ただ『流刃若火』がしたかった。   作:神の筍

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「最高だなぁ清楚ちゃん──!」

 

 弾かれるように武神──川神百代は屋上からグラウンドへと降り立った。

 彼女の恵まれた容姿は口角を上げた戦闘狂の一面すら一つの絵へと変えてしまう。表情こそ嬉々とした笑みを浮かべているが、腰を下げ、脇を締めるように拳を握った姿は久しく見ない程真剣(・・)だった。それもそのはず、彼女がここに至るまでに風間ファミリーの殆どが眼前に佇む項羽にやられている。大和や卓也(モロ)など戦闘職ではないメンバーは見逃されたが、気を失っていない者は黛由紀江含み百代一人であった。

 

「──んはっ!オレの一撃を受けて倒れんか、百代!」

 

「普段モモちゃんって呼ばれてる分、清楚ちゃんの声で呼び捨てされるのは良いな」

 

「はっ、何を言っている。清楚の声はオレの声だ。本来の人格がオレ、項羽であるからにはこっちが正しい!」

 

 瞳が赤くなった項羽の姿に清楚を重ねるのは難しいだろう。それほどまでに項羽が醸し出す圧は周囲を侵し、歩みを妨げるものを強制的に傅かせる重さがあった。

 

「ははっ、項羽か……良いな、それ。じゃあちょっと──相手をしてもらうぞ!」

 

 土を踏む音と、項羽の目の前に百代が現れるのはほぼ同時であった。

 卓越した百代の感覚は周囲の時間が遅くなるよう戦いに合わせて鋭敏化し、項羽に向かって正拳突きを放つ。──しかし、本来であれば脇腹に入ったその一撃は百代の才能と強さを上塗りする形で容易く受け止められ、次の瞬間異変に気付いた生徒たち観客が見たのはあの百代が吹き飛ばされる瞬間だった。常人であれば布地のように風で飛ばされるはずだった身体を止められたのは彼女が武神であったからこそ。

 百代は空中で身を翻し、再び同じ場所へと着地した。

 

「やるな、清楚ちゃん」

 

「戯け。初めから己の拳に力を乗せられぬ未熟者を何度吹き飛ばそうとオレには価値が感じられん。

 このオレを相手に手加減とは、舐められたものだな」

 

「そう言われると申し訳ないな。でも私はスロースターターだから、これからもっと速くなるぞ」

 

「んはっ。勝負に遅いも速いもあるか。真の武人ならば、戦いの勝敗は戦う前から見えている────スイッ!」

 

「──うぉっ」

 

 背後に気配を感じた百代が横に逸れてみれば、煩いほどのエンジン音を立てたバイクが通った。紫色の重厚感溢れるボディは刺々しく、機体の尻には何かを収納できるように荷物入れが搭載されている。

 威嚇をするように煙を吹くと、項羽の隣に止まった。

 

「おぉ。お前も姿を変えたのか、スイ!」

 

『はい。あなたの覚醒に合わせ、項羽様愛用となるために設計されております』

 

「なるほど、九鬼も良い仕事をする。オレを封印したことを少し許してやろう。まあ、許さないがな!

何か武器はあるか?」

 

『後部に武器が数種類組み立てられるように機能が搭載されております。有名なものならばどれでも』

 

「方天画戟だ。呂布の武器を使うぞ!」

 

『了解しました』

 

 スイから機械音がし、数秒としないうちに後部座席が開く。少し距離をとった項羽へと彼女の身長より長い方天画戟が射出された。

 

「重さも長さもちょうど良いぞ!」

 

 まるで自身の体躯であるかのように振り回した項羽は称賛の声を漏らした。

 

「──じゃあ、続きだな!」

 

 未だ猛る武人が一人。

 百代は方天画戟を振り回し、子供のように目を輝かせていた項羽に向かって直進した。

 

 そして、

 

「──ああ、まだ立っていたか。百代」

 

 肉薄し、初撃のように振り被った一撃は項羽へと届かなかった。それどころか、項羽は方天画戟を力任せに振り上げ百代を彼方へと吹き飛ばした。

 

「んはっ!武神といえどオレには勝てん。なぜならオレは

 

 ──覇王だからな!」

 

 その日、世界は覇王を知った。

 

 

 

 

 

一、

 

 

 

 

 

「……頃合いか」

 

 校舎から二人の戦いを見ていた生徒たちは最初こそ百代と互角に渡り合った項羽に歓声を上げていたが、百代が彼方へと飛ばされた今、呆然とグラウンドの中心に仁王立ちする項羽を見やるばかりであった。

 彼らの心中は単純であり──川神百代が負けた、それだけである。

 そして、驚異的な項羽の戦闘力を見ていたのは百代には勝らずとも決して弱者といえぬ者たちも同じ。

 ある猟犬は自身が持つ戦闘狂の一面は抑え、あの武力が敬愛するお嬢様に向けられるか否か。

 忍はすぐに主人の下に駆け寄り、九鬼へと鎮圧部隊を要請した。

 学園長は校舎の端から姿を隠し、現在の様子を冷静に見つめていた。

 

「ちょ、灯火クンどこ行くの!」

 

 静まり返った3年Sクラスに響いたのは燕の声だった。普段は虎視眈々と周囲の人間を観察していた彼女であるが、さすがにあの状況に仮面が崩れたのか思っていたより大きな声であったらしい。

 

「約束を果たしに行く」

 

「約束って何の!?」

 

 灯火は制止する燕の声に耳は傾けども、視線は一切向けず廊下へと出る。

 

「葉桜と約束した。もし、葉桜の中にいる何某が、葉桜清楚の高潔さを傷付けるならば自分は剣を抜くと」

 

「いや、だからってモモちゃんを倒した相手と……」

 

 そこまで口にして燕は止めた。

 彼女の本来の目的は打倒川神百代。そのためならば何でもするし、どんな情報でも手に入れると画策してきた。川神院の朝練に付き合ったのも、わざわざ京都から川神学園に転校してきたのも己の人生をかけて百代を倒すために。まさかそれを清楚の正体が容易く為すとは思っていなかったが、目の前で歩く男子生徒もまた、実力が未知数なのである。

 正直、強いとは思えない。それが燕が抱いた灯火に対する感想だ。

 理由は明白で、戦いの勝敗を左右する気の大きさがまったく常人と変わらないのである。気を隠すことに長けた達人はいる。百代や燕も普段は周囲への圧をかけないように意図的に蓋をし、気を隠している。しかし、それでもマスタークラスである彼女たちは一般の武道家を優位に超す気を放つ。

 

 ──灯火クンの実力を見たいのも事実。

 最悪やられそうになったら私が颯爽と駆けつけて助けるのも良いかな?たぶん動画を撮ってる子もいるだろうし、モモちゃん倒した項羽なら平蜘蛛を使って戦っても問題はないはず

 

 燕は腰に付けた、完全形体ではないもののガントレットとなる装備を撫でた。

 

「もう、わかったよん。でも危なくなったら私も出るからね?」

 

「ありがとう。できれば校舎に破片が飛ばないように見ていてくれると助かる」

 

「何という下っ端業務」

 

 欲しかった情報がいっぺんに入ってくるという棚ぼたに燕は灯火から見えない位置でガッツポーズした。

 

「さて、待っていろ葉桜何某」

 

 二人は校舎から出ると、ようやく項羽と向き合った。

 

 

 

 

 

二、

 

 

 

 

 

「────む、お前たちは」

 

 グラウンドに踏み入った者はすべて蹴散らす。そのような気配を滲み出していた項羽は眉根を上げて降りてきた二人を見る。

 

「なるほど、オレの次の相手は松永燕か!良いぞ、百代と渡り合ったと聞いたお前なら相手になろう!」

 

 一直線に立つ灯火を完全に無視した項羽は嬉々として穂先を向けた。それに対して燕は何も言わずに手を振った。

 

「葉桜何某、自分が相手だ」

 

 一歩、踏み出して灯火が言った。

 

「誰だお前は」

 

 不満気な表情をあからさまに漏らしながら項羽が反応すると、何かを思い出すように唸る。すぐに元の様子へと戻ると声を発した。

 

「……梧前灯火か。今の時代で剣を持つ資格があるようだが、オレの前に立つ資格があるのは確かな戦歴を持つ者のみ。お前では相手にならん。

 オレと松永燕の戦いの邪魔にならぬよう、控えていろ」

 

「それは無理だな」

 

「オレは仏のように三度許す顔は持っていないぞ。二度言わすか」

 

「もう一度言おうか、葉桜何某。

 ──お前の相手は自分だ」

 

「……貴様ッ!」

 

 その気の奔流はまさに封印を解かれたときの勢いと同じであった。

 項羽の前には思わず身構えた燕と、何も反応せず涼しい顔で立つ灯火の二人があった。

 

「オレと戦う資格がある松永燕は構え、お前は何も感じずに立つ。これを資格を持たず、何という!」

 

「自分は脅威ととらなかった(・・・・・・・・・)、以外に言葉は必要か」

 

「は、ははは──ッ!なるほど、お前は余程死にたいらしいな!良いぞ、ならば松永燕の前に先に相手をしてやる!」

 

「ちょ、灯火クン!」

 

「下がっておけ、松永。来るぞ」

 

「うぇ──っ」

 

 燕が後ろへと跳ぶのと同時、身体がぶれた項羽は灯火との彼我を刹那に詰める。

 

 ──鼻先三寸

 

 灯火は岩を砕く踵落としを瞬きしながら躱した。

 

「一つ言っておこう、葉桜何某──」

 

「躱した、だとッ!?」

 

 項羽にとって当たり前だった光景が起こらなかったことに、目を見開いて身体を硬直させる。突き刺さった踵を返す間もなく、項羽の腹には静かに灯火の拳が触れていた。

 

「──スカートを穿いて踵落としをするんじゃない…………

 

 ──『 一骨(いっこつ)』」

 

 

 






ちなみに、さすがにまんまBLEACH力だとぬっころしちゃうんでまじ恋ラインまで下がっております。

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