鬼滅の刃×HELLSING 作:とろろ昆布ニュージェネレーション
「不愉快だな。私の前で随分と舐めた態度をとる」
「年長者を労われとでも? ククク、あぁ確かにそうだな。生きた歳月だけならばお前のほうが
「……」
「嗤えよ鬼舞辻。どうした無惨。私の中に取り込んだお前は、いつだって格下相手に大きく出ていたじゃあないか」
「吼えたな、鬼」
「アーカード。今はそう呼ばれている」
「吼えたな! アーカード!」
「猟犬だ。獲物を前に吼えもする」
拘束具を着用していることに目を瞑れば、貴族の如く優雅な一礼を行うアーカードの態度が、余計に厭味ったらしく無惨の怒りを煽る。
だがそれでも無惨は距離を徐々に取りつつも心の冷静な部分でアーカードを観察していた。
(アーカード、だと? 名前からして海外の鬼か? だとしても何故ここに、しかも私の元へ?)
疑問は当然だった。別に無惨とて自分が唯一無二であるとは思っていない。日本国内でも、自身の知らない鬼が出たと聞きつければそこに出向く程度には、自分以外の鬼を警戒してすらいた。
少なくとも国内に居ないことだけは分かっていた。だが国外の調査は行っておらず、自身が求める青い彼岸花の調査も含め、いずれ海外に手を広げることは考えてはいたものの。
「改めて聞こうか。何故、この国へ来た?」
「試験を兼ねた観光だ。早速、私好みの面白いものを見れて存分に楽しませてもらっている」
「試験に観光だと?」
「あぁ、我々は客人として招かれたのさ」
「戯言を言う。私の元に直接現れたのはどう説明する?」
この会合が偶然だとは思えない。
何かしらの意図があってアーカードは無惨に会おうと、下弦の肉体に潜伏して無限城に乗り込んできたはずだ。
そう確信をもって告げる無惨にアーカードは。
「あぁそれなら簡単だ。私の試験にお前が丁度良いか見極めるつもりでここに来た……おめでとう
「私が憐れ?」
「それはお前が一番よく知っているだろう?」
「私の何処が、憐れだと?」
その問いを待っていたとばかりに、アーカードは楽し気に顔を歪ませて。
「無様に逃げた時の気持ちを聞かせてくれよ、無惨」
あの日、あの時、あの瞬間。
――命をなんだと思っているんだ?
恐るべき剣士に追い詰められた時のことを嘲笑われたと理解した瞬間、無惨の理性は一瞬にして消滅した。
「鳴女ぇ!!」
咆哮した無惨の声に合わせて琵琶の音が奏でられる。同時、アーカードの真下に突如として巨大な穴となり、その巨体が重力に従って穴へと飲み込まれた。
「それじゃあ駄目だ」
だが安堵の時は一秒と続かなかった。開いた穴が閉じるよりも早く、無数の蝙蝠が空へと舞い上がり、虚空で密集したそれらが再びアーカードの姿を象った。
「私からは逃げられないぞ無惨。あぁそれともそんな
女性体としての姿を鼻で笑われ、無惨の顔に幾つもの青筋が浮かび上がる。下弦の鬼が自分を不快にさせた以上の怒気が、無惨の周囲すら歪めさせる鬼気の如く溢れてさえいた。
それほどの圧ですら、アーカードの笑みを崩すにはまるで足りない。むしろいっそう喜悦を深める吸血鬼の喜びに呼応しするかのように、無惨の怒りは膨らむばかりだ。
「私を見下すなよ低俗な鬼が」
「同感だね。私も
「お前と同列? 増長するにも限度がある……!」
「ハハ、ここはひとつ仲良くしようとするかい? あぁ
「ッ……!」
この何十年も感じたことのない怒りが無惨の肉体すら無意識の内に変貌させていく。
侮りだった。
かつてない程に、突如として現れたこの正体不明の鬼は無惨を侮り、見下し、そして嘲笑していた。
それは鬼と化してからこれまで自分には向けられたことのない類の感情であった。
負の感情を向けられたことはある。だがそれらは怒りや憐れみなどのものであり、間違ってもアーカードのような存在は居なかった。
故に千年の間に覚えのない嘲りが無惨の心中を憎悪と憤怒で満たしていた。あらゆる変化を毛嫌いする無惨にとって、自らの静寂を崩壊させたアーカードは全てを差し置いて殺すべき対象となる。
「鳴女! 上弦を全て呼べ!」
そう、ありとあらゆる手段を用いて殺す。そのために無惨が用いた一手と共に響いた琵琶の音が終わると同時、アーカードを取り囲むようにして六体の鬼が現れた。
あらゆる面で、アーカードが先程相手した下弦の陸を遥か凌駕した恐るべき面々である。何れもが化け物として一点極まった鬼たちこそ、この百年顔ぶれが変わることなく日本で人を食らい続けた鬼。
十二鬼月が上弦六体。
上弦の壱。長髪の底知れぬ剣士、黒死牟。
上弦の弐。軽薄な笑みを浮かべた青年、童磨。
上弦の参。鍛え抜いた肉体に入れ墨の施された拳士、猗窩座。
上弦の肆。怯え震える老人、半天狗。
上弦の伍。壺に体を収納した異形、玉壺。
上弦の陸。兄妹で一体の鬼、妓夫太郎と堕姫。
そんな彼らをして、目の前に立つ得体の知れない鬼、アーカードより感じられる圧力に動揺を隠せぬ者はいなかった。
「これは、これは……雁首揃えてお出迎えとは気が利く」
鬼舞辻無惨と伍する頂点に立つ吸血鬼、アーカード。いや、あるいはその
人を止め、人を自分と別の輝きと見る化け物の暗い瞳がせせら笑う。
人でなし共を、せせら笑う。
「初めまして化け物諸君。私は――」
「奴を殺せぇ!」
「――月の呼吸、壱ノ型」
無惨の命を聞いた刹那、躍り出る影が一つ。アーカードの名乗りが朗々と語られるより前に、腰に差した異形の刀を抜いた鬼、黒死牟が迷いなく鯉口を切る。
「闇月・宵の宮」
視認すらほぼ不可能な不可避の斬撃がアーカードの首へ飛ぶ。一刀だけとしても見事なそれに、月を模した不定形の斬撃すら乗せた一撃はまさしく技の極地。違うことなくアーカードの首を薙ぎ、当然の如くその首が空を舞って鮮血がほとばしった。
「死ね」
だが、終わらない。この間際、相手もまた常識の理に無いと誰もが察しているがため、猗窩座が虚空に舞うアーカードの顔を素手で粉砕し、残った肉体を童磨の鬼血術。鬼だけが使える異能によって瞬時に凍結させた。
例え鬼であっても再生に時間がかかる程の破壊の嵐。しかしここまでの破壊を与えたにも関わらず、無惨を含めた上弦の誰も警戒を怠ってはいない。
「そう急かすなよ」
爆ぜた血潮から影がそそり立つ。氷の内側に閉ざされた肉体が液状に溶け爛れ影へと集う。
そして再び、何事もなかったかのようにアーカードは現れた。まさに生と死がペテンとしか言えない在り方は、ほぼ不死に等しい上弦にとっても未知。
だが状況はアーカードが見せる余裕程に、吸血鬼の独壇場と言う訳ではない。
僅かな激突にすぎないが、上弦の鬼、特に黒死牟の力はアーカードをして驚嘆の極地。猗窩座という鬼も申し分ない力量を秘めており、童磨という鬼に至ってはおそらくこの中で一番の
その他の鬼も上の三体程ではないにしろ充分に危険な力を秘めている。
「ハッ、どいつもこいつも腐った目をしてる」
だからこそ嗤う。
それほどの異常性。至れる才能が有りながら人間を
あの輝きを手放して、永遠の夜に身を落とす哀れを何故享受出来たのか。
「あぁ繰り返そうか。それじゃあ駄目だ。私には届かない」
例え超常の力を手にしても、否、だからこそ。
「化け物を殺すのはいつだって人間だ」
どれだけの窮地にあっても、相手が化け物であるならばアーカードは揺らがない。
彼を殺し、やがて訪れる永遠の終わりに釘を突き立てるのは、永遠を生きない人間のみ。ならばこの場にさして問題はない。全く以て、アーカードの精神を揺るがすには至らない。
「まとめて来いよ。ゴミはまとめて片づけるのが一番早い」
「ほざくなよ吸血鬼ぃ! その余裕がいつまでも続くと思うな! 私をここまで侮った罪、万死ですら生温い! まともに死ねると思うなよ!?」
「化け物がまともに死ねないのは当然だろう? それは私も、そして今宵のお前もまた同じ」
抱き締めるように両手を広げ、囁き笑う不死の王。
抑えるように両手を広げ、猛り怒る不死の王。
「互いに殺し――」
今まさに決戦と呼べるものの火蓋が落とされようとした瞬間、突如アーカードが笑みを消して虚空へと眼を向け――忌々し気に表情を歪めた。
「……どうやら、此処までのようだ」
「なに?」
無惨の問いかけに「また再び会うとしよう」と告げて、あっさりとアーカードが背を向ける。
「ここまでふざけたことをして、逃げられるつもりか?」
無惨が言わずとも上弦の鬼達の包囲網は解かれていない。互いに発する殺意の火花が空気すら歪ませている。
ここまで来て決して逃がすつもりはなかった。
必ず殺すのだと、他ならぬ無惨こそが激情に身を焦がす中、それでもアーカードは告げる。
「今宵は顔見せだけということらしい。お前と私、敵と敵、いずれ、やがて、必ずと」
「それはここだ。お前の死に場所はここと私が決めた」
「焦るなよ無惨。気持ちは私も同じだ。だが私自身のことを決めるのは、最早私ですらないのだ」
拘束された体を軽く撫でながらアーカードが語る。
拘束制御術式。最上級の吸血鬼であるアーカードの能力を抑制する幾重もの技こそ、アーカードをただの化け物ではなく手綱を付けられた猟犬へと作りかえた。
そして今、その使用権を握るのはヘルシング家より遣わされた同じ猟犬、アリス。どうやら興が乗って一人敵陣に乗り込んだことを勘繰られたらしく、拘束制御術式の解放が意図的に制限されていた。
「ふん、アレも職務に忠実すぎるのが敵わん」
堅物と詰るか。あるいは職に対する矜持と見るか。
「分かっているさ。お前が見ている場所でやらねば意味が無いということはな」
見敵必殺。下された命に変わりはないが、厳密にはアーカードとアリスでは役割が異なる。
アーカードが戦い、アリスが見届ける。
あくまでこれは性能試験。勝利は当然で、ヘルシング家にとって重要なのはあくまでたった一つの運用に他ならない。
そのためならばこの国の人間がどうなっても
「拘束制御術式、第2号、第1号、解放」
ここで全てを台無しには出来ない。溢れ出る死で無惨を埋め尽くすことはまだ。
ここではまだ。
あぁだがしかし――。
「やがて、いずれ、きっと、すぐに」
殺意を尖らせ、研ぎ澄ませ続け。
「今だ、ここで、お前を、必ず……!」
赫怒に焦がれ、焼かれ続ける。
「殺し合おうか無惨」
「殺してやるぞアーカード!」
宣誓と同時、殺到する上弦を嘲るように再び液状に変化したアーカードの肉体がその場より消え去った。
「待て! 逃げるな! 逃げるなアーカードぉ! こ、これほどに虚仮と落として! 殺す! 必ず殺す!」
沸き立つ怒りが物理的に肉体すら泡立たせ、無惨は無限城より突如消え去ったアーカードの気配を探る上弦の鬼達へと命令した。
「奴を殺せ! あらゆる場所を探しつくし、あの忌々しい鬼の存在を細胞の一片まで消滅させろぉ!」
千年の時の中で感じたこともない感情だった。たった一つの殺意の純度が、己が身すらも焼き尽くす憎悪が、僅か数分程度の会合でしかないというのに無惨の心を満たしつくしていた。
同格で同類の化け物。本来ならたった一つだけだった同列の化け物。
だが無惨にはあって、アーカードのみに無いものが一つ。
「アーカードぉぉぉぉぉ!!」
世界を震わす怒声を遠くに聞きながら、アーカードは僅かに唇を吊り上げた。
「安心しろよ。既に私はお前だ」
化け物としての純度。
血を媒介にするということの真の意味を、未だ理解出来ていない無惨では到達出来ない領域。
「私はお前を
いずれ訪れる殺戮の夜を夢見て。
今宵、僅かな会合を朝日が出るまで反芻しよう。
―
「『帰ってきましたかアーカード。普段であればその自由を許しますが、今回は例外です。貴方が戦うときは必ず私の傍にしてください。というか、何処行っていたのですか?』」
「『あぁ、それなら先程戯れた鬼とやらの親元だ。軽く挨拶をしてきた』」
「『……は?』」
「『ムザン・キブツジ。この国で私が殺す化け物だよ。ではな、私はもう休む』」
言うだけ言って棺に戻ったアーカードを茫然と見送ることしかアリスには出来なかった。
後藤の説得のためにアーカードについてあれこれと話していたアリスが、棺の中にアーカードが居ないことを察して戻るように命じたのだが――。
「『……これまで姿形すら捉えられなかった相手を半日程度で見つけるなんて……運が良いのか悪いのか』」
アーカードのことだ。きっとろくでもないことをしでかしたに違いない。
暫くは頭を悩ませる日々が続くのかと思うが、よくよく考えればアーカードという劇薬を使ってご破算にならなかった試しがないのだ。
これもまたいつも通りと考えてポジティブにいくべきだろう。
「ト イウカンジナノ。チャント イウコト キーテンデショ?」
そう、自分に言い聞かせたところで、突然現れたアーカードに怯えて言葉すら失っていた後藤に向きなおったアリスであった。
「……駄目だ。頭がついていけねぇ」
「アー ソウイウトキ ハ サッサト ネロ ッテ イウデショウ?」
「そういうことじゃないし、そうも言ってられねぇだろ! そもそもこの状況の処理のために動かなきゃならねぇんだよ!」
病葉は確かにアーカードによって打倒されたが、あの鬼の手によってもたらされた被害は甚大と言ってもいい。
鬼殺隊の隊士数人と一般市民への被害。破壊された家屋の処理なども行わねばならず、情報隠蔽のために哲也は確実だ。
「しかも相手が十二鬼月とくれば……必ず鬼殺隊の柱が派遣される。となればアリス様はともかくとして――そこのアーカードってヤツの処遇はもう俺が納得するしないの問題ではないんですよ」
話しているうちに冷静になって敬語に戻った後藤だが、内心ではもう一波乱起きそうな予感に戦慄すら覚えていた。
「ハシラ……オー! テガミ ニ カイテイタ サムライマスター ノ コトデスネ!」
「さ、サムライマスター? ってのが何か知らないですが、鬼殺隊で一番強い人達のことですよ」
文字通り鬼殺隊を支える柱の役割を持つ彼らは、そのいずれもが十二鬼月を一人で滅ぼす実力を秘めた達人だ。
アリスも充分な戦闘力を秘めており、アーカードに至っては出鱈目で底すら知れないが、そのうえで後藤は確信を持って言える。
例えアーカードが相手であっても柱であればその命に届く可能性があると。
「だから問題なんですけどね……」
それ故に、柱は他の隊士以上に鬼への憎悪が深い。理由は様々あれど、鬼への怒りという点だけは共通している。
ならば、一目見ただけで化け物として別格と分かるアーカードと対峙した場合――激突は必至。
「ンー。ナラ ワタシ ガ ガンバッテ セットク シマス!」
そんなこととは露知らず、元気にそんなことを言ってのけるアリスの明るさが今は虚しい。
事態は既に後藤の手を完全に飛び越えてしまった。アリスが話した内容が正しくとも正しくなかろうとも、後藤ではもう手におえないし、負おうとも思わない。というか出来ない。
果たしてこの夜は一体いつになったら終わりを告げるのか。
そんなことを考えている内に、静寂の夜をやけに響かせる翼の音色が無数と響きだしてきた。
「鎹鴉だ……」
「カスガ イカラス? エ……ドウシテ イキナリ バトウ スルノデス?」
「カスが怒らすじゃなくて鎹鴉だよ! ってんなことじゃなくて……幾ら何でも早すぎるだろ!?」
鬼殺隊の情報網の要とも言える訓練された言語を喋る鎹鴉は、隊士一人に付き必ず一羽が派遣されるのが通例だ。
後藤は早いと言ったが、病葉と遭遇した時点で隊士達は即座に鎹鴉に伝令を託していた。
近場に居る柱の派遣要請。当然とも言えるその伝令を受けて、ある一人の隊士――柱が現場へと疾駆したのだ。
「……来る」
「『アーカード?』」
「は、はは! こいつは素敵だ。この国は私を何度昂らせるつもりだ?」
棺で眠りについていたはずのアーカードもまた、この場に向かってきている気配を察して再び覚醒していた。
その顔に浮かぶのは隠し切れない喜びの感情と、目を細めるばかりの輝きへの憧憬。
いつだって彼を魅せるのは人としての生を全うする者。
「無事か! いや、言葉は不要!」
燃える紅蓮に似た苛烈さと、真っ直ぐに透き通った声色に鬼への厳しさを乗せてその男は現れる。
陽炎に揺らめく刃を引き抜いて、一人家屋よりユラリと出て行ったアーカードと迷いなく対峙する姿に、アーカードの喜びは際限なく膨れ上がる。
「あぁそうだ。当然だよ
「この圧力! 十二鬼月でも最上級の上弦と見た! であれば一切の容赦はない!」
アーカードの力は感じ取れているだろう。彼我の実力差はそれだけで見て取れるはずだ。
だが。
だがしかし。
あぁそれでも真っ向から立ち向かうこの男の輝きは――。
「この煉獄の赫き炎刀がお前を骨まで焼き尽くす!」
鬼殺隊が炎柱。煉獄杏寿郎。司る名が示す通り、炎の如き輝きを刃に秘めた男が、夜の闇を体現する吸血鬼の喉元へと迷いなく飛び込んだ。
夜は未だ、終わらない。
第三話【F→→→→/】へ続く
大正コソコソ例のアレ
第二話はDUST→←DUSTでゴミとゴミが同じ場所。つまりゴミ箱って意味だったりします。分かり辛ぇぜ!