ただ『流刃若火』がしたかった。   作:神の筍

9 / 10


 グラウンドを見ていた生徒たちは本日三度目の驚きを露わにしていた。

 一つ目は、葉桜清楚の変化。

 二つ目は、川神百代の敗北。

 三つ目は──

 

「くっ───はっあ〝ぁぁ!」

 

 百代と同じように吹き飛ばされる項羽の姿であった。

 

「デリカシーに欠けているが、頑丈さについては欠けていないらしい」

 

 その状況を作った本人は、平然と地面と平行に校門へ沿って並ぶ塀にぶつかった項羽を眺めていた。

 

「さて、葉桜何某。これで倒れてくれると嬉しいんだが、やはりそうはいかんな」

 

 頭から食い込んだ項羽は無理やり塀を叩き割って立ち上がる。

 

「…………ハァ。そうか、日本でいう『能ある鷹は爪を隠す』というやつだな」

 

「別に隠していたつもりはない。戦う機会が無かった、それだけだ」

 

「理解した、戦歴は無くともお前のようなやつがいることを。

 次は油断はしない」

 

 傲岸不遜な態度が目立つ項羽だが、その実力は確か。センスとポテンシャルに至っては武神に勝る。瞬時に自身の驕りと慢心を理解すると漸く灯火を戦うに値する人物と判断した。

 

「それは何よりだ」

 

 制服に付いたコンクリート片を払い、項羽は同じく転がった方天画戟を拾い上げた。持ち上げ、手首を摩ると後遺症の有無を確認する。

 時折武人の中には気に属性を持たせて攻撃する者がいるが、灯火はそうではないらしい。

 

「オレは今からこの方天画戟を使う。だから、腰の剣を抜け、梧前灯火」

 

「──否。

 葉桜清楚の為ならば抜くが、何某のためには抜かないぞ。武器と体躯、間合いの差はあるが恐れるに値しない」

 

 脇を緩く開け、身体に沿って構えた様子は素人が見れば棒立ちと思うが、意識して後手を取る構えとしては一級。それを見た項羽はもはや言葉は不要、舐められたのならば叩き割れば良いという感情の下方天画戟を構え上げた。

 

「──後悔するなよッ!」

 

 項羽が目覚めて三十分は経とうとしているか。腹に入った一撃と、清楚の身体に馴染み始めた項羽は先ほどよりも圧倒的な速度で灯火へ迫った。

 

「まだ速度は上がるか……」

 

 灯火は項羽のポテンシャルに能面の下で僅かに驚いた。

 数瞬、心臓を穿つように放たれた強烈な突きを左半身をずらし避けた。

 

「なっ、離せ!」

 

「離すわけないだろう!」

 

 脇に挟んで方天画戟を動かぬように固定する。

 

「っ、小癪な!」

 

 灯火の左脚を軸に放った蹴りは項羽の膝に拒まれる。

 

「はァ──!」

 

 頰を狙った項羽の一撃は空気を叩くように轟音を立てる。それは一撃で終わらず裏拳へと続くことで何度も拳を振るった。

 

「——––!」

 

 頭、胸、水月、股間、脛、足先。

 急所を狙って的確に攻撃を繰り出すが、灯火は慎重に捌いていく。何とか捌いてはいるが、その方法は当たる瞬間に項羽の腕を横合いから叩くことで殴られることを避けるもの。

 

「……くっ」

 

 寸鉄で頭を叩こうとしたとき、項羽の身体が大きく崩れた。

 

「──弁償は勘弁してくれると嬉しい」

 

 灯火はバランスの崩れた項羽を尻目に方天画戟を挟んだ脇に力を入れ、熊手を長い柄に添える。

 項羽の力と、梃子の原理が加えられた方天画戟は中間で折れてしまった。

 

「お、オレの方天画戟が!」

 

「狼狽えてる暇はないぞ──」

 

 宙で舞う真っ二つの方天画戟。与えられた玩具を壊してしまったような瞳をする項羽の身体には再び灯火の拳が触れる。しかし、それは決して攻撃を放ったわけではなく──攻撃を放つための動作に過ぎない。

 己の肉体に触れた暖かい感触に気付いた項羽が息を呑んだ。

 そして、

 

「──『双骨(そうこつ)』」

 

 致命的な一撃が襲う。

 

「がッッ────っ!!」

 

 痛み──を超え、声が出ない。

 身体に走ったのは痺れ。

 

「…………」

 

 車輪のように地面を転がっていく項羽。それを見る灯火は残心を解き、再び構え直した。

 確実に入った一撃。

 それにも関わらず、頭は未だ終わっていないと警鐘を鳴らすばかり。

 

「手加減したつもりはなかったが……」

 

 そう呟いた灯火の先には膝をつきながら立ち上がる項羽の姿があった。偶然か鈍痛ばかりで外傷はなく、視界を揺らす目眩は顳顬(こめかみ)を押さえることで捩じ伏せた。

 

「──んはッ!ああ、良いぞ梧前灯火!まさか、お前がここまでやるとはなッッ!」

 

 覇王の気は衰えず、むしろ増したような感覚さえ覚える。

 

「抜山蓋世。身に余ることなく例えられたその言葉に嘘はないか」

 

 力は山を抜き、気は世を覆う。

 戦乱の時代、西楚の覇王項羽に謳われた言葉である。握った拳は山を穿ち抜き、身に宿る気は世界を覆うほどに大きい。二千年以上前に讃えられたそれは蘇った現代でも健在であった。

 

「……時間か」

 

 好戦的な項羽の表情と、いつの間にか二人を囲うように張られた結界を見て灯火は呟いた。

 周囲を窺えば九鬼の従者部隊と鉄心が結界に気を加えており、落ち着けば折を見て項羽の鎮静に入るのだろう。九鬼が戦力を揃えているならば、部外者である灯火が交代をすべきなのだろうがそれをしてしまえば項羽の気が済まない。ヒューム・ヘルシングの姿が見える以上、多少手荒な真似をしても項羽を連れて行く。

 大きく息を吐き、左腰に下げた刀の柄に掌を乗せた。

 

「約束を果たす。葉桜何某、葉桜清楚を返してもらうぞ」

 

「んはっ!来るが良いッ!」

 

 ────一際、空気が重くなる

 

 渦のように巻く気配の中心は項羽……ではなく梧前灯火。

 固唾を飲んで見ていた生徒たちは黙し、結界の外に立つ松永燕は凝視するほどに灯火を見る。

 

 それは非常に遅く、

 

 

 

 

 

「──万象一切

 

 

 

 

 

 緩やかに解き放たれた。

 

 

 

 

 

灰燼と為せ

 

 

 

 

 

 銘を、

 

 

 

 

 

「────『流刃若火(りゅうじんじゃっか)』」

 

 

 

 

 

二、

 

 

 

 

 

 夢を見ていた。

 

 青く晴れた空の下、硝煙燻る空気が鼻腔を突く。自身がそれに気付いたように、逞しく本来の馬とはかけ離れた大きさを持つ愛馬も甲高く啼く。

 それをひと撫ですると、手綱を強く引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこで、目が覚めた。

 

「……」

 

 暗い色をした天井は記憶にだけあるもの。初めて見たそれは酷く冷たく、押し迫ってくるような感覚が襲ってきた。身体は自由に動かせないが、拘束されているわけではないようだ。先の戦いで、温い日常を送っていた身体は疲労してしまったらしい。

 現実と記憶の乖離に嫌な孤独感を抱ていると額に暖かい手が当てられた。

 

「起きたようだな、葉桜」

 

「……ああ」

 

 短い声を漏らした。

 

「今はどちらだ」

 

「どちらも何も、オレはオレだ」

 

「そうか」

 

 引かれていく手に寂しさを覚えるが、プライドが邪魔をして何も言えなかった。

 目だけを横にやると、寝かされた自身の隣に梧前灯火は深く腰掛けていた。

 

「ここはどこだ」

 

「川神市の端にある九鬼財閥本社の医務室だ。外傷はなく、身体は疲労から来る怠さだけで寝てれば治るとのことだ」

 

「オレは負けたのか」

 

「──いや。決着を付ける前に、前のめりになって倒れた」

 

「お前は立っていたんだろう?」

 

「さあ、覚えていないな」

 

「戯け。勝者が掛ける情けほど情けないものはない」

 

「掛けられたことがあるのか?」

 

「戯れにオレが掛けたとき、跪いた相手はそういう顔をしていた」

 

「なるほどな」

 

 心底納得した、という表情をして灯火は返した。

 

「……スイはどこに行った」

 

「詳しくは知らないが、九鬼が回収していたぞ」

 

「そうか」

 

「解体されるかもしれない、と考えているのか?」

 

「今のオレの愛馬だ。形は違えどそれは変わらん。ならば、気にかけて当然だろう」

 

 生前──だろうか。

 過去、愛しい妻を乗せた愛馬、騅。山を越え岩を飛び、谷を降りる姿は覇王を乗せるに値した名馬。今生は項羽と同じようにクローン体となっているわけではないが、そうであるように願って生まれた愛馬がいるのだ。

 

「なあ梧前灯火」

 

「どうした」

 

「オレはどうなる」

 

 本来目覚めてはならなかった項羽。

 清楚が成長し、精神に余裕が持てるようになってから目覚めさせるのが九鬼の計画であった。露骨に項羽に関する情報統制をするのは逆に気付かれる恐れがあるため、細心の注意を払い興味を持たぬように教育をしていたのだが今回、すべてをひっくり返す形で封印を解かれたのである。

 

「自分も適当に聞いただけだが、別に今までの状況と変わらないようだぞ。九鬼はいつ項羽が目覚めても良いように計画を準備していたようだ。強いて言うならば……そうだな。葉桜清楚の頃は本格的な鍛錬はなかったが、葉桜何某が目覚めた今、力を扱うために鍛錬の時間が増えるのだろう」

 

「鍛錬か……そのくらいなら全然構わない。

 ──あと、オレを何某と呼ぶのはやめろ。オレは項羽という名前がある」

 

「葉桜項羽、で良いのか?」

 

「ああ、それで良い。項羽と呼べ」

 

「わかった」

 

「ふん……」

 

 まったく意味のわからない奴だ。

 いきなり察しが良くなったと思えば、わざとかと思えるほど察しが悪くなる。隣に座るこの男の詳細を探ろうと記憶を遡ると、もう一人の感情が重なるように入ってくる。

 

「…………」

 

「…………」

 

 沈黙が続き、口を開いた。

 

「オレはもう寝る」

 

「そうした方が良い」

 

 意識が落ちていく。比喩ではない。本当に落ちていくのだ。透明になった自分の身体は瞼が重くなり、眠気が波のようにやって来る。

 

 ──大丈夫。まだ起きたばかりだから、眠たくなっちゃったんだよ。

 今は……

 

 誰かの声がした。

 それはきっと、(オレ)だ。

 

 

 

 

 

三、

 

 

 

 

 

 瞳を閉じたはずの彼女(・・)は、再び灯火と向き合っていた。寝ると言った項羽が起きたか?──否。項羽が寝て数秒後、彼女が起きたのである。

 

「うわ……身体が重いな」

 

「あれだけ暴れたんだ。仕方ないさ」

 

「そうだよね。あと二、三日はまともに動けそうにないや……」

 

 「二、三日で済むのか」という言葉は奥にしまい、灯火はとりあえず問題はないかと考える。

 戦闘中、灯火は二度清楚の身体に自身の気を流した。一度目は『一骨』のとき、二度目は『双骨』のときである。清楚と項羽について情報も持っていない灯火は、項羽が目覚めたことにより清楚にどういう影響があるのか探る必要があった。そのため『一骨』で気を波状のように流し清楚の精神を確認し、『双骨』で眠った清楚を起こすように一撃を放った。項羽が倒れたのはそのためで、慣れていない二人の精神の介在に肉体が付いていけなくなったのである。

 

「そういうことかぁ」

 

「む、身体におかしなところがあるか?」

 

「違うよ。たぶん、灯火くんの暖かい気がまだ身体にあるの……だから……」

 

「葉桜も疲れているだろう?項羽と同じで葉桜の肉体だからな」

 

「……少し、眠ろうかな。

 ──それと灯火くん」

 

「どうした」

 

「私のことは清楚って呼んで?」

 

「ああ──おやすみ、清楚」

 

「おやすみ、灯火くん……」

 

 




 〜〜二人は幸せな真名交換をして終了〜〜

                       fin.


 完結するにしてもあと一話いるんじゃないかって?
 わかってるさ、気が向いたら書こう。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。