鬼滅の刃×HELLSING   作:とろろ昆布ニュージェネレーション

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第三話【F→→→→/】

 

 

 

 十二鬼月の出現。その報を煉獄が受けられたのは、殆ど奇跡的だったと言うほかない。

 偶然、柱が一同に会する柱号会議へ向かう道中がすぐ傍であっただけで、煉獄の管轄から考えれば本来来るはずのない場所であったからだ。

 だが何の巡り合わせか、死を目前に鎹鴉に全てを託して散った隊士の思いを受けて煉獄はここに立っている。

 彼が来るまでに戦い続けただろう隊士達の姿は何処にもなく、周辺で感じられる気配は後二人。

 たった二人だ。道中で見つけた家屋からは無数の死臭が漂っていた。煉獄が来るまでに無数の死が撒き散らされ、非業の最期が幾重にも連鎖した。

 辿り着くまでの死は覆らず、二度とは回帰せず。

 儚き命はいつだって煉獄の手をすり抜けて落ちていく。

 それでも、あぁそれでもと煉獄は思う。

 

「そこの家屋の者達! そのままそこに隠れていなさい! この鬼は私が必ず滅ぼす!」

 

 二人だ。

 守れる者がいる。そして、この鬼を滅ぼすことで守れる無数の人がいる。

 胸に沈殿する負の感情すら、闘志を燃やす火種とする煉獄の魂は真っ直ぐに鬼を、アーカードを見据えている。

 判断するまでもなく、その悪徳を撒き散らしたのは眼前の鬼だ。煉獄を超える長身痩躯。全身をベルトで拘束した長髪の鬼は、全身よりむせ返る程の死を放って煉獄と対峙している。

 十二鬼月。しかも感じられる気配は下弦を遥か上回り、おそらくは未だ対峙したことのない上弦の鬼。

 滅ぼすべき邪悪を前に、際限なく燃え上がる煉獄の気迫に迷いは微塵もなかった。

 そんな彼の認識のズレを既にアーカード側は理解している。今ならばアリスを引き合いにして対話はともかく束の間の休戦までは持っていける可能性も僅かに残っている。

 

 それら一切を度外視して、アーカードの顔は、深い、深い、深く歪な笑みを湛えていた。

 

「そのままだ。そのまま来い」

 

 ――炎が屹立している。

 

 極限まで練り上げられた人間だった。それは技と体だけの話ではない。それ以上に化け物がもたらす悪意を許さぬ心こそが練り上げられているとアーカードはこの僅かに理解した。

 この男は自己を磨き上げ続けたのだ。

 化け物と比べて瞬きとしか呼べない人の生。その全てを費やして鬼を狩ると決めた人の決意、あるいは狂気。

 愚直と嗤う者すらいるだろう。

 嘲笑に軽蔑を含める者もいるだろう。

 何故そこまでと怯える者もいるだろう。

 ではアーカードは?

 人から逃げた化け物は?

 笑うのだ。

 誰もが嗤う彼の者を、愛憎に似た笑みで祝福するが故。

 

「お前の滅ぼす、私はここ(・・)だ」

 

 宵に心臓を曝け出す。

 化け物は、ここに居る。

 

「是非も無し!」

 

 闇すら飲み込む漆黒と鮮血の敵手を前に、煉獄の踏み込みに迷いはなかった。

 呼吸が燃える。

 身体が燃焼する。

 揺らめく陽炎の刀身を夜にかざし、放つ一撃に覚悟を秘めて。

 

「炎の呼吸……壱ノ型!」

 

 アーカードの視界から煉獄の姿が消滅したとしか思えぬ踏み込みで疾駆する。

 炎の残滓すら幻覚する一直線。その真っ直ぐを洗練させ、放つ斬撃炎を纏い。

 

「不知火!」

 

 アーカードの首が煉獄の刃を受けて空を舞う。

 斬撃の勢いでアーカードの背後まで斬り抜けた煉獄は、首を切断した確かな手応えと、それ以上の違和感を覚えた。

 

(首を容易く? 圧を見誤った? いや、いや!)

 

「練り上げられた、良い技だ」

 

(この鬼に……まだ届いていない!)

 

 本来、首を斬られれば絶命するはずの鬼の体が滅びる気配を見せない。

 どころか、虚空を舞うアーカードの首からは未だ余裕は消えていなかった。

 警戒する煉獄の前で、両断された首の断面より迸る流血が空を舞う首の血と交わり一つの綱となる。

 踊るように血の縄をゆらゆら揺らす様はアーカードなりの喜びの示唆。この首に届かせた煉獄の技を讃え、それでも死なないことに怯えるどころか、いっそう戦意を滾らせる男への期待。

 

「お前は何処まで行ける? 夜の只中、夜の果て、あるいはその向こうに待つ淡い輝きを私に突きつけてくれるのか?」

 

 資格はある。

 煉獄杏寿郎はアーカードを滅ぼすに充分な資質を秘めている。

 

「届いてみせろ。止まってしまった心臓へ」

 

 輝かしく眩い命を対価に。

 この醜く暗い命に届いてみせろ。

 

「無論! 今宵の先は無いと知れ!」

 

 言われるまでもなく煉獄は迷いなく再び踏み込んだ。

 一度で駄目なら幾度となく、例え手足折れたとしても刃を振るう覚悟を以て振るわれた日輪刀は――下段より放たれた銀閃によって宙に打ち上げられた。

 

「ッ!?」

 

「楽しもうじゃないか」

 

 目を見開く煉獄に、いつの間にか片手に両手剣を握ったアーカードが嘯く。

 あわや日輪刀を手放しかねない程の膂力で振るわれた刃は洗練されていた。この男を前まずは刃で返礼をなす。真っ直ぐすぎるこの男に、まずは化け物としてではなくいつかに過ぎ去った(思い出)にて。

 

「おぉ!」

 

「ハハッ!」

 

 紅蓮と銀閃が両者の間で無数と激突した。

 極みに近しい煉獄の妙技が立て続けにアーカードを強襲する。轟と震わす烈火の過激は、無数の連撃でありながらいずれも重厚。吸血鬼の膂力ですら受け続けるのは至難。

 だがアーカードの刃も生半可のものではない。かつて鍛え上げた技に異形の力を乗せた剣戟は、一手の応手を誤れば容易く刃ごと煉獄を裂くに容易い。

 

「手緩い!」

 

 しかし煉獄の炎にかつてのアーカードの技では数段劣る。膂力に任せた一撃を技でいなし、返しの刃で体を裂く。技でいなそうとする相手の防御を烈火の斬撃で弾き、切断する。

 炎の荒々しさと、炎の無形。司る炎を体現する煉獄の刃は一手二手とアーカードの上を行き、三手とせずに常人なら致命となる一撃を与え続けた。

 そう、与え続けている。

 その致命すら、首の切断という殺傷行為すら手緩いと嗤うアーカードの命には毛ほども届かない。

 

(これほどの……! これが上弦の……!)

 

 三手目の斬撃を終えた直後、次手を繰り出す前にアーカードに与えた負傷が再生している。

 繰り返される再生。日輪刀での負傷すら損害になっていない。

 尋常ならざる再生力。あるいはこれが相手の血鬼術だというのか。

 首の切断すら意味をなさない。あらゆる攻撃が無価値と断じられるような絶望感。

 今は圧倒しているが、果たして人間と鬼の体力の差は、このまま朝まで勝負を成立させるに足りえるか?

 足りない。

 何もかも足りない。

 煉獄杏寿郎の技では、この鬼を揺るがせない。

 このままでは、決定的な敗北がやがて肩を叩く。

 死神の鎌が振るわれる道筋は見え始めてすらいる。

 やがて来る死が、普通なら手足すら弱らせるだろう。

 

「表情が固いな? 不安が苛むか? 諦めの足音はすぐ傍か?」

 

「侮るな! 俺はこの程度で怯むことはない!」

 

 しかし、誰もが感じる焦燥を指摘するアーカードの言葉を、煉獄は真っ向から斬り伏せた。

 両者共に鍛え抜かれた技の応酬である。僅かな緩みが死に直結する剣戟の交差、当然ながら肉体の損傷など歯牙にもかけないアーカードのほうがほぼ一方的に有利と言える。

 どれだけ斬り裂こうと、突き穿とうと、首の切断すら問題としないアーカードの命には届かない。どころか、刃を合わせ続けるだけで煉獄は消耗し、やがては無視できない負傷を負うことになる。

 だが引かない。怯えず、迷わず、刃を振るう。

 決して自暴自棄でもなく、ましてや勝利への執念と言う訳でもない。

 

 煉獄が死ねば、あの家屋に待つ二人が死ぬ。

 

 煉獄が死ねば、今も夜に怯える人々が脅かされる。

 

 煉獄杏寿郎が戦う意味が――人間としての誇りがアーカードという化け物を前にして、決して揺るがぬ意志を形成している。

 それでも哄笑し続けるアーカードに対して、煉獄は最早話す余力すら存在しない程に己の全てを振り絞っていた。

 勝負を賭けるならば、まだ体力に余地のあるこの時しか存在しない。

 ならばどうする。

 どう滅ぼせる。

 この悪意の如き鬼を。弱き人々の安寧を脅かす鬼を。

 滅ぼせる?

 否、滅ぼすのだ。

 思考は只一点。この恐るべき鬼を如何に滅ぼすか。この手の刃を突き立てるか。

 

(首を、断つ……! 何度と、何度でも、滅ぼすまで!)

 

「良い眼だ! 諦め(・・)を否定するのではなく覚悟で染まったその眼が! 私の止まった心臓に熱を灯らせる!」

 

(鬼は……斬る……!)

 

「だがどうする? 彼岸はまだまだ、敗因は無限。勝機は幾つだ? か細い糸の選択はそれでいいのか? 手繰る私をどこに見る?」

 

(鬼を斬る!)

 

「『お前の敵(ブギーマン)』は何処に立つ!?」

 

「ここで断つ!」

 

 炎の呼吸。伍ノ型『炎虎』。

 焔舞う。極まった死闘を超えるべく、口を広げた虎の如く大きく振りかぶった刃が、合わせようとしたアーカードを強襲する。

 この戦いの最中、初撃と同じかそれ以上の怒涛となって放たれた一撃。しかし初動の大きさから見切ったアーカードは、応じる白銀でその刃を受け、返しの牙を放とうとし――受けに回った両手剣が虎の牙に噛み砕かれた。

 

「ッ!?」

 

 銀色の粒子が舞う。破砕された鋼鉄が両者の姿を映し出す。

 一瞬の間。遅延した思考領域の中、いつの間に両手剣が損耗していたのか振り返ったアーカードの眼に映るのは、この瞬間を待ち望んでいた煉獄の熱き視線。

 

(この男はこれを狙って……!)

 

「おぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

「素晴らしい!」

 

 気付けども遅い。武装を失って一瞬だけ思考停止させたアーカードへ、唸る炎に似た呼吸音を響かせ放つ次手。

 炎の呼吸。弐ノ型『昇り炎天』。

 炎虎で振り切った刃を再度上段へと振り抜く。膨れ上がる業炎はアーカードの腰から肩までを抵抗なく寸断した。

 轟と大気が震え、巡る炎天が生む乱気流にアーカードが舞う。

 致命ではない。首は刈れていない。心臓も刺していない。そのいずれにも――意味は無い。

 しかしまだ、まだ。

 ならばこそ。なればこそと吼えて滾るが炎の担い手。

 これより一手、放つ全てに渾身注ぎ。

 

 全てを燃やす。灰燼と化せ。

 

  ――炎の呼吸。奥義。

 

 アーカードは歓喜に震えながら見た。

 振り上げた太刀を、勢いそのまま肩に背負い体を大きく捻った煉獄の所作。これまでを遥か凌駕する熱量より穿たれる珠玉の一撃。

 首を断つでもない。

 心臓を穿つでもない。

 いずれも届かぬと言うならば。

 

 その体。一切合切消滅させる。

 

「玖ノ型・煉獄!」

 

 体ごと猛進した煉獄が半身を失ったアーカードを飲み込んだ。刀を用いた技とは思えぬ広範囲の破壊が煉獄の進む大地すらも焼き抉る。

 さながら現実に顕現した地獄の猛火は、あらゆる生命の存在を許さない終の一閃。ありとあらゆる怪異を滅ぼす必殺を以て――。

 

「うぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 己すら燃やし尽くさん咆哮が煉獄より放たれた。人の放つ技とは思えない轟音。

 まさに奥義の名に相応しい一撃によって、アーカードの存在全てが丸ごと消滅した。

 人の可能性が生み出した一つの究極。極点にやがては到達する男の持てる全て。

 燃えカスすら残さない武の極地は、直撃すれば本来の上弦とて消滅は免れない――。

 

「ハァ……ハァ……」

 

「良い。素晴らしい」

 

 ――その相手がアーカードでなければ、の話だが。

 疲労の色を隠し切れない煉獄へ、無傷(・・)のアーカードは惜しみない拍手を送っていた。

 

「人の身で良くぞここまで。凄まじいと賞賛するほかない」

 

「……」

 

「意外かね? だがこの通り、私にとって私の全てを滅ぼすことは……私の死には足りえない」

 

 存在そのものがペテンとやがて謳われる異常なる生命力。

 鬼舞辻無惨とも違う無限に等しい命のストックは、例え煉獄であっても全てに届かせるには手が足りない。

 

「そして、あぁ、刃で楽しむのはここで終わりだ」

 

 この通り折れてしまったからな。などと両手剣の残骸を、舐めしゃぶるように口の中へ含み、ゆっくりと咀嚼する。

 ガリゴリと容易に鉄を噛み砕き胃袋へ落としたアーカードは、次はお前だとばかりに煉獄に犬歯を剥いた。

 ここまでの一連すらも些事だと言わんばかりの行いを前に、肩で息をしながらも煉獄は刃を構え直す。

 その姿を、アーカードは楽し気に―あるいは寂し気に―眺めて、指揮者の如く両手を広げた。

 

「拘束制御術式――第1号……解放」

 

 剣のみで戦うならば化け物ではない。

 化け物とは人ではありえない異能を持つ者。だがここまでの死闘で未だアーカードはその全てを披露してはいない。

 しかしここまでの技を披露した煉獄ならば、この男ならばきっと。

 

「さぁ、この極東で未だ知られぬ――」

 

 吸血鬼が溶ける。その肉体で無数の眼球が花開き、素晴らしき人間を捉える。

 肉体を拘束していたベルトが次々に剥がれ、暗黒に轟く異形の群れが手を伸ばす。

 真の戦いはここからなのだと肌で感じ取り、煉獄もまた刃を握り直した。

 

「本物の吸血鬼の闘争をお見せしよう」

 

 刹那、無限無量の使い魔が――。

 

「『そこまでです、アーカード』」

 

 流出しようとした瞬間。アーカードの全身が大量の銅線によって拘束された。

 反射的に振り返った煉獄の前に、両手の銅線を繰りながらアリスが躍り出る。

 

「『必要な分は見れました。彼らとならやっていけるでしょう』」

 

 控えめに評価しても、煉獄の戦闘力はアリスが仕えるヘルシング家が知る実力者達と比べても一握りの上位者クラスの実力だった。相手がアーカードという規格外でなければ大抵の化け物を一撫でで葬ることが可能だ。

 

(これが柱と呼ばれる鬼殺隊の要か。おそらく、私ではどんなに足掻いたところで防戦に回るのが手一杯ですね)

 

 このレベルが複数存在して未だに討伐が敵わない相手が今回の目標なのか。

 ここに来るまで本当に極東の化け物はアーカードという災禍をぶちまけられるか不安だったが、これならば十分に実験(・・)の対象として相応しい。

 

「お嬢さん。これは一体どういうことかな?」

 

 語る煉獄はアーカードより視線を外すことはしない。だが多少軟化した語り口とは裏腹に、アリスを警戒していた。

 

「解け従僕。私の夢を醒ますな」

 

「『私は充分と言ったのですよ従僕(・・)。それとも貴方のオーダーを忘れたのかしら?』」

 

「……」

 

「『良い子ですね』」

 

 押し黙るアーカードを見て、ホッと一息吐く。アーカードも自身が受けた命令を忘れたわけではないのだろう。

 だがそれでも隠し切れない不満が露わになっているのは、彼が認める素晴らしき人間との逢瀬(・・)を邪魔されたからだ。

 

「『今宵は本当にここまでです。これより先は私がお話いたしますので、貴方はさっさと自分の領地にでも帰ってください』」

 

「……ふん」

 

 銅線の拘束を解かれたアーカードがつまらなげに鼻を鳴らした。

 今一度、構えを解かない煉獄を見る。

 素晴らしい男であった。あらゆる全てがアーカードをして、命令すら忘れさせてこの場で終わらせていい(・・・・・・・・・・)とすら思わせる相手だった。

 だが残念ながら今のアーカードは子飼いの猟犬。主の命なく動くことの許されない道化の身。

 

「レンゴク、と言ったな?」

 

「あぁ。ここでお前を滅ぼす男だ」

 

「ククッ……疲弊した身で良く吼える。だがそうだ、あるいはお前が、あるいはお前と共にある誰かが。もしかしたら私の夢を終わらせてくれるのかもしれん」

 

 再び己が身を拘束するベルトを全身に纏ったアーカードが恭しく一礼する。

 

「気が向いたら殺しに来い。私はいつでもここにいる」

 

「待て!」

 

 顔を上げたアーカードが夜に溶ける。その姿を追おうとした煉獄の行く手を遮るように、背後より跳躍したアリスが着地した。

 

「マッテマッテ! オチツイテ ハナシ シヨー!」

 

「異人の子か。どきたまえ、俺はあの鬼を追わなければ――」

 

「アレ ハ ワタシ ノ ドウリョウ ヨ!」

 

「……何だと?」

 

「ダカラ チョット ハナシ キイテ?」

 

「鬼と組する者と話す舌はもたん」

 

 邪魔立てするならば容赦しない。

 言外に態度で示す煉獄を前に、はてさてどうするべきかとアリスは思案する。

 はっきり言ってしまえば煉獄の言うことは至極当然だった。

 どう考えてもアーカードは悪そのもので、実際に嬉々として交戦している。その同僚などと言って聞く耳を持つ者など殆どいない。こうして動きを止めてくれているだけでも僥倖というべきだ。

 だがアリスとて命令を受けてわざわざ日本くんだりまで来た身である。さて、ここからどうやって説得するべきかと考えていると、戦いの終わりを察した後藤がおっかなびっくりと言った具合で二人の前に姿を現した。

 

「あのぉ……炎柱の煉獄様ですよね?」

 

「そうだが君は……隠か」

 

「は、はい。えっと、こんなことを言うのもどうかと思うのですが、アリス様の話を聞いてやってはくれませんか?」

 

「ソン ハ サセナイヨ!」

 

「ちょっと黙ってくれよ! いや黙ってもらっちゃ困るんだけど! ……ともかく、この子は話を聞く限り御館様の客人らしいんですよ。しかも煉獄様が戦ったさっきの鬼は十二鬼月の鬼を倒しました!」

 

「十二鬼月を? それに御館様の客人?」

 

「オニ タオシタ! テガミ アル!」

 

 後藤に促されてアリスは海を越えて届けられた手紙を煉獄へと差し出した。

 それでも煉獄の戦意と警戒は全く解けない。日輪刀を未だ抜き払ったまま、だが無碍には出来ず手紙を受け取り中身を読む。

 

「……確かにこの筆跡、そして書かれている内容の一部は柱の者か御館様しか知らない情報も書かれている」

 

 だが、何故この者を客人として呼んだ?

 しかもこのアリスという少女は、本人の言が確かなら上弦の鬼と同等以上に危険な鬼を連れている。

 ここで全てを判断するには、例え柱である煉獄であっても一人で決断できない。かといってアリスを御館様の元へと連れていくなど――。

 

「アーカード ハ キブツジ ト アッテル」

 

「なに!?」

 

「ツイサッキ ホンニン ガ イッテタ デス」

 

「鬼舞辻無惨と、遭遇した?」

 

 益々どうするべきなのか。普段ならば即断即決が基本の煉獄でさえ押し黙る衝撃と動揺。

 

「詳しい話を聞かせてほしい」

 

「ダッタラ アーカード オキル アシタ ニ シテ? ワタシ モ アシタ クワシク キク ツモリダッタ デス」

 

「むぅ……分かった。いずれにせよあの鬼がここから消えた以上、どうこうというわけにもいくまい。だがその代り、君のことは朝まで監視させてもらう」

 

「シカタナイデス。ドウゾ ゴジユー ニ」

 

 害意を示さないように、銅線の装備された手袋を地面に置いたアリスがもろ手を挙げて降参の意を示す。

 その手袋を回収したところで、ようやく煉獄も刃を収めて警戒を解いた。

 

「とはいえ、無惨とのこと以外の詳しい話はあそこの家で聞かせてもらう。すまないが、隠の君は後程合流する他の隠と共に現場の処理を頼む……くれぐれも私達の周りに誰も近づかせないように」

 

「は、はい!」

 

「では行くとしようか」

 

「ハイ! オテヤワラカ ニ タノム ゼ!」

 

「ハハハ! 先程から思っていたが、異人の子にしては日本語が上手だな!」

 

「イエイエ ソレホドデモ」

 

 そうして、煉獄とアリスの二人が連れ立って先程の家屋へと向かっていく。

 

「……終わった、よな?」

 

 その姿を見送った後藤は、緊張の糸が解けたのかヘナヘナとその場に尻をついてしまった。

 長い、とても長い一日だった。

 もしかしたらこれまでの人生で一番長い一日だったかもしれないと思うほどに濃密すぎる時間。

 迎えた客人は想像以上に強かったし、十二鬼月とも遭遇したし、それ以上のヤバい鬼と出会ったし、その鬼と柱の戦いも目撃したし……。

 

「あぁ本当……」

 

 最悪の一日だ――。

 

「ゴトウサーン!」

 

 トテトテと手を振って家屋に向かったはずのアリスが後藤に駆け寄ってくる。

 どうしたのかと声を出すよりも早く、アリスは尻もちをつく後藤の前にしゃがみこみ。

 不意に近づいた距離と、動揺する間に顔の頭巾が外され、外気に晒された頬に感じる柔らかな感触。

 

「カバッテ クレタ カンシャ ノ キモチ! ……『ありがとう。優しい人』」

 

「……へ?」

 

「マタネ!」

 

 茫然とする後藤を置いて、今度こそアリスは煉獄と共に家屋へと消えて行く。

 そんな彼女の後姿が消えるまで見送った後藤は、そっと夜空を見上げ。

 

「……まぁ、なんだ」

 

 オチだけはきっと、悪くない。

 

 そんなことを思うのであった。

 

 

 

 

 

第四話【→A←『Interlude』】

 

 




大正コソコソ例のアレ

アリス

オリキャラ。ヘルシング家お得意の銅線使い。割と可愛い。

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