遠く、遥か遠くの国を思って視線を遠くへと向けた。

 その視線は一体どういった感情が湛えられているのか。

 遠く、暗躍するゴミへの怒りか。

 蹂躙される無辜の人々への憐れみか。

 あるいは、そう、あるいは。

 ソレの殺戮対象となってしまったゴミへの同情か。

 いや、同情だけはきっとない。

 何せ、遠くを見つめる男の顔には、壮絶なまでの笑みが浮かんでいて。

 

「あぁ、紳士の国から赴くんだ。ちゃんと挨拶は忘れずに」

 

 いずれにせよ。男の下す命令を纏めればとても分かりやすい。

 

 

見敵必殺(ごきげんよう、さようなら)ってね」

 

 

 地獄を生み出せ。それだけだった。

 

 

 

 

 

 この国には、鬼が存在する。

 それは決して比喩的な言い回しではない。人の姿を象りながら、人とは思えない異常な力を用い、人を食らって生きながらえる化け物。そんな異形が日本と言う小さな島国の至る場所で、陽の光から隠れるようにして暗躍しているのだ。

 だがその超常的な存在を殆どの一般人は知ることも無い。誰も知らず、人知れず鬼は人を害し、食らい、安寧とした日常を静かに犯す。

 そんな鬼を日夜狩り続ける集団の総称が鬼殺隊、別名、鬼狩りと呼ばれる組織であった。

 人を超えた存在である鬼に対して、呼吸法という技を使って互角以上に渡り合う彼ら鬼殺隊の隊士であったが、その一方で呼吸法を体得できずに後方支援として活躍する隊員、通称、(かくし)と呼ばれる者も存在する。

 鬼との戦いで活躍出来る力を持たないものの、戦闘後の事後処理を含めた諸々の業務をこなしている彼らが居るからこそ、鬼を知らない人々が、鬼を知らないまま日常を謳歌出来ているのだ。

 

(そんな誇り高き隠の一人である俺が、なんでこんなことろに出迎え来なきゃならないんだか……)

 

 などと隠の隊服と言える黒装束で顔すら隠した後藤という男が内心愚痴りながら、人混みより隠れながら船着き場を眺めていた。

 ある日、いつも通りに業務をこなした彼の元に届けられた新たな指令が、この船着き場に現れる客人を出迎えろというものであった。

 後藤とて不満はある。鬼と戦う隊士が忙しいのは当然として、隠の面々も楽な仕事というわけではない。むしろ戦い終えればそれで終わりでしかない隊士以上に、事後処理などの仕事は繊細であり、鬼殺隊という組織の秘匿性のために役割が幾つも分担され複雑化された隠という役割は一人抜けるだけで揺るぎはしないが、一人抜けただけでも忙しさが倍増する仕事でもある。

 故に事前の調整無くもたらされた指令、しかもそれがただの出迎えというのだから、多少とはいえ不満を覚えるのも無理はないというわけだ。

 

(まぁこれも大事な仕事だし、不満言っても、つーか言えるかよ怖ぇよ)

 

 彼らにとって直接の上司と言えば柱と呼ばれる鬼殺隊最強の隊士のことだが、彼らに対して物申すなどそれこそ同等の柱かその上に立つ当主のみだろう。もし物申す人間が居たら怒るし泣くし殴る、間違いない。

 などと思考が逸れたが下された以上、仕事はしっかりこなすのが出来る隠というものだ。

 

(さて、確か……あぁあの船か)

 

 曰く、海外よりの外来人が相手だという。なので当然、分かりやすい外国の船が現れた時点で、出迎える相手がその船に乗っているのは明白であった。

 この時代、海外に行く日本人も珍しいが、日本に来る外国人もまだまだ珍しい時代である。表情は隠れているものの、後藤も内心では初めて見る外国人に対して興味がないわけではない。

 そして停泊してから暫く、次々に荷物が降ろされる中で、一人の少女が舩より降り立った。

 

「お……」

 

 思わず後藤の口から感嘆の声が出る程、わざわざ着物にまで着替えたのである外国人の少女の容姿は整っていた。地毛なのか定かではないが日本人と同じ黒髪である。一方、目鼻顔立ちは日本の美人とは別の異国的美しさだ。

 

「――」

 

「――」

 

 外国語で軽く船員と話し終えた後、少女は布で覆われた巨大な何かの乗せられた大八車の前に立った。

 

「ちょ、ちょっとすみません!」

 

 そこでようやく動き出した後藤は慌てて少女へと声をかけた。

 後藤と比べて頭一つ小柄な少女ではそのままひっくり返ってしまうと思っての行動である。とはいえ些か礼を欠いたかなどと後藤は内心で後悔しつつも、彼の声に気付いてこちらを向いた少女に、後藤は改めて傍に駆け寄ってから一礼した。

 

「突然申し訳ありません。貴女は、えっと……アリス様でよろしいでしょうか?」

 

「ア、アー……ハイ ワタシ アリス デスヨー」

 

 日本語に不慣れであるのか、少女、アリスは不思議な口調ではあるがどうやら言葉が通じないということはなかったらしく後藤はほっと一息ついた。

 

「自分は鬼殺隊の者です。申し訳ありませんが秘匿の関係上詳しい事情は把握しておりません。ただ貴女を連れていくようにと自分は命じられていますので、着いてきてもらってもよろしいでしょうか?」

 

「ハイ! ワザワーザ ゴテーネー ニ アリガトーゴザイマッス!」

 

「あ、いえいえ、そんな頭下げなくても大丈夫ですって」

 

 絡繰り人形のように何度も頭を下げるアリスの肩を慌てて抑える後藤を、アリスは不思議そうに見上げた。

 

「ニホン タニン ト アウトキ アタマペコル。マスター ヨリ ミミヨリジョーホー ッテ キキマシタ! シナイ ト ハラキリ! コワイ!」

 

「ぺ、ぺこ? いや、そんなことしなくても切腹させませんって」

 

「アラソーナノ? ニホン マダマダ ワカラナイコト ダラケ デース!」

 

 隠れた表情の下で曖昧に笑いながら後藤は「ともかく」と大八車の前からアリスを退かして、手ずから(かじ)を持ち上げた。

 本来なら数人かかりで運ぶ物だが、隊士に慣れずとも鍛え上げた肉体である。重くは感じるが持てない程ではない。

 

「アリガトーゴザイマッス! チカラ アルネ!」

 

「いやまぁこのくらいでしたら……というかアリス様は一人でこれを持ち上げるつもりだったのですか?」

 

「ワタシ モ チカラ アルヨ! ケッコー ツヨイ ヨ!」

 

 そう言って力を鼓舞するように両腕を挙げて力こぶを作ろうとするが、着物越しでもアリスの腕は一般的な女性と同じく細く、見るからに非力である。これでは荷物の重量はおろか大八車の楫を持ち上げることすら叶わなかったであろう。

 だがそんなことは言わず「それは頼もしいです」と当たり障りのないことを言った後藤は大八車を引き始めた。

 

「ですがお客様に荷物を引かせるわけにもいきませんので、ここは自分に任せてください」

 

「オネガイシマス! ガンバッテ!」

 

「へへ……っと、じゃあ行きましょう。着いてきてください」

 

 元気で明るい少女の応援に内心を弾ませる後藤を先頭に指令通りの道を歩き始める。

 果たしてこんな可憐なだけの少女に一体何が用なのか。そんなことを考えつつ、道中拙いながらも話し続けるアリスとの会話を楽しむ後藤であった。

 

 

 

 

 

 鬼殺隊の一員にとって、夜と言うのは活動の時間帯であり、同時に最も緊張する時間でもある。

 日光を浴びると消滅するという鬼の性質上、奴等は日中はどこかに潜伏して顔を出すことはない。そのため日中の彼らを見つけるのは至難であるので、鬼殺隊はあえて鬼が現れる夜に動き出して鬼を狩るのだ。

 当然、そんなことは隠である後藤も知っているため、夜への警戒は隊員と同じく一入、道中にあった村の空き家を借りて一泊することになった現在、囲炉裏の横でスヤスヤと眠るアリスの横で油断なく周囲を警戒していた。

 鬼が苦手とする藤の香りがする香を家の周辺に焚いているが、だからとて油断出来るわけがない。

 

「……しかし、呑気なものだねぇ」

 

 暖かい火の横で警戒心など微塵も感じさせない寝顔を見せるアリスを横目に独り言ちる。鬼殺隊との関連がある以上、彼女もこの国に根付く鬼の存在を知らないはずがない。そのうえでぐっすり寝られるのは余程の豪胆かあるいは阿呆か。

 

「まぁ俺が警戒したところで意味は無いんだけどさ」

 

 後藤達が泊まる今日の宿は複数の鬼殺隊の隊士が巡回をする村の一つである。そのため戦闘面では無力な後藤が起きていたところでどうしようもないのだが、それはそれ。何かあったときにアリスの盾になる程度のことは出来るはずだ。

 

(この子を客人として迎えてどうするんだか)

 

 ただの客人ということは考え難い。鬼殺隊という組織の存在理由からして、きっと鬼関連なのは間違いないだろう。

 

(いや、この子というよりも……あの荷物か?)

 

 後藤は部屋の隅に降ろされた布でくるまれた荷物へと視線を移した。

 荷台より下ろして運び入れた時は、大きさもそうだが重量もかなりのものがあった。鍛えた人間でも運ぶのに苦労する程の何かである。

 鬼を滅ぼす新しい兵器なのか。順当に考えればそうなのだが、大人以上の大きさと重さの武器など、隊士であっても扱うのは難しいように見える。

 

(考えても仕方ないんだけどさ)

 

 こうして夜に話し相手も無しで一人。火の番をしながら待つだけの時間は暇を持て余す。行動の関係上、夜に起きるのは慣れているものの、やはり多少は眠気も訪れる。特にこうしていい寝顔の少女が傍に居ればなおのこと、釣られて眠くなってしまう。

 故に思考を巡らせる。考えても意味の無いこと。考える必要があること。これまでのこと。これからのこと。

 

(もしも、俺が呼吸法を使えたなら)

 

 考えても意味が無い。

 だがやはり考えることと言ったら、このことだった。きっと後藤だけではなく隠の誰もが考えることに違いない。

 後藤もまた、鬼を殺すために鬼殺隊に入隊した一人だ。しかし、彼には才能が無かった。どんなに体を鍛えても、どんなに技を磨こうとしても、彼には適性が無く、こうして今は隠として頑張っている。そのことを恥じることはしない。むしろ自分の働きに誇りだって持っている。

 

(でも、それでも……)

 

 もしもという、無意味が浮かぶ。

 考える意味が無い。自制しても、自制しても、泡の如く浮かぶ思考。

 この手で鬼を滅ぼすことが出来るのなら。いや、違う。

 この手で鬼を滅ぼすのだ。滅ぼすために、鬼殺隊に入ったのだ。

 

(分かってる。んなこと分かってんだよ)

 

 意志だけでは、意味がない。

 人外の力を以て人を食い殺す鬼を殺すには、力が無ければ意味が無い。

 この内に燃える意志だけで戦えるなら、既に日本から鬼は消え去っているはずだ。

 それだけの情熱だって後藤にはあった。殆どの隊士と同じく、鬼を滅ぼすに足る理由がある。

 

(あるだけ(・・)だ。俺には意志だけで、力がない)

 

 もしもという、無意味が浮かぶ。

 もしもを塗りつぶす現実しかここにはない。

 だから、考える意味が無い。それでも浮かぶ。思考は浮かぶ。浮かび、潰し、また浮かび。

 

「俺が強ければ……」

 

 溢れる言葉の空虚は、彼自身が知っている。

 それでも出来ることを探して隠になった。今はそれでいいと思えている。それだけの時間が流れた。

 だがもしも、あの布で隠された巨大な何かが後藤のような無力な人間にも使える何かであったならば。

 その試験運用のために隠の中から後藤が選ばれたのだとしたら。

 

(都合が良すぎるっての)

 

 あり得ない。現に彼に下された指令はとある地点までアリスを連れていくことである。情報の秘匿のため、本来の目的地に向かうまで幾度も隠による引継ぎが道中で行われるのはよくあることだ。

 たまたま今回は自分が選ばれただけ。指令が唐突であったから、そこに例外的な何かがあると思ってくだらないことを考えただけ。

 きっと今頃、自分と同じ指令を受けた隠が唐突な話に慌てていることだろう。ただそれだけの話。ほんの些細なトラブル。

 火の弾ける音だけの静かな時間はただ過ぎる。

 あとどれくらいで朝日は顔を覗かせるか。明日は早めにここを出て、昼前には次の隠に引き継ぎ場所に到達出来るはずだ。

 そこでこの少女とは会うことはない。あるいは二度と、言葉を交わすことはないかもしれない。

 隠であっても鬼と会う可能性は低くない。状況によっては鬼を滅ぼしきるまえに現地入りするときもある。そこで犠牲になる隠も少なくはない。

 多分きっと、自分もいつか鬼と出会って無力に死ぬのだろう。そのとき自分はどうするのか、最期まで鬼に抗うことは――。

 

 

 不意に、背筋を悪寒が走った。

 

 

「ッ……!?」

 

 反射的に後藤が体を起こしたのと、家の扉が開くのはほぼ同時だった。

 

「ここか! おい隠! お前はさっさとそいつを連れて逃げろ!」

 

 息を荒げて現れたのは既に抜刀した鬼殺隊士の一人だった。既に体の至る所が傷だらけで出血しているのは激闘を繰り広げたからではない。

 それは一方的な蹂躙よりの逃走。抵抗すら出来ない敗走の果て。

 

「い、一体何が……」

 

「話してる暇はない! さっさと逃げ――」

 

 突然の事態に困惑する後藤に声を荒げようとした鬼殺隊士だったが、その姿が突如としてその場から消失した。

 

「え?」

 

 状況について行けず当惑するだけの後藤の耳に次いで聞こえてきたのは、不快感ばかりの咀嚼音だった。

 肉を千切り、血を啜る音。聞きなれた、あるいは聞いてはいけないその音が発生する理由は一つ。

 

「オイオイ、男ばっかでつまらねぇと思ってたら、良い女がいるじゃねぇかよ」

 

 初めにしたのは濃厚な血の香りだった。離れていても香る死と破壊の臭いが、後藤の鼻に突き刺さる。

 そこに立っていたのは顔に工の文字に似た入れ墨を施された人外だった。先程まで声を発していた隊士の首と腕を両手に持ち、語りながら頭に齧りついている。

 

「お、鬼……」

 

「あぁ? 俺が鬼だと? ハッ、違うね。俺をそこらの木端な鬼と一緒にするんじゃねぇ」

 

 後藤の言葉に反応して視線を向けた鬼の左目。その瞳の中には『下陸』と刻まれていた。

 その文字が意味するところ。話だけには聞いたことのある意味を即座に理解した後藤の全身を冷や汗が流れた。

 その文字が刻まれた鬼はただの鬼に非ず。無数と存在する人外の中でたった十二体だけ選ばれる精鋭。

 十二鬼月と呼ばれる鬼が一匹。

 

「俺は十二鬼月が下弦の陸、釜鵺だ! 運が悪いと諦めなぁ!」

 

 鬼の中でも最強の一角。それが今まさに誰も頼ることの出来ない後藤の前に現れた。

 

「う、あ……」

 

 その荒ぶる鬼の圧力に後藤は声すらあげることも出来なかった。

 およそ、彼が出会ったこれまでの鬼との格が違う。危険な鬼とは会ったこともある。死を覚悟した時もある。

 だがそれでもどうしようもない生物としての差。抗えない絶望。

 身が竦む。恐怖で視界が狭まる。

 もしも等と言う思考にやはり意味は無かった。

 意志ならあるなどと叫ぶ権利すら無かった。

 後藤にはどうしようもなく力がなく、隊士ですら容易く蹂躙した相手を前にどうすることも出来ない。

 そんな後藤の恐怖を理解した釜鵺は、下卑な笑みを浮かべてこの騒音の中で未だ目を開けようとすらしないアリスを指さした。

 

「だがまぁ、そこに居る女を寄越すってならお前だけは見逃してやってもいいぜ? なぁに安心しな。これだけ良い女なんだ。一晩かけてゆっくりと食らい尽くしてやるからよ。その間にお前は必死こいて逃げりゃいいだけの話だ」

 

 まさしく悪魔のような提案だった。

 この鬼にアリスを差し出せば逃げられる可能性がある。それはあまりにも薄いとはいえ、縋りつきたくなる提案に思えた。

 言い訳は幾らでも浮かんだ。

 十二鬼月を発見したと伝えなければならない。

 そのためには生き抜かなければならない。

 ここで抗ってもどの道彼女と自分がまとめて死ぬだけ。

 そもそも知り合って間もない少女を差し出すだけの話ではないか。

 これは自分のためではなく、鬼殺隊の隠として――。

 

「ふざけるな……! 女の子一人置いて逃げるわけねぇだろうが……!」

 

 それらの言い訳を一瞬にして吹き飛ぶ怒りが、いつの間にか心の底より沸き上がっていた。

 体は震えていて、冷や汗は止まらない。例え抗っても意味は無いことを知っている。

 もしもは存在しない。

 現実はいつだって非情だ。

 

「雑魚が何ほざいてやがる?」

 

 無様に逃げる雑魚を後ろから食いちぎろうとした当てが外れた釜鵺の声が苛立ちで低くなる。

 その怒りで後藤の体はさらに震えるが、それでも後藤は背後にアリスを庇って立っていた。

 

「こ、ここで逃げたら、俺は俺じゃなくなるんだ……!」

 

「あぁ?」

 

「力が無くても、俺だって鬼殺隊の一員だ……!」

 

 あらゆる思考に意味が無くても、その矜持にだけは意味がある。

 人を鬼より守る鬼殺隊としての矜持こそ、力の無い後藤に残された意地なのだから。

 アリスという知り合ったばかりの少女を守る。そこに言い訳で自分を騙す必要など何処にもなかった。

 

「じゃあ死ねよ」

 

 刹那、釜鵺が後藤の前に踏み込んだ。

 その姿は人間に追えるものではない。後藤が意識する暇もなく、その鋭利に尖った手の爪が喉笛へと接近し――滂沱の血が後藤の体にかかった。

 

「ああああああああああ!!??」

 

「『……全く、うるさいものね。野犬でももう少し上品に吼えるでしょうに』」

 

「は、え?」

 

この日、何度目の衝撃だろうか。死を覚悟した後藤が見たのは、風となって自分を殺しにきた釜鵺ば、切断された右手首を抑えて咆哮する姿と、背後より聞こえる異国の言葉。

 

「『乙女の就寝を襲うだなんて、品が無いにも程があるわ』」

 

「あ、アリス、様?」

 

 振り返った後藤が見たのは、いつの間にか起き上がったアリスであった。しかし道中の朗らかな少女然とした姿はそこにはなく、鋭い目つきで釜鵺を睨むその姿は別人としか思えない。

 いや違う。この姿こそが彼女の本質なのだ。

 

「『ありがとう。無力を言い訳にしない貴方の姿、素敵でした』……ア、アー。アリガトーゴザイマッス。アナタ ハ ヨワッチー デモ ケッコー イイジャン」

 

「いや、えっと、その、え?」

 

「アトハ ワタシタチ ニ マカッセテ」

 

「テメェェェェ! ふざけたことしやがってぇぇぇぇ!!」

 

「ジャ サガッテ ……『黙れ、ゴミクズ』」

 

 困惑極まる後藤を背後から追い抜いたのは、アリスの両手より突如として伸びた無数の細い糸だった。

 釜鵺の反射神経すら凌駕した糸――銅線の群れが釜鵺の四肢を絡めとり拘束する。そのまりの早業に、釜鵺は怒り以上の困惑を顔に浮かべた。

 

「な、なんだこれは!?」

 

「『対化物用に法儀礼を施した……と、母国語で話しても意味は無いのでしたね』。アー、ヨーカイ ブッコロス ホトケ ノ イノリ キマッタ ブキ ヨ」

 

「こ、こんなもんでよぉぉぉぉぉ!!」

 

 釜鵺が必死に拘束から抜け出そうとするが、銅線は肉に食い込み引き裂くだけで一本たりとも切れはしない。

 その銅線を繰るアリスの表情は全く変化しなかった。まさしくゴミを見る眼つきの彼女には一切の慈悲すらない。鬼よりも冷たい眼差しは、向けられていない後藤ですら怯むほどの圧力だ。

 

「『その程度の力で私の糸を断ち斬ろうなんて……実に馬鹿な奴。まぁゴミに成り果てる程度なのだから、人間らしい思考など期待してはいませんが……とはいえ、ここでお前を処理するのはご主人様の命に背くことなので止めてあげます』」

 

 そう言って、アリスが軽く両手を振るうと、微動だにしなかった銅線が一瞬にして絹の如く緩やかに釜鵺の四肢から外れて落ちた。

 

「あ? お前、一体なんのつもり――」

 

「『お前を処理するのは、私ではない』」

 

 ガタリ、という音が異様に大きく響いた。

 釜鵺の咆哮よりも遥かに小さいはずのその音に誰もが意識を反射的に向けていた。

 

「あれって確か……棺?」

 

 後藤が現物を見るのは初めてだが、西洋における死者を収める棺がそこにあった。

 厳重に布で覆われていた棺が、いつの間にか布が剥がされ蓋も開いている。

 何故、棺なのか。

 そんなものを運ぶ意味は何なのか。

 その理由は、蓋の開かれた棺より溢れだす恐ろしい気配によって一瞬にして理解出来た。

 

「『後は任せましたよ』」

 

 唯一、棺の正体を知るアリスだけが淡々とその中身(・・)へと語りかけていた。

 その声に応じて、蓋の落ちた棺より無数のベルトで覆われた手が、指揮をするように踊りながら突き出る。

 その手が棺の縁を掴み、次いでもう片方の手も同じく縁を掴む。

 たったそれだけで、隊士を食らいながら現れた釜鵺を上回る嫌悪、不快感、そして恐怖が後藤の全身を苛んだ。

 

「何だよ、何だよこれ……」

 

「オチツイテヨー」

 

「これが……こいつが(・・・・)落ち着いてられるかよ!?」

 

 アリスへの敬語も忘れて後藤は声を荒げていた。その間も目前の釜鵺ではなく棺より視線が外せないのは、単純に怖いからだった。

 何か、良くないことが起きようとしている。

 十二鬼月という最悪の化け物の殺意すらも凌駕する最悪、否、災厄。

 ソレが起きる恐怖に、後藤は恐慌寸前であった。

 

(なんだ、なんだ、なんなんだ!? こいつは、これは!? この感覚は!?)

 

 その後藤以上の恐怖を釜鵺は覚えていた。

 いや、あるいは同等以上の恐怖を知っているからこその恐れに近かった。

 

(これは無惨様と同じ!? いや、嘘だ! あの方と同じ? 同じ(・・)だと!?)

 

 鬼舞辻 無惨。

 鬼殺隊が真に倒すべき敵にして、鬼を生み出し続ける諸悪の権化。あらゆる鬼を、それこそ十二鬼月すら恐怖で平服する他ない化け物と同じ。あるいは凌駕する悪意が棺より溢れている。

 

「良い、夜だ」

 

 ぬるりと粘性の悪意を纏いながら、耳に心地よい重低音で囁きながらソレ(・・)が棺より体を起こした。

 異様としか思えない姿である。夜の闇よりも尚暗い漆黒の長髪を靡かせて、全身を大量のベルトで拘束された男がそこには居た。

 あらゆる不吉を人間の形にしたような醜悪でありながら、認めざるを得ない美しさを併せ持つソレこそ、アリスが、否、ヘルシング家が長年をかけて完成させた珠玉の化け物(・・・)

 古き日。人間という輝きに魅せられて敗北し、今や飼い犬として身を落とした哀れなるもの(・・)

 最悪の不死者(ノーライフ)

 永遠の夜を歩くもの(ナイトウォーカー)

 

 そして、今の名を――。

 

「『拘束制御術式、第3号解放承認――ごきげんよう、アーカード(伯爵)』」

 

「ごきげんよう。そして――」

 

 翼のように両手を広げ、醜悪に口を広げた吸血鬼(・・・)が、あまりに矮小な鬼へと語る。

 

 

 

「さようなら、醜い豚よ」

 

 

 

 

 本物の夜を始めよう。

 お前に明日の夜は来ない。

 

 

 

 

第一話【A←D】

 

 

 

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