ただ『流刃若火』がしたかった。   作:神の筍

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 多摩大橋──通称、変態橋。

 多摩川の上に掛かるその橋は駅や金柳街、繁華街と川神学園を繋げる付近の唯一繋がる橋であり、そのおかげか様々な人間が集うことになる。人力車で爆走する学園生や喋る自転車に乗る美少女含め、百代の一癖ある挑戦者や、変な空気に誘われたのか当たり前のように猥褻罪に引っかかる犯罪者も現れる。そういった手合いは川神院の門下生か、九鬼によって衆目に晒される直前に処理され、大の大人が見目麗しいメイドに伸されていることは多々ある光景だ。

 そんな多摩川の、夕陽に照らされた河川敷にて歩いていた灯火の耳には現代では珍しい雅な笛の音が聞こえていた。

 

「────珍しいな」

 

 思わず足を止めた灯火の視線の先には三人の生徒がいた。

 一人は篠笛を吹く、群青色のポニーテールをしている源義経。川岸で吹く義経を石階段で三角座りの要領で聞いている武蔵弁慶。手には川神水の入った杯がある。最後に銀髪色が特徴的な那須与一、彼は斜めになった草絨毯の上で腰に手を当て風を浴びている。未だ噂冷めやらぬ英雄の蘇り、その三人の──古の風景がそこにはあった。

 

「なるほど。やけに人がいないと思えば、辺りは人払いをしていたか。違和感を無視して歩いたのは無粋だったな」

 

 灯火が視線を上げると、およそ三〇〇メートル先付近のビルの屋上には九鬼の従者が見える。多摩大橋の欄干の一番上にもメイド二名が目を光らしており、どうやら警備は万全なようだ。

 それならば、一々立ち止まり水を差すのは野暮である。そう思った灯火は先ほどよりも三人に気取られないように歩き始めた。

 

「…………」

 

 しかし、やはり気になるのかその歩みはいつもより遅い。現存するどんな創造物よりも価値があるであろう光景をもう一度だけ目にしようと小さく振り返ると、こちらを見ていた武蔵坊弁慶としっかり目が合った。

 

「……」

 

「……」

 

「…………」

 

「…………」

 

「………………」

 

「………………ん」

 

 ひょい、と弁慶が手招きをした。

 義経は笛を吹き、与一は気にした様子もなく夕陽を眺めている。

 

「しまった──」

 

 今日は、見たい番組があった。

 

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 

「──あなたの名前を当てて見せようか、先輩」

 

 隣に同じように座った灯火へ、弁慶はそう言った。

 

「先輩であることがわかっているのならば、自分の名前は知っているだろうな」

 

「うん。清楚から聞いてるからね──梧前灯火先輩」

 

 弁慶は当然かのようにその名を呼んだ。

 

「自分は川神などとは違い、そこまで目立つことはしていないが一体なにを話していたんだ?」

 

「それは言えないよ。一応プライベートの話だし。それとも先輩は自分の評価が気になるタイプ?」

 

「いや、そんなことはない。自分が嫌われていようと、その逆であろうと態度は変えないように心掛けているからな」

 

「自己評価が低い人だね。大丈夫、別に清楚は変なことは言ってなかったよ。園芸や花の話で気の合う、喋ってて心地良い人だって」

 

「そうか……全部話しているんじゃないか?」

 

「清楚に言わなければ問題無し」

 

「とんだ後輩だな、これは」

 

 ニヤニヤとする後輩にクラスメイトの心配をする。これは常日頃から揶揄われているか、意外に芯の強い清楚は弁慶の冗談にも笑って対応していそうでもある。

 

「招かれて早々に悪いが、源の演奏が終わりそうだから帰らせてもらうぞ。彼女も二人に聞かせていた音を部外者が聞いていたと知れば気分が悪いだろう」

 

「いや、別に構わないよ。義経も先輩には気付いているだろうし。それにほら──」

 

 いつの間にか笛の音は止まっていた。辺りは静寂に包まれ、停滞的な冷たさが広がっていく。恐怖などとは違う、音色が無くなったことによる寂しさから来る感覚だ。

 

「──こんにちは、梧前灯火先輩。

 義経の名前は、源義経と言う」

 

「こんにちは、源義経。梧前灯火だ。一応、源たちの一年先輩になる」

 

 源義経に先輩だの言っても意味は無いか、と自身の下手な自己紹介に灯火は自嘲した。

 

「ああ、もちろん知っているぞ!三年生にして唯一(・・)の義経と同じ帯刀許可者。決闘の記録は無くとも、学園長からは確かな実力者であると紹介してもらった!」

 

「あの学園長(ひと)は……まあ、源。自分は三年生唯一の帯刀許可者ではないぞ」

 

「え、そうなのか?」

 

「誰が、とは言わないが」

 

 灯火は義経の様子から、どうやら旭はまだ義経に会っていないと判断した。恐らく姿を見せていないのは旭の意思なので、ここで伝えるのもおかしなことだろうと真意は濁した。

 

「まだ義経が知らない猛者が川神にはいるのか……」

 

「いつか会えるだろう。本人は源義経のファンであると言っていたぞ」

 

「おお、そうか!……あ──そうですか!」

 

 別に気にしていなかったが、自分で気付いたのか義経は急に敬語へと口調を変えた。

 

「普段の口調でも、どちらでも構わないぞ。自分は源義経に敬語を使われるほど出来た人間じゃあないからな」

 

 仰ぐようにして手のひらを振った灯火に、義経は頭を下げた。

 

「んん、では、その……このままで行きたいと思う」

 

 普段の様子へ戻った義経に「そっちのほうが良い」と灯火は言った。

 

「それで、自分の名前を知っていたということは何か用事でもあったのか?」

 

「大した用事ではないのだが、やはり同じ帯刀許可者とは一度お話をしてみたくて。黛さんとは機会があったのだが、梧前先輩とは中々会えなかったから」

 

「と言っても、先輩が来たのはまったくの偶然なんだけどね」

 

 弁慶が付け足すと、義経は腕を組みながら二度頷いた。

 

「ふむ、そうか──」

 

 灯火は立ち上がり、襟を正した。あの源義経が態々挨拶に来てもらったのだ。それならば、灯火もある程度立場ある人間として挨拶を返さなければならない。

 

「──元流、継承者兼総師範。梧前灯火だ。源義経と武蔵坊弁慶、そしてあそこで黄昏ている三名、会えて嬉しい」

 

 灯火と義経は固く握手を交わした。

 

 

 

 

 

二、

 

 

 

 

 

 とある場所に存在するビル。見た目は廃ビルのようだが、入り口と内部は綺麗に清掃されており、人の気配が窺える窓からは明かりが漏れていた。

 

「では、清楚先輩の依頼は『自身の正体』ってことで良いんですか?」

 

 そのビルの正体は川神を拠点とするグループ、風間ファミリーの基地であった。

 

「うん。私も自分なりに考えて、探してみるのでお願いします」

 

 この場には一人を除いて全員が揃っており、今日は依頼という形でやって来た清楚の話を聞いていた。

 

「清楚ちゃんの正体、か。確かに気になるといえば気になる」

 

「でも大丈夫なんすか?清楚先輩の正体は九鬼も隠してるわけで、それを知ろうとしたらオレたちも──」

 

「たぶん大丈夫じゃないかな……九鬼には『まだ教えることはできない』と言われてるだけで、『自身について調べるな』とは言われてないの。もし本当に危ない誰かが私の正体なら、きっと九鬼は私を隔離してでも正体を知られないように動くはずだから」

 

「清楚先輩の言う通り九鬼が危険視するほどの英雄が眠っていたとして、仮にそれが民間人に危害を加えたとき清楚先輩だけじゃなく義経たちにも風当たりは強くなる。もしそうなら、九鬼は厳重に護衛をしているはずだ」

 

「今も外に二人いるだけだしなー」

 

「さすがお姉様。私じゃまだ遠い気配を読むことは難しいわ!」

 

「ワンコは気力操作のタイプじゃないからな。戦ってる最中に相手の気配を読むことができれば上出来だ。ほーらよしよし」

 

「きゃうんきゃうん」

 

 いつものように戯れ合っている川神姉妹を尻目に、ファミリー内で軍師に位置する直江大和は思案する。

 彼の考えの根幹はまず、ファミリーの安全と存続。事に及ぶ、関わってファミリーに危険が及ばないかである。力や武力の部分では百代を筆頭に、剣聖黛大成の娘由紀江や天下五弓の一人椎名京など癖はあるが頼もしいメンバーがいる。しかし、単純な武力ではなく権力が関わってくるとき、無闇に関わるのは避けなければならない。特に今回は九鬼の内部機密レベルの依頼である。いつもより慎重に重ねた思考を繰り返さなければ取り返しのつかない事になりそうだ。

 

「キャップ、どう思う?」

 

 結論話す前に、大和は珍しくリーダーである風間翔一に意見を求めた。

 

「うーん……別に良いんじゃねえかとオレは思うぜ。大和みたいに色んなことを考えられる頭じゃねえけど、オレの勘が『大丈夫』だと囁いてる!」

 

「キャップの勘がそう言ってるなら大丈夫かなぁ」

 

 念の為、風間ファミリーが清楚の正体を調査していると風の噂程度に伝わるように行動をする。本当に駄目ならばその時点で九鬼が接触してくるであろう。もし何もなければ第三者である風間ファミリーが調査していても構わないということだ。

 

「みんな、多数決を取ろう。今回の清楚先輩の依頼、受けても良い人は手を挙げてくれ」

 

 九人中、賛成に挙げたのは六人。百代、一子、京、クリス、翔一、岳人だ。大和も賛成寄りの考えであるため、実質七人か。

 

「まゆっちとモロは?」

 

「えっと、その……私は賛成寄りの中立ということで……」

 

「僕もまゆっちと同じかな。一応九鬼に関連したことだし、慎重に決めた方が良いと思う」

 

「わかった。じゃあある程度線引きを考えて、何かあったら手を引くということにしよう。

 この依頼、受けるということで良い?」

 

 大和が最後に聞くと、一様に肯定の意を示した。

 

「よっしゃ!久しぶりに骨のある依頼だぜ!」

 

「清楚ちゃんの依頼なら受けないとな♪」

 

「義経たちと同じ英雄……私気になるわ!」

 

「ワンコ、それ違うやつ。

 清楚先輩には面白い本を教えてもらったから、そのお返しに」

 

「くぅー、オレ様の筋肉が活躍できれば良いんだがな!」

 

「自分も頑張るぞ!清楚先輩は大舟に乗ったつもりで待っていてくれ!」

 

「あ、あはは……みんな元気だね」

 

「ということで清楚先輩」

 

 ファミリーの面々に待ったをかけて、大和は向き直った。

 

「俺たちは清楚先輩からの依頼を受けます」

 

「本当にありがとう」

 

「でも、九鬼から待ったをかけられればそこまでですが良いですか?」

 

「そのときは私自身も潔く身を引くよ」

 

「わかりました。じゃあ清楚先輩ももし九鬼から何か言われた場合は俺たちに連絡するようにお願いします。この中の何人かは既に連絡先を持っていると思うので」

 

「……オレ様は持ってないぞ」

 

「……ガクトが必要になることはないから」

 

「……うぉ、酷ぇな京」

 

「とにかく姉さんでも誰でも良いのでお願いします」

 

「了解。できるだけみんなに連絡するね」

 

 清楚がもう一度お礼を言うとともに、大和が携帯で時間を確認すると既に午後七時を回ったところだった。

 

「今日はもう遅いから、本格的に動くのは明日からにしよう。

 清楚先輩は大丈夫ですか?」

 

「うん」

 

「よし、じゃあ今日は解散ということで」

 

 葉桜清楚の正体──。

 それを暴くことが一体どんなことに繋がるのかはわからない。しかし、確実にそれはまた一つ、川神の地に大きな波紋を齎してくれることは明白であった。

 

 

 


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