鬼滅の刃×HELLSING 作:とろろ昆布ニュージェネレーション
身を切る冷たい風が一陣、アーカードと呼ばれた化け物を中心として流れた。
釜鵺と同じく脳天より爪先まで、人の形をしながら人を
「こいつ、は……こんなものを……?」
ただ、在るだけだというのに先刻を遥か上回る恐怖が後藤を苛んだ。
丁寧に、丁重に、そうでありながらあまりにも雑に扱われていた荷物の正体がコレだと誰に想像出来るだろうか? 何よりもこれ程の化け物が傍に居ることにすら気づけなかったという事実も悍ましい。
全てが恐怖。全てが異常。汚泥に沈む錯覚に震える後藤に、アーカードは釜鵺に向けていた壮絶な笑みと同じ――同じでありながら別種の感情を向ける。
「意志は無意味か? 両手の力だけが闘争の本質か?」
謳う。朗々と語る重低音が室内の空気を伝播して、暗がりを這いながら後藤の耳に忍び寄る。
「違うね。諦めが闘争を鈍化させる。力が是非ではない。殺戮が本質ではない。その瞬き、無限の絶望が現れた時に力は理由とならない。無意味と断じる意志がその本質を暴き出す……諦めが、諦めだけが人を家畜へ叩き落とすのだ、
それは、火の番をしていた後藤の僅かな独り言に対する回答であった。
思考に意味は無い。もしもに意味は無い。
当然だ。弱者の戯言で、現実に何も影響を及ぼさず、後藤は結局何も出来ず、果たせなかった。
だが、アーカードは言う。アーカードは知っている。
「そしてお前は
(な、なんだ、こいつの、これ……は? 憧憬、なのか?)
化け物の中の化け物と呼べる存在が後藤に向ける感情。光に焦がれ、手を伸ばす囚人のような憧憬を感じて、何を馬鹿なと即座に否定が浮かぶ。
だがこの場において、十二鬼月の釜鵺でも、その釜鵺を容易く捕縛するアリスでもなく、起き上がったアーカードが最も意識を割いていたのは、この場で最弱である後藤であった。
「美しい月が変わらないように、私の愛する者も変わらない。どこだって、いつだって、お前達は三千世界の至る場所で私の胸を焦がしに焦がす。やがていずれ――あの日の朝日が追いすがる」
両手を振るい、さながら舞台で踊る演者となって、アーカードは諦めを否定した後藤の在り方を一通り讃え――その眼が次に釜鵺を捉えた。
「素敵な夜だ。そう思わないか?」
「ッ……!」
「ここまでの人間が既に居るなら、それと対するお前はどうだ? 腕はもう再生したな? 狭窄した思考は開けたか?」
影を連れてアーカードが釜鵺へと滲み寄る。
この世のありとあらゆる不吉で満ちた、世界で僅かとしか存在しない純正の化け物が、成り下がっただけの鬼と相対する。
彼我の距離は、一歩も無い。形成される殺戮空間に二匹、化け物同士が巡り合った。
「ここからは私達のお楽しみだ」
「う、うあぁぁぁぁぁぁぁ!!??」
恐慌した釜鵺の拳が絶叫と共にアーカードへと放たれた。人一人容易く貫く鬼の一撃は、あまりにも呆気なくアーカードの顔面を破裂させて溜まった血潮と脳漿を辺り一面へと炸裂させた。
「うお! おぉぉぉぉぉ!! ああああああ!!!!」
だが釜鵺の拳は止まらない。頭の弾けとんだアーカードが地面に崩れ落ちていくのも構わず、幾度となく轟音を奏でてその体に無数の穴を空けた。
「うわぁぁぁ!!??」
「オー、アブネー ワタシ ノ ケツ デモ ミテテ!」
発生する衝撃波に目を覆う後藤を庇うようにアリスが前に躍り出ると、銅線で編んだ巨大な壁を自身の前に展開した。
その壁越しに釜鵺の手により家屋ごとアーカードの体が徹底的に磨り潰されていくのが見えた。
だが鬼に有効な日光を帯びた武器、日輪刀でない以上、鬼による攻撃が意味無いことなど釜鵺自身が分かっていた。
これはただの時間稼ぎだ。ここで徹底的に磨り潰し、再生している間にこの場から逃げ出す。ただそれだけのために釜鵺は必死に拳を振るっていた。
「潰れろ! 潰れろ潰れろ潰れろよぉぉぉぉ!!」
既に床板は完全に崩壊し、人知れずアリスの銅線で支えられているものの、家屋が倒壊するのは眼に見えていた。
それほどの圧倒、十二鬼月に相応しい力の発露でアーカードを一方的に蹂躙している。
(なのに、クソ! なんだこれ!? こいつは、この体を這い回る焦りは!?)
無惨と同質の圧力のせいか。アーカードの肉片一つ残さず血の霧に変えながら、釜鵺は決して安堵など出来なかった。
もうそこには黒き美丈夫は存在しない。無数の肉片と散乱した血潮の残骸のみ。鬼の再生力でも回復にはかなりの時間を有するはず。
「ど うし た?」
ならば、釜鵺の耳元で語り掛けてくるこの声は何なのか? 謳う悪魔の幻聴なのか?
否、化け物の本質。正体不明という真実。あらゆるペテンの浮かび上がる影法師がこの怪異。
「この程度か? 癇癪起こしたガキみたいなやんちゃがお前の全力か?」
汗が止まらない。恐怖で後ろを振り返れない。
だがそれ以上にここで振り向かなければ死ぬという確信が、釜鵺に背後を見る決断をさせ――絶句した。
「足りない。これっぽっちも届かない」
欠片とまぶしたはずの肉片はそのままに、周囲に散った血の水溜まりより、ゾルゾルと不快な音を奏でて死が浮上する。
攻撃を受ける前と全く同じ、一切の負傷を感じさせない完全なる姿でアーカードがそこに居る。
「う、嘘だ……あそこまで潰したってのに……」
「あそこまで? オイオイ、
再生どころではなかった。肉体の完全なる再構築。瞬きの間に上弦の鬼ですら不可能な力を見せつけるアーカードが鷹揚に手を振るう。
「では、次だ。化け物の矜持を見せろ。使い魔を、変化を、異能を、悉くをもって悉く私を屠ってみせろ。出し惜しみをするな、楽しみはここからだ、化け物の闘争を曝け出そうじゃないか」
「う、ぁ……」
「嗤えよ。夜は始まったばかりだろ?」
夜の月より冷たい笑みが釜鵺の心をへし折る。一度の攻防すら発生せずに、今宵の戦いは決着していた。
「――――ッッッッ!!!!」
喉を引き裂く声ならぬ絶叫を震わせ、釜鵺が選択したのは一心不乱の敗走。
咄嗟に背を向けて逃げ出したのは、久しく感じていなかった生存本能の発露からであった。
夜の山の木々に紛れる。草木を掻き分け、恐怖と殺戮の権化から一歩でも遠く、遠くへ。
餌と見下した、人間のように情けなく逃げる。
「なんで、こんな、俺はここから……!」
本来、十二鬼月がこんな無様を晒すわけがない。
人を食らい続けて強くなり、ようやく十二鬼月の末席とはいえ強者の領域に到達することが出来た。
そしてここからさらに人を食らい、さらに力を蓄えてやがては上弦と呼ばれる存在に至るはずだった。
ほんの気まぐれだったのだ。偶々、巡回していた鬼殺隊の隊士を複数見つけ、戯れに逃した隊士の一人がこの家屋を訪れた。たったそれだけのことだった。
馬鹿げている。こんなはずではなかった。
俺はここからの鬼で、弱々しい人間を餌に、永遠を生き続けるのだ。
「いや、お前は終わりだ。今宵が、お前のちっぽけな命の終着点だ」
そんな釜鵺の考えを嘲り笑う本物の囁き声。
夜に溶けた誰かの声に振り返るものの、釜鵺の周囲を囲む草木だけしかそこにはない。
「多少は
「畜生! 何処だ! 何処にいやがる!?」
草木が震え、夜に怯える。
見えぬ悪意は堂々巡り。クルクル回り、闇の中。
「我々はただ弱者を弄ぶだけではいられない。その殺戮に憤慨し、瞬きの生を輝かせる一滴と相対し、打倒し、打倒され、滅ぼし、滅ぼされる。成って果てた我々は、諦めに沈まなかった誰かによって蹂躙されるその日まで。夜が永遠ではないように、やがて朝日が上がるように。いずれ、その時に至ってこそ
「で、出てきやがれ! う、うぅぅ! 出てこいよぉ! 出て、クソ、い、嫌だ!」
ここは既に地獄の釜。
それでも生き足掻く醜態を鼻で笑い、夜の支配者が断ずるは一つ。
「ならばお前は、食らうだけのお前は、嗤うことなく泣き叫ぶお前は何だ? そうさ、食べるだけのただの犬だ。ならば末路は当然――」
「もう嫌だ! 死にたくねぇよぉぉぉぉぉぉ!!」
「犬の餌が、相応しい」
「あぁぁぁぁぁぁぁあ!! え?」
絶叫に揺らぐ木々の隙間を縫って、黒い何かが釜鵺の視界を覆い尽くす。
それが人一人を食らう巨大な犬の口内だと気付く前に、釜鵺と呼ばれる鬼の全ては黒犬の全てに飲まれ、消滅した。
―
遠く、最期の断末魔が途切れて暫く、静寂が再び訪れた。
「終わっ、た?」
「ンー……ハイ ソーネ オツカレサマ!」
戦いの時とは打って変わって華のように微笑むアリスの発言を聞いても、後藤は決して緊張を解くことはなかった。
十二鬼月の一体が滅ぼされた。それは鬼殺隊の一人として喜ばしく思うが、その代わりに十二鬼月に匹敵、あるいは凌駕する化け物が現れたのだと考えれば気を抜くことなど出来るわけがない。
「……アリス、様」
「ハイ ドウシター?」
人懐っこい笑顔を浮かべているが、後藤はその笑顔を見てももう心穏やかにはいられない。彼女もまた見た目ではくくれない超常の実力者。
いや、あるいは彼女もアレと同じ――。
「エット、 サキ ニ イッテオキマス ガ ワタシ ハ ニンゲン デスヨ?」
「……だとしても、アレを持ってきたのは貴女――お前だろ?」
後藤の疑問に釘を刺すが、それでも疑念が拭えたわけではない。
敬語を使う気にはもうなれなかった。相手は海の向こうより鬼と比する劇物を持ち込んだ危険人物。
ジリっと距離を置いたのは、この情報を何とかして他の隊士に伝えるため。
逃げられる可能性は殆どない。だがそれでも、周辺に隊士がいない以上、自分がやらなければならないと後藤は覚悟を決める。
「コ、コマッタ ネ……アノ ワタシ ハ アナタ ニ ボウリョク ヲ ツカワナイ」
「……信用出来るか」
「ウー……ドウシマショー」
わざとらしく眉間に皺を寄せるアリスから徐々に距離を離す。だがこの程度のこと、あれ程の戦闘力を誇る彼女が気付いていないわけがないだろう。
(クソ、結局一難去ってまた一難、どころじゃねぇな……!)
「ソウダ! コウシマショ! 『アーカード、すぐに戻りなさい』」
「言われずとも、私はもうここに居る」
「ッ!?」
後藤が声に振り返ると、気配も一切感じずにそこにはアーカードが立っていた。
先程までの圧は無いが、それでも不気味なことには変わりない。相変わらず全身を拘束された体で、硬直する後藤の横を抜けて棺へと再び身をしまい込む。
あんなにも饒舌であったというのに、今や笑みすら潜めてしまっていた。
「今宵の続きは、そうだな。夢で楽しむとしよう」
言って、棺へとアーカードの体が消えるように仕舞われると、自動的に蓋がその上に被さって沈黙を取り戻した。
「ドウデショーカ?」
「どうでしょうって……何がだよ」
「アー……アーカード ハ ワタシ ノ イウコト メチャンコ キク。アバレル タブン ダイジョーブ」
「その多分が信用ならねぇし、そもそも俺はお前のことだって――」
「アリス ハ シンヨウ ナラネーカ?」
上目遣いに言われて多少心が揺らぐが、後藤は頭を振って「じゃあアレは何だ?」と沈黙する棺の中身、アーカードのことを問う。
「お前はアレを何で持ってきた? 俺は確かに鬼殺隊の隊士でも木端だが、それでも鬼を殺すと誓った隊士の端くれだ。その俺が鬼を――
鬼殺隊とは名の通り鬼を殺すための組織だ。そこにあらゆる例外は許されず、人を襲う鬼を放置するわけにはいかない。
「しかもアイツは俺みたいな馬鹿でも分かるくらい人を殺してやがる。何百どころじゃない死の臭いで満たされている」
何の能力もない後藤であっても、アーカードが放つ死臭に気付かないわけがない。化け物と呼ばれる存在の中でも本物と呼べる怪異の頂点に相応しい圧力。釜鵺をして鬼の支配者である鬼舞辻 無惨と比べても同等以上の化け物が人の支配下にあることが信じられない。
猜疑心で満ちた後藤を説得するのは中々骨が折れるだろう。アリスはさてどうするべきかと頭を悩ます。
「『……本来なら糸で操るのが手っ取り早いのですが』」
「オイ、日本語喋れよ、分からねぇよ」
「『困りました。私を庇った姿が意外と素敵だったのですよねぇ……』」
乙女心的に、この弱くも心の強い男を操るのは流石に引ける。
となれば後は誠心誠意話すしかないのだろう。
「アー……ジツハ デスネ。ハナシ ハ ケッコー ドエレー ムカシ ノ コトニ ナルノヨ――」
どの道この夜はここで足止めなのだ。
ならばこの後藤という男を説得するべく話せる範囲を話して説得することに決めたアリスは、ポツポツとアーカードと呼ばれる吸血鬼について語り始めるのであった。
―
べんっ、と乾いた音が鳴るのと同時に下弦の参を拝領した十二鬼月の一体、
(な、なんだここは?)
繰り返し紡がれる琵琶の音の方角には目元を髪で隠した女が座っている。おそらくこの空間そのものがこの女の力、鬼特有の能力である血鬼術なのだろうと病葉は推測する。
その間にも繰り返される琵琶の音によって、彼も知る下弦の鬼が次々とこの空間へと現れた。
(下弦の伍だけが居ないが……何故、下弦だけ?)
どうして、何故。
理由を考える間もなく再び琵琶の音が奏でられ――一瞬にして同じ場所に集められた鬼の前に、一人の女性が現れた。
見目麗しいが、一誰――。
「頭を垂れて
声を聞いた瞬間、病葉を含めた下弦の鬼の誰もが膝をついて頭を下げた。
(無惨様? 無惨様だと!? 姿かたちもまるで……!)
「も、申し訳ありません。お姿も気配も異なっていらしたので……」
「誰が喋っていいと言った?」
下弦の発言を一切許さない怒気に溢れた無惨を前に、病葉はおろか殆どの鬼が身を震わせる恐怖を感じていた。
何がそれ程に無惨を怒らせているのか。そう思う暇もなく語られる無惨の言葉は、簡単に言えば下弦の伍である累が殺されたことに発する、下弦の脆弱さへの追及。
つまり今、彼らは不要と断じられている。
(そ、そんな、こんなこと……!)
「お許しくださいませ! 鬼舞辻様どうか! どうかお慈悲を! 申し訳ありません! 申し訳ありません! 申し訳――ギャッ!?」
病葉が当惑している間に、
最早もうどうにもならないのか。
ここで自分も含めて全員が死に果てるのか。
(なぜだ……俺はこれからもっと……もっと……)
もっと人を食らって、永遠の享楽を味わいたかったというのに。
だがもうどうしようもなく、病葉も無謀と知りながらその場から逃げ出し、やはり無惨の手によって容易に刈られた。
(下らん)
そうして、残すところ二匹となった下弦の鬼を見下す無惨の胸中は怒りと等しい虚しさとも呼ぶべき感情だった。
その身を日の光が浴びられない身にやつしてから幾年。千年にも及ぶ日々の中で、完全となるための要素を探すために増やしたくもない鬼を無数と増やしてきたが、まともに使えるのは僅か一握り。
それなりと認めたはずの下弦であってもこの程度とあれば、無惨の目的までまだ後どれだけかかるというのか。
(目障りな鬼狩り共め)
苛立ちをぶつけるように己の血を愚かにも欲した下弦を葬る。
そして最後に生き残った鬼へ戯れに血を授けた後、琵琶の鬼、鳴女の手によって元の場所へと送り返したところで、無惨は再び苛立ちに顔を歪めた。
「どいつもこいつも、使えん奴等ばかりだ」
今血を分けた鬼も、果たしてまともに使えるかどうか。
鬼狩りたちを完全に滅ぼせない役立たず。所詮は木端、それこそ下弦だろうと上弦だろうと本質的には変わらない。
彼にとって自分以外の誰もが取るに足らない存在なのだ。
完璧は自分だけでいい。変化も無い至高の存在。そうあるべきだという思考こそが――。
「あぁ全く、愚かな考えだな」
その考えを嘲り笑う。
無惨の腕より、怪しい影が嘯いた。
(な、に!?)
直後、突然発せられた言葉に驚く暇もなく、先程下弦の陸を食らった腕が内側より派手に四散した。
痛みはない、ダメージも当然無い。弾けたと同時に腕の修復は完了している。
だがそれ以上に無惨の胸中をかき乱したのは突然の襲撃への警戒だった。
「容易い、実に容易かったよ。まさかのご同輩、あぁ、しかも先達だというのに、私はするりとここだ。ここに居る」
「お前は……誰だァ!」
「誰、だと? ハハハッ、私が誰かだって? そうか、知れないのか
破砕した無惨の腕が寄り集まって肉の塊を形成していく。
それが自身と同じ鬼であることは容易に見て取れた。だが問題なのは、その長身長髪の男が、無惨にとって見た覚えもない鬼であることにあった。
「私の知らない鬼、だと?」
「違う、知らないのではない。知ろうとしないだけだ。そうやって上っ面の思考だけを読み取ろうとするから本質が何も見えていない。血のやり取りを、魂の循環を、
「ふざけたことを……! 何者だお前は! お前はどうやってここに! どうやって私を見つけたのだ!?」
「あぁそうだ、そうだとも鬼舞辻 無惨」
そして闇を媒介に現れたのは、鬼と似て非なる吸血鬼。無惨と比する不死の王は、その牙が食らい殺す相手へと優しく告げた。
「私はお前を
第二話【D→←D】へ続く
大正こそこそ例のアレ
タイトルの【A←D】はALUCARDの最初と最後の文字。←はDから読んでという意味です。つまり読み方はDRACULAってことになります。ヘルシングおなじみのやつですね。